◆◇ Present ◇◆ ≪Side サンジ≫





その島に着いたのは、ちょうどクリスマスの時期だった。

市場を歩きながら、目に眩しいイルミネーションを見るともなしに見て。
サンジは肩を竦める。
…こんな雰囲気はずっと忘れていた。
そう言えば…。
後ろを歩く男の故郷でもそんな行事はあったのだろうかとふと思い。
サンジは懐から取り出した煙草をくわえた。


ナミから告げられた滞在期間は二日。
買い出しは明日にして、今日は下見という名目で剣士を市場に連れ出した。
一応恋人という位置を手に入れて、初めての島。
奇しくもクリスマスという打ってつけのイベントで。
この機会を逃すつもりは毛頭ない。
告白して恋人になったのはいいものの、関係的には今までと少しも変わっていない状況から一歩踏み出すには、打ってつけのシュチュエーションなのだから。
だが。具体的にはどうすれば…。
そこで頭を悩ませる。
レディ達が相手なら満足させる自信はある。
だが…今までとは勝手が違う。
甘い言葉やロマンチックな雰囲気に酔うような男じゃないし…。
逆に鼻で笑われそうだ。
かといって、酒で釣るにはあまりにも…

あーだこーだと頭を悩ませる自分をゾロが怪訝な顔で眺めていた事を、サンジは知る由もなかった。


「なあ。今日って、クリスマスイブなんだってよ」
結局何も思いつかなかったサンジは直球勝負に出る事にした。
速度を落とし肩を並べてそう言うサンジの意図が掴めずに、ゾロが眉を寄せる。
「クリスマスっていやあ、恋人達にとって外せないイベントだぜ?…と、いう訳で。デートしよう、ゾロ」
「………」
「で、だ。どっか行きたいとこ、ある?」
「………」
まじまじとサンジを見つめ…だが、特に異論はないらしい。
考えるように視線をさまよわせるゾロを見て、サンジの心臓は忙しなく動いていた。
やがて。

「美味い酒が飲みたい」
いつもと何ら変わらない返事にサンジはがっくりと肩を落とした。

そりゃあさ。
ゾロからそれ以外の答えが返ってくるなんて思っちゃいなかったけどさ。

あまりに予想通りの返答に、笑いたくなってくる。
「クソコック?」
「あー、いやいや。酒ね、酒。んーじゃあせっかくだから最高級の酒を飲ましてやるよ。もちろん美味いつまみつき」
そう言って肩を抱き寄せ、頬に一瞬だけのキスをする。
あまりの早業に、きっと周りにいた人達は気付かなかった筈だ。
これくらいは許されるだろうと剣士をそっと伺うと。
真っ赤になった剣士の顔がそこにあった。
その可愛らしい反応に一気に気分が上昇する自分の単純さを笑いつつ、サンジはお望みの酒を手に入れる為に酒屋を探し始めた。
酒屋を探しつつ、あっちの店やこっちの店を冷やかして。
ふらふらと歩きながらこれはこれで楽しいかもとふと思う。
こうしているだけでも十分デートかもしれない…そう思い、サンジはゾロの手に自分の手をそっと重ねた。
びくりと体を震わせたゾロに一瞬文句を言われるかと身構えたが、またしても特に文句は言われずに。
サンジは思っていたよりも自分はゾロに愛されているのかもしれないと思った。


しばらくそうして歩いてようやく酒屋を見つけると、中に入って酒を数本物色する。ゾロの好きな米の酒も手に入れて、いったん店をでると。
「ちょっとここで待っていてくれ」
不意にそう言い残し、ゾロが再び中へと入っていった。
程なく戻ってきたゾロの手には何もなく、何の為に戻ったのか疑問に思ったが問いただす事はせずに。
手に入れた酒と食材を手に、今来た道を戻って行った。


メリー号に戻るとキッチンに入り、サンジは買ってきた食材で夕食とつまみをつくり始めた。
その鮮やかな手付きを、テーブルに肘をつきながらゾロが見ている。
いつもは賑やかな船長も狙撃手も船医もいない。
二人きりの時間に、料理を作りながらもサンジの顔はだらしなく緩んでいる。
どこかで食事もいいが、今日は特別な日。
自分の手料理でもてなしたいと思うのは、やはり自分が料理人だからだろうか…。
二人で美味しい料理を食べるのもいいが、自分の料理を食べて『美味しい』と目元を染めるゾロを見たかった。


「お待たせ、ゾロ」
そう言ってテーブルの上に皿を並べると、ゾロの目が軽く見張られた。
「…こんな手の込んだ料理じゃなくても良かったのに…」
「何言ってんだよ。今日はお祝い事なんだぜ?そんな日に、いくら二人でも手を抜いたりしねえさ。それに…愛しい恋人と二人きりなんだぜ。気合いも入るってもんだろう?」
にやり、と笑うサンジにゾロが呆れたように溜息を付く。
ゾロに料理を勧めると、サンジはワインを開けた。


「…美味い」
料理を口にし、ゾロが言う。
それに、「まあ当然だな」と言葉を返しながら。
サンジは機会を伺っていた。
いつもの軽いキスではなく、今日こそはもっと深いキスを!…いや、キスだけじゃない。できれば最後まで…!!
男相手に必死になる自分がいっそ滑稽だった。
もくもくと料理を平らげ酒を飲むゾロをちらちらと見ながら、サンジも杯を重ねる。
ゾロにばかり気を取られていつものペースを忘れていたらしい。
気付いた時には頭の中がふわふわとして理性が飛んでいた。

「ゾォーロォー」
舌足らずな声で名前を呼ばれ、サンジに目を向けたゾロがぎょっとする。
にこにこと満面に笑みを浮かべたサンジは明らかに酔っていて…。
「サ…ンジ…?」
「ゾォーロォー、大好きぃ…」
よろよろとテーブルを回ってゾロの側に寄ると、そう言ってにこぱっと笑う。
そうしてサンジはゾロの体をぎゅむっと抱き締めた。
すりすりと頬を寄せてちゅっちゅっとキスを繰り返し、とろけるような笑顔でゾロを見つめる。

「サンジ…ッ…んっ…」

両頬を手で包まれて、サンジがゾロの唇に自らの唇を重ねた。
抗議の声はサンジの口に吸い込まれ…

「ゾロ、好き…だぁーい好き。愛してる…」

合間に甘く囁きながら、何度も何度もゾロにキスを贈る。
絡み付いてくる腕を、ゾロも離そうとはしなかった。

「ゾロォ…大好き…」

そうして深く唇が重なり合い…。

「     」

耳元で、ゾロの声がして…

サンジの意識はそこでふつりと途切れてしまった。


「………うー…」
がんがんと痛む頭を押さえながらよろよろと体を起こす。
昨夜は…どうなったっけ…
料理と酒で二人だけのパーティをして。
今の関係より一歩進みたいとあがいて…

「…あー………」

飲み過ぎて、酔い潰れちまったんだっけ…
そこまで思い出し、がっくりと再び沈み込む。
ゾロが運んで寝かせてくれたのだろう。
キッチンで潰れた筈の自分が寝ていたのは、男部屋のソファーの上だった。

「あー…、もう。計画台無し…」
「何悪巧みしてたんだよ、てめえは」
「悪巧みなんてしてねえよ!ただゾロを抱きたいって…うえっ?」

慌てて顔を上げると。
腕を組んだゾロが呆れたようにサンジを見下ろしていた。

「そう思ってんなら、先に潰れんな。…てか、弱ぇんだから飲むな、アホ」
「うー…」
言葉を返せずひたすら唸るサンジの枕元に、ぽすりと何かが落ちてきた。
「………?」
「プレゼント。…するモンなんだろうが?クリスマスには。あと…」
ふわり、と柔らかく温かなものが唇に触れた。
それがゾロの唇だと気付いた時にはもうそれは離れてしまっていたが…。
頭痛も忘れ、ぽかんとゾロを見るサンジににやりと笑って。
「今日のところはそれで我慢しとけ」
そう言い残すと、ゾロは男部屋を出て行った。

残されたサンジは…
あまりの出来事に、まだ現実に戻れないでいる。

ゾロから…あのゾロから…
キスされた…
ゾロから…

「夢…じゃないよな?」
一瞬そう思ったが。
何よりひどい頭痛が現実だと訴えている。
じわじわと幸福が込み上げて、同時にたかがそれだけでこんなにも幸せになれる自分の単純さに笑えてしまう。

…とりあえず。
まあ、今日のところはこれでよしとしましょうか…。
思いがけないプレゼントももらった事だし…
ゾロから贈られた包みを手に、サンジは幸せな気分で目を閉じた。


END

(くりすたる★MOON 浅見 真織 著)

(2005/12/24〜2005/12/31まで公開)
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