≪act.6≫
長い眠りから覚めたゾロを迎えたのはクルー達の泣き笑いの笑顔だった。
「身体、なんともないか?」
「ああ。」
目覚めたゾロの体調を診察するといって聞かなかったチョッパーに苦笑しつつゾロは頷く。
心配をかけたと自覚があるだけに大人しく船医の診察を受ける。
「うん、大丈夫みたいだな。」
植物に寄生されていた腕の傷もその植物が枯れると同時に跡形もなく消えてしまっていた。
チョッパーの目の前で上下にひっくり返される手のひらも、腕に走っていた裂傷もまるっきりその痕跡さえ窺う事が出来ないぐらい綺麗に何も無い。
そして目覚めた時に色を変えてしまっていた瞳も視力にはなんの問題もなさそうだと分かりチョッパーはホッとした。
キラキラとしたルビーのような深紅の瞳ににっこりと笑いかける。
嬉しそうに診察を終えたチョッパーの帽子をポンとゾロの手が押さえた。
「チョッパー、心配かけた。・・・・有難うな。」
労いの言葉を口にして潤んできた目にゾロは笑いかける。
「もう、俺は大丈夫だ。少し寝ろ。」
責任感の強いこの船医がきっとろくに眠らず己の看病をしていたのだろうと想像してゾロはそう口にする。
チョッパーの首がゆっくりと縦に振られ、ゾロも休むんだぞ?と医者らしい言葉を残してラウンジから出て行く。
その後ろ姿を見送ってゾロは己に注がれている2つの視線へと目を向けた。
「ナミ、ルフィ、心配かけた。」
しっかりとその目を見返したゾロにルフィがシシシといつもの笑いをむける。
「んーん、もう大丈夫そうだな。」
「ああ、問題ねえ。」
「分かった。」
ニヤリと笑ったゾロにルフィは満足そうに頷くとチョッパーの後を追うように出て行ってしまう。
ウソップやロビンはすでに部屋で休んでしまっているから、今夜のところは船番をするつもりなのだろう。
パタンと音を立ててしまった扉をみつめて、その場に一人残ったナミへとゾロは顔を向ける。
「ナミ、心配かけたな。」
「ええ、本当に。」
ゾロの言葉に速攻で返してきたナミに苦笑する。
眉を寄せ、何事かを言いあぐねているようなナミにゾロはかすかに首を傾げた。
「どうした?言いたいことがあるなら・・・・。」
「ゾロ・・・・・。」
ナミは小さく溜息をつくとゾロの顔を見つめかえした。
「サンジくんが消えたの。」
ポツンと声に出してナミは言いにくそうに続けた。
「変な植物に寄生された日、気が付いたらサンジくんの遺体が消えてたのよ。」
「・・・・・・・・・・。」
「それで・・・・、信じられないかもしれないけど・・・。次の日にはサンジくんの幽霊が、ゾロが目覚めるまでずっと居たの。」
ナミは説明に困ったというふうにゾロの顔を見つめる。
そしてキョロキョロとあたりを見回す。
「今はもう居ないんだけど・・・・。」
どこか申し訳なさそうな表情のナミにふっとゾロは優しい笑みをむける。
「ナミ、クソコックならまだ居るみたいだぜ?」
ゾロの言葉にナミが再度キョロキョロと周囲を見回す。
身体が透き通っていただけのあのスーツ姿をナミは辺りに見つけることが出来ず、ゾロの慰めかと肩を落とす。
「見えてないのか?」
「見えないわよ。何処にも居ないわ。」
ナミの答えにゾロが軽く肩を竦める。
「だとよ、クソコック。どうやらテメェの姿が分かるのは俺だけらしいぞ。」
ククク・・と笑い混じりのゾロの言葉にナミは目を丸くする。
どうやら本当にナミに見えないだけでサンジは居るのか、話しかけながらゾロの視線がゆっくりと動いている。
「本当にいるの?サンジくん?」
「ああ、いるぜ。」
きっぱりと言い切ったゾロを信じたいと思う反面、もしゾロの下手な慰めだったらという懸念も捨て切れずナミは口を開いた。
「それじゃ、昨日の夜のメニューを聞いてみて。」
目覚めたゾロなら知らないが、その寸前までこの場に居て、クルーと共に過ごしていたサンジなら答えを知っている。
ナミの質問に眉を寄せて、ゾロの視線がまたゆっくりと動く。
「は?・・ゆっくり言え。・・・ウソップが釣り上げた魚を、ナミのオレンジで作ったなんとかってソースを掛けたって言ってるぞ。うるせえ、ソースの名前なんてどうでもいいじゃねえか。」
面倒くさそうに悪態をつきながら眉を寄せたゾロにナミは今度こそホッとする。
ナミの目に見えないだけでサンジがその場に居るというのは本当らしいと。
もしこのままサンジが消えてしまうにしても、ゾロと話をしてほしいとナミは願っていたのだ。
「本当にサンジくんいるのね。」
「だから、居るんだよ。・・・ウゼエぐらいにテメェの周りでハート飛び散らせてるぜ。」
眉を顰めそう答えたゾロにナミは小さく笑う。
眠り続けるゾロを見つめていたサンジの顔をゾロは知らないのだと、あの表情を見ていて今更ハートを飛ばされたからと言ってナミの心が揺らいだりはしない。
愛おしそうに大切そうな蒼い瞳はただひたすらにゾロにだけ注がれていた。
「それじゃ、あたしも休ませて貰うわね。あんたはまだ此処にいる?」
その首がゆっくりと縦に振られたのを確認してナミは笑みを向けた。
「そう・・・、おやすみなさいゾロ、サンジくん。」
「おやすみ、ナミ。」
にっこりと笑ってラウンジからナミが出て行くとゾロは深く溜息をついた。
『なんでテメェにしか見えてねえんだよ。』
イライラとした不機嫌そうな姿に知らねぇと呟いてゾロは延べたままになっていた寝台にゴロリと横になった。
『おい、大丈夫か?』
途端に心配そうな顔付きになって近付いてきたその姿にゾロは苦笑する。
見慣れた黒いスーツ姿のサンジは微かに背後が透けていなければいつもとなんらかわりがないように見える。
「恨み言があって出てきたんじゃねえのか?」
近寄ってきたサンジが伸ばしてきた手にゾロはゆっくりと目を閉じた。
『恨み言?俺がゾロに?』
それは考えなかったなと言って笑う気配と触れてこない指先にゾロは静かにその深紅の瞳を向けた。
視界の先にある手のひらは確かにゾロに触れているのだがそれを感じ取ることは出来ないのだと、実体がないということはこういうことかと納得する。
『そうだな、もし、もしもアンタが俺に悪いって思ってるんならさ。』
優しい蒼の眼差しがゾロを見つめたままふわりとした笑みを浮かべる。
『アンタの夢が叶って、オールブルーが見つかっていなかったら、俺の代わりにオールブルーを探してくれよ。』
「それだけでいいのか?」
『ああ、充分だぜ?。』
笑いながら告げられた言葉にゾロはしっかりと頷く。
「約束する。きっと見つけてやるさ。」
きっぱりと言い切ったゾロに目を丸くしてサンジが笑う。
その顔がほんの少し憂いを宿してゾロを見つめ返した。
『あと・・・これは自己満足にすぎねえんだけど・・・。』
「・・・・。」
『俺、あんたの事、好きだったんだよな、それ覚えてて欲しいな・・・とか。・・・・・駄目か?』
サンジの言葉にゾロはかすかに笑みを浮かべた。
「俺も、テメェの事好きだったぜ?。」
あっさりとそう返したゾロにサンジが困ったように笑う。
『それって仲間として好きだったって意味だろう?。』
「・・・まあ、それもあるな。」
『俺が言ってる好きは恋愛感情の好きなんだが・・・。』
「ああ、俺もそういう意味でテメェのこと好きだったぜ?」
『マジか!!!』
ゾロの答えに意気込んで確認をとるサンジに首を縦に振る。
そしてゾロはそっと髪を撫でる仕草を繰り返していた手に重ねるように手を伸ばす。
その手は互いに触れることは出来なかった。
「好きだった、クソコック。」
笑みを刻んだ口元をジッと凝視してサンジが泣き笑いの顔で口を開く。
『ちくしょう、今更そんなこと聞いたら勿体なくて成仏もできねえ。』
「なんだ、その変な感想は。」
『もっと早く知ってたら、あんなことも、こんなことも、我慢せずに出来たんじゃねえか。ちくしょう、勿体ねえ!』
ちょっと呆れたようなゾロの顔を覗き込んでサンジがニヤリと口元を歪める。
『クソ剣士、テメェのお迎えが来るまで取り憑いてやる。』
「・・・はあ?いいから大人しく成仏しろよ。」
『イヤだ。他の誰かがアンタに触れるって思っただけで悔しくて堪んねえ。』
「エロコック。」
ますます呆れた顔になったゾロにサンジは笑う。
『こんな・・・・。』
小さく呟いて近付いてきた顔にゾロは咄嗟に目を閉じた。
触れたのかさえ分からない口付け。
『こんなキスじゃなくて、アンタがトロトロになっちまうぐらい濃厚なキスがしたい。』
覗き込んでくる蒼い瞳と赤裸々な言葉にゾロは唇を歪める。
「・・・・・・・・好きにしろよ。」
苦笑交じりのゾロの言葉にニッコリと笑ってサンジはまた一つ唇に触れる。
だが、やはり触れた唇の感触は伝わらない。
すうっと深く息を吸い込んだゾロにサンジが笑いかける。
『やっぱり寝るんだ?』
「ああ・・・眠い。」
『そっか、おやすみゾロ。』
「おやすみ・・・。」
あるはずのない紫煙の香りが漂ってきたような気がしてゾロはゆっくりとその目蓋を下ろした。
朝、目覚めるとサンジの姿はどこにもなかった。
やはりとどこかで思う心にゾロは深く溜息をつく。
自分に取り憑いているのかはわからないが、ナミ達と同じようにその姿を見ることが出来なくなったのは確かだ。
ゾロはシンと冷えた空気に一つ身震いするとベットから抜け出しラウンジから外へと足を運ぶ。
その音に気付いたのかマストの上から見下ろしてくる麦わら帽子に顔を向けた。
「おはようゾロ。」
「おはようルフィ。」
朝の挨拶を交わしたあとトンっと軽い音をたててルフィが甲板に降り立つ。
そしてジッとゾロの顔を見つめた。
「んーん、よし!」
そして納得したのか楽しそうにルフィは笑う。
「あら、早いのね、船長さん、剣士さん。」
小さな音を立てて開かれた扉からロビンが顔をだす。
その顔はここ数日とは違い生き生きと輝いていた。
「剣士さん、もしかしたら奇跡が起きるかもしれないわよ?」
珍しく表情をコロコロとかえるロビンにゾロとルフィは顔を見合わせる。
そんな二人の様子にロビンは楽しそうに笑った。
「皆が揃ったところで話をするわね。」
ニコニコと笑いかけて朝食の準備をするのかラウンジへと姿を消したロビンを見送ってルフィとゾロは揃って首を傾げていた。
「よーし、冒険だあー。」
嬉々として飛び降りたルフィの後を追ってお目付け役に抜擢されたウソップが飛び出していく。
「おーお、元気ですこと。」
しっかりと防寒具に身を包んだナミが苦笑混じりに呟いて同じく防寒具に身を包んだロビンに笑いかける。
その後ろにチョッパーとゾロも続く。
朝食の席でロビンが話したのはこの島に残る古い神話ともいえる物語。
島に暮す住人でさえしらないような話だろうとロビンは苦笑混じりに話し始めた。
―遥か昔、この世には朱の夢鳥、白の啼鳥、金の禍鳥の3羽の鳥がいた。
―朱の夢鳥は人々に夢を授け、
―白の啼鳥は人々の夢に嘆き、
―金の眠鳥は人々の夢を抱いて眠る
―時に人は与えられた夢に憤り、朱の夢鳥を憎んだ。
―時に人は夢の成就を妨げ嘆く、白の啼鳥を恨んだ。
―そして、叶えられない夢を闇に沈め眠る、金の禍鳥を疎んじた。
―人にとって夢とは不確かで、不安定なもの。
―望めば望むだけ手には入らない。
―人々はやがて夢を授ける朱の夢鳥さえいなければと思い始めた。
―夢を授ける朱の夢鳥さえいなければ、白の啼鳥が嘆くこともなく、金の禍鳥が夢を闇に沈め眠ることもない。
―人の思いは時として神の御使いさえも越える。
―やがて・・・・
―朱の夢鳥は姿を消し、
―白の啼鳥の声は途絶え、
―金の禍鳥は目覚めない。
ロビンは朽ち果てた神殿らしき壁に刻まれていた古語を書き写し、それを訳していたのだ。
その壁には色あせた鳥らしき姿も描かれていた。
手がかりになるとは思えなかったが万に一つの望みをかけてそれを訳してよかったとロビンは心から思う。
「剣士さんが眠る前に小さな女の子が言ってたわよね。夢を見せてくれたら、一度だけ夢を見てくれるって、剣士さんが大切なものを取り戻す夢を。」
ロビンはそう言ってゾロを静かに見つめた。
「あの女の子はこれは自分の姿じゃないって言ってたわ。想像にすぎないのだけれど、この姿を消した朱の夢鳥、白の啼鳥、金の禍鳥のどれかじゃないのかしら?」
ロビンの説明にはっとしたようにウソップが顔を上げる。
「ゾロが倒れてすぐに鳥が飛び立つような音を聞いたぞ。」
「俺も聞いた。」
ウンウンと頷くチョッパーにウソップは嬉しそうに笑った。
そんな二人を見つめてロビンは続ける。
「剣士さんが大切なものを取り戻す夢っていうのはコックさんのことじゃないかしら?」
静かに耳を傾けていたゾロがゆっくりと溜息をつく。
「御伽噺なんだろう?そんなことに時間を割くほど余裕のある旅じゃねえだろうが。」
窘める様なその口振りにナミがグイッとその腕を差し出した。
「ゾロ、よく見て。」
手首に巻かれ差し出されたログポースをゾロによく見えるようにその顔に近付ける。
「ログは貯まってないのよ。アタシ達はこの島から出て行けないの。」
「だが・・。」
いまだ渋っている様子のゾロにナミが言い募るより先に黙って話を聞いていたルフィが立ち上がった。
「ただの御伽噺かどうか確かめるぐれえはしても損はねえ。」
「ルフィ・・。」
「それに冒険なら大歓迎だ!!」
ニコニコと笑っているルフィに呆れたような目を向けてナミは黙り込んでいるゾロへと目を向ける。
「ゾロ、船長命令なら仕方ないわよね。」
そんな様子にロビンも微かに苦笑を浮かべる。
「剣士さん、皆でコックさんを探しましょう。」
「探すって・・・ロビン?」
その言葉に首を傾げたナミにロビンはにっこりと笑った。
「きっとあの樹が関係しているとは思うのだけれど、いったい何処に生えているのか分からないから。」
あの樹の葉とゾロに寄生していた植物の葉の形が似ていると初めて見たときから気付いてはいたのだ。
ロビンもなんらかの情報を集めようと島に降り、その雪深さに驚いた。
頭上にあれほど大きな枝葉をつけた樹があるのだ。
此処まで積もるのなら横風がきついのかもしれないと思いつつ見上げた先には一枝も葉の一枚も無かった。
うす曇の曇天がロビンの視界いっぱいに広がっているだけだった。
「誰かあの樹を島に降りてから見た?」
ロビンの言葉にそういえばとナミも必死で記憶を辿る。
あちらこちらと歩き回ったがあれだけ存在感の大きい巨木であるはずなのにその葉の一枚も拾うことはなかった。
チラリと窓の外をうかがえばたっぷりと枝葉を茂らした巨木の姿が見える。
見えるのに見えない。
そんな矛盾した存在に確かにロビンの言うとおり奇跡があるかもしれないとどこか皆の気分は浮き立った。
ピョンピョンと身軽に飛び跳ねているルフィの姿を視界に納めながら雪原に足を進める。
ゾロが見上げた空いっぱいに伸ばされた枝葉が見える。
いざ探してみようと話は纏まったのだが、島に上陸した段階で誰の目にもその姿を消してしまう樹をどうやって探せばいいのかと今度はそこでまた引っかかってしまった。
「ゾロ・・・迷ってないでしょうねえ?」
頭上を見上げてついた溜息にナミの眉がピクリと動く。
とりあえず上陸してみようといって降り立った地で空を見上げたゾロだけはその樹の姿をはっきりと捉えることが出来たのだ。
細い枝から太い枝に向かって時折頭上を確認しながら足を進める。
「大丈夫だ、枝がかなり太くなってる。」
答えたゾロに訝しげな視線を向けてそれでも文句を言うことなく足を進める。
唯一その方向を示すことが出来るのがゾロだけで、迷子という特技を持っているゾロに道案内を頼まなければいけないという事に懸念を抱かなかったクルーは誰一人としていなかったのだ。
とりあえず進む前には頭上の枝の太さを確認して歩けとナミに口うるさく言われて大人しくゾロはそれに従っていた。
延々と続く雪原にそろそろウンザリとしていたナミはチカリと光を反射した物に目を向けた。
「樹が・・・。」
横を歩んでいたロビンも驚いたように呟いてその足を止める。
いつの間にかクルー全員がその立派な枝葉の中でその樹を見上げていたのだった。
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