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「まずは南のアラバスタだな。」
「ああ・・・。」

ガタガタと舗装されていない道を車輪が時折跳ねながら進んでいく。

「おい・・・。」

干草をたっぷりと乗せた荷馬車の御者台で手綱を引きながらサンジはピクリと額に青筋を浮かび上がらせた。

「てめぇら、なんで俺がここでお前達がそこなんだよ!!。」

後ろを振り返った勢いで、つい手綱を引いてしまい馬の歩みが遅くなる。
それにチラリと咎めるような視線が横に座っていた老人から注がれた。

「あ・・すみません。」

慌てて謝って手綱を緩めて馬の速度を上げる。
ガタガタ、ゴトゴトと荷馬車は順調に進んでいく。

「なんでって、そりゃあなあ?」
「ああ、俺達は傭兵だからな・・。」

干草に半ば埋もれるようにして荷台で揺られている赤い髪と緑の髪が呆れたように答えてくる。
確かに軽装とはいえ二人の格好は腰に剣を佩いた傭兵の姿なのだ。
それに引き換えサンジの格好はただの旅人。
フラリと自分の住んでいた街からたった今旅立ちましたといわんばかりの普通の青年の格好なのだ。
次の街までという話で荷馬車に同乗させてもらうことになったのだが、老人は傭兵の二人を荷台へ案内し着くまでゆっくり休んでいてくださいとやったのだ。
もちろん目立たないようにという配慮からサンジの格好は旅人なのだが、旅を始めてすぐにそれは間違いだったとこの扱いの違いに思わざるをえなかった。

「ん・・?ゾロ、眠いなら寝てていいぞ?」

優しい、甘いとも聞こえるシャンクスの声がしてガサガサと干草を掻き分ける音がする。

「ん・・、着いたら起こしてやるから。」

それに対するゾロの返事は小さすぎてサンジの耳には届かない。
視線は道の前方に見据えたまま、意識は背後の二人に集中する。
また、ガサガサと音がしてそこから先は車輪が道を跳ね上げるガタガタという音しか聞こえてこない。
シャンクスの言うように本当にゾロは眠ってしまったのか、先程のガサガサという音はいったいなんなのか、まさか寄り添って眠っているんじゃあるまいなとサンジは気になって仕方がない。
先程のこともありチラチラとこちらを見ている老人も心臓に悪い。
街まで手伝うという条件でこの干草を積んだ荷馬車に同乗させてもらっているのだ。
街に着いたら絶対に文句を言ってやるとサンジは心に誓いながら手綱をしっかりと握りなおしたのだった。





紆余曲折を経て、第3王子の旅立ちが決まり、それに対する周囲の人間は悲喜こもごもだった。

ゼフ王が用意した理由は王子の婚約者のいるアラバスタまでの物見遊山。
ただし、目立ちたくないという王子の希望を汲んだ質素な旅ということだった。

護衛として選ばれたのは傭兵隊の中でも腕の立つ2名。
当初、同行者は傭兵隊から1名、ロロノア・ゾロのみが同行することに決まっていたのだが、それに難色を示したのは傭兵隊を指揮している第1王子だった。
恋愛に対してアバウトな兄が心配したのは、ゾロに対してサンジが懸想しているという噂より、護衛がゾロ一人だけという事実だった。
仮にも一国の王子の同行が腕が立つとはいえ、たった一人だけの護衛というのに難色を示したのだ。
可愛い弟に何かあったらどうするというわけだ。
一師団つけかねない兄とサンジとの間で暫らく押し問答があり、それならばせめてもう一人ぐらい連れて行ってくれという兄の泣き落としにサンジは渋々頷いた。
そして同行者として選ばれたのがやはりというか、予想通りというか、ゾロの育ての親でもあるシャンクスだったのだ。
腕がたち、場数も踏んでいるシャンクスならば適任と選んだ兄と、邪魔者をつけられたと嘆いたサンジと、楽しい旅になりそうだと喜んだシャンクスと我関せずのゾロ。
見送りに揃った兄王子はギリギリまでサンジにまとわりついて離れず、王妃とサンジの母に呆れたように窘められていた。
そしてサンジを支持していた若い貴族達は揃って早い帰国を口にし、年老いた貴族達はのんびりと見聞を広げてくればいいと長逗留を勧める。
まさに正反対の貴族達と涙ながらに心配する兄王子達、そして元気良く送り出してくれた母二人と疲れたような父王に見送られての旅立ちとなったのだった。





「・・・つ、着いた・・・。」

街の入口が見え始め、サンジはホッと息をつく。
かなり前から静かになってしまった後ろの二人の事は極力考えないようにして時折話しかけてくる老人と一緒に馬を歩かせたのだ。

「ご苦労さんじゃったのお。」

道中ですっかり打ちとけた老人がニコニコとサンジに笑いかける。
それに愛想よくかえしてサンジはゆっくりと手綱を引く。
老人の住んでいる場所はこの街からすこし外れた場所にあるらしく入口まででいいといわれていたのだ。
背後でガサガサと枯れた音がしてついで鞘の触れ合う音がする。

「ご苦労さん。」
「狭いところでご迷惑かけましたなあ。」
「いや、じいさん。助かったよ。」

荷台から降りたシャンクスがにこやかに笑いながら近付いてくる。
それに申し訳なさそうに老人は口を開く。

「ああ、ぐっすり寝れた。気持ちよかった。」

その後ろから欠伸をしながらゾロが歩いてくる。
頭についている干草を軽く手で払い取ってやりながらシャンクスは目を細めて笑った。

「それはようございました。」

にこにこと笑う老人に再度お礼を言っているシャンクスを片目にサンジはジロリとゾロを睨む。
それにちょっとだけ眉を寄せてゾロは背伸びをした。
2、3言シャンクスと老人は言葉を交わし、金貨を数枚手渡すと笑顔で老人と別れる。
そして妙な空気のままでにらみ合っている二人に目を向けて吹き出した。

「お前ら何やってんだよ。」

ゲラゲラと楽しげに笑って、近寄ってくるとサンジの肩をポンと叩く。

「さ、行きましょ、サンちゃん。」
「サンちゃんって呼ぶな、エロ親父。」
「えええー?。」

悪態をつくその顔を覗き込んでシャンクスはにやりと笑う。
そして擦れ違い様にペロンとサンジの尻を撫でた。

「うぎゃ!」

飛び跳ねるようにしてシャンクスから逃げ、咄嗟にゾロの背後に隠れたサンジにシャンクスは腹を抱えて爆笑する。
そんな二人の様子にゾロは深々と溜息をついた。
これからこんな調子で旅が続くのかと思うと先が思いやられるとゾロは額を押さえる。

「シャンクス、宿はあるのか?」

背後で毛を逆立てているサンジの様子を伺ってゾロは街へと目を向ける。
入口の感じからしてそれほど大きな街とは思えない。
時間としては夕暮れが近い、早めに寝床を確保した方がいいだろうとゾロはシャンクスを促す。
シャンクスやゾロはともかくサンジは今朝まで王城の柔らかなベットで寝起きをしていたのだ、一日目から床や野宿はまず寝付けないだろう。

「お、そうだった。ゾロちゃんエライ。」

ゾロの言葉に思い出しましたとばかりに街へと歩き始める。
その背を追って歩き出し、ゾロは背後のサンジがついてきていないことに気付いた。

「サンジ、行くぞ。」

振り返って呼びかければハッとしたように顔を上げ、何事か言いかけ、そして照れたように嬉しそうに笑う。
予想外の笑顔にゾロが面食らっているとサンジも慌てたように荷物を持ってシャンクスの後を追って歩き始める。

「・・・なんだ?」

何故サンジに笑顔を向けられたのか分からずゾロは首を傾げる。
軽く頭を掻き、欠伸を一つするとゾロも荷物を手に二人のあとを追ってゆっくりと歩き出したのだった。



やはりというかゾロの予想通り街に2軒しかない宿屋は満杯状態だった。
一室なんとか確保できただけでも行幸としかいえない。
予備の毛布もないという宿側の言葉にゾロはそんなもんだろうと思ったが、サンジには納得できない出来事だったらしい。
シャンクスは部屋がないと聞いた途端に朝には帰るといい置いてさっさと消えてしまった。
ドサリと部屋の隅に荷物を置き、やれやれと肩を回していると戸口で立ち止まっているサンジに気付いた。

「どうした?」

入ることを躊躇っているようなその様子に仕方ないなと笑ってゾロは手招く。
ゾロにとってはいい部屋の部類だがサンジから見たこの部屋はきっと召使達の部屋より粗末に見えるのだろう。

「ベットが一つしかない・・・。」

ポツリと呟かれた言葉に驚いたのはなんだそっちの方かと呆れてその顔を見つめる。

「シングルが一つだけしか取れなかったって言ったろうが。」
「・・・・ああ。」

移動の時は腰に佩いている剣を外し、壁に立てかけながらゾロはテキパキと部屋の内部を確認していく。

「何をしてるんだ?」

ぼんやりと見ているサンジにゾロは苦笑して一通り見てとると窓を微かに開き、外気を入れる。

「安全確認。」

当たり前の事を不思議そうに聞かれて、自分も同じことをシャンクスに聞いたことがあるとゾロは思い出した。
その時、傭兵っていうのは敵が多い職業なのかと思ったのだ。

「傭兵ってそんなに敵が多いのか?ここ、来たことない街なんだろう?」

不思議そうに問いかけられたサンジの言葉にゾロは目を丸くして笑った。
多少違うが幼い自分が思ったことと同じことをこの王子も感じたらしい。
ククク・・と楽しげに笑っていると、きょとんとした顔が徐々にムッとした表情になっていく。
それにゾロは軽く手を振って口を開いた。

「悪りぃ、てめぇが可笑しかったんじゃなくて、やっぱりそう思うもんなんだなって思っただけなんだ。」

まだ笑いの衝動は治まらないがサンジを笑っているわけじゃないとゾロは説明する。

「俺も同じことをシャンクスに聞いたんだ。」

ベットにも何の仕掛けもないことを確認してサンジにそこに座るように示す。
大人しく従ったサンジの前の正面の床に腰を降ろして寛いだ姿勢をとるとゾロは続けた。

「もっとも俺はシャンクスに敵が多いのか?とは聞かなかったけどな。」
「聞かなかったけど、思ったことは思ったのか・・。」
「ああ・・・、まあ、こんなご時勢だしな、用心に越したことはねえ。」

ベットに座っているサンジを見上げる形にはなるがゾロはそれを気にした風もなく会話を続ける。

「ベットは手前が使え。俺はあそこで寝る。」

扉の開く逆側の壁付近を指差したゾロにサンジが眉を顰める。

「特別扱いするな、俺が床で寝る。」

ムッとしたように言ってベットから降りたサンジにゾロは苦笑する。

「俺は頑丈だし慣れてるからどうってことねえが、てめえは絶対明日動けなくなるぞ?賭けたっていい。シャンクスに笑われて当分からかわれるのと、今夜は諦めて大人しくベットで寝るのとどっちがいい?」

その言葉に黙り込んでしまったサンジにゾロは笑う。

「そのうち嫌でも野宿もするし、床で寝ることにもなるんだ。今夜は意地張らず寝とけよ。」
「・・・分かった。」

納得したかとゾロが思っているとベットからゴソゴソと毛布を取り出している。
そしてそれをゾロへと放り投げてきた。

「それじゃ、これはゾロが使え。」
「・・・・いい。」

手にした毛布を返そうとすると睨み付けられる。
ゾロは溜息をついた。

「使わなくても俺は一晩ぐらいじゃなんともならない。だが、テメェは無理だ。」
「馬鹿にしてんのか!。」
「いいや・・・。」

仕方ない奴だとゾロは思いながらも案外嫌いじゃないと心の中で思った。
城に居る時はふざけた事ばかりしてくる奴だと思っていたが、案外普通で面白いとゾロは思った。

「心配してるんだ。」

きっぱりと言って毛布を押し付けると白い頬に赤みが差してくる。
その顔に驚いてゾロはマジマジと見つめる。
思わず見つめあう形になってしまい、慌ててサンジが目を逸らす。

「あ・・シャ、シャンクス遅いな。」

サンジの問い掛けに首を傾げる。

「シャンクスなら朝にならないと戻ってこないぞ?」
「は?・・・なんで?」
「だから、入口で言ってただろうが『朝になったら戻る』って、今頃今夜の寝床を確保してんじゃねえのか?」

サンジのお守に自分が宛がわれたのだとはゾロは言わない。

「言っておくがな、シャンクスが確保した寝床ってのは女の所だ。」

寝床があるならそちらに移動すると言いかねないサンジに先に釘を差しておく。
シャンクスを追っていくと言われたら困るが金はサンジも自分も持っていないのだ。
黙り込んでいるサンジにゾロは軽く溜息をついた。

「まあ、そういうことだ。今夜一晩我慢しろ。」
「・・・・困る。」

ポツンと呟かれた言葉にゾロは眉を顰める。
いったい何を困ることがあるのかと問い詰めかけてサンジの顔が相変わらず赤いことに気付いた。
その困惑したような赤い顔をしばらく見つめ思い出したように口を開いた。

「・・・・あれ、本気だったのか?」

小さな声にサンジが視線鋭く睨み付けてくる。

「悪りぃ・・・てっきり性質の悪い冗談だと。」
「俺はこの上なく本気だ。」

威嚇するように見つめてくるサンジにゾロは苦笑する。
だいたいサンジ自身も悪いのだ。
普段のゾロに対する態度も周囲への対応もそれを冗談だと思わせてしまう。

「俺は洒落や冗談で男に愛人になってくれとは言わねえ。」

真面目な声にゾロはまともに取り合わなくて少しだけ悪かったかなと思った。

「そうか。それじゃ、俺もきっぱりと断る。」

だが、サンジが真剣であろうとなかろうと答えは同じなのだ。
ただ、思っていたよりサンジに好意を抱かれることは嫌いではない。
ゾロの返事にへにゃりと眉を下げたその情けない顔も。

「ただの友達ならなってやるがな。」

クスクスと笑いながらそう言ってやると目を丸くしてサンジはにやりと笑った。

「まずは友達からだな、これからよろしくなゾロ。」
「ああ、よろしくサンジ。」

どちらからともなく差し出された手を握りしめ、今更ながらのその挨拶に二人顔を見合わせてしばらく笑っていたのだった。



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