「チビナス・・・客が会いたいそうだ。」
一仕事終わって一服とばかりに甲板に出ていたところをゼフに見つかった。
「なんだぁ?口にあわなかったとでも言うのか?。」
携帯灰皿に煙草を押し付けながら仕方ないとその後をついて歩く。
たしかにメニューを言うのでなく、食べたい肉や野菜を指定してくるといった一風変わった奇妙な注文の仕方だったが、返ってきた皿はソースの一筋も残っていないぐらいに綺麗に食べつくされていたはずだ。
手を抜いたつもりもなければ返ってきた皿の様子から不満があるとも思えない。
注文をしてきたのは男の二人連れ。
最高の料理として誉めてくれるためにコックの俺を呼んだんだとしてもあまり嬉しくはないんだけどな・・・。
「ふむ・・・合格だ。」
「鷹の目!!!!」
ゼフに連れて行かれた特別室(と、いってもただ個室なだけだ)に、眼光鋭い、一度見たら忘れられない存在感のある男がドンと座っていた。
あの時と違うものといえば黒刀を背負ってないぐらいだ。
「なんであんたがこんなところに居る!」
本当に聞きたいことはこんなことじゃないと心の中でもう一人の俺が叫ぶ。
俺達の、大切な剣士はどうしたんだと・・。
覚えのある息の詰まるような激情にギリっと唇を噛み締めた。
落ち着くために何気なく視線を巡らせて、壁に立てかけてある見覚えのある刀に今度こそ心が悲鳴を上げた。
あの白い刀は・・・和道一文字。
ゾロが命のように大切にしていた親友の形見。
忘れようとしていた記憶と、忘れかけていた想いが一気に俺の中で膨れ上がった。
ここがバラティエであることも、鷹の目がジジイの言っていた客であることも一瞬にして俺の中から消えうせた。
「あ、・・・クソコック。」
隠し切れない殺気と抑えきれない衝動に、動かされるまま脚を振り上げようとして背後から聞こえてきたのんびりとしたその声に動きが止まった。
ゴトゴトと特徴のある足音をさせて、一瞬にして俺のやる気を削いだ人物は開いていたミホークの隣の席に何食わぬ顔で座った。
「・・・・ゾロ?」
ゼフにワインを渡して栓を抜いてもらいながらゾロは俺ににっこりと笑いかけた。
「うん。」
「ぅう?ぇあ・・・・・・なんでぇ?!!!」
間の抜けた声を上げた俺にゾロはあっさりと『会いたかった』と告げたのだった。
驚いて一歩も動けなくなってしまった俺にチラリと向けられたジジイの視線は後から考えると同情的だった。
グラスにワインを注いでもらい上機嫌で飲んでいるゾロの姿が現実だといまだに信じられない。
よく見れば短かった髪は少し伸びたようでゾロが動くとフワフワとゆれる。
ご機嫌でグラスを傾けているゾロをただひたすら見ていたが、やはり何がどうなっているのかさっぱり整理がつかない。
「では・・・赫足の、貰っていくぞ?」
「ああ、好きにしろ。」
ジジイとミホークの間でなにやら意味不明な会話がされたと思ったら、俺は混乱したまま、少ない荷物と共に先程奇妙だと思ったガレオン船に放り込まれていた。
しかも、何故か右腕にゾロをぶらさげて。
「・・・ジジイ・・。」
「幸せにな・・サンジ。ゾロも近くに来たら顔を見せてくれ。」
「うん、そうする。ありがとう、オーナー。」
状況が把握できていない俺の肩を叩いて、ジジイは薄情にもさっさとバラティエに戻っていった。
俺の横では大盤振る舞いとばかりにゾロが笑顔を振りまいている。
バラティエの甲板から大勢のコックや一般客の歓声に見送られ、帆を広げたこの船は風を捕まえるとあっという間にその海域を後にしたのだった。
呆然としたまま引き摺られ、ここが俺の部屋だとゾロから案内される。
備え付けのバーカウンター、ローテーブルにソファ、作り付けのキャビネットには高そうな酒がズラリと並び、極めつけに小さめな冷蔵庫まで付いている。
かなり広い室内のその奥にこれまたでかいベットが我が物顔で鎮座していた。
壁に折りたたまれたパネルドアが見えるから、本来はそれを引き出して部屋としての区切りをつけるのだろう。
まあ、そうしないと部屋に入ったとたんにベットに目がいってしまってあまり居心地がいい部屋とは思えない。
「会いたかった・・。」
正面からぎゅううと音がしそうなぐらいゾロに抱き締められて益々パニックになる。
感激の対面にしてはどうも妙な気がする。
しかも相手はあの無表情仏頂面の剣士のはず・・。
「ちょっと待て!!ほんとーに、本当にお前ゾロなのか?」
「当たり前だ。クソコック。」
機嫌よく笑っていたゾロが拗ねたように呟いて見上げてくる。
その甘えた仕草にどきりと心臓は跳ね上がったが、俺が知っているゾロとはやはりあまりにも違いすぎて混乱が増すばかりだ。
「ちょーっとマテ!」
「なんだよ?」
チュっと音を立ててキスされるに至って俺の混乱はパニックと言ってもいいほどだった。
俺達は、ほんの短い間の恋人だった。
ソロが船を降りるまでのほんの微かな、ひと月にも満たない、まるで真似事のような恋人同士だった。
しかし、そのときのゾロとの関係もこんなに甘くはなかったように思う。
こんなに素直で可愛いゾロというのは見た事がない。
いっそ同じ名の別人だといってもらった方が素直に納得できるぐらいだ。
腕を振りほどくと、不満そうにしてくるのでソファーに腰掛けて隣を示すと当たり前のように横に座って体ごと俺に凭れ掛ってくる。
腰を引き寄せるように腕を回してやれば嬉しそうにクスクスと笑う。
しかも首を少し回して届く範囲に小さくキスしてくる。
「えーと、確認させてくれな?」
引き攣った笑みのままの俺の言葉に、悪戯みたいに仕掛けてくるキスは一応止まった。
「ミホークには勝ったのか?」
「勝った。」
「なら、なんで大剣豪になってないんだ?」
「ミホークが面倒くさいぞって言ったから。」
あっさりとしたゾロの答えはいっそ清々しいほどだった。
「称号は、まあいいとして・・。何ですぐにGM号に帰ってこなかった?」
「怪我してたから。」
「あー、それは、ミホークと戦ったからか?」
「ん、そう・・・。」
受け答えをしながら無意識のように俺の手に指を絡めてくる。
なんだか、気のせいかもしれないが船を降りたときより遥かに精神年齢が後退しているような気がするんだが・・。
「船を降りて、迷わないでミホークとの戦いの場に行った。」
「・・・・。」
「やっぱりミホークは強くて、アイツが倒れたのを見届けて、俺も倒れちまった。次に目が覚めたときはあの島にあるミホークの館で手当てをされてて、俺は一週間も寝てたらしい。」
ゾロはそう言って振り向いて笑った。
「目ぇ覚めた後、執事って人がそう教えてくれた。俺はそれから三日ほど寝て過ごして4日目には動けるようになったんだけど、一緒に運ばれたミホークはまだ寝たままだったんだ。」
よく頑張ったなって子供にするように頭を撫でてやるとくすぐったそうに笑う。
「命を助けてもらったし、勝ったっていっても運ってレベルで、実力とは言い切れなかったから、治ったらもう一回戦ってもらうつもりで身体が治るのをそこで待たしてもらってた。結局、ミホークが普通に動けるようになるまでそれから二週間もかかったんだ。」
「ほぼ一ヶ月か・・・。それじゃ、俺達が何処にいるかなんてわからないな。」
「追いかけようにも海賊の情報なんてそう簡単に手に入らないしな。」
くるりと向きを変えて正面から抱きつくようにしてきた体を受け止めて背をあやすように撫でてやる。
しなやかな筋肉のついた身体は記憶の中にあるより細い気がした。
ゾロはそれにくすぐったそうに笑った。
「目が覚めたミホークに、再戦のことを頼んだら『運も実力のうちだ。それでも主が納得できないのであれば何度でも刃を交えよう。ただし、今回のように命を掛けること無しで。』って言われちまった。その時に『それなら余計に大剣豪の称号はもらえない。』って言ったら、『称号なぞ面倒が増えるばかりで面白くもない』って。」
「・・・・そういうもんか・・?」
「まあ、俺も聞いたときはそう思ったけど、一緒に旅してたら面倒だって言う意味が良く分かった。」
「ちょーーっと、待て。」
居心地のいいようにソファーの上で体を動かして肩に擦り寄ってきたゾロにストップを掛ける。
その仕草は可愛いしドキドキして気持ちいいんだが・・・。
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