「ごちそうさまでした。」
「おお、食器そこに漬けといてくれ。」

コックに言われたように自分が使った食器をシンクに運び、ゾロはその場を静かに後にする。
無理な体勢だったが久しぶりに取ったまともな睡眠と、食事に身体に力が満ちているのを感じる。
さて、鍛錬でも始めるかと動き始めた目に小さな点のような船影を捕らえた。
今出てきたばかりのキッチンへと踵を返し扉を開く。

「船影だ。」

パクリと魚を丸呑みしたルフィがグイっと麦わらを押さえる。

「・・・敵か?」
「分からねぇ。」
「よし、チョッパー、いくぞ。」
「食事ぐらい落ち着いてさせて欲しいわね。」

ガタガタと音をたてて慌しく外へと出て行く。
先頭を切って飛び出していったルフィの後を追って甲板に下りていくと、パタンという音と共に煙草を咥えたコックが現れる。

「海賊だ!!」

見張り台からスルスルと降りてきたウソップがそう告げて砲台へと移動する。
ウソップの代わりに敵船の様子を伺っていたナミが小さく舌打ちしたのが聞こえた。

「どうした?」
「んー、ちょっと相手が多いわ。」

少しずつはっきりしていく船影に他のクルーも息を呑む。

「なんだぁ・・・ひいふうみい・・・おいおい、全部で7隻もいるぞ。」
「何処の大海賊さまだよ。」

ウソップの声に呆れたようなサンジの声が重なる。
海賊旗を掲げた母船とそれを取り囲むように6隻もの船がいる。
想像しただけでもかなりの数の戦闘員がいるだろう。

「ここはナミとウソップ、チョッパーで守れ。俺とゾロ、サンジ、それとロビンもあいつらブッ飛ばしに行くぞ。」
「ロビンちゃんはメリーに近い場所にいてくれ。」
「分かったわ。一番近い船を押さえておくわね。」

ドーンという砲撃の音に続いてメリーの近くで水柱が上がる。
刀を抜いて飛び出したゾロに切り裂かれた砲弾が空中で火花を上げた。

「ルフィ、後は任せて。」

追い風に乗って近寄ってきた敵船の甲板に銃を構えた姿が見える。

「分かった、頼んだぞ、ナミ!!」

伸ばした手で敵船の船縁を掴み加速をつけてルフィが飛び込む。
派手に海にふるい落とされた戦闘員の姿が見えた。

「私達もいきましょう。」

メリーに伸ばされた敵船からのロープを足場に飛び移ったゾロを追ってロビンが走り出す。
同じように敵船にサンジも飛び移り、あちらこちらで激しい戦闘が始まった。





「もーダメ。ちょっと眠らせて。」

チョッパーと共にバタバタと怪我人の治療にあたっていたナミがパタリと甲板に寝転ぶ。
すでに高鼾を掻いているルフィとウソップを担いだゾロが仕方ないなというふうに笑った。

「お・・俺も・・。」

その横でコロンとぬいぐるみの様に転がるとチョッパーも同じく寝息を立て始める。
くうくうと顔を突き合わせて眠ってしまった二人の様子にクスリとロビンも笑みを漏らす。

「お疲れ様、航海士さん、船医さん。」

7隻もの船を一度に相手に出来るわけもなく、飛び込み戦った戦闘組みより、メリーを守るという重要任務を任された非戦闘組みの方が目も回るような忙しさだったのだ。
しかも、怪我を負って帰って来たルフィにゾロ、サンジと治療をして、とうとう二人は力尽きてしまった。
コロリと転がったチョッパーを両手に抱き上げて、ロビンはルフィとウソップを男部屋に放り込んだゾロが戻ってくるのを待っていた。

「チョッパーも寝ちまったのか。」

ロビンの腕に大人しく抱かれているチョッパーを見て笑みを浮かべる。
ロビンはにっこりとゾロに笑いかけた。

「航海士さんをお願いできるかしら。」

頷くとゾロはナミの背と足に腕を回してそっと抱き上げる。
柔らかくて軽い身体に無理をさせたなとゾロはそっと目を向けた。
疲れた顔で眠っているナミに柔らかな笑みを向ける。
その優しいゾロの表情にロビンも笑みを浮かべた。

「ベットに寝かせてもらえるかしら。」

ゾロを伴い、女部屋の扉を開け、ナミをベットに降ろしてもらうとロビンはゾロにお礼をいう。
そして出て行こうとしてたゾロの背に思い出したように声をかけた。

「私も少しだけ休ませて貰ってもいいかしら。」

眠りはしないがナミが目覚めるまでに少しでも敵船から奪ってきた宝の仕分けをしておこうと思ったのだ。

「ああ、いいぜ。」
「ありがとう、剣士さん。」

ロビンの言葉に返事を返し、ゾロは甲板へと戻ってきた。
そしてキッチンへとロビンの言葉を伝えに向かう。
きっとサンジは女性陣になんらかの労いの用意をしているだろう。
そう予測してキッチンの扉を開くと案の定テーブルの上にはお茶のセットとおやつらしきものが用意されつつあった。

「おい、クソコック。」
「あーん?なんだよマリモ。」

クルリと振り返った頬に白いテープが見える。
多少疲れたような顔はしているが、それ以外に怪我のないのを確認してゾロはホッと息をついた。

「ルフィとウソップ、チョッパーは寝ちまったから片付けてきた。で、ナミも同じく潰れちまったから部屋に運んできた。」
「ええ!!ナミさんが?!」

大きな声を上げたサンジにゾロは煩いと眉を寄せた。

「ロビンもついでに部屋で休むそうだ。そのうちナミの目が覚めたら出てくるんじゃないか?」

ドカリと椅子に腰を降ろして、ナミさーん、ロビンちゅわーん、と騒いでいる男をゾロは呆れたように眺めた。

しかし見た目と違って案外タフな男だなとゾロは感心する。
夜に見張りをこなし、敵船との戦闘を終えたばかりなのだ。
コイツこそ一番先にへばってもおかしくはない。

「しかたねぇ、それ食ってくれ、クソ剣士。」

何事が一人で騒いでいたと思ったら、テーブルにある菓子を指差しそう言ってくる。

「クソゴムも寝ちまったんなら、誰も食わないから食っちまってくれ。」

菓子の乗った皿を昨夜のように差し出され、ポットから湯気を立ててカップにお茶が注がれた。
ゾロは優雅な仕草で差し出されたカップとコックの顔を見比べる。

「酒はあとで出してやる。その菓子にはこのお茶が合うんだよ。」

コックとして菓子とお茶がセットと言い切ったサンジにゾロは苦笑しつつ手を伸ばす。
噛み砕くとカラメルのような甘さの菓子に、そのすっきりとした後味の紅茶は確かにぴったりと合う。
なんだか昨夜と似ているなと思いながら菓子を食べているとサンジも小さく笑っている。

「なんかさ、昨日の晩と同じじゃねぇ?」

ニヤリと頬を歪めて煙草の煙を吐きだした横顔に、コイツも同じことを考えていたのかとゾロもなんとなく嬉しくなった。
そして、どちらからが言い出したというわけでもなく、他のクルーが起きだすまで交代で1時間ずつ眠ることにしようと、二人の間で話がまとまった。

「それじゃ、お先に。」

常備してある毛布を手に、キッチンの隅でゴロリと横になったサンジを置いてゾロはいったん見張り台へと登る。
眠ってしまう前に何度もナミが進路を確認していたからそちらの心配はないだろうと水平線を見つめる。
朝の騒動が嘘のように穏やかな波を眺めながらゾロはゆっくりと身体を弛緩させた。
久々の戦闘は程よい疲労感を生んでくれた。
これなら今夜はぐっすりと眠れそうだとゾロはどこかホッとした気分で交替の時間まで海を見つめていた。






≪act.3≫



胸を押さえてガバリと飛び起きる。
全速力で走りぬけたように呼吸が苦しい。
喉がカラカラに干上がっているようで唾さえ出てこない。

空咳を繰り返し、ゾロは痛みを訴える身体を引き摺って甲板へと這い出した。
今夜の見張りはチョッパーだ。
こんな状態のゾロを見つければ大騒ぎになるだろう。
ゾロは見上げた視界に灯りの点いた丸窓を見つける。
あそこならば今日の昼間に使っていた毛布もある、それに酒を貰いにキッチンを訪れるゾロを誰も不審に思ったりしない。
倒れこみそうになる身体を叱咤して一歩一歩キッチンへと向かう。
震える手で扉に手を掛け、ゆっくりと開くと夜だというのにキッチンの中では香ばしいイイ匂いが漂っていた。

「よお、起きたのか。」

笑いながら振り返ったその顔にゾロは体の痛みが薄れていくのを感じた。
苦しかった呼吸もキッチンに入っていい匂いを嗅いでいるうちに普通に戻っていく。
どういうことかと混乱しながら近付くとニヤニヤとサンジはゾロを見つめて笑っていた。

「腹減ったんだろう?」
「・・・腹?」
「アンタなかなか起きなかったから、そろそろ腹へって何か食いに来る頃だろうって思って用意してた。」

サンジの言葉にそういえばとゾロは夕食のことを思い出した。
交替でキッチンで眠りに入ったゾロが目覚めた時、一時間どころか三時間ほど時間は過ぎていて、ちょうど夕食の真っ最中だった。
状況が分からずボケっとしていると気付いたサンジに顔を洗ってきて食事を取れといわれたのだ。
顔を洗って戻ってみるとすでにゾロの皿の上はあらかた片付いていて、犯人は大きな腹を抱えてひっくり返っていた。
確か、追加で何か作ろうとしたサンジを制して残りを片付けて食事を終えたような気がする。

「夜中だし、あんまり重いものもな。」

そういいつつゾロの前に用意されたのは焼きおにぎり。
香ばしいソイソースの匂いに顔が綻んだ。

「いただきます。」

両手を合わせて齧り付けば口の中にうまみが広がる。
中に何も入っていないのかと思っていたゾロの期待を裏切って甘辛い佃煮が入っている。
たしか朝食に出してもらったものと同じだと思ってサンジを見れば満足そうに笑っている。

「美味い。」
「あたりまえだ。俺の飯はクソうめぇんだよ。」

ゾロはしっかりと味を感じる食事を取りながら、上機嫌で煙草を燻らしている男を眺める。夕食も同じようにこの男が作っているはずなのに砂を噛むように味気なく食欲もわかなかった。
しかし今はそれが嘘のように美味しいし、食欲もわく。
たぶん、それはこの男が二人だけの時に見せる作り物でない安心感のあるこの空間のせいだろうとゾロは思う。
そして、昼間他のクルーがいたにもかかわらず目が覚めなかったのも、この男のテリトリーで眠っているという無意識の安心感からだろうと思った。
ゾロは上機嫌なままで片付けを始めたサンジの背を静かに見つめる。
理由を言わず、キッチンで寝たいといえば、きっと不思議そうな顔はするだろうがサンジは何も問うてはこないだろうと思う。

「コック・・・。」

呼びかけに振り返ったサンジを見つめて、ゾロは決心したように静かに口を開いた。





たまに煙を吐き出す動作を繰り返すだけでサンジは何も言わなかった。
ゾロは眠れない事も、繰り返し見るその夢の内容も、すべてをサンジに話した。
ゾロが話し終え、沈黙が二人を取り巻く。
サンジはゆっくりと新しい煙草を取り出し火をつけた。

「分かった。ここでいいならここで寝ろ。」

そう言ってプカリと煙を吐き出す。

「飯も別に用意してやる。」
「いや・・それは。」

さすがにそれは申し訳ない気がして言葉を遮りかけると逆に睨まれる。

「皆と一緒に食ってたら味がしねぇんだろうが。」

その表情に調子に乗って話しすぎたかとゾロは小さくなる。
確かにコックとしてゾロの話は聞き捨てならないものなのだろう。

「・・・・飯は美味く食べさせてやりてぇからな。」

しかし重ねて言われたサンジの柔らかい言葉に、ゾロは伏せがちになっていた顔をゆっくりと上げた。
思いのほか優しく、蒼い瞳がゾロを映し、かすかに微笑む。
驚いてぼんやりとサンジを眺めているとゴソゴソと毛布を広げ隅に寝床を作っている。

「ほら、ここでいいだろう?寝ろ。」

促されるままにその場に寝転べば、しばらくたって灯りが消される。

「一服したら俺も部屋に帰る。」

静かな声にゾロは小さく頷いた。
腕を枕にゴロリと寝やすい体制を作る。
風に流れて薫る紫煙にウトウトと自分の意識が沈み始めたのを感じる。
その眠りの誘いに乗ってゾロは静かに目を閉じた。
しばらくして、紫煙の薫りがきつくなったのにサンジが傍に来たのだなとゾロは遠い意識の中で思う。
ふわりと優しく髪を撫でられてくすぐったさに笑みが浮かんだ。

「おやすみ、ゾロ。」

小さなサンジの声にゾロは心の中で返事をかえし、久しぶりに訪れた優しい眠りの腕に意識を委ねた。



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