◆◇ Present ◇◆ ≪Side ゾロ≫





その島に着いたのは、ちょうどクリスマスの時期だった。



到着するなり当たり前のように市場に足を運ぶコックに先導されて足を運ぶ。
まるで祭の前の浮き立つようなざわめきと、店先やちょっとした街路樹を飾り立てるイルミネーション。
チカチカと色とりどりに点滅するそれに目をやって、それに負けないぐらいチカチカと光を反射している金の頭をぼんやりと眺める。
その頭がスッと光を放つイルミネーションに向けられてほんの一瞬動きを止める。
何かあったんだろうかとそちらを眺めるが特に変わったものは見当たらず首を傾げる。
背後からではその表情の変化は読み取ることは出来ないが、その手が懐から抜き出された煙草を口に運んだのは分かった。
火をつけるでもなく咥えたまま何やら考えているらしい姿に、声をかけるべきか、かけないべきか少しだけ悩む。
一歩進んでは立ち止まり、急に早足になったりして歩き続ける後ろ姿に、これは邪魔はしない方がいいらしいと判断する。
何を考えているのか分からないが、きっと自分にとっては奇妙な悩みなんだろうなと思いながら、俺は先を歩くサンジの姿をゆっくりと追って足を進めた。





この島に滞在する期間は二日ほど。
ここ最近バタバタしていたクルー達にはいい骨休めだろうと思う。
クリスマスというイベントがあるのもお祭り好きのクルー達に嬉しいことだ。
俺には関係がない・・・そう思いかけ、そういえばとふと思い出した。
少し前に立場がただのクルーから変化した男がいたことを。



俺の事を好きだと告げた女好きのクソコック。
はっきり言って初めはその言葉が理解できなかったし、信じられなかった。
ナミやロビンに対する態度に変化もなく、もちろん俺に対する態度もすこし喧嘩が減ったぐらいで特に変化らしきものも見当たらない。
冗談か、何かの引っ掛けか?、そう俺が疑っても仕方ないと思う。
だから適当な気持ちで好きだと言ったコックに俺も頷いた。
恋愛感情だったかと問われると首を傾げてしまうが、ただ、好きだと言われたことに嫌悪感はなかったと思う。
そんなコックがどうやら俺に本気らしいと気付いたのは時折見せるようになった飢えたような蒼い瞳。
二人っきりで他愛もない話をしている瞬間に欲情した雄の顔を向けてくる。
だが、自称ラブコックというわりにはまともなキス一つしてこようとしない。
その顔はあきらかに俺を欲しいと言っているのに。

「なあ。今日って、クリスマスイブなんだってよ」

自分の思考に沈んでいた俺は急に掛けられた声に咄嗟に反応できなかった。
先を歩いていたサンジが歩調を落として肩を並べるように横を歩く。
その横顔へと視線を向けながら、唐突過ぎる言葉の前に、俺は何かこいつに話しかけられていたのだろうかと眉を寄せ記憶を辿る。

「クリスマスっていやあ、恋人達にとって外せないイベントだぜ?…と、いう訳で。デートしよう、ゾロ」

サンジらしいというか、なにがそういう訳なのかと俺は呆れる。
まさか延々考えていたのが俺をデートに誘う、まったく飾り気のないこの台詞なのかとその顔を見つめる。

「で、だ。どっか行きたいとこ、ある?」

そわそわとした空気を纏ったサンジの姿に自分の考えが正しかったらしいと半ば呆れてその姿をジッと見つめる。
誘うにしてももう少し言いようがあるだろうにと内心苦笑しながら、それでも律儀に行きたい所を考えてみる。
サンジが行きたいだろうと思い当たる市場は当たり前のように今歩いているし、刀を研ぐほどの時間もないだろう。
それ以外に行きたい場所など咄嗟には浮かばない。
しいて言えば酒場ぐらいだが、一人ならともかくサンジがいるのなら酒を買って船に帰って、それに合う美味い肴を作ってもらった方が俺は嬉しい。

「美味い酒が飲みたい」

俺の答えにサンジの肩が目に見えて下がった。

「クソコック?」

行きたい場所も特に浮かばなかったんだから仕方ないだろうと思う。

「あー、いやいや。酒ね、酒。んーじゃあせっかくだから最高級の酒を飲ましてやるよ。もちろん美味いつまみつき」

そういって伸びてきた腕に肩を抱かれたと思ったら頬に柔らかい感触が触れて離れる。
往来でサンジにキスされたのだと理解した時は、その本人は離れていて、俺はどう反応していいのか分からず熱くなった顔に困惑する。
そんな俺を見つめてサンジが柔らかく笑う。
優しい表情に俺はますます顔が熱を帯びてくるのを感じた。
きっと赤くなっているんだろうと熱くなった頬に手をやる。
歩調を緩めたまま肩を並べて歩き始めたサンジをチラリと眺めてそっと溜息をつく。
どうやら俺の希望を叶えるべく酒屋を探しているらしいが、逆にサンジこそ行きたい場所はなかったのだろうか。
目に付いた変わったディスプレイに誘われて店に入り、また別の店に入ってみる。
二人でフラフラと目的もなく歩き回る。
疲れるだけじゃないんだろうかと思いつつ様子を伺ったサンジは楽しそうで、その表情にまあいいかと笑みを浮かべる。
不意にトンっと触れた手が、次にはギュッと重ね合わさってくる。
ぶつかっただけだと思っていた手はしっかりと繋ぎあわされサンジの温もりを伝えてきた。
なんとなく振り解くのも惜しい気がして、大人しく足を進めるともう一度今度は優しく手が繋がれる。
楽しそうな顔で歩くサンジを時折視界に納めながらゆっくりと歩いていく。
擦れ違う人も、店先で立ち止まる人も、誰も手を繋いでいる俺達に注意を払わない。
みんな自分の幸せでいっぱいなそんな日なのだろう。
ほんの少し強めに腕が引かれて周囲を見るともなしに眺めていた視線を戻す。
何処に行ってもほぼ変わりなく、見慣れた酒屋の看板に目的の場所へ到着したのだと分かった。
戸惑うこともなく扉から二人で店内に足を踏み入れる。
スルリと当たり前のように振り解かれた手に、ちょっと寂しいと感じながら、酒を選び始めたサンジの邪魔をしないように逆の棚へと歩いていく。

「・・・・?・・・。」

何気なく棚を見ていた俺の目に目に鮮やかな青が飛び込んできた。
それはディスプレイに使われていた青い宝石を使ったイヤーカフス。
シルバーの台に小さな石が散りばめられている。
一瞬ピアスかと思ったぐらい凝った造りのそれをジッと眺める。
背後で値段の交渉に入った後ろ姿をチラリと見て似合いそうだと思う。
だが、値段のついていないそれは売り物とは思えなかったし、店主に話を聞こうにもそれも今は出来そうにない。
どうしようかとぼんやりとそのやり取りを眺めているとニッコリと笑みを浮かべてサンジが振り返った。
その顔に満足のいく値段で話がついたのだろうと思う。
酒瓶を入れた木箱を受け取り、二人揃って店の扉をくぐる。
ふわりと吹いて来た冷たい風に前を歩いていた金の髪がサラサラと流れる。
光を反射するそれを見て俺はどうしても先ほどのイヤーカフスが欲しくなった。

「ちょっとここで待っていてくれ」

驚いた顔でこちらを振り向いたサンジの返事も待たず俺はそのまま店の中へと取って返す。
扉を開けて戻ってきた俺に気付いた店主も驚いたような顔を浮かべてこちらへと顔を向けた。

「アレ、売って貰えないか?」

ズカズカと歩み寄りディスプレイにあったイヤーカフスを指差す。
すると何故か店主は目を丸くし、ついで愛想ではない満面の笑みを浮かべた。

「お気に召しましたか?」
「ああ。ただ、あまり手持ちがないんだが・・。」

静かにカフスに歩み寄り、下に敷いてあった赤いビロードごと手にして店主が戻ってくる。

「これですね?」

確認するように目の前に差し出されて大きく頷く。
店主は嬉しそうに笑うとカウンターに戻り、一つずつ丁寧に包み、小さな包みにして差し出してくる。

「いくらだ?」

値段交渉の前に差し出されたそれに慌てて問いかける。

「差し上げますよ。」

クスリと笑った店主に驚きつつ押し付けられた包みを受け取りながらその顔を見つめる。

「それ、俺が作ったんです。」

その言葉に手にした包みと店主の顔を見比べる。
照明を落としてあるせいで気付かなかったが酒屋の店主にしては若すぎる。

「趣味で作ってるんです。たまたま気に入ったのが出来たので店に飾っていただけなんですよ。」
「なら、余計タダで貰うわけには・・。」
「いいんですよ。」

にこにこと嬉しそうな笑顔に俺は口を閉ざした。

「先ほどのお連れさんへの贈り物でしょう?」

嬉しそうに笑った顔に自分が赤面したのが分かった。
慌てて赤くなった顔で口早に礼を言うとそれを腹巻の中へと仕舞い店を後にする。
グルリと周囲を見渡せば先ほどと同じ位置で煙草を咥えているサンジの姿を見つける。
慌てて駆け寄った俺に片眉を上げてみせたが特に何も尋ねてくることもなく荷物を手に歩き始める。
その後を追って足を進めながら俺はそっと腹巻に忍ばせた包みに手を当てたのだった。







船に帰る道々で仕入れた材料を前に、さっそく調理に取り掛かった姿をテーブル越しに眺める。
きびきびと動く後ろ姿をいつもの事ながら少しの感動を持って眺める。
料理人として働くサンジはいつも楽しそうだ。
戦闘中の厳しさとは違う真剣な表情でいろいろな料理を作っていく。

「お待たせ、ゾロ」

そう言ってテーブルの上に並べられた皿に目を瞠る。

「…こんな手の込んだ料理じゃなくても良かったのに…」

いつもと違う綺麗に盛り付けられた皿の数々に感嘆しながらも、逆にサンジの手を取らせてしまって悪かったんじゃないかとその顔を見上げる。

「何言ってんだよ。今日はお祝い事なんだぜ?そんな日に、いくら二人でも手を抜いたりしねえさ。それに…愛しい恋人と二人きりなんだぜ。気合いも入るってもんだろう?」

ニヤリと笑みを浮かべた口元に俺は内心苦笑する。
愛しい恋人と口にしたあたりでやにさがった顔付きに案外隠し事はできないタイプなのかと呆れる。
さあ、どうぞとばかりに皿を示され素直にそれに手をつける。

「…美味い」

ワインをグラスに注いでいるサンジに思わず目を向ける。
いつも美味いが今日は本当に手が込んでいるらしい。

「まあ当然だな」

当たり前だといった顔で自分のグラスにもワインを注いでいる。
それにかすかに笑って俺は美味い食事に集中した。





「ゾォーロォー」

舌足らずな声で名前を呼ばれ、そちらに目を向けて驚いた。
いつの間にと思うほどそこには出来上がったサンジの姿があって、満面の笑みを浮かべてこちらを見ている。
珍しいこともあるものだと思いつつ名を呼ぶ。

「サ…ンジ…?」
「ゾォーロォー、大好きぃ…」

よろよろと酔っ払い独特の足でテーブルを回ってきたサンジが笑うといきなり抱きついてくる。
いったいどれほど飲んだのだと呆れたように放っておくとすりすりと頬を摺り寄せてくる。
上機嫌なサンジにちゅっちゅっと軽いキスを頬に受け、とろけるような笑顔で微笑まれ、払い除けようと上げかけた腕をそっと降ろす。

「サンジ…ッ…んっ…」

名前を呼ぼうとした唇がサンジによって塞がれる。
両頬に添えられた手で顔を固定されて逃げることも出来ずその口付けを受け入れる。
息継ぎに離れた唇に抗議の声を上げようとして、また柔らかく唇を閉ざされる。

「ゾロ、好き…だぁーい好き。愛してる…」

合間に甘く囁いてくるサンジに目を閉じてそっとそのシャツに手を伸ばす。
何度も何度も今までの飢えを満たすように重なる唇に身体がゆっくりと熱を帯び始める。
逃がすまいと絡み付いてくる腕から逃げようとは思わなかった。

「ゾロォ…大好き…」

そうして深く唇が重なり吐息が交じり合う。

「・・・俺も・・好きだ。」

小さく耳元で言葉を返す。
ドクドクと脈打つ鼓動はどちらのものなのかと思いながらサンジの背に腕を回すと急にズシリと重みが増す。

「・・・こいつ・・ぜってぇ馬鹿だ。」

幸せそうな笑みを浮かべたまま腕の中で意識を手放してしまったらしいサンジに呆れたように笑う。
笑みを刻んだ唇に軽くキスをして俺はしばらくその重みを腕に目を閉じていた。






「………うー…」

低い唸り声にやっと目が覚めたのかと静かにサンジに歩み寄った。

「…あー………」

状況が分かってないのか頭を押さえて唸っている姿に苦笑する。
やがて小さく溜息を吐き出した唇が無意識にか呟いた。

「あー…、もう。計画台無し…」

溜息交じりの声に笑いながら声をかける。

「何悪巧みしてたんだよ、てめえは」
「悪巧みなんてしてねえよ!ただゾロを抱きたいって…うえっ?」

スラスラと答えて、始めて俺の存在に気付いたのか慌てて視線を上げてきたサンジに笑う。
二人しかいない船内で、男部屋のここまで運んだのが俺だと理解はしていたようだが、まさかそのままここに俺が残っているとは思っていなかったらしい。
驚いて目を丸くし間抜けな表情になったサンジに呆れたように口を開く。

「そう思ってんなら、先に潰れんな。…てか、弱ぇんだから飲むな、アホ」
「うー…」

俺の言葉にひたすら唸るサンジに笑ってその枕元に手にしていた包みを落とす。

「………?」
「プレゼント。…するモンなんだろうが?クリスマスには。あと…」

あまりの間抜け面に情がわいたというか、ちょっとした悪戯気分で唇に軽いキスをしてやる。
驚いた表情のまま固まってしまったサンジに笑って枕元の包みと己の唇を指差す。

「今日のところはそれで我慢しとけ」

そう言い残し、動きを止めているサンジをそのままに俺は男部屋を後にする。
扉を出たところで一気に早くなった鼓動と、熱くなった顔になんだか笑い出したくなった。
どうやら思った以上に俺はサンジが好きらしいと気付く。
口付けても、口付けられてもそれが嬉しいと感じるぐらいには好きらしい。
酔いつぶれなかったサンジにあのまま抱き締められたいと思ったぐらいには。

「早く復活しろよ、クソコック。」

特別な日は今日一日。
特別じゃない日常はこれから。
澄み切った空気に高揚した気分を落ち着けると、二日酔いのサンジの替わりに何年か振りになる朝食を準備してみようかと俺はキッチンへと足を向けたのだった。





END++


(AFTER IMAGES 千紗 著)

(2005/12/24〜2005/12/31まで公開)

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SIDE サンジ


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