草原に広げられた色とりどりのお菓子と、香りの良いお茶がその主によって惜しげもなく振舞われる。
見通しの良い草原では黒い毛玉と手長猿の子供が楽しげに駆け回っている。
それをのんびりと眺めながら山猫のナミは楽しそうに口を開いた。

「サンジくんが子供を育ててるって本当だったんだ。」
「まあ、拾っちゃったから。」

ナミは目を細めるとクスリと笑う。

「あたしはてっきりサンジくんがどこぞの女から子供を押し付けれられたんだと思ったんだけど?」
「あれは、いくらサンジでも無理だろう。」
「オロスぞ、ウソップ。」

鷺のウソップがそう告げれば周囲から笑いが漏れる。
ケラケラと楽しそうに笑ってナミがチラリと視線を向ける。

「そうよねー、あれはロビンあんたのお仲間じゃないの?」

話題を振られた豹のロビンはゆるく首を横に振った。

「あの子は私達とも違うわ。」

ロビンはそういってジッとサンジを見つめた。

「あの子は金の鳥さんと同じかもしれないわね。」

そして草原を走り回っているゾロを見つめる。
まだまだ身体の小さいゾロはルフィにオモチャにされて毛を逆立てて怒っては、暫らくすると忘れるのか、今度は一緒に楽しげに笑い転げている。

「たぶん、もっと南の方に居る種族だと思うわ。」
「うん、ロビンの言うとおりだ。ゾロはチーターとかいう種族だ。」
「へえ、それが何でこんなところにいるのかしら?」
「さあ?そこまではわかんなかった。」

チョッパーはそう言って帽子のつばを引き寄せる。
もしかしたらゾロは捨てられたのかもしれないと思っていてもそれを言葉には出来なかったのだ。
自分が変わったトナカイであることで親に捨てられた過去を持つチョッパーはどうしても自分とゾロを重ね合わせてしまう。
悲しいことがあるとするその動作に優しい手が伸びてくる。

「大丈夫よ、トナカイさん。貴方はあの子の怪我を治してあげたじゃない。」
「よせやい、このヤロー。」

そっと優しくロビンに言われてチョッパーは微かに笑みを浮かべた。

「そうよ。ゾロがなんだっていいじゃない、元気になったんだから、ね。」

遠慮のないナミの手にグイグイと撫でられて、チョッパーは椅子替わりに座っていた切り株から悲鳴を上げて転がり落ちてしまう。
その声を聞きつけて動きの止まった二匹がこちらの様子を伺っている。
そして興味を引かれたのかルフィとゾロがチョッパーに向けて駆け出した。

「チョッパー、早く逃げないとあいつらに飛びつかれるぞ?」

親切な忠告は傍観していた灰色狼のスモーカーから。
チョッパーはスピードを上げて駆けて来る二人に慌ててその場から逃げ出した。
目をキラキラと輝かせたお子様二人の様子に悲鳴を上げて走り出す。
逃げれば逃げるだけ面白がって二人の追跡は止まらないのだが。

「・・・で、ロビンちゃん。俺とゾロが一緒ってどういうこと?」

体よくお子様達を追い払った形になった状態にサンジは苦笑した。
計算したわけではないのだろうが、チョッパーにもあまり聞かせたくない内容でもある。
ロビンはサンジの問い掛けににかすかに笑ったようだった。

「あの子の種族、チーターってトナカイさんが言ってたけど、あの種族にあんな姿をしている者はいないの。」
「いないって・・?」

ロビンはサンジを静かに見つめる。
琥珀の瞳は光を受けて金色に輝くサンジを眩しそうに見つめた。

「あの種族は私たちととてもよく似てるの、大きさは少しだけ違うんだけど姿形はほとんど同じような感じじゃないかしら。」

黄土色の体躯に黒色の斑紋。
たしかにロビンの姿と真っ黒な体躯のゾロはまったく違う。

「あ、でも、あんたたちの仲間に真っ黒なヤツ居るじゃない。あたしあいつの事、嫌いだけど。」

ナミはその姿を思い出したのか憤慨したように口にする。

「ええ、黒豹ね。彼も私達の中では異種だわ。」
「ロビンちゃん、チーターにはその異種はいないってことかい?」
「私が知る限り・・・彼らの種族に黒い者が生まれたという話は聞いたことはないわね。」

ロビンが知らないというのならそれは本当なのだろう。
彼女はこの森の事で知らないことがないぐらい、いろいろと知っている知恵者なのだ。
サンジはその言葉に小さく溜息をつく。

「・・・・それで、俺と同じか・・。」
「ええ、金の鳥さん。」

金の翼に、青い瞳。
鋭く尖った爪に、優雅に伸びた長い尾。
サンジは生まれてから今まで同胞といえる仲間に会ったことはなかった。
自分を子供として育ててくれた梟から生きるためのすべを学んだが、自分がなんという鳥でどういう種族なのかも知らない。
似たような形の種族は確かに居る。
だが、それはあくまで似ているだけでサンジと同じではないのだ。
ゾロと同じく『似たような』種族しかサンジは知らない。



亜種。



そうサンジに育ての親の梟のジジイは教えた。
良い変化か悪い変化かはわからないが、種族が新しく生まれるときは必ずサンジのような亜種が現れるのだと。

「あー、もう、辛気臭いわね。」

その場の空気にイライラとナミが声を上げる。
湿っぽくなった雰囲気にナミはジッとサンジを見つめた。

「いいじゃない、なんだって。サンジくんはサンジくんだし、ゾロはゾロよ。」
「そうだぜ、サンジはサンジだ。」

ウソップの同意を得てナミはにっこりとサンジに笑いかけた。

「あたしにとって、サンジくんが何であろうと美味しいご飯を食べさせてくれる方が重要よ。」
「うぉい、なんだよそれは。」

ビシッと突っ込みを入れたウソップにサンジもかすかに笑みを浮かべる。

「それに、ゾロは可愛いし。あたしは満足してるわよ。」

楽しそうに笑ったナミにクスリとロビンも笑みを零す。

「まあ、概ねその通りだな。」

ニヤリと親父くさく笑ってスモーカーはゆっくりと身体を起こした。
ふるりと身体を震わせてクンクンと風の匂いを嗅ぐ。

「そろそろ、ガキども捕まえてこないとな、雨が来るぞ。」

チョッパーを追いかけて二人が姿を消してからかなりの時間が経っている。
ここら一帯はスモーカーの縄張りだとはいえ危険なヤツが入り込んでいないとは言えない。

「私もいくわ。」

スモーカーに続いて身体を起こしたロビンに小さく頷いて灰色の体躯はそのまま木立に消えていく。
その木立とは別の方角へと姿を消したロビンを見送ってウソップは気遣わしげな視線をサンジに向けた。

「別に気にしてねぇよ。」

見た目と違って案外繊細な面を持つウソップの事をサンジは気に入っているのだ。
サンジはニヤリとウソップに笑って見せる。
それに照れたような顔を見せてウソップは安心したようだった。

「手伝うよ。」

広げられていたお菓子や木の実を片付け始めたサンジにウソップは声をかけると、蔦で編み上げてある袋に同じように詰めていく。
この残ったお菓子達は全部手長猿のルフィが持って帰るのだ。

「食べたいやつあったら取っとけよ。」

サンジの言葉に頷いて好きなお菓子と木の実を避けていく。

「あー、ゾロのは?いらないのか?」

ウソップが取り分けた以外のものを袋につめている様子のサンジに声をかける。

「ああ、いいんだよ。食べるんなら家のほうにもあるしな。」

転げまわって遊んでいたからお腹も空いているだろうけど・・と言って笑ったサンジの表情にウソップはちょっと驚いた。
幸せそうな優しい顔のサンジなど始めて見たような気がする。

「チビ助ども、いったい何処まで行ってんだ。」

湿度を含んできた風と翳り始めた空を見上げてサンジが悪態をついている。
同じように羽根に纏わりついてきた重い風にウソップも空を見上げた。
雨が降れば視界も悪くなるし出来れば降りだす前に巣に帰りたい。
そんな二人の様子を端から眺めていたナミは微かに溜息をついた。

「サンジくん、種族違いの恋は辛いから覚悟しておいた方がいいわよ?」

唐突な忠告にサンジは驚いたように空からナミへと目を向ける。
きょとんとしたその顔にナミは仕方ないわねと心の中で呟いた。

「え?ナミさん?」
「ゾロのことが大切だって思うなら早めに手放すことね。」

ナミの真剣な眼差しにサンジは眉を寄せた。

「俺とゾロが?・・ありえないと思うけど。」

想像したこともないといったサンジの様子にナミは目を細めた。
傍からみてもサンジがゾロの事を可愛がっているのはよくわかるのだ。
それがいつか恋心に変わらない保証なんて何処にもない。
ナミは金色に輝く翼にチラリと視線を送る。

「そう・・・、それならいいけど。」

ナミの様子にありえない危惧だと伝えようとしたサンジの言葉は木立から現れた灰色狼の声に掻き消された。

「おおーい、サンジ、ガキども拾ってくれ。」

木立から現れたスモーカーが立ち竦むサンジ達に大きな声をかけてくる。

「やだ、カワイー。」

クスリと笑ったナミにつられて目を向ければ、遊び疲れたのかルフィはチョッパーの背で眠っているし、ロビンに咥えられて運ばれているゾロも同じく気持ち良さそうな寝息を立てている。
ゾロを運んでいるロビンの眼差しは優しくて、まるで母子のようなその光景にほんの少しサンジの胸がチクリと痛んだ。

「サンジくん。さっきの言葉、後悔しないでね?」
「ナミさん・・・?」

先程の話はあれで終わったんじゃなかったのかと思いながらサンジはナミに目を向けた。
ナミの横顔は木立から現れたゾロ達に注がれていてサンジを見てはいない。

「ゾロはこれからどんどん綺麗になっていくわよ。」
「それはどういう・・・。」

ナミはそういうとスモーカーとロビンの元へと駆け出していく。
ナミが危惧する事はありえないとサンジは思っている。
だが、もし、本当にナミが危惧する事態になったとき自分はどうするのだろうかと、その後ろ姿を見送りながらサンジはゆっくりとその意味を考えていた。




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