その日から、ゾロは夜はキッチンで眠り、他のクルーが起きだす前に朝食を取るようになった。
もともと食事時間にまともに現れたことのないゾロが皆と別に食事を取っていても誰も不審には思わない。
手間が増えたようで申し訳ない気分だったが、いつの間にかサンジもゾロに合わせて食事を取るようになった。
二人顔を突き合わせ食事を取り、馬鹿話に笑ったり、くだらない話題で盛り上がった。
少しずつゾロの体調も良くなり外で昼寝をしても短時間ならば眠れるようになってきていた。

「海軍だーー!!」

ウソップの声で一瞬にして緊張感がメリー号を満たす。

「麦わらのルフィとその一味!!」
「ルフィ、呼んでるぜ。」

クククと笑うサンジの横でゾロも同じように笑う。
ワクワクといった顔でルフィは近付いてくる海軍に目を向ける。
そして楽しげに笑った。

「いくぞーー。ゾロ、サンジ。ゴムゴムのーーー。」

二人は仕方ないとばかりに顔を見合わせて苦笑し、ルフィと共に敵船へと乗り込んでいった。







それは、ほんのかすかな油断ともいえない偶然の出来事だった。

「ゾロ!!」

カチャリとゾロの手の中で刀が音をたてる。

「ゾロ!!おい、しっかりしろ!!」

がっしりと肩を掴まれてサンジに前後に揺さぶられ、ゾロの焦点があってくる。
目の前で必死の形相をしているサンジを見つめてゾロは瞬きを繰り返した。

「・・・クソコック?。」

ゾロの言葉にサンジはあからさまにホッとしたようだった。
そしてグイっとゾロの頭を右腕で抱き寄せる。
サンジから漂う噎せ返るような血の匂いにゾロは眉を寄せた。

「俺は無事だ、ゾロ。」

はっきりとした声でゾロに告げてサンジはその顔を覗き込む。
その惚けたような表情に何があったのか、ゾロはたぶん分かっていないのだろうとサンジは思う。

本当に運の悪い偶然の重なりだったと思う。

ルフィが吹っ飛ばした海兵が狙撃手に当たり、銃口が逸れ、別の場所で銃を構えていた海兵の腕を打ち抜いた。
その衝撃に引き金が引かれ、狙いの外れたその延長上に、蹴りを放ち、着地したサンジがいた。
そして運の悪いことにその弾はサンジの左上腕を打ち抜いたのだ。




・・・ゾロの目の前で。



ゾロの視界の中を血を撒き散らしながら通り過ぎ甲板に沈んだサンジ。




着弾の衝撃でサンジはほんの一瞬だけ意識を失っていたようだった。

目覚めたサンジが目にしたのは修羅。

まさしく魔獣と呼ばれるに相応しいゾロの姿だった。

一振りで屍の山を築いていく。
その剣技はまるで舞を見ているかのようで華麗で優雅だった。
血煙の中、迷いの無い刀が命を絶っていく。

その様を呆然とサンジは見ているしかなった。
やがて周囲に動く者がいなくなり微動だにしなくなったゾロにサンジはやっと近寄れたのだ。
それも何度もなんども名を呼んで、かすかな反応を返したのを確認してからでなければ近寄れなかった。

「ゾロ、俺は大丈夫だ。分かるな?」

ギュッときつく抱き締めてゆっくりと身体を離してやる。
縋るようにスーツの胸元を掴む指先が震えているのにサンジは泣きそうになった。
この男の拠りどころになるなら決して倒れてはいけなかったのに。

「メリーに帰るぞ。ルフィ!!」

もう一度抱き寄せてサンジは船縁に立つルフィの名を呼ぶ。
グっと伸びてきた腕に巻きつかれ一足飛びに運ばれる。
サンジは小刻みに震えるゾロの身体を力の限り抱き締めていた。







そして・・・・。

ゾロはまた眠れなくなった。







サンジのテリトリーであるキッチンで寝ても夢を見て飛び起きる。

そして目覚めると無意識にかゾロは必ずサンジの姿を探すのだ。
まるで母親に置いて行かれまいとする子供のような瞳で。


さすがにその頃になると他のクルーもゾロの様子がおかしいことに気付き始めた。
しかし、しばらく様子をみて、自分達に何もできることがないと悟ると気付いてないフリをしてサンジとゾロの様子を距離をとって見守っている。
歯痒いけれど、医者の癖に他に何も出来ないと泣き笑いの表情を浮かべたチョッパーに誰も何も言ってやることは出来なかった。
そのクルーの好意に甘えながらサンジはゾロとの距離を少しずつ縮めていく。
食事量も減り、ピリピリとした空気に前のように安心して眠らせてやりたいとサンジは思う。

「今夜から俺もここで寝る。」

ゴロリと横になったゾロの傍に同じように寝転んでサンジは笑ってみせた。

「はっ、俺はそんなに酷くみえるのか。」

それに頬を歪ませて自嘲気味に笑うゾロにサンジは違うと言って腕を伸ばす。
腕を伸ばし引き寄せようとすれば身体を強張らせ、頑なに嫌がる。
サンジはその身体を引き寄せるのを諦めて、自分からゾロに近寄るとそっとその頭を腕に抱き込んだ。

「俺が一緒に居たいだけだ。」

腕に力を籠めてサンジは真剣な声で告げる。

「俺がアンタの傍に居たいんだよ。」

静かなサンジの言葉にゾロがゆっくりと顔を上げる。
その翡翠の瞳を見つめ返してサンジはもう一度同じ言葉を繰り返した。

「俺が居たいだけなんだ。アンタの隣に。」

パチパチと瞬きを繰り返す目蓋にサンジはそっと唇を落とす。

「傍に居させてよ・・・・ゾロ。」

固く強張っていた身体からゆっくりと力が抜けていく。
温かなゾロの体温と規則正しく打つ鼓動にサンジは腕に力を籠めた。

「クソコック、息できねぇ。」

しばらくそのままでいると腕の中で息苦しくなったのかゾロが抗議の声を上げる。
それに慌てて腕を解くとかすかに柔らかくなった表情でゾロが笑っている。

「傍に居させてやるよ。」

最近みせなくなった優しい顔でゾロが笑ってる。
サンジはゾロを抱き寄せると嬉しそうに笑った。

「有難う、ゾロ。大切にする。」
「なんだそれは。」

ふざけたサンジの物言いに呆れたように言ってクスクスとゾロが声を立てて笑う。
そのゾロの様子にサンジはホッと安堵の息を漏らした。
久々に見せるくつろいだ様子のゾロにサンジも笑みを返す。
二人で顔を見合わせて意味もなく笑い合っていた。

「・・・ゾロ。」

ふいに閉じられたゾロの唇にそっと己の唇を押し当ててサンジは小さくその名を呼んだ。
掠めるようにキスをして離れたサンジを静かに見つめてゾロはクスリと笑みを零す。

「なんで俺らキスしてんだ?クソコック。」
「・・・さあ?わかんねぇよ。」

クスクスと笑いながら何度か触れるだけのキスを交わす。
そして互いを抱き締めながらゆっくりと眠りについた。






≪act.4≫


「うおおおーーー島だ!!」

海軍から頂戴したいくつかの備品の中に近海の海図が含まれていた。
その地図に描かれた小さな島に向かってナミは急遽航路を修正したのだ。
ルフィの叫び声にゾロを除くクルー全員はホッと安堵の息をついた。


海軍との戦闘から2度ほど小さな小競り合いがあった。
その頃には様子のおかしかったゾロも、夜キッチンでサンジと眠るという行為以外は特に変わりがなくなってきていた。
だから、サンジを含めて皆はゾロはすっかり元通りだと思い込んでいたのだ。
次にその刀を振るう姿を見るまでは・・・。


「ううーー寒いわ。」

真っ白な雪に覆われたその島は、島全体を覆う大きな一本の樹のせいでまるで鉢に植えられた一本の巨大なクリスマスツリーを見ているようだった。

「綺麗なところね。」
「ええ、ここならゆっくり出来そう。」

ナミはそういって口元を歪めた。
気を張っていないと泣きそうになる自分が嫌だった。
辛いのは自分だけじゃないのに。
そっと伸びてきたロビンの腕に慰めるように髪を撫でられる。
ナミは顔を上げるとニッとロビンに笑いかけ、元気よく大きな声を張り上げた。

「準備するわよ。チョッパー舵を!ウソップ、ルフィ、帆をお願い。」
「了解!!」

バタバタと慌しくなってきた船内に目をやってナミは祈るような気持ちで少しずつ近付いてくる島を眺めていた。
その白い世界にひと時の平穏が待っていることを信じて。





メリーより少し大きい船の海賊が接触してきたのは海軍との戦闘のあと2度ほど島を経由した後だった。

友好的なその様子に警戒を緩めかけて襲撃を受けた。
本来なら油断したところを狙って、襲ってこようとしていた海賊達は、ゾロの放つ殺気に耐えることが出来なかった。
脅えて手にした武器で一斉に襲い掛かったのだ。

そしてそれを屠ったのはゾロ一人だった。

あのルフィさえも呆然と見ているしかなかったのだ。

迷いのない一閃に次々と屍が築かれていく。
刀の一振りで命を消していくその姿は淡々としていてまるで現実感が伴わない。
傷の一筋、返り血の一滴も浴びずに血を拭いメリーに戻ってきたゾロに誰も声を掛けることはできなかった。
船に戻ってきたゾロは一人ひとりの顔を確かめて歩き、最後にサンジの元に行くと腕を伸ばしてその体を抱き締めた。

「良かった・・怪我はないな。」

静まり返った船内にポツリと呟いたその声はよく通った。






その島はひっそりとしたまるで世界から切り離されたかのような場所だった。


原始的な暮らしそのままに、月に2〜3度やってくる商船とのやり取りで僅かばかりの収入を得ているような貧しい島だった。
自給自足で細々と日々を暮らしているような島の様子にナミとサンジはかすかに落胆した。
食料の補給を島で出来ないとなればこの島での滞在は不可能だ。
当初の予定を外れてしまった遅れを取り返すとして、少しでも早く島を出るしかない。
閉鎖的な空気を漂わせる中、なんとかナミが聞きだしてきたログが溜まるまでの時間は10時間。
自給自足で生活できるのなら、山に薬草があるかもしれないから取りにいきたいと言い出したのはチョッパーだった。
その言葉に冒険だと騒ぎ始めたルフィに仕方ないとばかりに苦笑し、ロビンを船番に残し皆で島に降り立った。




寒い寒いと文句を言いながらも気分転換になったのかナミもウソップも表情は柔らかい。
四足で歩くチョッパーの後を追って足を動かしながらサンジは少し離れて横を歩いているゾロをそっと見つめた。
時折周囲に向けられる張り詰めた気に気付かれないように溜息をついた。


あの日から、ゾロの中で何かが壊れ変化した。

クルー全員を危険から遠ざけようとする。
その為に振るわれる刀に一瞬の迷いもない。
ゾロにとってクルーを、仲間を奪われることがいつの間にか恐怖の対象になっているのだと、サンジはその時初めて本当の意味でゾロの恐怖を理解した。


ピョンピョンと跳ねるようにして消えていったルフィが気になるのかたまにゾロの視線が遠くを見つめる。
だが、ゾロはサンジの傍から離れようとはしなかった。
ゾロにとっての一番の恐怖は、サンジの存在が消える事。
サンジはそのまっすぐな横顔を悲しい思いで静かに見つめることしか出来なかった。





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