≪プロローグ≫
遥か昔、この世には朱の夢鳥、白の啼鳥、金の禍鳥の3羽の鳥がいた。
朱の夢鳥は人々に夢を授け、
白の啼鳥は人々の夢に嘆き、
金の眠鳥は人々の夢を抱いて眠る
時に人は与えられた夢に憤り、朱の夢鳥を憎んだ。
時に人は夢の成就を妨げ嘆く、白の啼鳥を恨んだ。
そして、叶えられない夢を闇に沈め眠る、金の禍鳥を疎んじた。
人にとって夢とは不確かで、不安定なもの。
望めば望むだけ手には入らない。
人々はやがて夢を授ける朱の夢鳥さえいなければと思い始めた。
夢を授ける朱の夢鳥さえいなければ、白の啼鳥が嘆くこともなく、金の禍鳥が夢を闇に沈め眠ることもない。
人の思いは時として神の御使いさえも越える。
やがて・・・・
朱の夢鳥は姿を消し、
白の啼鳥の声は途絶え、
金の禍鳥は目覚めない。
そこはグランドラインの片隅。
夢の途絶えし、常磐の島。
その島の名は・・・・・・・。
≪act.1≫
冷たい風が甲板を駆け抜けていく。
空を見上げれば灰色の雲が行く手をさえぎって暖かな光の欠片さえ見当たらない。
「うう・・・・寒いな。」
両手に息を吹きかけ望遠鏡を覗き込むウソップの肩に渇いた音をたてて毛布が降ってくる。
「さんきゅーゾロ。」
それを身体に巻きつけてウソップは眼下を見下ろして大きな声を掛けた。
軽く片手を上げてそのまま船尾へ消えていく後ろ姿を見送って、ウソップは小さく身震いする。
「うう・・・今日はまた一段と寒いぜ。」
風通しの良い見張り台は通常でもかなり涼しい場所だ。
冬島が近付いているのが分かっているなら、あまり長時間居たい場所ではない。
まあ・・・互いの持ち場についているという認識があるだけにそういう意味での不満はウソップにはないが、やはり寒いものは寒いのだ。
せっかく毛布を持ってきてくれたゾロには悪いが、たった1枚ではこの身を切るような冷たい風には対抗できそうにない。
ウソップは一度下に降りて、防寒具と毛布をもう一枚持ってくるか、船首に座り込んで暢気に海を眺めているルフィに頼むか、どっちにしようかと考えながら望遠鏡を覗き込んだ。
「右舷25度!不審な船が近付いてくる!」
照準を合わせながらウソップは声を張り上げた。
ウソップの示す方を見つめてルフィは次の報告を待つ。
「ジョリー・ロジャー・・・・海賊船だ!!」
ウソップは大きな声でルフィに告げると転がるように見張り台から甲板へと降り立った。
「・・・敵か?」
ゆっくりとした足取りで船尾から現れたゾロを見つけてルフィが楽しそうに笑みを浮かべる。
「起きたかぁ?ゾロ。」
「ああ・・・。」
ぐるぐると腕を回して準備運動をしているルフィにゾロも笑みを返す。
腰にある3本の刀に手をあてて、徐々に近付いてくる船影を二人で眺めていると、キッチンから咥え煙草の料理人が現れた。
「クッソー。あとちょっとで焼きあがるってのに!」
忌々しげに舌打ちしてこれ見よがしに煙を吐き出す。
「おー、サンジ、腹減ったぞー。」
「うっせぇ、クソゴム。その飯時を狙ってきたあいつ等に文句言え。」
オーブンの火を落としてきたのが業腹なのかサンジの機嫌は底辺を這っている。
ルフィは気にした様子もなくシシシといつもの笑みを浮かべた。
「ルフィー、撃ってきた!」
「おー。」
砲台から様子を伺っていたウソップの緊迫した声が響く。
それに応じるルフィに緊張感はないが、砲弾を防ぐために飛び上がって膨らむ。
「旗印はなんだ?!」
名のある海賊であればその海賊旗も有名だ。
逆にいえば聞き覚えのない海賊旗の持ち主との戦闘は、互いの強さが測れないだけにあたってみなければ互いの実力が分からないといった危険も孕んでいる。
「ドクロに三日月?・・・・そんなマークだ。」
「なら、船長は大鎌使いのギルファーね。」
甲板に現れたロビンがウソップの問いに静かに答える。
徐々に近付いてくる船からの砲弾は1発だけで明らかに乗り移っての白兵戦を狙っているのが分かる。
「私が知っている限りではあの船に悪魔の実の能力者は居なかった筈よ。」
「さすが、ロビン。」
にっこりと笑って部屋から出てきたナミにロビンは笑みを返した。
やがて、肉眼でも互いの船の甲板の様子が見えてくる。
有象無象とひしめいている敵の様子にナミは苦笑した。
小さな船にこの人数だ。
ルフィがその能力で防いだ砲弾も、相手には何が起こったのか理解できていないのだろう。
事実、近付いてくるメリー号の甲板に居るナミやロビンの姿を見て色めきたった相手の様子に、呆れを通り越して哀れにさえ思う。
見た目で判断すると痛い目にあう。
まさにこの船はその言葉の通りなのだ。
「鎌ってことはゾロだな。」
のんびりとしたルフィの言葉にゾロは口元を歪める。
「どんなのかな〜。楽しみだなぁ〜。」
手でひさしを作って相手の船を覗き込むルフィの様子に、敵船から馬鹿にしたような歓声が上がった。
ルフィを見て誰も船長だと判断しないように、緊張感の欠片も伺えないその様子は純粋な戦闘員にも見えない。
相手は甲板に刀を下げて立つゾロだけが純粋な戦闘員だと判断したようだった。
「ルフィ、近付けないで。」
ルフィの射程距離に入ったと判断してナミの声がかかった。
飛び移るために伸びたその肩に軽く捕まってゾロはチラリと船内を振り返る。
「気をつけてね、ゾロ。ルフィ、お宝があったら持って帰ってね。」
「それなら途中で私が見てきてあげるわ、航海士さん。」
ロビンの力を使えば無駄に危険を冒すことなくお宝を頂戴することもできる。
こちらを侮った駄賃としては安いものだとナミはそう判断した。
「それじゃ、後は任せたぞ、ナミーーー。」
お気楽に笑うとゾロを肩に捕まらせたままルフィは敵船目がけて飛んでいく。
飛び込むと同時に敵船からボロボロと海に投げ出される人影が映った。
「おーおー、派手だなぁ。」
やることが無くなったと苦笑して煙を吐き出したサンジにナミは肩を竦めて笑ってみせた。
つかず離れずの距離を保ちながら併走してメリーを走らせる。
風は良好でキッチンからは食欲をそそる香ばしい匂いが流れてくる。
3隻あった敵船も今は旗印を残して静かなものだ。
それでも油断無く敵船の様子を伺いながらウソップはいつのまにか横に来ていたロビンに話しかけた。
「そろそろ、終わりそうだぜ。お宝はいいのか?」
「ええ、もう見てきたわ。ついでにめぼしい物も貰ってきたから、今航海士さんが鑑定中よ。」
うふふと楽しそうに笑ってロビンは敵船の甲板に目をやる。
「剣士さん、楽しそうね。」
3本抜刀して敵船長と切り結んでいる様子がこちらからも見渡せる。
特等席のマストからルフィが見物しているところを見ると、敵船の攻撃力の残りはゾロと戦っている船長ぐらいなのだろう。
右に左に繰り出される、絵に描かれる死神の鎌のようなものを振り回す男にゾロの刀が激しくぶつかり合う。
刃のぶつかる音は聞こえないが不自然な揺れ方をしている船の様子からそれがどれほど激しいものかは窺い知れる。
「確かに楽しそうよね。」
ちょっと呆れたように呟いてナミは目当ての人物を見つけて近寄ってきた。
「ロビン、さっき持って帰ってもらった中にこんなものを見つけたの。」
「あら、綺麗な箱ね?」
「見事な透かし彫りだなぁ。」
ナミの手のひらに収まるほどの小さな木箱。
一見変哲もないその箱には職人技としか思えない美しい紋様が余すところ無く彫り込まれいてた。
「これね、開かないのよ。」
明らかに蓋らしき境目が見て取れるのにそれを開く為の何らかの細工が見当たらない。
無理にこじ開ければ繊細な箱は壊れてしまいそうだし、カラクリ箱かもしれないと思い立ちナミはそれを持ってロビンを探していたのだ。
「本当ね・・・そこまでは気付かなかったわ。」
ナミから受け取った木箱を手の中で調べて首を傾げる。
「カラクリじゃねぇのか?貸してみろよ。」
今度はロビンから受け取ったウソップが、矯めつ眇めつしてみるがやはり分からないらしく首を捻っている。
「あ・・・終わったみたい。」
マストから飛び降りたルフィが刀を納めたゾロに近寄っていくのが見える。
ナミ達が見ていることに気付いたルフィがブンブンと元気良く手を振ってみせた。
「ナミさーん、ロビンちゃーん、お食事の用意が出来ましたよ。おら、ヤローどもも飯だ。」
タイミングよく顔を出したサンジがにこやかに女性陣に笑いかける。
煙草を手にサンジは敵船から手を振ってるルフィに向かって声を張り上げた。
「飯だぞー、クソゴムー。」
「メッシィィーー。」
グーンと伸びたルフィの手が、船縁を掴むとあっという間にゾロを抱えて戻ってくる。
「うわっ!!」
そのままの勢いでキッチンへ向かって飛び込んできたルフィは、あろう事か入り口に立っていたサンジ目掛けてゾロを放り出した。
身構える間もなく、ゴムの腕に巻かれ強制送還されたゾロは、やはり体勢を整える間もなく背中から落下する。
その勢いを軽く足で殺し、咄嗟に腕に抱きとめてサンジはルフィに声を上げた。
「アブねぇ、クソゴム。」
「わりぃ、サンジ。」
スタンと帽子を押さえて着地したルフィはシシシと悪びれた風も無く笑う。
それにがっくりと肩を落としながらサンジは腕に抱きかかえたゾロへ顔を向けた。
「よ、クソ剣士、おかえり。」
何故か硬直しているゾロに受け止め損ねて何処かぶつけたかとサンジは首を捻る。
「おい?大丈夫か?」
「あ、ああ・・・すまん。」
再度問いかければ、慌てたようにゾロは立ち上がりサンジに礼を言う。
慌てて離れていった身体にサンジは微かな違和感を感じた。
「ま、いいけどよ?」
船長の後を追ってキッチンへと入っていくゾロの後ろ姿はいつもと変わりない。
パッとみた限り、今回は珍しく怪我らしい怪我も負ってはいなさそうだ。
サンジは首を捻ると煙草を靴底で揉み消し、レディ達に給仕する為にキッチンへと足を向けた。
食後のお茶&お酒を飲みながら話題になったのは、今回の宝の一つとしてロビンが持ち帰った木箱だった。
繊細な紋様の掘り込まれた小さな木箱は他に一つの装飾品もついてはいないがそれ自体が美しい。
「へえ・・・綺麗なもんだ。」
感心したようなサンジの声に、目を輝かせたチョッパーが頷く。
「これ、開けられないのか?」
ヒョイっと掴みあげて明かりに透かしてみているゾロにナミが声を上げる。
「ちょっと!乱暴にしないでよ!壊れるじゃない!!」
その剣幕に嫌そうな顔をみせてゾロは近くにいたウソップに箱を手渡した。
そしてそのままウソップに問いかける。
「こういうの、お前なら作れるんじゃねぇのか?」
「まあなー、天才ウソップさまに不可能はない。」
ゾロの言葉は木箱に施されている繊細な紋様のことなのか、変わったつくりの木箱本体のことなのか、はたまた両方を示してのことかなのか分からなかったがウソップは胸をそり返して断言する。
ウソップの言葉に頷いて、ゾロは腰の刀に手を伸ばした。
「なら、斬っちまえばいいじゃねぇか。」
柄に手を掛け、抜刀しかけたゾロにナミの拳が飛ぶ。
「壊すなって言ってんでしょうが!!」
「いってぇー。」
涙目になったゾロの目の前から慌ててナミが木箱を取り上げる。
そして、それをサンジに差し出した。
「悪いんだけどサンジくん。これしばらく何処かに保管しててくれる?あたし達の部屋、今散らかってるから。」
「ああ、いいですよ。」
笑って受け取ったサンジの顔を見つめてナミは口を開く。
「この馬鹿共に絶対壊させないでよ?お宝片付け終わるまでお願いね?」
そう念押しされてサンジも苦笑する。
「分かりました。ご安心ください。」
手の平に乗った小さな木箱を見つめてサンジも保管場所を考える。
いくつか候補を上げ、そのうちでもっとも安全だろうと思われるスパイスを仕舞っている引き出しの奥に決める。
其処ならば、瓶や箱を固定する為の穴も開いているし、大きさからいってちょうど良さそうだった。
サンジはにっこりと安心させるようにナミに微笑んだのだった。
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【 時逆の実 】