◇◆ Illumination ◆◇ ≪Side ゾロ≫
パソコンで処理をしながらちらちらと時計を見上げる。無意識の行動を自覚して、ゾロは苦笑を浮かべた。
今日はクリスマスイブ。
待ち人は17時からのシフトに入っている。
「遅い…」
呟いた途端。
「お…遅くなりました」
待っていた人物が現れて、ゾロはほっと溜息をついた。
だがちらりと視線を向けて何も言わない。
…いや。言えなかった。
つい先日の出来事を思い出して…。
「おー、待ってたぜ、サンジくん」
ウソップの声を聞きながら、指先で唇に触れる。
「ゾロー、俺上がるな」
一瞬ぼうっとしていたゾロはその声にはっと我に返った。そうして何事もなかったようにウソップに声を返す。
「ああ、ご苦労さん」
「わりぃな。明日休み貰ってよ」
「気にするな。明日はサンジも朝からフルで出てくれるって言ってるからな」
一応気を遣ってくれたらしいウソップにそう言うと、ウソップが嬉しそうに笑った。
「おおー、そうか」
にこにことご機嫌なウソップから視線を外し、ようやくサンジに視線を向けるとサンジが笑みを返してきた。
そうしてエプロンを身につけ鞄をロッカーにしまうサンジをまたしてもぼうっと眺めていたらしい。
「お先ぃー」
「おう、お疲れ」
ウソップが出ていくのをサンジが見送る。
そうしてこちらに向けられた視線と視線が合って…。
ゾロは思わず視線を外した。
「ゾロ…ごめん」
そんなゾロに。
ぽつり、とサンジが呟くように言う。
「まだ…、怒ってる?」
伺うようなサンジの声。
「無理矢理…」
「怒ってねえ!」
尚も言葉を続けようとしたサンジを遮るとサンジが一瞬驚いたように目を瞬かせ。次いでちょっと嬉しそうな顔を見せた。
その顔にどくんと心臓が跳ねる。
すれを誤魔化すように、ゾロが言った。
「そんな事より、さっさと働け。忙しいんだからな」
そう言って再びパソコンに向かう。
そんなゾロを見てサンジがこっそり笑った事に、ゾロは気付かなかった。
「ゾロ、こっち終わったぜ」
店内の掃除を終えたサンジがひょいと事務所に顔を出す。
「ご苦労さん」
ほんの少し笑顔を浮かべて労いの言葉を掛けると、サンジも笑顔を返してきた。
「で、どこに行くんだ?」
エプロンを外しロッカーの扉を閉めるサンジに声をかけるとサンジが微かに目を見開く。
「まさか何も考えていないとか言わねえよな?」
サンジに問うと
「いいや、きちんと準備してあるよ」
という答えが返ってきた。
笑顔でゆっくりと手を差し出すサンジに一瞬戸惑い、ゾロは差し出された手に自分の手を重ねた。
最初にサンジがゾロを連れて行ったのは、商店街から徒歩3分ほどの小さな公園だった。
意外な場所の意外な綺麗さにゾロが目を見張る。
「へえ…綺麗なもんだな」
感嘆の言葉を口にしたゾロにサンジが得意そうに言った。
「だろ?」
その顔が。ちょっと自慢げでなんだか可愛らしい。
砂場近くのベンチに腰を下ろすと、サンジが缶コーヒーを差し出してきた。
熱いそれを受け取ってちらりとサンジを見ると、サンジが笑いながらゾロの隣に腰を下ろした。
じっとそのまま眺めていると。サンジが首を傾げる。
「意外だ…」
「俺がこういう場所を知っていること?それとも此処にゾロを連れてきたこと?」
そう問われて。
とりあえず答えずに無言でいると、飲み干したらしい缶を手にベンチから立ち上がったサンジが手を出した。中身が入っていたため、ゾロが首を振る。
そのまま外灯二つ先にあるゴミ箱に缶を捨てに行くとサンジが戻ってきた。
じいっと眺めていたゾロに笑い掛け、ゾロの目の前でサンジが足を止める。
「夜景の綺麗なデートスポットに行っても良かったんだけどさ、俺としてはゾロにのんびりとしてもらいたかったし、近場で二人だけでってのもいいかな?って思ったんだよ」
そう言ったサンジの表情がふわりと優しくなった。
その表情にどきりとする。
慈しむような優しいその顔はサンジの気持ちを何より雄弁に語っているようで…。ゾロは微かに頬を染めた。暗がりの中だったので幸いサンジに気付かれずに済んだが…。
「こういうの嫌いだった?」
ふと心配そうに問われ
「いいや…」
と答える。
正直サンジがこんな場所を選んだのは意外だったが、心がほわりと満たされる。
しばらく時間の経つのを忘れてイルミネーションを見つめていると。
サンジがくしゅんと小さくくしゃみをした。
ぶるりと身を震わすサンジに目を向けて。
「有難うな…」
聞こえないような声で小さく呟くとゾロはゆっくりベンチから立ち上がった。
「これで終わりじゃないんだろう?」
そう問うとサンジが苦笑する。
「ああ。この後は暖かい部屋で豪華ディナー」
「ディナー?こんな時間にか?」
こんな時間に開いている店があるとは思えない…。
そう思ったゾロはひどく怪訝な顔をしていたのだろう。
だがサンジはそんなゾロに笑い掛けると、先に立って歩き出した。
地下鉄を利用して、歩くこと10分少々。
サンジが豪華なディナーを、と連れて来たのはサンジの住んでいるマンションだった。
さすがにそれには戸惑って、入るのを一瞬躊躇する。
だが結局ゾロは部屋へと入った。
部屋の暖房を入れて料理の仕上げをする為にキッチンに向かったサンジをゾロは所在なげにソファに座り、落ち着かない気持ちで待っていた。
「趣味の域だけどさ、俺の料理美味いって評判いいんだぜ」
笑い掛けながらテーブルに皿を下ろし、壁にかけてあったハンガーをゾロに手渡す。
ジャケットを脱いでハンガーに掛けると、ゾロはそれをサンジに渡した。
「もう少しだけ待っててよ。美味い飯食わせるからさ」
「ああ…」
手早く料理をローテーブルに運び、ワインが用意される。
グラスにワインを注いでサンジがにっこりと言った。
「それじゃ、メリークリスマス」
ちん、とグラスを鳴らしてワインを一口飲む。
口当たりは甘いがさっぱりしていて美味しかった。
「まあ騙されたと思って食ってみてくれよ」
そう言われ、料理に手を伸ばした。
一口食べて…
「お、…美味い」
思わず口からそんな感想が漏れる。
ぱくぱくと料理を食べながら、出されたワインも空けていく。
シャンパングラスに白いビールを注がれた時は驚いた。
こんなビールがあるなんて知らなかったから…。
飲んでみると軽い喉ごしでそれも美味い。
食べて飲みながら会話は弾み。
ゾロは用意された穏やかな空間を堪能した。
やがて。
お腹も十分に満たされて警戒心も薄くなってきた頃。
「今夜…泊まっていかないか?」
サンジが言った。
何も言わずにじぃっと見つめていると。
サンジが慌てて言葉を足す。
「誓って何もしないって。ただ、今から帰って出てくるの大変だろうし、泊まっていけば明日の朝飯とか準備してやれるし、俺も朝から出るわけだし…」
まるで言い訳のように必死に紡がれる言葉に笑って。
「…分かった。今夜は世話になる」
そう言うと、サンジの顔が目に見えてほっとした。
「よし、それじゃ、風呂入っちまってくれよ。それまでに寝床の用意しておくからさ」
「…よしってなんだよ」
新しいパジャマと下着を差し出したサンジに苦笑しながらそれを受け取り。
ゾロは浴室へと向かった。
ちゃぷり
体を洗って湯ぶねに浸かると、知らずはあ、と気持ち良さそうな溜息が漏れる。
部屋の中はヒーターで暖かかったが、あの公園で体の芯まで冷えたらしい。
じわんと爪先から暖まっていくのがひどく心地よかった。
今日は特別な夜になるのだろうか…。
ふとそんな事を思い、一人で顔を真っ赤に染める。
サンジが自分に本気なのだという事は、この間、嫌というほど思い知らされた。
キスされて。性急に求められて。
見た事のない雄の顔にどきりとし、思わず殴ってしまったが…。
嫌、だったわけではない。
動揺したのと、問題は…
「場所、だよな」
今日はサンジの家だし場所的にも問題はない。
「…覚悟、決めるかな…」
こぷんと頭まで湯につかり、次いで勢い良くざばっと上がると。
ゾロは浴室を後にした。
「お先…」
サンジの用意したワンサイズ大きめなパジャマを着て部屋に戻る。
「これ、借りてるぞ?」
「ああ…」
「ビールもらっていいか?」
「ああ、どうぞ」
サンジはゾロを見て真っ赤になって返事をしている。
どこに赤くなる要素があるのだろうと首を傾げつつビールを片手にリビングへ戻った。
サンジを待つこと数十分。
ようやく風呂から出てきたらしいサンジがひょいとリビングに顔を出す。
布団にごろりと横になっていたゾロが
「遅ぇ…。寝ちまうかと思ったじゃねえか」
とサンジを睨み上げた。
その場で固まるサンジにゾロが怪訝な顔をする。
「なに変な顔してんだ?」
「いや…なんでもない」
視線を反らせたサンジに首を傾げ。
とりあえず用意していたプレゼントの包みを投げた。
視線を外していたせいで受けとめ損ねたサンジを笑う。
「…だっせえ…」
うるせぇ、と悪態をついて落ちた包みを取り上げて。
それを開けたサンジの顔がぽかんとした。
「店の…ってことはないよな?」
「あたりまえだろう」
そのまま口を閉ざしたサンジに。ゾロが言った。
「俺の家の鍵だ。いつでも来ていい」
「ゾロ…」
「飯が美味いことも分かったし、たまに来て美味い飯食わせてくれよ」
「ああ…」
「…で、あー、なんだ、店でああいうのはナシにしてくれると助かる」
こくこくとサンジが頷いた。
「ゾロ、有難う」
「…おう」
「あ。…プレゼント」
はた、と思い出したようにそう言ったサンジにゾロが笑った。
「美味い飯食わせてもらっただけで十分だ」
「…ゾロ。キスしてもいい?」
お伺いをたてられて、ゾロが間抜けな声を出す。
「はあ?」
「えーっと、感謝の気持ちをこめてキスしたいんだけど」
「すればいいだろうが」
そう答えて。ゾロは目を閉じた。
触れるだけの優しいキスが二回。
二回目のキスを終え、離れていくサンジを見てゾロが溜息をつく。
「…馬鹿。遠慮してんじゃねえ」
そう言ってぐっと頭を引き寄せるとゾロはサンジの唇を奪った。
舌を差し入れるとサンジが舌を絡めてくる。
頭を引き寄せていたゾロの手が、縋るように首に回されても。
キスは止まらなかった。
「ふあっ…ぁっ…んんっ…」
口の端から甘い声が漏れ。
火のついたキスは止まらない。
名残惜しげに唇が離れ、サンジの腕がゾロの腰を抱き寄せた。
「メリークリスマス、サンジ」
「メリークリスマス、ゾロ」
ふわりと笑って告げると言葉が返ってくる。
そうしてゾロは体から力を抜いた。
布団の上に押し倒され、再びキスをされる。
「あんまり無茶すんなよ?」
唇が離れた隙にそう言うと。
サンジががむしゃらにゾロを求めてきた。
翌朝。
言い置いた筈の言葉は役にたたず、結果的に無茶をされたゾロは茫然とし。
サンジに謝る隙も与えず、その体を床に沈めた。
END
(くりすたる★MOON 浅見 真織 著)
(2005/12/24〜2005/12/31まで公開)
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