◇ NO THANK YOU ◇






「何してんだ?クソコック・・・に、チョッパー??」

バタバタと慌しい音に興味を引かれて見下ろした先に、逃げ回るチョッパーとそれを追うサンジという珍しい姿を見つけてゾロは思わずといったふうに呟いていた。







スルスルとマストを伝って降りてきたゾロを見つけるなり、まるい毛玉が飛び込むように駆け寄ってくる。

「ゾォロォーー!」
「おっと!」

ふわふわというよりはモコモコ。
まるで羊のような姿に成り果てている愛らしい船医の姿に目を丸くしながら咄嗟に両手で受け止めたゾロを今にも泣きそうに潤んだ瞳が見上げる。

「フフフ・・よくやったゾロ。」
「ウッギャァーー!」

ガタガタ、ブルブル、腕の中で震える船医と、不気味な笑い声を出しながら両手をワキワキと不気味に動かしているコックの姿を見比べてゾロはハアッと大きな溜息を零した。

「さあ、チョッパーちゃん、こっちおいでぇ〜。」
「イヤアアーー!!」

必死の形相でゾロの胸にしがみついているチョッパーをとりあえず庇うように腕の中に抱き込んで、ゾロは不気味な笑顔を貼り付けたまま近寄ってくるサンジに溜息をついて視線を向ける。

「クソコック、なんだか知らねえが、チョッパー嫌がってるじゃねえか。」
「ああん?嫌だろうがなんだろうがこの際関係ねえんだよ。」
「ウッウッウ・・・酷いよ、鬼だサンジ。」
「大丈夫だ、痛くないようにしてやるからな。」
「うっわっぁああ、ゾォロォ!!」

一歩近付くごとにしがみついてくるチョッパーの蹄に力が入り、ゾロは痛みに顔を顰めた。
徐々に二人との距離を詰めてくる不気味な笑みを浮かべた顔にヤレヤレと、ゾロは宥めるようにチョッパーの背を大きな手で摩りながらハアッと息を零した。

「で、何の騒ぎでこうなってんだ?」

一応返答次第ではチョッパーをこのサンジの魔の手から助け出してやらなければいけないと目の前で立ち止まったサンジに問い掛ける。

「そこのクソ鹿が風呂を嫌がって逃げまくってんだよ。」
「・・・・風呂?」

その答えにゾロは首を傾げて腕の中で震える船医へと目を向ける。
彼は確かに動物だが、風呂を嫌がっていた記憶はなかったがと楽しげに歪んだサンジの口元を眺める。

「だって、だって、だって!!」

ひっしと緩んだゾロの腕の中で船医の切羽詰ったような声が上がる。

「サンジと風呂に入ると、サンジ変なことするんだ!」
「・・・変な事?」

チョッパーの訴えに思わずゾロは渋面になる。
記憶の中にいくつかある、ゾロ自身が風呂場でされた変な事を思い出してピクリとチョッパーを庇う腕に力が入る。
エロコックというのはのべつまくなし、いっそ誰でもいいのかと哀れみさえ感じてその顔を見つめれば、慌てたようにサンジが両手を横に振った。

「変な事って人聞きの悪りぃ言い方すんなよ。ブラッシングとかしてやってるだけだろうが。」
「だって、ブラッシングしながら、脂のノリがいまいちだなーとかいっつもサンジブツブツ言ってんじゃんか。」
「・・・クソコック。」

チョッパーの証言に思わずゾロの眉間にくっきりとした溝が出来る。
変な事とは少々違うかもしれないが、それも人としてどうかと思うとは口には出さないものの思わず溜息が零れる。

「もうちょっと肉つけたほうがいいよなーとか、何々与えてみるかとか、この辺は仕込みに時間がかかるんだよなーとか。」

チョッパーの訴えにヒクリとサンジの唇がなんともいえない笑みを刻む。

「あーっと、そうだっけ?」
「そうだよ!毎回毎回、俺って何?って思うんだからな、サンジ!」

しっかりとゾロに庇われたまま、ギャーギャーと抗議するチョッパーにサンジが一つ咳払いをして煙草を口に咥えた。

「あー、それに関しては悪かった。・・・けどよ、そんなに嫌ならきちんと風呂に入れば俺だって追っかけてまで風呂に入れたりしねえぞ。」
「ウッ・・・そ、それは。」
「だいたいが、ルフィ達と入ってもろくに体も洗わずに出てきちまうお前が悪いんだろうが。」

腕の中でゾロに庇われたまま、抗議するチョッパーとそれに反論するサンジとのやり取りにゾロはうんざりとした表情を浮かべる。
くだらない。
せっかくのいい天気なのにこんなくだらないことで時間が過ぎていくのが馬鹿馬鹿しい。
こんなことならあのまま見張台で昼寝と洒落こめばよかったと、なかなか決着のつきそうにない二人の様子にゾロは深い溜息をついた。
そして、おもむろに腕にしていたチョッパーを引き剥がすようにして目の前で文句を言っているサンジに押し付ける。

「え?」
「おっ?」

きょとんと驚いた顔で見上げるくるチョッパーと、同じような表情を浮かべたサンジにヒラリとゾロは片手を振ってみせた。

「早く持ってけ、諦めろ、チョッパー。」

間抜け面になった二人をその場に残してゾロは欠伸を一つするとそのままスルスルとマストを登っていく。

「ゾロの裏切り者ォ!!」
「サーンキュ、まりも。」

背後からかかったトーンの違う二人の声に、ゾロは見張台の縁からヒラヒラと片手を振ってみせると壁を背にゆっくりと目を閉じたのだった。











ツヤツヤのピカピカになったチョッパーからは恨めしげな視線を向けられ、かたや上機嫌なコックからは酒を過分に振舞われ、妙に居心地の悪い夕食を終えてゾロは昼と同じく見張台へと足を向けた。
昼以上に穏やかな波の音に耳を傾け、ゾロはそのまま支柱に背を預けて目を閉じる。
ナミから今夜の見張りはいらないと伝えられている為、こうして好き好んで見張りを買って出ない限り、誰もこの場には足を運ばない。
これほど穏やかな夜であれば外で寝ることも室内で寝ることもゾロの中で変わりなく、ほんの少しのつもりでこの場に足を向けたのだが、いっそこのまま朝までここでこうして過ごすのも悪くないと思い始めた所で、不意に現れた下の気配に眉を顰めた。

「ゾロ、起きてんだろう。ちょっと降りて来いよ。」

酷く機嫌がいいらしいサンジの声にゾロはますます顔を顰める。
昼間にチョッパー曰く、サンジの味方をしたのがよほど嬉しかったのか、その上機嫌ぶりは気持ち悪いぐらいだと心の中で苦笑する。

「おーい、ゾロー。美味い酒、用意してやったんだから、降りて来いって。」

酒まで用意してマストの上のゾロを呼びつけるその様子に、これは相手をしないと諦めそうにないかとゾロは溜息をつくと、刀を手に縁から下を覗き込む。

「待ってるからなー、早く来いよー。」

ブンブンと手にしていた酒瓶らしきものを振ってアピールすると、その金の頭がヒョコヒョコとラウンジへと消えていく。
跳ねるように歩く、月で出来た影を見送って、ゾロは仕方ないかといったふうに笑うとラウンジへと向かう為に静かに見張り台を後にしたのだった。









静かにラウンジの扉を開くと出迎えたのはやはり上機嫌なコック。
テーブルの上に用意された酒の肴は怯えるほど豪奢というわけでなかったが、その皿の横に用意されている酒はラベルからして明らかに高いだろうと思われるボトルだった。

「俺は何もしてねえぞ。」

椅子に腰を降ろすなり、いそいそとグラスと自分用のワインボトルを手にして正面に腰を降ろしたサンジにゾロは口を開く。
その言葉に小さく笑いながらサンジの手がクルクルと器用にワインの栓を外していく。

「してくれただろ?」

自分の前のグラスに赤い液体を注ぎ、そしてゾロの前のグラスにも同様に注いでいく。
それを視線で捕らえながらゾロはサンジの答えに軽く肩を竦めてみせた。

「だから、してねえって。」

重ねて否定してみせたゾロにサンジはクククと小さく笑い声をたてた。

「してくれたって。・・・わざわざ悪者になってくれたじゃねえか。」

クククと楽しげな声と、目を細めて見つめてくるサンジに、ゾロは微かに眉を顰めて勧められるままにグラスへと手を伸ばした。

「あのまま鬼ごっこをしてても、結局俺がチョッパーを洗うって事は変わり様がなかったからさ。だから、チョッパーを渡してくれたんだろ?自分が悪者になって、その後、チョッパーに恨まれるのを承知でさ。」

サンジの言葉を聞きながらゾロは無言でグイッとグラスを煽る。

「おかげで俺はあの後チョッパーを洗うことが出来たし、嫌われる事もなかったからな。・・・誰かさんと違って。」

空いたグラスをさり気なく遠ざけ、その代わりに、予め置かれていた酒瓶の封を切ってサンジに手渡される。
飲み口から香った深みのある香りにやはりいい酒だとゾロは微かに頬を綻ばせた。

「そんなつもりはなかったってどうせアンタは言うんだろうけどさ。まあ、俺の気持ちっていうか、お礼にな。」

目を細めて笑ったサンジにゾロは遠慮なくとばかりに、瓶に口をつけるとゴクゴクと喉を鳴らして酒を流し込む。
ボトルのデザインだけでなく、中もやはりいい品だと満足気な息を漏らしてゾロはトンと小さな音を立ててテーブルにその瓶を戻す。

「テメェがそれで納得してんならこれはありがたく貰っとく。」
「おう。」

酒瓶とつまみの乗った皿へと指先を動かしてゾロはニコニコと笑みを浮かべているサンジへと顔を向けた。

「だが・・・。」

ゾロはいったん言葉を区切ると、その指でトントンと小さくテーブルを叩いた。

「それ以外は、いらねえ。」

きっぱりと口にしてゾロはジロリとサンジを睨み付けた。

「えー?いいじゃん、俺の感謝の気持ちだって。」

ニコニコと満面の笑みを浮かべるその顔にゾロはゆっくりと手を振り上げて、そして微かに身動ぎすると膝に向かって振り下ろす。
パシンと派手な音がして、痛いと声を上げたサンジにゾロはラウンジを訪れてから始めて笑みらしいものを向けた。

「セクハラコック。」

軽く叩き落としただけでは懲りていないのか、またしても己の膝から腿にかけて伸びてきた足首を捕まえてギュッと力を込めて握り締める。
いつの間に靴を脱いだのか裸足の指が動くさまに顔を顰めて握り潰さない程度に力を篭める。

「うわっ、イッテェ。」

ギリギリと締め上げた足の持ち主が顔を顰めて喚くのへ冷たい一瞥をくれてゾロは静かに口を開いた。

「俺はそんな気分じゃねえって言ってんだろうが。」

テーブルについて、しばらくして伸びてきたこの足を、速攻振り払わなかったのに特別意味があったわけではなかった。
振り払われなかった事をいい事に、だんだんと悪戯がエスカレートさえしなければ適当に好きにさせてやるつもりもあった。
だいたいがサンジのセクハラに一々反応していたら相手を喜ばせるだけだと、短い付き合いの中で不本意ながらもゾロは学習させられたのだ。

「ええー、いいじゃん。」
「よくねえ。」

明らかに性的な目的をもって動き始めたその足を諦め半分、呆れ半分で叩き落としたのだが、懲りていないようでサンジの笑みはいつの間にかニヤニヤとしたいやらしい笑みに変わっている。

「ヤりたくねえって言ってんだよ。」

ギュッともう一度きつく足首を握って、そしてポイッと今度は放り出す。
美味い酒と美味いつまみに免じて先ほどまでの行為は大目に見てやると言ったゾロの態度にサンジはクククとやはり楽しげに笑い声を上げて笑った。

「いいじゃん、俺はヤりてえんだから。」
「だから、俺はヤりたくねえ。イヤだって言ってんだろうが。」

ウンザリとした面持ちで言葉を繰り返したゾロにサンジがニンマリとした笑みを向けてくる。

「大人しくしてたらすぐに気持ちよくしてあげるからさ。大丈夫、ゾロは何もしなくても寝ててくれたらいいし。」
「そういう問題じゃねえ。」
「あー、そんじゃあさ、終わったら、風呂にも入れてあげて隅々まで綺麗に洗ってやるから。」

なるほど此処で一回、風呂場で一回、どうあってもヤるつもりなんだなとゾロは妙な所で感心した。

「なっ、いいじゃん。俺の感謝の気持ちだし受け取ってよ。」

上機嫌に笑うその顔にゾロは深い溜息をつくと、懲りることなく太腿の上を這っていたサンジの足をもう一度パシンと大きな音を立てて叩いた。

「結構です。」

嫌だ、でもなく、止めろ、でもなく、変わった言葉で断ったゾロにきょとんと動きを止めて一瞬の後、サンジが遠慮なく声を上げて楽しげに笑い始める。
どうやらゾロのその返答が笑いのツボに入ったらしく悪戯な足は消えうせ、遠慮なくテーブルを叩いて爆笑している姿に眉を顰めたままコクリと酒を喉に流し込む。

「・・・ぷっ、くくく・・・っ。それじゃ、また今度な。」

涙を浮かべて楽しげに告げられた言葉に、ゾロはもう一度心の中でそれこそ結構ですと繰り返すと、サンジから視線を逸らし、ゴクゴクと音を立てて酒を喉に流し入れていったのだった。







END++


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日常的な馬鹿話(?)
甘いんだか諦めてんだか分からないゾロと人生を謳歌してそうなサンジくんって感じのお話です(たぶん
とりあえずサイト文のリハビリ。
ギャグ未満って感じですね(^^;;


(2007/02/04)