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その報が3人の耳に届いたのはアラバスタを抜け、神聖王国スカイピアへと向かっている途中のことだった。

『バラティエにて謀反。第2王子の兄王殺害と国王暗殺未遂』

のどかな田舎の酒場でその情報はシャンクスの傭兵仲間から知らされた。
ベンと名乗るその傭兵はゾロも何度か共に旅したこともある。
寡黙で生真面目な男で、どうしてこんな人がシャンクスの友人なんだろうと幼心に何度も不思議に思ったのだ。

「第2王子が兄王を殺したのは確かな筋からの情報だ。」

周囲はざわざわと酒場独特の煩雑な空気が漂っている。
ラムの入ったジョッキを持ち上げたままシャンクスはチラリとサンジの顔を見つめた。
サンジは多少顔色を変えたものの、特に口を挟むでもなく静かにグラスを傾けている。

「ベンちゃん、・・で、ゼフの旦那は?」
「ピンシャンしてるさ。お頭が居ないからって俺達の腕が落ちていると思われたくない。」

シャンクスが同行して旅立つ後釜に呼び寄せたのがこのベンだったのだ。
頭もよく、機転の利くこの男が居て万に一つも間違いはないだろうとシャンクスはニヤリと笑った。

「ここに来たってことはお迎え?」

誰のとは言わなかったがベンの視線が先程からサンジに注がれたままだ。
シャンクスは旅に慣れてきて、ゾロとも仲の良くなってきていたサンジを不憫に思う。
プリンスという肩書きがなければこのまま3人で傭兵をしながら、旅を続けていきたいと思うぐらい過ごしてきた日々は楽しかった。

「いいや、旦那からお頭に伝言だ。」

ふっと優しげに笑ってサンジから視線を外すとベンはシャンクスへと顔を向けた。

「赤髪、このまま行方不明になっちまえってさ。」
「・・ハッ、赫足らしい言い草だ。」

大声で笑ってシャンクスはジョッキを飲み干す。

「お前はどうしたい?」

打って変わって静かなシャンクスの問い掛けに金の髪がゆっくりと動いた。

「・・・・帰る。」

静かなその顔になんらかの決意を見てシャンクスは優しく笑う。
キナ臭い国内へ戻らせたくないというゼフの気持ちも分かった上で帰る事をサンジは選んだのだ。

「分かった、出立は明日の朝一だ。」
「あとの事は俺とお頭で手配しておく、心配しなくてもいい。」

二人の言葉にサンジは静かに頷くと立ち上がった。
その背を追うようにシャンクスに目で促され、慌ててゾロもサンジを追う。

「お頭・・・。」
「んっ?何、ベンちゃん?」
「ゾロ・・・・いいのか?」

ベンの言葉にシャンクスは笑う。

「別に、俺はあの子が幸せならいいよ。」

優しいシャンクスの瞳にベンはかすかに溜息をつく。
ゾロの事を目に入れても痛くないほど可愛がっていた一人としては多少は複雑な気分を味あう。
だが、サンジが選んだように、選び取るのはゾロ自身なのだ。
そして、椅子を引くと通りすがりのウエイトレスを捕まえて追加の酒を運ばせる。

「お頭、これは、俺が独自に調べさせた話だが・・・・。」

ベンの言葉にシャンクスの目が一瞬楽しげに笑うと、徐々にその鋭さを増していったのだった。






まっすぐに宿に帰って来たサンジを追ってゾロは部屋に入った。
寄る街で寝泊りに使う部屋は大概1つ。
ツインの一室をゾロとサンジの二人で使い、シャンクスは翌朝まで帰ってこない。
たまにシャンクスがサンジを伴って朝帰りすることもあったが、宿泊するときは部屋を一つしか取らないのがいつの間にかこの旅の決まりごとのようになっていた。

「サンジ・・・。」

部屋に入るなり有無を言わさず抱き締められてゾロは息を詰めた。
酒場で知らされた急な訃報にサンジ自身対応できなかったのだろうとゾロは思う。
きつく押し付けられた頭に泣いているのかと思ってそっとその背を抱き締め返した。

「ゾロ・・・あんたが欲しい。」

くぐもった低いサンジの声にゾロはビクリと肩を震わせた。
バラティエを出発してからいろんなことがあった。
いまでは信じられる、共に歩んでいける大切な友人だと言い切れる。
当初より確実にサンジを理解し、好きになっているとは思う。
正直、サンジに少しずつそういう意味で惹かれはじめているんだろうと感じこともある。

「・・サンジ。」

きつく決して離すまいとしがみつくように抱き締めてくるサンジにゾロは困ったような笑みを浮かべる。

「抱きたい、ゾロ。」

ゾロはゆっくりと腕を上げてその頭を優しく撫でた。
なんども優しく宥めるように撫でていると少しずつ拘束の力が緩んでくる。

「あんたが好きだ。」

小さな声の告白にゾロはそっと身体を離すとその顔を覗き込んだ。
泣いているかと思った顔は涙に濡れてはいなかったが、何かの決意を秘めたように静かな面差しを浮かべていた。
固く引き結ばれた唇にゾロはゆっくりと己の唇を重ねる。
押し付けるだけの稚拙な口付けをサンジに与えてゾロはふわりと笑った。

「いいぜ、餞別だ。」

ほんの微か驚いた顔をみせたサンジにゾロはもう一度唇を重ねる。

「心は今はやれねえ、だから・・・身体は好きなだけ持っていけよ。」
「ゾロ、俺は身体だけが欲しいんじゃない。」
「分かってる。・・俺もてめぇの事は嫌いじゃない、ただこの気持ちがてめえと同じものかどうかはわかんねえんだ。だから、今は心はやれねえ。」
「・・・・・・・。」
「身体はてめぇにやってもいいと思うぐらいは好きだ。今はそれしかわかんねえ・・この答えだけじゃ駄目か?」

グイっとサンジに抱き締められてゾロは微かに笑った。

「ありがとう、ゾロ。」

熱くなっているサンジの身体と伝わる激しい鼓動を嬉しいと思う。

「その気持ちの答えが分かったら、いつかでいい・・聞かせてくれ・・・ゾロ。」

耳元で囁いて重ねられたサンジの口付けを受け入れながらゾロはそっとその背に腕を回して抱き締めたのだった。





翌朝、ゾロが目覚めた時、すでにサンジはバラティエに向けて出立した後だった。
ベットに起き上がりぼんやりとしていると扉が開かれシャンクスが入ってくる。
上半身を朝日に晒したままのゾロを眺めてシャンクスがフッと笑った。

「サンジの奴、すげえ独占欲だな。」

その指摘にゾロは視線を自らの身体に降ろした。
目に入るだけでもいくつもの情交の痕が肌に散らばっているのが見える。
行為の最中は夢中でよく覚えていないのだが自分もサンジの背に爪を立てたような気がした。
チラリと指先に目を向ければ爪の間に血痕らしきものがみえる。
思わず口に持っていき舐め取っていればニヤニヤとシャンクスが笑っている。

「で、どうだった?」
「・・・よくわかんねえ。」
「おいおい。」

幼い時の死と生の狭間で生きてきた経験がそうさせるのかゾロは自分の身体への興味が薄い。
まったく興味がないといってもいい。
それは性行為も同じことで、年頃になったゾロを娼館に連れて行ったシャンクスはそこでゾロのそれが役に立たないことを始めて知った。
機能不全というわけではないことは共に生活する上で分かったのだが、性衝動というものが全然わかないらしい。
精神的な性機能不全というやつだ。

「ただ、嬉しかったし、サンジに抱き締められているのは気持ちよかった。」

ふわりと優しく微笑んだその顔にシャンクスはホッとしたように笑う。
いずれ恋愛をしてゾロの心が身体に追いつけば、その手の欲求が自然にわくだろうと思っていたのだ。

「良かったな、ゾロ。」

シャンクスの言葉にほんの少し艶をました笑みを浮かべてゾロは幸せそうに頷いた。






その日のうちにゾロはシャンクスと共に軍事国家バロックワークスへと向かうことになる。
サンジはベンと共にバラティエを目指し、そして二人はその日を境に再び出会うまで2年の歳月を費やしたのだった。






ガシャンという金属の音にハッと足を止めてゾロは先導していた牢番に道案内の礼を言い銀貨を一枚手渡した。
そこは宝石職人達の工房。
周囲を石畳に囲まれた薄暗い、日の光の入らない地下に作られた作業場だった。



あの日、宿屋で別れてからバラティエに帰国したはずのサンジの消息が途絶えた。
同行していたベンの話によると王城に入るまでは共に居たと言うのだが、その後の消息がどれほど手を尽くそうとも分からないのだ。
第1王子の死去、第2王子の謀反とそれにあわせての第3王子の行方不明の知らせに頑強なゼフ王にもさすがに倒れた。
自らが望んだようにシャンクス達と共に居るのならまだしもこの国に帰ってきて王城より忽然と姿を消したというのだ。
ベンは部下に指示をだし、いったんシャンクスの帰国を促すために速攻でバロックワークスへ二人の後を追って出立した。

その2日後だった。

バロックワークスによる侵攻を受け、バラティエ落城を知らせる報が近隣諸国を駆け回ったのは。





ゾロは牢の中に目当ての人物を見つけるとそっと近寄った。

「ウソップ・・。」

いまだ、バラティエはバロックワークスの支配下に置かれている。
ゼフ王は病床に居たことが幸いして落城前に駆けつけてきたドラムのくれは女王の手によって落ち延びた。
本当は一服盛って意識のないゼフを無理矢理運び出したというのだから、豪胆な女王であるという話はあながち噂だけではないのだろう。

「・・・ゾロ?」

人工の灯りに照らされて長い鼻の男が顔を上げる。
キョロキョロと牢の近くにゾロ以外の人影が居ないのを確認してウソップは転がるように走ってきて涙を浮かべた。

「良かった。ゾロは無事だったんだな。」

2年の歳月と慣れない牢暮らしでやつれてはいたが、その優しい言葉に友人が少しも変わっていないとゾロは笑みを浮かべた。

「ああ、俺のほうは大丈夫だ。ウソップこそ大丈夫か?」

落城後、その技量を自らの為だけに使わせるために宝飾職人達は城に軟禁された。
家族の命を盾にされて、彼らは欲を満たさせるだけの宝飾を作らされているのだ。
だが、中には身よりもない宝飾職人達もいる。
そんな彼らはこうして独自の工房を与えるという名目で飼い殺し状態に監禁されているのだ。
牢の一つ一つを彼らの工房として与え、日中は牢で宝飾作業を、そして夜は鍵のかかる部屋に押し込められる。
自由など一つとしてない不自由な生活を送っているはずなのに変わっていない友人の心根がゾロは嬉しかった。
ゾロはシャンクスと共に行動を起こす為にバロックワークスに入り込み、そしてやっとバラティエに戻ってくることが出来たのだ。

「おい、グル。」

ウソップが奥の机に向かっていた男に声をかける。
ゾロとサンジがバラティエを離れてから弟子をとったらしく、ウソップの牢にはウソップの他にもう一人男が職人として入れられていた。
ゾロに紹介しようと思ったのかウソップがその男に声をかけたのに慌てる。
これから重要な話を伝えようと思っていたのにそれができなくなってしまう。
ウソップを止める間もなくカタンと音をたてて道具を置いた男が薄暗い牢の中をゆっくりと近付いてくる。
明るいブラウンの髪を後ろで束ねた背の高い男にゾロはかすかに首を傾げた。
なんとなくだがどこかで会った気がしたのだ。
キイィィーと背後で扉の軋む音がし、牢番が帰って来たことをゾロに教える。
仕方がない、話は後だと、そちらに踵を返しかけ、格子の間から伸びてきた手に腕を掴まれた。
何事かと振り向いたゾロの目の前に先程の男が立っていた。
長い前髪の間から覗く晴れた空のような透き通った蒼い瞳。

「まさか・・・。」

言葉を発する間もなく伸びてきた腕に後頭部を抱えられ格子の隙間から唇を重ねられる。

「んっ・・ぁ・・。」

重なってきた唇にゾロは夢中で応えて牢の中へ腕を伸ばす。
腰をしっかりと抱きかかえてくる腕に応えてその背に腕を伸ばす。
湿った淫靡な音だけがゾロの意識を支配する。
コツコツと聞こえていた背後の靴音は長い口付けの間にか消えて行ったようだった。

「・・・はぁ・・っ・・・。」

ずるりと萎えかける身体を腕に支えられながらゾロはもう一度その男の顔を見つめる。
2年の歳月に別れた時とは違う逞しさを増した身体にドキリと心臓が音をたてた。
近付いてきた唇を受け入れようとゾロはそっと目を閉じる。

「あー、君達。そろそろ宜しいかね。」

壁を向いていたウソップがゴホンと咳払いをしてわざとらしく声をかけてくる。
よく考えればウソップの前だというのにゾロは目の前の男と濃厚な口付けを交わしてしまったのだ。
目を開け、カッと赤く染まった顔で慌てて離れようとその腕を解きにかかるが、ガッチリと腰に回された腕は固く、なかなかゾロを離してくれようとはしなかった。

「サ・・。」
「グルだ、ゾロ。」

名前を口に出しかけたゾロの唇に軽いキスをするとそう告げて腕が解かれる。
離れていった温かい身体にゾロは無意識に腕を伸ばした。
その手をそっと握り返して男が笑う。

「会いたかったよ。ゾロ。」
「・・・俺もだ。」

二人の間にまた甘い空気が漂い始めたのに気付いて、慌てたウソップが咳払いをする。

「で、ゾロ。俺に会いに来ただけが用件じゃないんだろ?」

ウソップの言葉にゾロは本来の用件を思い出してそっと忍ばせていた紙片をウソップに手渡した。
ウソップはサッと目を通しそれをゾロの傍の男にも手渡す。

「ああ、アラバスタのビビ王女に贈る首飾りの件でな。細工にクレームだ。」
「あれ以上の細工って言われてもなあ。」
「出来るだけ早く仕上げるようにってことだ。」
「うー、そりゃあ、無理ってもんだぜえ。」
「まあ、よろしく頼む。」

話をしながら返してもらった紙片を受け取り、持ち込んだときと同じように仕舞いこみ微笑む。
先程と同じように扉の開く音がしてゾロは横に立っていた男の唇に軽くキスをする。

「・・・だけど、ここでグルに会えると思わなかった。また、会いに来てもいいか?」
「ああ・・。」

近寄ってくる牢番に見せ付けるようにもう一度だけ口付けを交わすと、ゾロは今度こそその場を後にした。
出来るだけ平静を装って牢を後にする。
気を抜くと今すぐにでも取って返してそこから彼らを助け出したい気持ちを抑えて兵舎へと向かう。
兵舎へ帰ればベンが居る。
この知らせはこれから起こす行動のよい知らせになるだろう。
そして偶然とはいえ牢番にキスシーンを見られたおかげで、これからゾロが度々ウソップの元を訪れても疑問には思われないだろう。
そこまで考えてゾロは激しく重なってきた唇の熱さを思い出した。
ふと口をついて出たメロディーは踊り子の歌っていた甘い歌。
あの夜、強請られて一度だけサンジの為に口に乗せた恋の歌。
ゾロはゆっくりと頬伝って落ちた雫を拭うこともせず、しばらく空を見上げてその心のままに涙を流し続けたのだった。






バラティエ解放の決行は晴れた青空の下行われた。
城下で市民による暴動が起こり、それと同時に城内に潜んでいた解放軍が一斉にその狼煙を華々しく上げた。
あちらこちらで激しい戦闘が行われているなか、アラバスタの兵を指揮してたコーザと合流しゾロは囚われていた人々の解放を急いでいた。
焦りから人質として使われても困るし、腹いせにその命を奪われることも許せない。

「ウソップ、無事か!!」

次々と解放していく中で一番最後になってしまったウソップの工房にゾロが飛び込んだときその目の前を兵らしき男が飛んでいく。
慌ててかわせばどうやらそれを蹴り飛ばしたと思われるブラウンの髪が見えた。

「お、お、遅いじゃねえか、ゾロ。」

ガタガタと震えながらも懸命にも短剣を構えているウソップにゾロはホッと微笑みかける。

「サンジ!!」

駆け寄って抱き締めると同じように抱き締め返してくれる。
やっと触れ合えた身体にゾロは安堵の息を漏らした。

「あー、ゾロちゃん?そういうことはとりあえずここが片付いてからよろしく?」

あと少しで唇が重なるという所で呆れたような声がかかる。
ウソップはさっさとその場を後にして呆れたように笑っているシャンクスと一緒に立っている。
ゾロは微かに舌打するとサンジの唇を掠めるだけの口付けを奪ってクルリと喧騒の中へと走り去っていく。
ゆっくりと近寄ってきたサンジの姿をマジマジと眺めてシャンクスは口笛を一つ吹いた。

「へえぇー、サンちゃん、いい男になったねえ。」

別れた時はまだまだ子供だった顔がすっかり大人の男になっている。
それだけ苦労したということころだろうが、浮ついたところのない落ち着いた姿にシャンクスは嬉しくなった。

「うん、そのブラウンの髪も似合ってるよ。おじさん好きだな。」

ニヤニヤと笑っているシャンクスに軽く息をついてサンジは手を差し出した。

「それ寄越せ。」

シャンクスが腰に差している得物を指差してチラリと王城を振り返る。
その姿に苦笑してシャンクスは脇に抱えていた布を差し出した。

「サンちゃんのは、こっち。」

布を無造作に取り払い、現れた剣を見てサンジが微かに目を瞠る。
その剣は一度目、二度目とゼフがバロックワークスを撤退へと追い込んだときに佩いていた剣。
剣を鞘から抜き放ち、かすかに笑うと先程ゾロが姿を消したほうへと一直線に走りこんでいく。

「さーて、俺達は安全な場所へ移動だ。長っ鼻の青年。」
「うおい、戦わないのかよ。」

ウソップの突っ込みにシャンクスは楽しげに笑って悪戯っぽく片目を閉じた。

「大丈夫。あいつらだけで終わるさ。」

クルリと背を向けて歩き出したシャンクスの後を追ってウソップも仕方なくといったふうに歩き始める。
背後の怒声と剣戟の音はしばらく止みそうもなかった。









バラティエの解放はその日の夕刻にバロックワークスの撤退という形で幕を下ろした。
明日の朝にはゼフ王を城に迎え入れ、同盟国の協力を得たままバロックワークスへの追撃に転じる。
人々は勝利と、自由を祝って陽気に歌い踊り、ゼフ王と第3王子サンジの生還に国を挙げて喜んだ。
その日、ウソップの手によって特殊な液で染色してた髪を元の色へと戻したサンジは、民と解放軍の歓声の中バロックワークスへの制裁を声高く宣言したのだった。
キラキラと輝く金の髪に夕焼けが映りこみ、戦神の降臨のようだったと後の歴史書は語る。

「ゾロ・・・。」

ガサリと植え込みを掻き分けて現れたサンジにゾロはクスリと笑った。
何処に行くにも護衛という名の随行者がついているサンジが一人でゾロに会おうとするならそれを巻かなければいけない。
いつもなら時間に遅れて待たせていたゾロが逆にサンジを待つ事になったのはその為だろうと笑う。

「大変だな、王子様。」

クスクスと笑って植え込みから出てきたサンジの身体についている葉っぱを取り払ってやる。
キラキラと輝く金の髪を見つめて、昔と同じように片方の目だけ出したサンジにゾロはにっこりと笑った。

「ピアス・・・似合ってたのにな。」

庭園の外れにある小さな石のベンチは元は噴水だったのだろうと想像できる。
草が伸び放題で荒れてしまっているが石で作られた円と中央にある何かの彫刻は過去の原型を止めていた。
その縁に腰を降ろして見上げているゾロにサンジの手が伸びてくる。
そっとサンジが触れたゾロの左の耳は今は白い包帯が巻かれていた。
優しく触れてくる指先に笑ってゾロはそっと目を閉じた。

「いい・・・てめぇに怪我がなくてよかった。」

混乱の中、振り払われた剣が持ち主の手を離れ飛んだ。
その剣をゾロが自らの剣で方向を変える為に受け、その時に生まれた剣の不規則な回転にピアスを持って行かれたのだ。
幸いにして耳の方は無事で、ピアスを止めていた耳たぶが裂けてしまっただけの傷で済んだ。
戦闘が終わり剣と共に飛んでいった方角を探してみたのだがピアスは一つも見つからなかったのだ。

「ゾロ・・・あの時の返事貰ってもいいか?」

優しい声にゾロはゆっくりと目を開け笑みを浮かべた。
2年の歳月はゾロの中の感情も成長させた。
あの時は分からなかった言葉も感情も今のゾロならば理解できる。

「そうだ、ゾロ、これ。替わりにはならないかもしれないけど・・。」

慌てたようにサンジがズボンのポケットから小さな木箱を取り出してゾロの手のひらに乗せる。
そしてその上から手を重ね、ゆっくりと座っているゾロに向かって上体を折ってくる。
目を閉じて、唇を寄せてくる綺麗な金の髪を見つめ、同じようにその唇を受け取ろうとゾロは目を閉じようとした。
だが、ゾロは本能的な何かから、瞬間的にサンジを自らの後ろに引き寄せその前へと躍り出ていた。
ゾロが意識しないでとった行動に意味があったと気付いたのは、己に深々と刺さった短剣を投げてきた茂みに向かって投げつけた後だった。

「ゾロ・・・。」

確かな手ごたえを感じた後、ドサリと何かが落下した音がする。
ほっとしたと同時に襲われた激しい頭痛と疲労感にゾロはガクリとその場に膝を折る。

「ゾロ!!。」

悲鳴のような声で名前を呼ばれ、抱き締められてゾロは真っ赤になった己の手に初めて気付いた。
ドクドクとうるさい鼓動は胸を打ち、胸から滴り落ちる赤を絶え間なく外へ押し出す。

「ゾロ!!!」

悲壮な顔のサンジにゾロはふっと笑って口を開いた。

「てめぇに怪我がなくてよかった。」

必死で流れ出る赤を引きとめようとしているサンジにゾロは微笑みかけた。
そして伝えたかった言葉をその口に乗せようとして。



・・・・・・・・・その意識は闇に飲まれた。



『てめぇの事が好きだ。』








・・・・・・・・・そして旅は終わらない。


To be continued.


第三章 宝石の恋 ++END++


SStop
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時逆シリーズ、第三章 宝石の恋です。
来月完結予定のこのお話ですが、終わるんでしょうか?(聞くな

プリンスサンジ、書いててとっても楽しかったです♪
一番初めにプロット切ったときは宝飾職人で奴隷のサンジと傭兵のゾロだったんですが、シャンクスをだしたあたりでキャラが勝手に動き始めた模様(笑
危なくシャンゾロになるところだった(^^;
シャンパパとの出会いから傭兵になるまでとか延々(汗

ちなみに書いててごっそり削ったのは三人の旅のエピソードとラストの解放のときの戦闘シーン。
それでも長くなってしまって読み難いですよね(汗

あと、1章(たぶん)宜しければお付き合いください(^^

(2005/10/16)