≪act.5≫





倒れ付したままのゾロを呆然と見つめるクルーの中、一番初めに動きを見せたのは医師であるチョッパーだった。
静かに近寄り、植物の寄生していない腕の脈を取り、目蓋を開け、顔を近付けて呼吸を確かめる。
そして、へなへなとその横に座り込むとホッとしたように息を吐き出した。

「良かった・・・ゾロ、生きてるよ。」

チョッパーの言葉に力が抜けたのかナミがその場に座り込む。

「良かった・・ゾロまでいなくなったら・・あたし・・。」

涙を浮かべたナミの肩から手が生えてきて優しく宥めるように髪を梳く。

「動かしても大丈夫そう?船医さん。」

ルフィに服を引き千切られたまま、半裸のままで床に寝転がっているゾロを出来れば寝所へと移動させた方がいいだろう。
ロビンの問いかけにチョッパーはかすかに頷いた。

「たぶん、大丈夫だと思う。腕と体と一緒に持ち上げて、負担をかけなければ・・。」
「よし、なら、すぐにゾロ用の寝床を準備してやるさ。ちょっと待ってろよチョッパー。」

ニヤリと笑い胸をドンと叩くとウソップが動き始める。
それを頼もしく眺めながら止まりかけてきた涙にナミは笑みを浮かべた。
そして項垂れているルフィをきつく睨み付けると、顎をしゃくりとラウンジから外へと出るように促す。
ナミの後ろを追って、とぼとぼと頼りない足取りで歩いてきた麦わら帽子をナミは涙の溜まった目で睨み付けた。

「こんな時に何考えてんのよ、ルフィ。ゾロとサンジくんはアンタが考えているような、そんな関係じゃなかったわよ。」
「・・・・知ってる。」

怒りを押し殺して震えるナミの声にルフィが小さく答える。

「知ってて・・・・何で!!」
「・・・・・・ったんだ。」
「何?聞こえないわ?」

俯いたままの小さなルフィの呟きにナミは眉を顰める。

「ナミ、俺は許せないって言ったんだ。」

やっと上げられたルフィの口元は固く引き結ばれていて、怒っているような、悲しんでいるような表情にナミは何も言えなくなる。

「勝手に死んじまったサンジも、サンジを消しちまったゾロも。」
「ルフィ・・・、でも、ゾロは・・・。」
「分かってる。ゾロだって殺りたくてサンジを殺ったわけじゃねえって、俺だって分かってる。それで、どんだけゾロが傷付いたのかも分かってる。」
「ルフィ・・・・・・・。」

静かなルフィの瞳にナミは何度もその名を呼ぶ。
ふっとルフィの口元にかすかな笑みが浮かんだ。

「ナミ・・、俺はゾロが好きだ。だから勝手に死んじまったサンジを許せねえし、その事で駄目になっていくゾロも許せねえし、サンジだって許さないだろう?・・・・・俺への怒りでもなんでもいいんだ、ゾロを生きた屍みてえにはしたくない。」

その言葉にルフィの行動の意味を図りかねていたナミが口元を歪める。

「だからって、みんなの前で襲うなんて。どっちにしても短絡的で分かり難いわ、船長。」

苦笑交じりのナミの指摘にルフィは軽く鼻の頭をかいて視線を泳がす。
その表情にまさかとばかりにナミは続けた。

「アンタ・・・・周りの事すっかり忘れてたのね・・・・ルフィ。」
「シシシ・・まあ、どうでもいいじゃねえか。」

いつもの笑みで笑って誤魔化そうとするその姿にガックリとナミは肩を落とす。
一瞬でもそこまで思われて羨ましいなんて思ったのは気のせいだったのかもしれないと溜息をつく。
それに結果として皆の前で襲ってくれたのはゾロにとっては良かったのかもしれない。
あんな状態で、ふたりっきりでルフィに襲われたゾロが抵抗できたとは思えなかったとナミはどこかほっとする。

「過ぎたことは仕方ねえとして。」
「あんたが言うな!!」

ポカリと頭を叩くと痛てぇと涙目で訴えてくるいつものルフィの顔にナミも笑みを零す。

「うん、ナミはやっぱり笑ってる顔が一番いいな。」
「問題は。」

邪気のないルフィの言葉にほんの少し頬を赤らめながらナミは一つ咳払いした。

「あの植物よね。」
「航路だろう?」

二人同時に口にしてきょとんと顔を見合わせる。
首を傾げつつ先に口を開いたのはルフィだった。

「航路じゃねえのか?ナミ、メリーは全然進んでないぞ?しかも、さっき出てきた島に戻ってるような気がするのは俺の気のせいじゃねぇ、ほら、あれ。」

ルフィの指差す先に鉢に植えられた巨大なクリスマスツリーのような島がある。
雪に覆われた冬島。
サンジの命の消えた場所。

「なんで?・・・ログポース。」

ナミの手首に巻かれたログポースの指針が示す先に巨木の多い茂る島が見える。

「別の島・・ってことはないわよね。」
「あんなへんてこな島他に見たことはねえぞ、同じ島だな。」

かすかな希望を口にしたナミの言葉をはっきりとしたルフィの声が否定する。
二人の見つめる先には徐々にその姿をはっきりと現していく島影が映り込む。

「いったいどういうことなの?」

困惑したナミの呟きにルフィがその頭に乗る麦わら帽子をしっかりと手で押さえる。

「分からねえ・・・」

漆黒の瞳がその島を睨み付けるように見つめる。

「分からねえが・・・ナミ、俺達はもう一度あそこに行くしかないような気がするぞ。」
「ルフィ・・・。」

不安そうに揺れたナミの瞳にルフィはシシシと楽しげに笑った。

「大丈夫だナミ。俺は何であろうとも勝つ。」

根拠の無い自信に溢れたその表情に強張りかけていたナミの表情もほぐれる。
二人の間にどこかホッとしたような空気が漂い始めた時だった。

「うわああぁぁ!!!」

ラウンジの中からチョッパーの叫び声がする。
二人は慌てて扉を開くとその中へと飛び込んだ。

「何事なの?!」
「チョッパー、どうした?!!」
「それが・・・。」

二人の問い掛けに答えたのは困ったような笑みを浮かべたロビンだった。

「コックさんが・・・居なくなってしまったの。」

抱き合って震えているチョッパーとウソップの横を通り抜けて近寄ってきたナミは寝所に横たわるゾロに目をやり、ロビンが立っている棺の元へと近付いていく。
同じように歩いてきたルフィと共に示された棺を覗き込む。

「・・・・なんで?」
「本当だ、サンジが居ねえ・・。」

3人が覗き込んだ棺の中にはサンジの為にと入れられた花や、ワインなどが入れられたバスケット、そして彼の愛用品の数々。
だが、それを贈られた筈の姿がない。
その重みの形を敷布に残したままその姿は綺麗に消えうせていた。

「長鼻くんが剣士さんのベットを作ってくれて、寝かせようと3人で運んだのよ。その後でコックさんの形見の一つでも剣士さんに持たせてあげようかと来てみたら・・・・彼、居なかったわ。」

困ったように笑うロビンに溜息をついてナミは口を開いた。

「ああ、もう。ゾロや航路の事だけでも手一杯なのに、今度はサンジくんまでなんて!」
「航路って・・・航海士さん?」

不思議そうなロビンの声にナミは唇を歪めた。

「あたし達、あの島に戻って行ってるのよ。」
「どういうこと?ログは貯まっていたし、船がその向きを変えてもいないわ。」
「もちろんよ、ロビン。あたしはきちんと次の島に向かうようにメリーを波に乗せたわ。でもね、肉眼で確認できるぐらいあの島が近くにあるの。そして、ログポースの針はあの島を指しているの。」

ふうっと息を吐き出したナミの顔をジッと見つめてロビンは小さく首を傾げる。

「あの島に何かあるのかもしれないわね。」
「あたしもそう思うわ。」

姿の消えたサンジと植物を腕に寄生させたまま眠り続けるゾロ。
ナミは軽く肩を竦めてみせた。

「あの島は閉鎖的だったし、ゾロをこのままにおいておくわけにも行かないから寄航してもしばらくは様子を見るしかないわね。」

ナミの言葉に空の棺と眠り続けるゾロと視線を交互に動かしたロビンも微かに頷く。

「難しいかも知れないけれど、私も上陸して出来る限り情報を集めてみるわ。」
「頼むわね、ロビン。」
「ええ・・・。」

ニッコリと笑ったロビンにホッとしたようにナミも笑みを返し、進路を見るためにとラウンジを後にしたのだった。








数時間後、メリーはその巨大なクリスマスツリーの鉢のような島に寄航していた。
今度は前回とは違い、港へは寄らず、島の外れに位置していた小さな湾にその姿を隠すようにして錨を降ろす。
目まぐるしい一日にさすがにぐったりとした面持ちでチョッパーをゾロの付き添いに残して全員眠りに入る。
島に寄り、サンジが命を落とし、ゾロが植物に寄生され、そしてサンジの姿が消えた。
ベットの中で一日を反芻していたナミの口から無意識に溜息が漏れる。

「眠れないの?航海士さん?」

静かな声にナミはゆるく首を横に振る。
眠れなくても眠るしかないのだとナミは理解している。

「もう眠るわ・・。」
「そう・・・おやすみなさい。航海士さん。」
「おやすみ、ロビン。」

少しずつぽかぽかと温まってきた布団にナミも高ぶっていた意識が少しずつ眠りへと誘われていくのを感じた。
目覚めたら全部夢だったらいいのにと、ナミは心の中で呟きながらやがて訪れた眠りの腕に逆らうことなく静かに意識を委ねたのだった。








そして、翌朝。
けたたましいウソップの悲鳴から一日が始まった。

「どうした?!」
「ウルサイ!!」
「長鼻くん?!」

バタバタと悲鳴を聞きつけて駆け込んできたルフィ、ナミ、ロビンの3人が見たものは床にへたり込みアワアワとそれを指差しながら言葉にならない言葉を口にしているウソップと、すでに意識を失ったチョッパーの姿だった。
アワアワと言葉にならないまでも必死でウソップが指差すそれに3人の視線が集中する。
パジャマ姿に寝癖もつけたままでナミは目を擦ると瞬きを繰り返した。

「サンジ!」

ぴょーんと喜色満面で飛びついたルフィがその透ける身体を通り抜けてその背後に降り立った様子にナミはクラリと眩暈を感じる。
いつものスーツを身に着けた金の髪の料理人がどこか困ったような笑みを浮かべてこちらを見ている。
あたしも気絶していいかしらとチョッパーに続き意識を手放したらしいウソップをみて苦笑する。

「・・コックさん?」

どこかフィルム越しのような現実感のない姿にロビンもどう対応していいのか分からないようでその眉を寄せている。
そんな彼女の表情にナミはこれは願望がみせた夢ではないのだと、どこかホッとしたような気持ちを味わった。

『・・・・・・。』
「あー、サンジィ?触れねえぞ?」

パクパクと口を動かすサンジに不満そうにルフィが何度もその身体に触ろうと手を伸ばす。
その度にサンジの身体を突きぬける腕にナミは溜息をつくとルフィの頭上に軽く拳骨を落とした。

「ルフィ、邪魔。」

ルフィを軽く押しのけてナミはその場に佇んでいるサンジの周りをクルリと一周した。

「サンジくん。」
『・・・・・・。』

ナミの呼びかけに笑みを浮かべたサンジが何かを答えるがその声は聞こえない。

「航海士さん、コックさんが『ごめんね、ナミさん』って言ってるわ。」

ロビンの声に、アッという顔でナミもサンジの方へ顔を向ける。

「そうか、読唇術。サンジくん、あたし達に貴方の声は聞こえないの。ゆっくり喋ってくれれば分かるから。」

ナミの言葉にサンジがゆっくりと頷き、口を開く。

『ナミさん達の声は聞こえるよ。迷惑かけてごめんね。』
「こちらの会話は普通にしていいってことなのね。分かったわ、サンジくん。」
「コックさん、さっそくだけど貴方は自分が死んだことを知っているの?」

ずばり確信をついたロビンの質問にナミは眉を顰め、サンジは困ったように笑った。

『もちろん、俺は自分が死んだことを知ってるよ。』
「幽霊ってことなのかしら?」

ナミの疑問にサンジは肩を竦める動作をする。
会話の必要なところ以外は動作で知らせようとしているらしかった。

「幽霊にしても、こんなにはっきりしているものなのかしら?コックさんは自分が死んだことを知っていて、それでも私達と会話が成り立っているわ。」

ロビンの言葉にナミも、そしてサンジさえも首を捻る。
噂に聞く幽霊話とはあきらかに違っているのは確かだ。
少し顎に手を宛てて考えたあとサンジがチラリと植物に寄生されたまま横たわるゾロへと目を向けた。

『俺がこんな状態なのは、たぶん、ゾロの夢のせいだと思う。』

静かなどこか愛おしさを含んだ蒼い瞳にナミは顔を向けた。

「ゾロの夢ってサンジくんは今のゾロがどんな状態なのか分かってるの?!」

腕から青々とした植物を寄生させたままの眠り続けるゾロの様子は気になっていたのだ。
何度かその寄生植物を腕から切り離そうとチョッパーがメスを入れたが、切れてもすぐにその場所が再生し元に戻っていく。
その再生の為のエネルギーをゾロの身体から搾取しているかもしれないとチョッパーは皆に告げ、今はゾロの様子を見つつ植物の分析をしている。
ナミの問い掛けにサンジの首が縦に振られた。

『こいつは、今夢を見ています。』
「夢・・・?って眠ってみる夢?」
『少しだけ違います。』

サンジは笑ってゆっくりとゾロへと近付いていく。
靴音さえ聞こえてきそうないつも通りのその仕草をナミとロビンは静かに見つめる。

『ゾロが見ている夢は、ゾロの中で足りてない、感情を補っていってるんです。』

そっとその髪に伸ばされた手はやはりその髪に触れることは出来なかった。

「ゾロはいつ目が覚めるんだ。」

低い静かな声に存在を忘れかけていたルフィへとサンジは顔を向けた。
そしてゆっくりと口を開く。

『分からねえ、ゾロ次第だ。』

ゆっくりと髪に何度か触れ胸ポケットに手を伸ばしたサンジが苦笑を浮かべる。
煙草を吸おうと思ったらしかったが、そのスーツのポケットには目的の煙草がなかったらしい。
まるっきり生きている時と変わらないサンジにナミは首をかしげる。
同じようにロビンも考え深げに眉を寄せていた。

「ねえ、コックさん・・。」
『なんだい?ロビンちゃん。』

うすく背後が透けて見えなければ本当にいつものサンジと変わりがない。
慣れてしまえば恐怖も感じないサンジの姿に幽霊だといわれてもにわかには信じられない。

「剣士さんの足りない感情って何?」

ロビンの問い掛けにサンジは曖昧な笑みを向ける。
話す気はないのか、または本当の意味では知らないのか、笑みを浮かべた唇が答えを乗せて開かれることはなかった。

「ねえ、サンジくん。ゾロは絶対に目覚めるのよね?死んだりしないわよね?」
『ああ、もちろん。コイツは死なないし、目も覚めるよ。』

にっこりと笑ったサンジにナミはホッと息をつく。

「おめえは・・・どうなるんだ?」

その顔をジッと見つめて問われたルフィの言葉にサンジはゆっくりと首を横に振った。

『俺にも分からない。』
「そうか・・・。」

静かに見交わされる瞳に何も言えずナミは小さく溜息をついた。

『ナミさん、お腹空いてない?』

優しいサンジの問い掛けにそういえば朝食がまだだったと思い出す。
そしてパジャマのまま寝癖のついた髪でこの場に駆け込んできたことも思い出した。

「着替えてくるわ。さすがにサンジくんに朝食を作ってもらうわけにはいかないでしょうから、あたしとロビンで作るわ。ロビン、手伝って貰っていいかしら?」
「ええ、私は構わないわ。」

ロビンを伴ってラウンジから出ようとしたナミにサンジがかすかな笑みを向ける。
扉を閉める寸前に振り返ったナミが見たのは優しい眼差しで眠るゾロを見つめる横顔だった。
その自愛に満ちた眼差しに、自分が想像したよりもっと二人の感情は互いに傾いていたのだろうと、ふと寂しくなる。
ゾロの目が覚めた時、もしかしたらサンジは消えてしまうかもしれないのだ。
むしろその可能性の方が高いだろう。
なんで死んでしまったのかと、口に出せたらどんなに楽だろうとナミは心の中で溜息をつく。
とりあえずは、訳が分からないながらも何らかの突破口になるかもしれない幽霊のサンジともっと話をするべきだろうと結論付けて、ナミは着替えの為に部屋へと足を向けたのだった。





朝食を取り、意識を取り戻したウソップとチョッパーは始めは恐々と、そして食べ終わる頃にはいつもと変わりなく身体の透けたサンジに対応していた。
サンジと会話が出来るのは読唇術のできる、ロビン、ナミ、そしてウソップ。
ルフィとはまったく会話が成り立たず、チョッパーも唇の動きを読むというのは初めてらしくなかなか会話にならない。
ただ、チョッパーの場合は通訳としてウソップが余分な言葉を足して会話をさせて、その突拍子もない通訳に殴れないサンジの手が伸びるという場面もしばしばあった。

『あ・・・・。』

ナミとロビン二人を相手に会話していたサンジが弾かれたようにその顔をあげた。
首を傾げた二人にサンジはかすかに苦笑しながらそっとその背後、自分が見ていた物を指差す。

「・・・・花?」

ポツリと呟かれた言葉に全員の視線がそれを捕らえる。

それはちいさな白い花だった。

青々と伸びたその先に可憐な小さな花が咲いている。
花びらの覆いかぶさる様は美しく、今まで見たことのないような変わった形をしていた。
普段であればその美しさにうっとりとなるのであろうが、それの咲いた場所がゾロの腕から伸びている植物からだとすれば落ち着いて見物などできようはずもない。
スヤスヤと相変わらず眠りこんでいるゾロにチョッパーが慌てて駆け寄って診察している。
植物にとって次世代への遺伝子を残す為のその行為はエネルギーを要するはずだ。
脈を取り、聴診器をあてていたチョッパーがホッとしたように耳から聴診器を外す。

「良かった、特に変わったことはないよ。」

チョッパーの言葉にサンジを除く全員がホッと胸を撫で下ろす。
サンジはそうチョッパーが答えることが分かっていたのか特に慌てた様子もなく、またゾロの傍に変わらず寄り添うように佇む。

『・・・・・ゾロ。』

声は聞こえなかったがその唇が微かに動いてゾロの名を呼ぶ。
そんなサンジを見つめながら今後の各自の予定について話し合いが行われたのだった。





2度目にその変化があったのはその花が咲いてから、まる一日以上経ってからのことだった。
ルフィを除いて交互にゾロの看護にあたっていた当番がナミへと回ってきた時だった。
チョッパーが仮眠をとりに男部屋に引っ込み、ナミは特にやることもないということで日誌にペンを走らせていた。

カシャン。

それは小さな音だった。
何の音だろうと首を傾げて音源を辿ったナミは床に落ちて光を反射したものに椅子から立ち上がり近付いた。
それはゾロの耳元にある金のピアス。
曲線を描くそれを外したところは見たことが無かったのだが、外すことが出来るのかと妙な感想を抱きながらそっと手を伸ばす。
よく見れば3つのピアス全部がバラバラに床に転がっている。
よく波音に消されなかったものだとナミは半ば感心しながらピアスを拾い上げようと手を伸ばした。

サクッ・・・。

まさにそんな音がしたのではないかとナミが思うぐらいあっけなく指先がピアスに埋まる。

「・・・・え?」

恐る恐る手を離したピアスは何故かしっかりと指の形にくぼみを作っている。

「どういうこと?」

呆然と見つめるナミの目の前でグラリと揺れた床に沿ってサラサラとピアスが崩れていく。

「ちょっと。」

焦って手を伸ばすがどこか隙間から風が入っているのか、あっという間に3個のピアスは消えていく。
ナミはチョッパーが帰ってくるまでしばらく呆然とその風の行方を追っていたのだった。





次の変化は花が咲き、ピアスが風に散ってから3日目のことだった。
島で集める情報にもたいした変化はなく、先日神殿らしきもので見つけたという古語をロビンが訳している以外に、クルーは船と島を行き来する。
幸いだったのは島に寄航して2日目に、島との交易の為の商船が寄航してきたことだ。
少し高めではあったが、食料をしっかりと補充できたのはラッキーだったとナミは思っていた。
食事は報告も兼ねてということで全員揃って食べることが決まっていたその席で3度目の変化は訪れた。



綺麗に開いていた花が突如しぼみ、その中心に実をつけ、そして枯れていく。
ハラハラと剥がれ落ちるようにゾロの腕にある植物は己の身体を壊しながら消えていく。
最後の最後に小さな音を立てて床に転がったのは小さな黒い種。
繊細な紋様の施された木箱から出てきたそれ。
そしてゾロが手渡され飲んだそれ。
捨てるべきかどうするか悩んでナミは始めのように黄ばんだ綿花に種を包み箱の中へと仕舞いこんだ。
ピッタリと蓋を閉めてしまうとまた開かなくなった箱はロビンに頼んで神殿後とやらにおいてきて貰った。







そして。

全員が見守る中、ゾロの目がゆっくりと開かれた。

そして、現れた見慣れない色にナミは息を呑む。






ルビーのような深紅の瞳。


目覚めたゾロが長い眠りの代償として失ったのは、その目の色、ピアス、そしてゾロの相棒ともいえる刀達だった。







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【 時逆の翼 】