≪act.7≫





多い茂る枝葉の下。
樹の根元に寄りかかるようにその姿はあった。





背を幹に、風にサラサラとその金の髪を靡かせて、目を閉じている。
かすかに笑みを浮かべたようなその顔は優しく穏やかだった。

「サンジくん・・・・・。」
「サンジィ!!」

雪原を進み、その真っ白な世界から急に現れた巨木。
ゾロにしか見ることの出来ないその樹がもしかしら幻かもしれないと諦めかけていた矢先だった。
ナミとウソップの呼びかける声にもピクリとも動かない身体に駆け寄るのも躊躇われて誰も近寄れない。
あと数メートル、駆け出してしまえばあっという間に彼の元へと辿り着けるはずのなのに。

「ゾロ、行って来い。」

しっかりとした声に全員の視線が集中する。
その言葉に戸惑い、困ったように見つめてくるゾロにルフィはニッカリといつもの笑みを見せた。

「行って、サンジを起こしてこい、船長命令だ。」

ルフィの言葉に目を瞠り、一度だけ息を吐き出すとゾロは口の端を笑みの形に釣り上げた。
そして、その樹を見据え、ゾロはゆっくりと一点を目指して歩き出す。


少しづつ、はっきりとその髪の一筋さえ目に出来るほどに近付いてゾロは深く息を吐き出した。
ドクリドクリと激しい鼓動と緊張からか震える手足に小さく舌打ちし、そっとその頬に手を伸ばす。

「クソコック・・・。」

ゾロの触れた頬は温かくその身体が生きている事を教えてくれた。

「コック・・・目、開けてくれ。」

安堵と不安で詰まった息に声が擦れて囁くような声しか出ない。
祈るような気持ちで頬、目蓋、そして唇に手を触れていく。
指先に触れた温かい呼吸にゾロは滲んできた視界を瞬きすることでクリアにする。

「コック・・・・。」

ポタリと顎を辿った雫が地面に消えていく。
ゾロはそっと目覚めないサンジに顔を寄せ口付けた。

「サンジ・・・。」

唇に触れてその名前を口にする。
背後では固唾を呑んで他のクルー達がゾロの一挙一動を見守っていた。

ピクリ。

ゾロの目の前で少しも動きをみせなかった目蓋が微かに震える。
そして、ゆっくりと開かれた蒼い瞳がゾロを映して細められた。

「ゾロ・・・、ただいま。」

ふんわりと優しい笑みと温かい声。

「何、泣いてんだよ・・って、泣かせたのは俺か。」

苦笑混じりの呟きと伸びてきた煙草の香りのする手に引き寄せられるままにゾロは膝を着く。

「あーあ、もったいねえ。」

顔を寄せ、ぺろりと涙を舐め取っていく顔をただひたすらにゾロは見つめる。

「涙、とまんねぇなあ・・。」

間近で視線を合わせるようにして微笑まれ、その腕にきつく抱きこまれる。

「・・・誰の・・せいだ、と、おも・・・っ・・。」
「俺のせい。」

涙で声が出ないゾロの背を宥めるように何度か手が撫でていく。
その身体にしっかりと手を回してゾロは肩に顔を押し付けるようにして涙を隠した。

「泣き止んでくれよ、ゾロ。」
「・・・無、理・・ぅ。」
「ゾロ、泣き止んでくれないとキス出来ねえ。」

笑い混じりの声に意地でも顔を上げないという意思表示のようにゾロは更に肩に顔を押し付ける。

「・・しなくて、いい。」
「俺はしたい。」
「・・・いい・・・んっ・・。」

背を宥めるように撫でていた手が背骨に沿ってスルリと滑っていく。
その動きにゾクリと身体を震わせたゾロが赤くした顔を上げると悪戯っぽい表情のサンジと視線が合う。

「俺はあんたとキスしたい。絶対、キスしようと思ってた。」

サンジの言葉に身体のない幽霊のような存在だった時をゾロは思い出していた。
会話は出来ても触れることの出来ない存在。
すぐ傍にいるのに熱の一つも伝え合えないもどかしさを感じた。

「もっとも、もうキスだけじゃきっと止まらねえし、満足しないけどな。」

耳元で呟かれた言葉にますます顔を赤くするゾロをみてサンジが楽しげに笑う。

「残念ながら、タイムオーバーらしい。・・・手、貸してくれ。」

ゆっくりとサンジの手が離れていきそのままゾロの手をしっかりと掴む。

「コック?」
「ああ、身体が上手く動かねえ。」

苦笑しつつゾロの手を借りて立ち上がったサンジにその深紅の瞳が揺れる。

「気にすんな、すぐに動くようになる。」

ふっと笑ってゆっくりと歩き出したサンジに手を貸してやりながらゾロも並んで歩き出す。

「ゾロー!サンジ!!」
「サンジイィィ!!」
「ザンジィ・・・・・。」

近付いてきた二人目掛けてルフィ、ウソップ、チョッパーが駆け寄る。
さっそく飛び掛ってきたルフィの腕に巻かれてサンジの笑い混じりの怒鳴り声が辺りに響く。
3人を交互に纏いつかせて、ゾロの手を借りて歩いてきたサンジは静かに佇む女性二人ににっこりといつもの笑みを向けた。

「ご心配おかけしました。」
「もう二度とごめんだわ。」

サンジの言葉にナミが溜息混じりに笑う。

「残念だわ。貴方が居なくなったんですもの、心置きなく剣士さんを構おうと思っていたのに。」

ロビンがクスリと笑って口にした言葉にサンジの目が丸くなる。
同じように驚いた表情になったナミが苦笑を浮かべる。

「それは初耳だったわ。ゾロが混乱するからやめてねロビン。」
「ええ、仕方ないわね。」
「ロビンちゃん、ゾロは俺のですから。・・・・頼みますね?」
「そうよ、ゾロはサンジくんのよ。」
「分かったわ。諦めるわねコックさん。」
「はい、よろしくお願いしますね。」

クスクスと笑うロビンにヘニャリと眉を下げたサンジが口を開く。

「てめえら・・人の意思を無視してんじゃねえ。」

手を貸して共に歩いてきたゾロの目の前で交わされる会話に憮然とした低い声で抗議の言葉を口にする。
その言葉にチラリと向けられた3人の視線に一瞬後退りそうになってゾロは口を閉ざした。

「意思も何もねぇ・・・?」
「ええ・・・。」

ナミとロビンの視線が呆れたようにゾロの顔と締りのないサンジの顔を見比べる。

「お幸せにって言ってもいいかしら?剣士さん?」

あきらかに顔付きが柔らかくなっているゾロにロビンがにっこりと笑い掛ける。
しっかりと繋がれた手は、手だけではなく二人の心も繋がれている様にナミとロビンの目に映った。

「有難うございます、ナミさん、ロビンちゃん。俺達、幸せになります!」
「この、クソコック!!」

喜色満面で言い切ったサンジにゾロの怒声が被る。
真っ赤になって怒るゾロと、ヘラリヘラリと笑っているサンジの姿に周囲からも笑いが漏れる。
ほんの数日前まで当たり前だったクルー全員が居る風景。
それを取り戻せたことに零れた笑いがしばらくの間、辺りを賑やかに響かせていた。










こんな島に用はないとばかりに出航しようとして、ログポースのログが定まっていないことに気付いたナミが今夜はここに停泊することを決めた。
メリーに帰ってくる頃にはすっかりいつもの調子を取り戻したサンジによって、簡単ではあるが美味しい料理が振舞われ、全員が腹も心も満たされたうちに夜を迎えた。
食後、チョッパーに診察をうけたサンジは船医からのお墨付きを貰ってキッチンで明日の仕込みへと取り掛かっている。
その背後のテーブルではゾロが静かに酒を傾けてその背中を眺めていた。
結果として寝ていたゾロと違い、慌しく動き回っていたクルー達はホッとしたこともあってか、腹が満たされると話は後日とばかりに早々に眠りに入ってしまった。
食事をとりながらウトウトと船を漕ぎ始めたチョッパーをそれでも起こして診察してもらったのは、後で診察しなかったことをチョッパー自身が後悔するだろうと判断したからだ。
チョッパーはサンジはまったくの健康体だといって嬉しそうにしていた。
蛇口を閉じる小さな音がしてタオルで手を拭ったサンジがクルリと振り返る。
その姿をジッと眺めてゾロはコトンと音を立ててグラスをテーブルに置いた。

「コック。」

静かな声に煙草を取り出しかけていたサンジは顔を上げる。
そして見つめてくる視線に誘われるようにそっとゾロの元へと近付いた。

「身体・・・・見せてくれ。」

ゾロの真剣な眼差しにサンジは苦笑を浮かべ、シャツに手をかけ前をはだける。
綺麗に筋肉ののった身体に斜めに走るピンクに盛り上がった傷跡。

「俺のこれは綺麗に消えるぜ?」

一瞬歪んだゾロの顔にサンジは笑いながら告げる。
チョッパーの処置の腕前が良かったのか、それとも切ったゾロの腕前がよかったのか、痕さえ残らないだろうとチョッパーは嬉しそうにサンジに告げた。
ゾロのつけた傷なら消えなくてもいいと心の中で思っても、悲壮な顔で傷跡を見つめる顔を見れば早く消えてくれとも思う。
ゆるく首を横に振って伸びてきたゾロの指が傷跡をなぞるのをサンジは大人しく見つめた。

「・・・っ、ゾロ。」

サンジは唐突に胸の傷に口付けてきたゾロに目を瞠った。
指先で傷を辿り、その傷を濡れた温かいゾロの舌がなぞりあげていく。
ゾクゾクと背筋を駆け上がる感覚と一気に熱くなった下半身にサンジは慌てた。

「ゾロ、なにやってんだよ。」

焦って、その肩に手をかけて制止を促すがゾロの口付けは止まらない。
傷口を舐めて癒すように丁寧に丁寧にサンジの傷跡にゾロは舌を這わせていく。
伏せ目がちにチラリチラリと赤い舌を覗かせながら一心不乱に肌に舌を這わせるゾロにサンジはゴクリと生唾を飲む。
長く影の落ちた睫も、時折掠める熱い息も、サンジの中の雄を呼び起こす。
本人にそんなつもりはないのだろうが煽られたサンジはドクドクと脈打つ現金な己に呆れたように苦笑する。
はあっと熱くなった息を吐き出したサンジをチラリと見上げられてサンジは諦めたように笑った。

「生存確認なら・・・もっと確実にやろうぜ?ゾロ。」

サンジは手を伸ばすとゾロの顎に手をかけてその唇を奪う。
しっとりと濡れた舌を吸い上げ、絡め、ゾロの熱を呼び起こす。
柔らかく拒むことなく口付けを受け入れるゾロのシャツの上からその身体を辿る。
水仕事で冷たくなっていた指先にピクリと身体を震わせただけで、サンジの一切を拒む様子のないゾロにますます口付けは激しさを増す。

「・・・・ぁ、コック・・。」

熱くなったゾロの身体を抱き締めながらサンジはシャツから現れた傷跡に唇を落とす。
ヒクリと波打つ身体を戒めながら先ほどゾロにされたように舌を這わせていく。
感じるのか甘く声を零して赤くなった顔にサンジは笑いかけ、軽く唇を触れ合わせる。

「好きだ、ゾロ。」

潤んだ深紅の瞳に優しく笑いかけてゆっくりと体重をかけて裸の胸を合わせる。
サンジを写し、数度瞬きの後閉じられたその瞳を了承と取り、目的をもってサンジはその身体を重ねていった。





熱を分け合った身体を寄せ合って、飽くとこなく触れ合いながらサンジはそっとその顔を覗き込む。
照れるでもなくしっかりと視線を合わせてきた深紅の瞳にサンジの方が逆に照れたように笑う。

「大丈夫か?」
「・・・大丈夫だ。」

疲れたような声だけで咎める風もないゾロにサンジはホッと息をつく。
行為自体は夢中で、互いに貪るように相手を求めたからお互い様だとは思えど、負担がかかったのはあきらかにゾロのほうで、多少は気が咎める。

「やっぱり・・慣れねえな、その色。」

サンジの呟きにゾロの瞳が優しい光を宿す。

「変か?」
「・・いや、似合ってて綺麗だと思うけど、前の目の色も好きだったからさ。」

ゾロが長い眠りから目覚めた時、代償とばかりにいくつか失ったものがあった。
翡翠だった瞳が深紅に。
耳元を飾っていた3連のピアスは風と消えていた。
そして3本の刀は鞘から抜けずその姿を現さない。
それらにゾロ本人は無頓着で、唯一困る刀もそのうち抜けるようになるだろうと至って気楽に構えている。

「ピアスも似合ってて好きだったんだ・・・・・。」

サンジに呟きに驚いたようにゾロが目を丸くする。
それに照れくさそうに視線を外してサンジは笑う。
甲板で太陽光を反射して輝く色と、たまに小さく音を立てるそのピアスを思いのほかサンジは気に入っていたのだと暴露する。

「ピアスならまたどっかで買えばいい。どうせならテメェで選んでこいよ。」

可笑しそうに笑うゾロに嬉しげに笑い、サンジは記憶の片隅に引っかかった何かに首を傾げた。
それを思い出そうと意識を向ける。
そしてハッと顔を上げた。

「ピアス!」
「な、なんだよ?」

突如叫び声を上げたサンジにゾロが驚いたような顔を向ける。

「おい・・・?」

慌てたように毛布から飛び出たサンジが、あたふたとズボンを穿いてキッチンから飛び出していく。
その後ろ姿を呆然と見送ってゾロは毛布からむき出しになった裸の足に頬を染めた。
クルリと辺りを見回して脱ぎ捨てられていた自分の服に手をかける。
下着を身に着けズボンに足を通したところで出て行ったときと同じようにサンジが慌てて飛び込んできた。

「・・・・・これ。」

上半身裸でズボンだけ身に着けたサンジに苦笑が漏れる。
何をそんなに慌てる必要があったのだろうと思いながらゾロは差し出されるままに手にそれを受け取った。

「これは?」

サンジから手渡されたそれは小さな木箱。
かすかに彫り込まれた何かの紋章らしきもが見える。

「中、見てくれよ。」

どこか誇らしげな顔のサンジに首を傾げながらゾロはそっとその箱の蓋を開ける。
たぶん後からサンジが入れたのだろうと思われる紫紺のビロードに包まれた3連のピアス。
涙のような曲線を描くそれはゾロが無くしたピアスとよく似ていた。

「これさ、前に寄った市場で見かけてつい買っちまったんだ。」

驚いてサンジを見ているゾロの手からその一つを取り上げランプに近付ける。

「・・・・・あ。」
「どう?」

どういう仕組みになっているのか光を四方に反射するように輝きを放つそれに小さく声を上げる。

「露天の親父が言うには何処かの王族の持ち物だったとかなんとか言ってたんだけどさ、見た目が派手じゃないのと、3個って半端な数だからって安く叩き買っちまった。」

得意げに笑いながらサンジはゾロの耳に一つ一つピアスを嵌めていく。

「あの親父もこのピアスがさっきみたいに光るってのは知らなかったみたいだしさ、今考えるといい買い物したと思わねえ?」

3つ全部を嵌め終わり、指先で軽く弾くと澄んだ音を立てたピアスにサンジは満足気に笑った。

「うん、似合ってる。」

嬉しそうに笑ったサンジにゾロも笑みを返す。
そしてサンジはまたそそくさと毛布を上げゾロの隣へと身体を滑り込ませた。

「よし、寝よう。」

意気込んでゾロの身体を抱き寄せた腕に遠慮なく声を出して笑う。
その唇に何度も口付けながら、ゾロを離そうとしないサンジの腕にひとしきり笑って、ゾロはゆっくりとその腕の中で目を閉じる。

「おやすみ、ゾロ。」
「おやすみ・・・・サンジ。」

トクン・・っと、優しい音に誘われるように二人の意識は優しい闇の中へと消えていったのだった。









翌朝、コックの習性で目が覚めたサンジは腕の中でぐっすりと眠っているゾロに頬を緩ませた。
無防備に安心しきった顔で眠るゾロは年相応で幼い。
起こさないように気をつけてそっとその髪を撫でてもスヤスヤと寝息は乱れない。
ほんの少し前、サンジが雪原に沈む前はサンジが身じろいだだけで目を覚ましてたゾロが昔のように眠れていることにホッとする。
そっとその横を抜け出して、放り投げたままになっていたシャツに手を通す。
朝食の準備が整ったらいったん着替えに行ったほうがいいだろうと毛布の中で眠っているゾロに笑みを向ける。
昨夜仕込みをしてあったスープとパンを釜に入れ、準備を終えるとゾロを起こす為にと近付く。

「ゾロ・・・朝だ。」

髪を優しく撫で、名前を呼び、閉じられている両の目蓋に唇を落とす。

「・・・ゾロ、起きろ。」

チュッと音を立ててその唇にキスをするとピクリと目蓋が震える。
ジッと見つめているサンジの目の前でふるふると震え、顰められた目蓋がゆっくりと開かれていく。

「・・・・・あ?!」

眩しげにサンジを見つめてくる翡翠の瞳。
昨夜眠る寸前までは深紅だったはずの瞳。

「・・・・?・・クソコック、おはよう。」
「ああ・・おはようって、ゾロ、目が緑に戻ってるぜ?」

サンジの言葉にパチパチと長い睫が頬に影を落とす。

「・・・そうか?。」
「ああ。・・綺麗なグリーンに・・。」

ジッと覗き込んでくる蒼い瞳に翡翠が柔らかく微笑む。

「なら、あいつ等もきっと元通りだな。」

何が原因で元に戻ったのか分からないが、瞳の色が戻っていると聞いたゾロが思い浮かべたのは鞘から抜けなくなった自らの相棒達のことだった。
これからの航海の事や目標の事を考えると多少は心許無いと思っていたのだ。
ゾロの言葉にラウンジの壁に並べて立てかけてあった刀へを目を向けたサンジも小さく頷く。
瞳の色が翡翠の輝きに戻り、ピアスもその耳元に戻ったのだ。
きっとゾロの刀達もその鞘から姿を現す事だろう。

「おお、とりあえず、朝飯の準備終わったから此処片付けたいんだが・・。」

床に毛布を数枚広げて寝所としていた場所をサンジが指差す。

「あ・・・悪いな。」

二人で眠った今までの翌朝のように、小さく断って起きだそうとしたゾロが立ち上がりかけ小さく呻いてヘタリと床に座り込む。
そして咄嗟に赤くなったその頬にサンジは軽く視線を逸らした。

「あー、ごめん。ちょっとやりすぎた?」
「バカエロコック・・。」

ありえない場所の痛みと力の入らない腰に視線を伏せたままゾロが悪態をつく。
眠る前に移動という移動らしきことをしなかったゾロは力の抜けきった身体に呆然とする。

「ごめん、後でちょっとやりすぎたかな?とは思ったんだけどさ。あんた平気そうだったし。」

困ったように笑いながら手を貸して立ち上がらせてもらい、昨日と逆だなとゾロはサンジの顔をマジマジと見つめる。

「どう?歩けないようなら抱っこして連れて行くけど?」

ニンマリと締りのない顔で覗き込んできたサンジをジロリと睨み付け、ゾロはゆっくりと足を動かす。
サンジの手を借りて2、3歩足を進め、覚束ないながらも縋らず歩けることにホッとゾロは息を漏らす。
そしてポイっとばかりにサンジから手を離してラウンジの扉に手をかけた。
その背を残念とばかりに追いかけて自らも着替えるためにとサンジが追ってくる。
そのまま二人揃って男部屋へと戻っていたのだった。






全員が揃い朝食を済ませ、ログが貯まったと告げたナミの言葉に従って速攻で出航の準備を整える。
誰もが無言でいつもよりも手際よく出航準備を整えたメリーは滑り出すように外洋へと走り出した。
出航を助けるように吹き始めた風を帆に受けてメリーは速度を上げて忌まわしい記憶の残る島から離れていく。

「皆、見て!!!」

ナミの声に持ち場で動いていた全員がその指先へと視線を向ける。

「・・・樹が・・。」
「枯れてんのか?」
「綺麗ね。」

島全体を覆うようにあった樹からハラハラとヒラヒラと葉が落ちていく。
雪が積もり白く見えていたと思っていたその色は樹木の葉の色だったのか、止まることなく風に流されていくその様はまるで雪が降っているかのようだった。
クルーの見守る視線の先で白く輝きながらその姿を消していく巨木に誰も声を発しない。
幻想的なその風景はこれから先、見ることが叶わないと思われるほど儚く美しいものだった。
やがてすべての葉を落としきったのか、今度はその幹が徐々にホロホロと風に崩れていく。
あっという間に視界から消えていった巨木に誰の口からとも無く溜息が漏れた。

「消えちゃったわね。」

どこか寂しげなナミの言葉にピンクの帽子が頷く。
始めてみた時、巨大なクリスマスツリーのようだと思ったその島は今は何処にでもある平凡な島だ。

「神に見捨てられた島か・・・。」

ポツンと小さく呟かれたゾロの言葉にサンジが顔を向ける。
それにふっと笑うとゾロはゆっくりと視線を空へと向けた。

ゾロの示す先には赤、白、金と目にも鮮やかな3羽の鳥の姿。

「わああ・・・・。」

鳥の姿に気付いたチョッパーが歓声を上げる。
風を受け海の上を飛ぶように駆けるメリーの上で、徐々に遠く小さくなっていくその姿を一人ひとりそれぞれの思いを胸に、静かにただ眺めていたのだった。














≪エピローグ≫




クルリクルリと戯れるように幻のような美しい鳥達が空を舞う。


朱の夢鳥。
白の啼鳥。
金の禍鳥。


神の夢鳥達。


楽しそうに鳥達は踊るように舞い飛び、やがて溶ける様に青い空の中へと消えていく。



そこはグランドラインの片隅。

夢の途絶えし、常磐の島。



その島の名は・・・・・。





最終章 時逆の翼 ++END++


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時逆シリーズ、最終章『時逆の翼』となります。
いろいろと書ききれなかったこともありますが、一応このシリーズはこの『時逆の翼』を以って、最後とさせていただきます。
延々と長い話にお付き合い有難うございました(^^
すこしでも何か感じていただければ幸いです(笑


(2005/11/27)