優しい雨




・・・・・その時・・・・・

きっとアイツは子供のように声を上げて、頑是無く泣き喚くんだろうと思ってた・・・・。




闇夜、雨、条件が悪かったとしか言いようがない。


その時起きていた船番が俺だったのも、宵っ張りのコックがいつもより早く就寝についていたのも。
突然に激しくなった風の音と、叩きつけるような雨の音にまぎれて、戦闘の剣戟が消されてしまったのも。
滅多に起きてこないナミがキッチンに行こうと何の警戒もなく外に出てきてしまったのも。


ほんの少しだけ、タイミングが悪かったのだ・・・・・きっと。









「ゾロ・・・大丈夫?」

小さなナミの呼びかけに、唯一自由になる首を巡らせて視線を合わす。
少し体を動かせば、鎖がジャラリと不快な音を立てた。

「ああ・・大丈夫だ。」

ちょっと笑って答えてやればナミはかすかに安心したようだった。
俺の方は壁に繋がれているその姿に眉を顰める事となったが。

「そんな顔しないでよ。あたしも大丈夫。それにゾロと違ってあたしはコレ一つだけだし。」

ほら・・と、言ってナミは壁から伸びて右足首を拘束している鎖を持ち上げて見せた。
壁から伸びている細い鎖は確かに言うように一本だけしか見当たらない。

「それ・・・・千切れねぇのか・・・?」
「あんたねぇ・・・・・無理に決まってるでしょうが。」

ナミを拘束している細い鎖は少し力を込めれば簡単に引き千切れそうに思える。
もっともそれは俺やルフィといった男の話で女の細腕では千切ること無理なのだろう。
ちょっと呆れたように答えたナミは、例え仲間から魔女と呼ばれ恐れられようとも普通の女の子なのだ。

「そうか・・・。」

ナミとは違い、俺の方は両手両足、挙句に体まで鎖で雁字搦めに壁に拘束されてしまっているのだ。
手を伸ばしてその戒めを引き千切ってやりたくても今は出来そうにない。
相手が油断して俺の拘束を解くか、移動の際にナミが自力で逃げ出すか。
とりあえず今は大人しくチャンスが来るのを待つしかない。

「そういえば、俺の刀はどうなった?」

ナミを人質に取られ、刀を投げ捨て、甲板に両肩を押さえられて拘束されたところまでは覚えている。
ただ・・・そこから先の記憶がない。
ズキズキと痛む頭に殴られて昏倒させられたのだろうと判断した。

「白いのだけ船に残ったわ。残りの2本はあんたと一緒にこっちの船よ。」

わざと刀の銘を言わないのは立ち聞いた盗人達にその価値を知らせないため。
俺達の船に乗り込んできた敵の中には目端の利く奴は居なかったのだろう。
一番の値打ち物を置いてくるぐらいだろうから・・・・。

「全部持ってきたんじゃねぇのか?」
「宝と食料とあたしたちは交換だって・・・。その証拠に置いてきたみたいよ。」

ナミの言葉に思わず失笑する。
あの船に宝など存在しないし、(あってもナミの私物だ)、食料もこういった仕打ちを受けたあのコックがすんなり渡すとも思えない。

「ルフィ、今頃怒ってるだろうなぁ・・。」

思ったよりも間の抜けた感想にナミは笑ったようだった。

「きっとサンジくんも同じぐらい怒ってるわよ。」
「・・・ああ、たぶんな・・。」

『てめぇがついてながらナミさんを危険な目に合わせてんじゃねぇ』
思わず怒鳴る姿形から、その声、内容に至るまで、正確に頭の中で描いてしまい、その想像に些かうんざりする。
こんな場合だというのに緊張感の欠片もなく二人で顔を見合わせて笑ってしまった。

「ねぇ・・?そろそろ来るころじゃないかしら?」

何が・・・とも、誰が・・・とも、互いに口には出さなかったが、同じように思っていたらしく軽く頷きあうことで同意を示す。

派手な迎えが来れば、人質の用途の常としてナミは壁の鎖から抜け出せるだろう。

今の拘束から解かれれば、ナミはなんとしてでも活路を切り開くだろうし、そこから先はあまり心配はしていない。
迎えが来ているのなら尚更安全だ。
一番の問題は、壁に拘束されたまま放置される俺の方だろう。

「大丈夫、お宝いただくついでに取り返してきてあげるわよ。」

微かに零した溜息を、刀を取り上げられたことだと思ったのかナミはそういって笑った。

「ついでかよ。・・・まあ、頼む。」

とりあえず俺の方は誰かに助けてもらうまでこのままだろう。
出来ればウソップかチョッパーあたりに見つけて欲しいものだ・・・。

「安心していいわよ〜今回はタダだから♪」
「おい・・・金取るつもりだったのかよ。」

いつものナミの軽口に不満げに声を上げて今度は声を出して笑った。


『!!!!!』


そのとき、ドカンとどこかで大きな爆発音がする。
ついで大勢の靴音と怒声。
そして船内まで響く破壊音。


「・・来たみたいだな・・。」
「・・来たみたいね・・。」

ふたりで声が揃ってしまいやはり笑ってしまった。

ドカドカと床を踏み鳴らす大きな音が近付いて、大汗を書いた男達が3人飛び込んできた。
あまりの非常識な強さの襲撃者に、ナミを連れに来たのだろう。

「女は連れて行け。」

焦っているのか壁の鍵穴に鍵を差すことが出来ず、何度も取り落としてはイライラと舌打ちしている。
それを見ていたそのうちの一人が細い鎖を力任せに引き千切った。

「立て。」

そしてそのままナミを立たせて首筋に蛮刀をあてる。
あれぐらいの脅しならばナミにとってどれほどの恐怖にもならないだろう。
実際ナミは、歩き出す前にゾロにだけ分かるようにペロリと舌をみせて悪戯っぽく笑って、表面はしおらしく歩き出してみせた。
その飄々とした態度に安心したが、激しさを増す頭上の喧騒に溜息をつく。
やりすぎて船を沈められないか・・・・今はそれだけが心配だ。

「おい、きさま。何がおかしい。」

ふいに声をかけられて、男が一人残っていることに気付いた。
たぶん見張りとして残されたのだろうと思ったが、その存在に声を掛けられるまで気付かなかったのはやはり緊張感が足りていないのだろう。。

「いや、別に。」

可笑しい事はいろいろ思いつくが、あえて言葉にだして相手に教えてやるつもりはない。
とりあえず喧嘩を売るなら相手を見てから売ったほうがいいと教えてやりたいところだがすでに手遅れだ。
頭上では派手な破壊音と悲鳴が絶え間なく聞こえている。
ドカドカと激しい靴音と共に血まみれになった男が転がるように飛び込んできた。

「ちくしょう・・・。なんなんだ!あいつら化け物だ。」

ガタガタと震え、青ざめた顔で仲間に告げる様子に動けたら俺は肩を竦めていただろう。
相手の力量もわからず襲ってきて、化け物呼ばわりとは情けないにも程がある。
部屋に入ってからも震えが止まらないのかガタガタと無様に音をたてているその姿を何気なく眺めて、俺は舌打ちしたい気分になった。
震えの止まらない男が無造作に吊り下げているのは俺の刀。
しかもよりにもよって妖刀『鬼徹』
血を見るのが何より好きな・・・あの刀。

「おい、人質に連れて行った女は?!」

震え続ける男を不気味に思っているのだろう、そう仲間に問いかける男も完全に腰が引けている。

「・・・逃げられた。あのアマ・・・・あっという間に逃げやがって、次に俺が見つけたときには宝物庫で刀を持ってやがった。」
「おい、殺ったのか?」

仲間の問いかけにその男は忌々しげに舌打ちした。

「いいや、逃げられた。」

そう答えたっきり、どんよりとした眼差しで床を見つめて動かなくなった男に困ったようにもう一人も黙り込む。
そんなことをしないで命が惜しければ逃げた方がいい・・・と言葉に出しかけて止めた。
声を掛けるより先に男の持つ刀がカタカタと不気味な音を立て始めたからだ。

もう手遅れなのだと気付いた。
あの男は鬼徹に魅入られてしまっている。

とりあえずは、ナミの安否は確認できたと割り切って動かなくなっていた男に静かに問い掛けた。

「おい、その刀の鞘はどうした?」
「・・・鞘・・?」

俺の言葉に初めてその存在に気付いたように男が顔を上げる。
一瞬考え込むようにしたその瞳は狂気の色に支配されつつあった。

「俺が持っているのはこれだけだぜ・・?」

ブン・・・
男が無造作に、なんの前振りもなく鬼徹を横薙ぎに振り払う。
まるで刀に付いた血を払うような動作であったが、それは正面に位置した仲間の命を確実に摘み取った。
信じられないといった顔で、自分を殺した男と、俺を見比べて、派手な血しぶきを上げて見張りに残っていた男は床に倒れ付した。
ピクリとも動かないところを見るともう息はないのだろう・・・。

仲間を切り殺し、ギラギラと血の欲望にまみれたその顔はあきらかに常軌を逸している。

「もう一度聞く。その刀の鞘はどうした?」

静かに問いかけると男はしばらく考えるように立ち止まった。

「・・・・・女が持って逃げた。」

だらりと刀を手にした男が一歩一歩近付いてくる。
血のついた鬼徹が灯りを反射し、その切っ先が滑り込むように鎖の隙間を抜けてくる。
思ったより冷たい刃が自分の体に飲み込まれていくのをぼんやりと感じていた。

『・・・・怒るだろうな・・・・』

微かに笑みを浮かべたところで俺の意識は闇に飲み込まれた。

















それは、暖かな雨だった。
どこか甘い、優しい雨が途切れることなく頬を濡らしていく。


『・・・ゾ・・ロ・・・・ゾロ・・・・ゾ・・。』


甲板で浴びた雨は冷たかったけど、こんなに優しい雨なら濡れるのも悪くないと思った。


『目・・開けてくれ・・よ・・。ゾロ。』


優しい声と繰り返され染み渡る自分の名前。


『ゾロ・・・。』


このまま眠りたい欲求を振り切ってゆっくりと目を開ける。
初めに目にしたのは蜂蜜色の金の髪。


「・・・ゾロ。」


蒼い海色の瞳から雫が零れ落ちる。
大好きなその色が濡れて濃くなっているのをすこし残念に思った。


『泣くな・・。』


そう言葉にしようとしてゴボリと嫌な音を立てて血が零れていく。
濃厚な血の香りに眉を潜めた。
こんなに近くに居るのに・・・・こいつの、コックの匂いが分からない・・・・・。

「ゾロ・・・・・。」

ポタポタと途切れることなく顔に降り注ぐ雫とは裏腹にその表情は優しかった。

「すぐ、チョッパーが来るからな・・・・。もう少し、頑張ってろ。」

優しい笑みを宿したその唇に・・・・・・キスして欲しいと思った。
きっと俺の唇は血の味しかしないだろうけど・・。


目を閉じると羽のように柔らかな口付けがおりてくる。




『ゾロ・・・・・・。』




・・・・・・・・その時・・・

アイツは笑っていた。

零れ落ちる涙を拭おうともせず・・・・・・・俺の好きな優しい顔で。



END++



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まだ両想いになる前の二人です。
サンジのことが好きなゾロって感じです。
サンジsideの夕焼けに続きます。