◇◆ Illumination ◆◇ ≪Side サンジ≫
「ヤベェ・・!!」
腕時計にチラリと目を向けてサンジは小さく舌打ちした。
今日のバイトの入りは17時からラストの22時までだ。
クリスマスイブの今日。
こんな日にバイトをしているといったサンジに友人達は揃って驚いたような顔になった。
浅く広く彼女の途切れたことのない交友関係を綺麗に整理したのは半年前。
そんなサンジになんの気紛れを起こしたのかと友人達はやはり揃って呆れた顔で苦笑を浮かべたのだ。
「お・・・遅くなりました。」
クリスマスイルミネーションを施してある商店街の中を抜け、その一角に位置する本屋の裏口をそっと開ける。
先ほどウインド越しにチラリと店内をみたがそれほど忙しそうとは思えなかった。
だが、なにせ今日は従業員が少ない。
レジ付近に特徴のある緑の頭が見えなかったから奥の事務所に居るかもしれないとは思っていたが、一瞬サンジに視線を寄越しただけで声もかけてこない後ろ姿にチクリと胸が痛む。
「おー、待ってたぜ、サンジくん。」
その代わりと言ってはなんだが元気に声をかけてきたバイト仲間のウソップが嬉しそうに笑う。
ウソップの上がりは17時。
入れ替わりで上がる為、俺が遅れればその分ウソップが残業することになる。
今日はバイトが終わってから彼女の家に招かれていると嬉しそうに話していたウソップは俺が来るのを今か今かと待っていたらしかった。
「ゾロー、俺上がるなー。」
パソコンの画面を覗いてなにやらやっている後ろ姿にウソップが声をかける。
「ああ、ご苦労さん。」
「わりぃな。明日休み貰ってよ。」
明日は明日でその彼女と友人を集めてパーティをするのだというウソップに店長であるゾロが休みを与えたのだ。
「気にするな。明日はサンジも朝からフルで出てくれるって言ってるからな。」
「おおー、そうか。」
ニコニコと笑うウソップと、やっとこちらに視線を向けてくれたゾロに俺は適当な笑みを返すとロッカーに鞄を突っ込む為に背を向ける。
鍵を取り出し、ロッカーの中にあった店舗のロゴの入ったエプロンを身につけ、鞄を押し込む。
「お先ィー。」
「おう、お疲れ。」
バタンと背後で扉が閉まったのを聞きながら俺は恐る恐るゾロの方へと振り返った。
途端にバチッと音を立てそうな程激しくゾロと視線が合う。
そしてふいっと逸らされた視線に怒ってるんだな・・と情けない気分を味わった。
「ゾロ・・・ごめん。」
俺が広く浅くの彼女達を整理したのはこのたった一人の本命の為だった。
均整のとれた身体に整った容姿。
緑の髪に翡翠の瞳。
ピンと伸びた背も甘さを感じさせない声も印象的だった。
第一印象は近寄りがたく綺麗な人。
一目惚れに近かったのだと後で気付いた。
「まだ・・・・、怒ってる?」
ゾロに惚れたと気付いた俺は身辺整理をしつつ、猛烈にゾロを口説きまくった。
信用してもらうところから始めて、親しい友人になり、やっと恋人の位置を手に入れたのはほんの一月ほど前の事。
浮かれても仕方ないとはいえ、性急に求めすぎたかと多少は反省したのだ。
「無理矢理・・。」
「怒ってねえ!」
遮る声に顔を向ければ仄かに目許を赤く染めたゾロがこちらを見ていた。
年上とは思えない可愛らしい表情に頬が緩みかける。
学生の自分と社会人として働いているゾロとの間には年齢差以上の隔たりがあると常々感じているのだが、たまに見せてくれるそんな顔に俺は嬉しくなる。
「そんなことより、さっさと働け、忙しいんだからな。」
そう言ってまたパソコンの画面に視線を戻してしまったゾロに気付かれないように笑って俺は事務所を後にする。
そう、前回の失敗を挽回するためにも仕事はきちんとこなさないといけない。
俺は頬を軽く叩き、気持ちを切り替えて笑顔で店内へと足を踏み出した。
最後の一人を送り出し店のシャッターを降ろしてから清掃に入る。
読み散らかされた雑誌をコーナーに戻しながらモップで床にあるゴミを集めていく。
カウンターに入ったゾロがキャッシャーからお金を抜いて奥へと戻っていくのを確認して俺はそっと溜息をついた。
強引なほどの押しの一手で迫り倒したのは、お世辞にもスマートなやり方だったとは今でも思えない。
始めはソフトに好意を示していたのだが、思ったよりゾロが鈍かったのと、男を口説くなんてこの22年生きてきてはじめての経験で、勝手が分からず焦っていたこともあってかなり強引にゾロに気持ちを伝えた。
自分の事で精一杯でゾロに気持ちを受け入れて貰えた時、嬉しくて、それだけで十分だとその時は思ったりもしたのだ。
平台に広げられたり放置されていた絵本を手に取りきちんとシリーズにあわせて戻していく。
ゾロは俺より先に社会に出て働いていて、そしてこの店の店長だ。
本店からこの支店の経営建て直しに派遣されてきたぐらいだからかなり優秀なんだろうと思う。
比べて俺はこの店でたまたまバイトをしていた学生アルバイト。
高校生の頃からここでバイトをしているから古株にはなるが俺の本業はあくまでも学生だ。
きっと社会や世間を知っている分、俺との事をゾロは悩んだんじゃないだろうかと思いながらも、ゾロを好きでいることは止められないとどこか開き直っている自分がいる。
「ゾロ、こっち終わったぜ?」
ゴミを分別しそれぞれの袋に集めて事務所入口のポリバケツに詰め込む。
扉から中を覗いて声をかければゾロの方も終わったのかゆっくりと背伸びをしている。
「ご苦労さん。」
ほんの少し笑みを浮かべ掛けられた労いの言葉に俺も笑みを返し、こちらを向いているゾロの唇に無意識に視線が吸い寄せられた。
そう、その唇に触れたのは二日ほど前、この事務所での出来事だった。
今夜と同じように二人だけで閉店作業をしていて、終了後労いの言葉と一緒にゾロにコーヒーを奢ってもらった。
なんだか帰る気にならず、事務所にあるソファーに座ってダラダラと他愛ない会話を続け、気付いた時には手にしていた缶コーヒーはすっかり空で、俺はゾロをただ見つめていた。
ゾロに腕を伸ばして、振り払われると思った手が届いた時、俺は衝動に任せてその身体を引き寄せていた。
二人の間にあるガラステーブルの上に片手を置いたまま、不自然な姿勢で驚いたように俺を見ているゾロに堪らず俺は唇を寄せた。
軽く触れて離れるつもりがその柔らかさに離せなくなった。
ガタッと派手な音を立てて体勢を崩したゾロの足が近くにあったゴミ箱を蹴り飛ばしたのだと視界の隅で確認する。
柔らかい唇と温かい息に夢中になった俺を現実に立ち戻らせたのは唐突な激しい頬の痛みだった。
ゾロに拳で横っ面を殴られたのだ。
キスから先に進もうとした俺によって服を乱されたゾロが無言で見上げてくる。
ソファーの上で顔を赤くしたまま、俺を睨み付けるゾロに俺は慌ててその体の上から離れた。
ゆっくりと体を起こしたゾロが震える指でワイシャツのボタンを嵌めているのをぼんやりと眺めながら俺は小さな声で何度も謝るしかなかった。
「で、何処に行くんだ?」
エプロンを外してロッカーの扉を閉めた俺にゾロが声をかけてくる。
「・・・あ。」
振り返った俺をいつもと違うラフな服装に着替えたゾロが待っていた。
白いボアが襟についた黒のダウンジャケットを着たゾロはとても26歳には見えない。
俺と同じ学生でも通るんじゃないだろうかと新鮮な感動を味わった。
「まさか何も考えてないとか言わねえよな?」
今日はクリスマスイブ。
明日もバイトに出てくることを無理矢理条件にして、ゾロに今夜から明日にかけてのデートを取り付けたのはあの出来事より前の事。
もしかしたら駄目かもしれないと考えたりもしたが、きちんと予定は組んである。
「いいや、きちんと準備してあるよ。」
嬉しさ半分、困惑半分でゾロに笑いかける。
この前の失敗を取り戻す為にもこのデートは成功させたい。
俺は笑顔で俺がゾロだけの為に用意したデートを楽しんでもらう為にゆっくりと手を差し出した。
俺がまずゾロを案内したのは夜景の綺麗なデートスポットではなく、商店街から徒歩3分ほどの小さな公園だった。
「へえ・・・綺麗なもんだな。」
「だろ?」
昼間はベビーカーを押したお母さんや幼稚園帰りの子供でごった返すこの公園は住宅街の中にあるのだ。
公園自体にイルミネーションの装飾はないが、公園近くの家々には多少の違いはあれどクリスマスの電飾が施されている。
普段ならこの時間まで電気が入っていることはないのだが、今夜はクリスマスイブとあって日付が変わるまで灯されている事を常連さんから教えてもらっていた。
「はい、どうぞ。」
砂場の近くのベンチに腰を降ろしたゾロに買ってきた缶コーヒーを渡す。
熱いそれを受け取ってチラリとこちらを見てきたゾロに笑いかけながらその隣に腰を降ろした。
プルトップを上げて缶を煽るとジッとこちらを見ているゾロが小さく呟いたのが聞こえた。
「意外だ・・・。」
「俺がこういう場所を知っていること?それとも此処にゾロを連れてきたこと?」
多分後者だろうと思いながら問いかけて、飲み干した缶を手にベンチから立ち上がる。
ゾロに手を差し出すと中身が入っているのか無言で首を横に振られる。
俺は公園内を照らす、外灯二つ先にあるゴミ箱に缶を投げ入れるとゆっくりとゾロの元へと戻ってきた。
ジッとこちらを見ているゾロに笑いかけてその目の前で足を止める。
「夜景の綺麗なデートスポットに行っても良かったんだけどさ、俺としてはゾロにのんびりとして貰いたかったし、近場で二人だけでってのもいいかな?って思ったんだよ。」
その言葉は本当が半分、嘘が半分。
ゾロにゆっくりして貰いたかったのも本当だが、他人が見ているクリスマスの景色を二人の思い出にはしたくなかったという俺の我儘。
この人が俺の恋人だと自慢したい反面、誰にも見せたくないというこの矛盾。
「こういうの嫌いだった?」
「いいや・・・。」
チカチカと公園沿いの家々を飾るイルミネーション。
定番のクリスマスツリーやトナカイやサンタもいれば、子供に人気のアニメキャラクターがあったりする。
静かな公園に聞こえてくるのは一日中かかっていたクリスマスソングじゃなくてたまに通り過ぎる車の排気音だけ。
暖かい室内じゃないけれどどこか気持ちは温かくて幸せだ。
「くしゅっ・・。」
ついつい時間も経つのを忘れて、イルミネーションを見つめるゾロの横顔を眺めていた俺は寒さに小さくクシャミを零した。
クシャミをしてブルリと身体を震わせた俺にどこか呆れたようなゾロの目が向けられたのは気のせいじゃないと思う。
俺の耳には届かなかったが何か小さく呟いたゾロがゆっくりとベンチから立ち上がる。
「これで終わりじゃないんだろう?」
どこか大人の余裕でそう問いかけられて俺は苦笑を浮かべる。
「ああ、この後は暖かい部屋で豪華ディナー。」
「ディナー?こんな時間にか?」
この時間に開いている店は予約でいっぱいだろうし、しかも普通の店でもラストオーダーもとうに終わっているような時間帯だ。
少し疑わしそうにこちらを見ているゾロに笑いかけると、俺は今夜の為に最高に美味いディナーを用意してある場所へとゾロを案内していった。
地下鉄を利用して、歩くこと10分少々。
俺がディナーを食べさせる為にゾロを連れてきたのは俺の住んでいるマンション。
玄関を開けてゾロを招くと一瞬戸惑ったようだがそのまま部屋へと入ってきてくれた。
部屋の暖房を入れてキッチンへ向かい下拵えしておいた料理に火を入れる。
すでに温めれば食べられるだけにしておいた料理とワインにあう前菜を手にリビングに戻ると、ジャケットを脱ぐこともなく所在なげにソファーに腰を降ろしているゾロがいた。
「趣味の域だけどさ、俺の料理美味いって評判いいんだぜ。」
笑いかけながらテーブルに皿を下ろし、壁にかけてあったハンガーをゾロに手渡す。
ゾロが脱いだジャケットをそれにかけるのを受け取って壁にそのままハンガーを戻す。
「もう少しだけ待っててよ。美味い飯食わせるからさ。」
「ああ・・・。」
冷たい空気が少しずつ温まってきたのにホッと息をつきながら、手早くいくつかの皿をローテーブルに運ぶ。
運び終わったところで俺はゾロと俺の前に用意したグラスによく冷えたワインをゆっくりと注いだ。
俺がまず用意したのは口当たりが甘いがさっぱりとした白ワイン。
ワインというよりはもっと軽い口当たりでジュースのようだが美味いのだ。
此処でムードを高める為なら灯りを消してキャンドルに火でも灯せばいいのだろうが俺ははっきりとゾロの姿を見ていられる方を選んだ。
「それじゃ、メリークリスマス。」
ニッコリと笑ってグラスを合わせてからゾロに料理を勧める。
「まあ、騙されたと思って食ってみてくれよ。」
「お、・・・美味い。」
料理を口にしたゾロの感想に俺は内心ガッツポーズする。
そこからは勧めなくても箸を伸ばして食べはじめたゾロににやける顔が止まらない。
今オーブンで回っている肉もきっと美味しそうに食べてくれるのだろう。
「こういうのも好きじゃないか?」
食べるのと平行して用意していたワインも空いていく。
今まで何度か食事にいった経験からゾロがかなりいける口だと知って、料理に合うという以外にもいろいろと酒を選んできたのだ。
ワインだけじゃなくビールもちょっと変わった真っ白なビール。
軽い喉越しでこれも美味い。
シャンパングラスに近い細長いグラスにそれを注ぎいれる。
「・・・へえ・・。」
グラスに口をつけたゾロの目が柔らかくなったのに俺は笑みを浮かべた。
これもゾロの口に合ったようだと嬉しくなる。
それから俺はメイン料理を用意し、美味い酒を出してはゾロと他愛のない会話を楽しんだのだった。
すっかり腹も満たされて、アルコールで気持ちも大きくなった俺は機嫌の良さそうなゾロにそっと声をかけた。
もちろんその内容は多大なる勇気を持って口にしたのだが。
「今夜・・・泊まっていかないか?」
こちらを見たまま何も言わないゾロに俺は焦ったように続ける。
「誓って何もしないって。ただ、今から帰って出てくるの大変だろうし、泊まっていけば明日の朝飯とか準備してやれるし、俺も朝から出るわけだし・・。」
アワアワと言葉を続ける俺にゾロは笑ったようだった。
「・・・分かった。今夜は世話になる。」
「よし、それじゃ、風呂入っちまってくれよ。それまでに寝床用意しておくからさ。」
「・・・よしってなんだよ。」
そう言いながら新しいパジャマと新しい下着を差し出した俺にやっぱりゾロは苦笑したようだった。
風呂の場所を教えてベットの準備に戻った俺は、ドキドキと高鳴る鼓動とにやける顔を止めることもできずにただ黙々と手を動かした。
実を言うとこの部屋に入れた他人は友人知人を含めてゾロが初めてなのだ。
もちろん今までの彼女達の部屋に行ったことはあるのだが、彼女達をこの部屋に連れてきたことはない。
特にこだわりがあったというわけではないのだが自分のパーソナルスペースに入れてもいいと、入ってきてほしいと思ったのはゾロが初めてなのだ。
この前の失態を取り返す為に用意したデートらしきものも満足してもらえたようだったし、のんびりと寛いだ様子を見せるゾロに気を許されているという感じがして嬉しい。
ゾロが風呂から上がる前にソファーとテーブルを壁際に移動させマットレスと客用布団を手に戻ってくる。
寒いかもしれないと考えてカーペットの電源は落とさずに布団のある方だけ弱にしてつけておく。
ほとんど使われることのなかった布団もクリーニングに出してある。
手早く寝所を整えキッチンへ立った俺は片付け始めた。
いろいろ作ったとはいえほとんどが皿だ。
オーブンも使用したのだが汚れるというような使い方はしていない。
こちらもあっという間に片付けてしまう。
ふと胸ポケットに手をやりかけて煙草はジャケットの方へ入れっぱなしだったことに気付いた。
それと同時に仕事中の15分休憩以外で今夜は煙草を吸わなかったなと思い出した。
公園は禁煙だったし、そこへの移動も、そこからこの部屋までの移動もマナーとして煙草を吸う事はなかった。
「緊張してたんだな・・・・。」
ヘビースモーカーの自分が煙草を吸う事も忘れてしまう程ゾロの事で頭がいっぱいだったのかと気付いて苦笑する。
口寂しい気もするがわざわざ自分の部屋まで煙草をとりに戻ろうとは思わなかった。
「お先・・・。」
ふんわりとボディソープの香りがしてタオルを頭にかけたゾロが顔を出してきた。
「これ、借りてるぞ?」
「ああ・・。」
手にしているタオルで髪を拭いているゾロにドクドクと鼓動が大きくなる。
自分の迂闊さを思わず呪いそうになった一瞬だった。
「ビール貰っていいか?」
「ああ、どうぞ。」
タオルを首に掛けて軽く首を傾げて冷蔵を開けるゾロにおざなりな返事を返す。
頭の中は真っ赤な警告灯の光でいっぱいだ。
一瞬ゾロがこちらを見て怪訝な表情を浮かべたがそのままリビングの方へと戻っていってしまう。
ゾロの姿が視界から完全に消えて俺は強張っていた体から力を抜いた。
「ヤバイ・・・俺、理性持つのか。」
空笑いを浮かべてガックリと項垂れる。
大きかったのだろう、パジャマの裾を折って穿き、ブカブカの袖口から手首を覗かせて髪を拭いているゾロは無茶苦茶可愛かった。
いくら仕事場でしかあったことがなかったとはいえサイズを思いっきり見間違えてしまった。
ラフな格好などほとんど見たことがなかったから、無意識にゾロは自分よりワンサイズ大きいのだろうと勝手に思い込んでいたのだ。
パジャマを着た感じからいって、まったく同じサイズでもまだ余裕がありそうだった。
一応はきちんとボタンを止めてあるパジャマも襟ぐりは大きく開いてしまっているし、さっき身体を屈めた時にその隙間からチラリと見えた素肌に目は釘付けになった。
一瞬だけだったから理性を総動員して視線を剥すことができたが、素直に反応しそうになった己に冷や汗が流れる。
この前の失態を繰り返さないようにと、ほぼ成功を収めつつあるクリスマスデートを大暴走で破局なんて洒落にならない終わらせ方をしたくない。
泊まる事に頷いてくれたゾロに期待してないといえば嘘になるが、絶対に自分から触れてはならないのだと固く戒める。
「はあ〜っ。」
ガシガシと頭を掻き、無駄に熱くなった身体と心を落ち着かせるために俺も風呂へと向かった。
考え事と、気持ちの整理の為にのぼせる寸前まで湯に浸かってしまった俺は暖房が効いている温かい室内にふらふらと足を勧めた。
キッチンに寄りミネラルウォーターを飲んですこし火照りは冷えたものの、パジャマの前を止める気になれず、だらしなく着崩したままタオルで髪の雫を拭う。
パタパタとタオルで風を送ってもう一杯水を飲み干すとグラスをシンクにおいてその場を後にする。
いつもより長めに風呂で時間を潰した俺は明かりのついたままになっているリビングへとそっと顔を出した。
もしゾロが寝ていればそのまま電気を消して自室に篭って寝てしまえばいい。
「遅せぇ・・・。」
俺が用意した布団の上にゴロリと横になったままゾロが見上げてくる。
「寝ちまうかと思ったじゃねえか。」
片手を付きゆっくりと身体を起こしたゾロの姿に俺は心の中で悲鳴を上げ続ける。
神様、これはいったい何の試練なんでしょうか?
神様、俺がなにか悪いことをしたんでしょうか?
神様、・・・・・・・・・・・襲ってもいいんでしょうか?
「なに変な顔してんだ?」
「いや・・・なんでもない。」
火照っていた身体が別の意味で火照りそうになって慌ててゾロから視線を外す。
直視しなければ多少はましかもしれないと足掻いてみる。
「ほら、プレゼント。」
だからゾロが投げてきた小さな包みを上手く受け取ることが出来ず、それは俺の胸辺りに当たってポトリとカーペットに落ちた。
「あ・・・・・。」
「・・・だっせぇ。」
クスリと笑ったゾロにうるせぇと悪態をついて落ちた包みを取り上げる。
それは店で使っているクリスマスラッピング用の袋。
文房具などをクリスマス用にと言われたときに入れて、リボンのついたシールを貼ってお客さんに渡すのだ。
手に取るとおもったより重量のあったそれに首を傾げつつ裏のテープを取り袋の中身を手のひらに取り出す。
「・・・・・鍵?」
俺の手のひらに転がり出てきたのはシルバーのキーホルダーとそれについた一本の鍵。
そのイルカのキーホルダーは前にウソップがゾロから貰ったとみせてもらった土産に良く似ていた。
俺は貰えなくて悔しがっていたのをウソップがゾロに話して聞かせたのかもしれないと顔を赤くする。
「店の・・・ってことはないよな?」
「あたりまえだろう。」
もう一つ、すぐに浮かんだ可能性をそうであったらいいと思いながら尋ねることができず俺は口を閉ざした。
「俺の家の鍵だ。いつ来てもいい。」
「ゾロ・・・。」
その言葉に感極まって抱きつきたいが、抱きついたら最後、俺は止まれないような気がしてグッと耐える。
「飯が美味いことも分かったし、たまに来て美味い飯食わせてくれよ。」
「ああ・・・。」
「・・・で、あー、なんだ、店でああいうのはナシにしてくれると助かる。」
小さな声で続けられた言葉に俺は馬鹿みたいに何度も首を縦に振った。
そしてその言葉に、店でそういう行為に及ぼうとした俺にゾロは腹を立てたが、その行為にゾロが怒ったわけじゃなかったとわかって俺は心から安堵したのだ。
かすかに赤くなった頬に照れや恥ずかしさはあっても嫌悪はなかったんだと分かって俺はホッとする。
「ゾロ、有難う。」
「・・・おう。」
笑って手に鍵を握りこみ、俺はそこでハタと気付いた。
そういえば二日前の出来事で頭が一杯で肝心なプレゼントを用意していなかったことに気付いたのだ。
「あ・・・プレゼント。」
思わず口をついて出た言葉にゾロが笑う。
「美味い飯食わせてもらっただけで十分だ。」
欲のない言葉に、俺はゾロに似合いそうだと前々から目星をつけていたシルバーのピアスを休憩時間にでも買いに行こうと決めた。
それとは別に、感謝の気持ちを行動で示したい俺としては、布団の上に座っているゾロに慎重な足取りで一歩近付いた。
「ゾロ、キスしてもいい?」
前回の事もあるし一応はゾロにお伺いを立ててみる。
「はあ?」
「えーっと、感謝の気持ちをこめてキスしたいんだけど。」
たぶん、こんなことを確認しなくてもキスしても怒りはしないんだろうとは思う。
「すればいいだろうが。」
呆れたような顔で目を閉じてくれたゾロに笑いかけてそっと顔を近付ける。
軽く触れて、開かれない目蓋に気をよくしてもう少し長めに唇を合わせる。
重ねるだけの触れるだけの優しいキス。
後ろ髪を引かれながらも唇を離すと間近で開いた翡翠の瞳と視線があった。
「・・・馬鹿、遠慮してんじゃねえ。」
グッと頭を引き寄せられて唇の隙間からゾロの舌が入り込んでくる。
忍び込んできた柔らかな舌に俺はあっという間に夢中になった。
「んっ・・・。」
頭を引き寄せていたゾロの手が落ちて、首に縋るように回ってきてもキスは止まらない。
「・・・ふぁ・・ぁっ・・んん。」
これ以上は駄目だと頭の中で思いながら、あわせた唇の隙間から零れる声に煽られて止まれない。
背を抱き寄せて、空いた手で髪や頬に触れながら何度も角度を変えては口付ける。
「・・・・・・・・ゾロ・・・。」
これ以上は止めて貰わないと俺は自分では止まれない。
長い口付けに赤みを増した唇を指でなぞってその瞳が開かれるのを待つ。
指を掠めていく吐息と上気した頬にドクドクと心臓が煩く音をたててきっとゾロにも聞こえているんだろうなと内心苦笑する。
中々開かれない両目に焦れてチュッと音をたててもう一度だけ唇を吸い上げる。
背から下りた腕でしっかりと腰を抱き寄せるとやっとゾロの目が開いた。
「メリークリスマス、サンジ。」
「メリークリスマス、ゾロ。」
ふわりと笑って告げられた言葉に釣られるように言葉を口に乗せる。
そしてそのまま腕の中で目を閉じたゾロの身体から力が抜けたのが分かった。
眠ってしまったわけじゃない。
腕の中の温かな身体に許されているんだろうかと胸を高鳴らせる。
殴られて元々と覚悟を決めてそのまま布団に押し倒し、圧し掛かるようにして唇を奪う。
「んっ・・・サンジ。」
キスに応えながら名前を呼ばれ、もともと兆し気味だった下半身に一気に血が集まった。
それに気付いたのか一瞬だけゾロの目がこちらを見てくる。
「あんまり無茶すんなよ?。」
頭を引き寄せられ耳元で告げられた言葉に俺の方が赤面してしまう。
ドキドキと高鳴らせた鼓動もガキみたいで恥ずかしい。
こんな場面で年と経験の差を見せ付けられたみたいで俺はがむしゃらにその唇を塞ぐ。
柔らかな声も優しい腕もないけれど、俺の背に回った腕は温かく、キスの合間に零れる声は擦れて甘い。
はじめて触れた素肌も、快楽に潤んだその瞳にも、煽られてゾロという存在にのめりこむ。
そして翌朝、結果としてやりすぎた俺は、目覚めて立てないという事実に呆然としているゾロに謝る間もなく床に沈められたのだった。
END++
(AFTER
IMAGES 千紗 著)
(2005/12/24〜2005/12/31まで公開)
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