Wonderful  Life



バラティエの船影を遠くに見つけて俺は懐かしさに目を細めた。



半年前・・・・。
奇跡の海オールブルーに辿り着いた。


それは見つけたことも奇跡ながら、存在することも奇跡のような場所だった。
その海域近くにあった無人島に3日滞在した。
飲めや歌えの大宴会が3昼夜続き、食材が足りなくなると誰かが海から調達してくる。
それをその場で調理して、また食べて飲んで騒いで踊っての繰り返し。
夢のような場所で思いっきりコックとして腕が揮えたと思う。
そして俺達コックは4日目には可能な限りの加工品の製作に取り掛かり、5日目にはその場を離れ次の島へと旅立ったのだった。





俺は・・・・次の島でここで船を降りることを告げた。

オールブルーで店を開くことは幼い時からの俺の夢だった。
もちろん船を降りてその準備もしたかったのもあったのだが、俺は一度バラティエに帰ってクソジジイに会いたかった。
会ってオールブルーが存在していたこと、夢じゃなかったことを伝えたかった。
そして・・・あの日、放り出すようにGM号に乗せてくれたことを心から感謝していると言いたかった。



俺が降りる事に難色を示したのはやっぱりルフィだった。
あれから一人と欠けることなく旅してきた仲間が抜けるのはやはり思うところがあったのだろう。
その渋ったルフィを説得してくれたのはやはりナミさんだった。

『海賊王になったら美味い飯死ぬほど食わせてくれ。』
『了解。キャプテン。』

結局ルフィは最後はそう言って笑って送り出してくれた。
そしてナミさんは別れ際にオールブルーまでの海図とエターナルポースをくれた。
彼女の大切なものを手に困惑していた俺に、

『あたし達はサンジくんのお店を目指してやってくるから必要ないもの。』

聡明な彼女はそう言ってくすりと笑った。
年を経て落ち着いた大人の女性になってもそういう悪戯っぽい笑みは出会った頃と変わっていなかった。
彼女の好意を有り難く受け取り握手をして俺は船を降りた。

桟橋から俺が抜けた事で巨大ネズミの食料荒らしに不安がるコック達を叱咤激励して、笑顔で出航していく船を見送った。
そして、俺はバラティエに帰るための船へと足を向けたのだった。













半年は短いのか長いのか、グランドラインからバラティエまでの道のりは想像していたより遠かった。
あの日。
まだ、夢を追い続けている仲間をおいて船を去ることを決めたとき、迷いと不安だらけだった・・・と今でも思う。
このまま仲間と共に進んで行きたい気持ちと、夢を実現させたいという気持ちになかなか踏ん切りがつかず、グラグラしていた思考に終止符を打ったのは今は居ないあの男の存在だった。









  『次の島で鷹の目が俺を待っている』



その島を目指す道行きで、そう剣士は俺達に告げた。

『そうか、行ってこい。』

そう応えたルフィは船長の顔で、何も言わずに微笑んだナミさんはその事を知っていたのだろう。

慌てて包帯や傷薬などを準備したのはチョッパーで、その島の地図と、道行を示してくれるというログポースのような、よく分からないナビといわれる小さな機械を手渡したのはウソップだった。
俺は弁当とあいつの好きな銘柄の酒を用意してやり、船を降りるときに手渡した。

『ゾロ、待たなくていいか?』

小船で岸を目指すゾロにルフィはそう問いかけた。

『ああ、先に行っててくれ。後からすぐ追いつく。』

そう笑って手を上げると、二度とその背は振り返らなかった。
綺麗な傷一つない背中が小船に乗って俺達の視界から消えていく。
チョッパーとウソップは泣いて、ルフィはいつもと変わらず、ナミさんは困ったように笑っていて・・・。
俺達は何かに追い立てられるようにその海域を離れた。



そして、アイツの姿はそれっきりだった。



俺達が望んでいた『大剣豪、ロロノア・ゾロ』の名前はあれから五年経った今でも聞こえてこない。

ゾロが船を降り、ナミさんは毎日スミから隅まで新聞に目を通し、寄航する度にいろんな雑誌を買いこんでは、どこかにその痕跡がないか探しているようだった。
アイツの迷子癖は天才的だから俺達を追いかけているつもりでとんでもない所に言っているかもしれない・・・・。
もしかしたらミホークの待つ場所まで辿り着かずに迷子になっているのかもしれないな、そう誰かが呟いた。

けれど・・・・、一ヶ月経ち、二ヶ月経ち、一向にゾロらしい痕跡が見つからないと分かるとナミさんは、昔のように数社の新聞といつもの雑誌の購入だけに戻したようだった。

『もったいないでしょ。?』

そういって笑ったナミさんの目が悲しそうだったのは今でも覚えている。
ルフィはあいかわらずだったし、ゾロの抜けた穴を埋めるようにどんどん仲間も増え、麦わら一味は大所帯になっていった。

オールブルーを見つけ、大船団となった今でさえ、仲間を置いていくことに迷いに迷ったのだから、まだ船団とも言えず小さな船で航海していたあの時に船を去った剣士の覚悟はどれほどだったのだろう。
その覚悟を思えば俺の抜けた穴を埋めるだけのコック達もいて、俺は恵まれた状態でこの船を去ることが出来る。
俺は記憶の中のアイツに問いかけて、そして船を降りた・・・・。










少しづつ距離の近くなっていくバラティエに帰ってきたと素直に思う自分に苦笑する。
いきなり帰ってきて脅かすつもりで連絡は入れていない。
まずは客としてクソジジイの腕が落ちていないか見てやるつもりだ。
少ない荷物を持って小船に乗り換え店を目指す。
ふと何気なく視線を上げて、バラティエから少し離れたところに浮かんでいるガレオン船に奇妙な引っ掛かりを覚えた。
何処かで見た様な気がしたのだ。
帆も旗も降ろした特に特徴らしきものもないその船に・・・。






・・・・・・懐かしかった。
少し内装が変わっていたが、あいかわらずむさ苦しいヤローどもの掛け声が店内に響き渡っている。
知らないメニューが増えていたりしても、俺が知っているバラティエのままだった。
接客したウェイターは俺のことを知らないようだったが、途中で誰かが気付いたのだろう厨房からチラチラとこちらを伺うむさ苦しいヤローどものうっとうしい視線が俺に向けられる。
デザートまで食べ終えて満足しているとカツンカツンと特徴的な足音がして、オーナーが現れた。

「チビナス、こんなところでなにしてやがる。」
「は、生きてたかクソジジイ。」

言葉とは裏腹に嬉しくなって咄嗟に立ちあがる。
ゆっくりと近付いて、ここを去ったときに大きいと思っていたゼフと正面から目線が合うことに少なからず驚いた。

「・・・でかくなりやがったな。」

ゼフの言葉は体だけを差していったものではないとわかって俺は不覚にも一瞬泣きそうになった。
やっぱり俺はこの人に育てられたんだな・・と思った。

「ジジイが縮んだんだろう?。」

ニヤニヤと照れ隠しに悪態をつけば、ゼフは視線を険しく口を歪めた。

「でかくなったのは体だけかチビナス。」
「チビナスっていうな!」

懐かしいやり取りも昔のように険悪なムードにはならない。
ゼフは軽く顎をしゃくって付いてくるように俺を促して歩き出した。
昔は見れなかった片足を正面から見ることの出来るようになった自分に過ぎ去った月日を思った。




無言で歩いている後をゆっくりと着いて行くと何故か厨房を通り過ぎてスタッフルームに連れて行かれた。

「おい・・・?ジジイ?」
「誰か、こいつにコック服だしてやれ!」

二、三日したら厨房に入らせてもらおうとは思っていたが、まさか初日から厨房に放り込まれるとは思っていなかった。
それなりに腕は上げてきたつもりだし、ジジイに食わせてやるつもりでレシピもいろいろ考えてきていたから。

「おおー!サンジ、帰ってきやがったか。」

ニヤニヤと楽しそうに笑っているパティにニヤリと返すと、その後ろからカルネが新品と思われるコック服一式を出してきた。

「いやに用意がいいんだな。」

苦笑して受け取ってその場で着替えればあつらえたようにピッタリとしている。
ここを去ってから背も伸びたし体の厚みも増えた。
同じような体系の俺の知らないコックが居ても不思議ではないが少しだけ引っかかりを覚えた。

「・・まあ〜〜なあ〜〜。」

ニヤついているごつい男に肩を竦めて、着替え終わるのを待っていたゼフの元へ足を向ける。
すると今度も無言で歩き出し、今度は厨房へと連れて行かれた。
本気で帰ってきたばっかりの俺にバラティエで料理させようとしていることに気付いて思った以上に動揺している自分に困惑する。

「大事な客だ。てめぇの腕見せてもらうぞ。」

ゼフの眼差しに真剣さを読みとって俺はニヤリと笑って見せた。
伊達や酔狂で料理させるつもりもなく、俺の腕を信じて客をもてなす為の料理をさせようとしてるジジイの心意気に俺は嬉しくなった。

「見せてやるよ。勿体無いがな。」

そういって俺は久々に立つ厨房で包丁を握った。


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