夕焼け
キッチンに赤く染まった太陽の影が入り込んでくる。
その濃いオレンジのような命は今まさに海へと飲み込まれようとしているところだった。
キイィーー
軋みをあげて扉が開かれ、柔らかなシルエットが現れる。
「サンジくん。すこし休んで・・?」
夕食後の片付けを済ませ、ぼんやりと煙草を燻らせてばかりいる。
心配しているクルーになんでもないと言ってはいつもどおりに振舞ってみせる。
それが余計に心配を掛けることになるとは分かっていても、そうすることしか出来ない自分が嫌だった。
「ナミさんこそ。気にしないで休んでてくださいよ。」
そう言うとナミの瞳に涙が盛り上がってくるのが分かってしまった。
優しく慰めてあげたいけれど、その一歩が踏み出せなくて立ち止まってばかりいる。
「ごめんね・・・ごめん・・・サンジくん。」
「ナミさんのせいじゃないよ。謝らないで?」
その言葉にやっと肩を抱いて零れ落ちた涙をそっと指先で拭ってやる。
ナミは必死で泣くまいと堪えていて、その姿が可哀想だと心から思った。
あの日から俺は眠れない。
いや、正確には眠りたくない。
チョッパーが眠るためにと処方した薬も飲むことを拒んで困らせた。
大丈夫だと告げて、浅い眠りを繰り返す。
そして、ほんの微かな眠りから目覚めると甲板でぼんやりと煙草を燻らせているのだ。
その姿はどこか痛ましく目に映るらしく誰からも声がかからない。
本人にそのつもりはなくても周囲を拒絶しているのかもしれない。
原因はわかっている。
そして誰にもどうしようもないのだ。
『お願いだから、休んでちょうだい・・。』
もう一度そう告げてキッチンから消えていったナミの姿にサンジは溜息を零した。
ナミを責めてもしかたないと分かっているし、後悔しても仕方ないのだ。
「・・・・ゾロ。」
あと少し、ほんの少しでいいから早く見つけていれば・・・。
あの日、いつものように遅くまで仕込みをしてキッチンにいれば・・。
疲れてたからといって早めに眠らなければ・・・。
壁に異国の神のように鎖で戒められたゾロがいた。
ポタリポタリと耳障りな音は鬼徹を伝って流れているゾロの命の音。
一瞬眠っているのかと思ったほどその表情は穏やかだった。
そこからははっきり言って覚えていない。
戒めの鎖を外して、胸に刃を抱いたゾロを抱きかかえて泣いていた。
ぐったりとした力の抜け切った体は冷たく、俺にはどうしようもなかった。
そして無様にも必死で笑顔を作っていた。
『笑顔で送ってくれ』
なんの話のときだったか・・・・そうゾロが言っていたのを思い出したから。
『泣き顔だったら安心できねぇだろ?』
その時は確か任せとけとか簡単に返事をしたと思う。
『・・・・目を開けてくれよ・・・ゾロ。』
なんて酷い事をこの男はさせるのだろうと思いながら必死で笑顔で呼びかけた。
消えていく鼓動を繋ぎとめたくて笑っている自分。
いっそ声を限りに、この喉が潰れて血を吐こうとも、その名を叫びたかった。
何度も祈るように呼び続けて、それでも止められない涙ぐらいは許してもらおうと思った。
「・・・ゾロ。」
かすかに目蓋が震えて腕の中のゾロの目が開く。
ぼんやりとした寝起きのような眼差しに、作り物ではない笑顔が浮かんだのが自分でも分かった。
翡翠の綺麗な瞳がジッと見つめてきたかと思うとゴボリと嫌な音を立てて口から血を吐き出す。
「すぐ、チョッパーが来るからな・・・・。もう少し、頑張ってろ。」
これ以上赤い色に彩られていくゾロを見たくなくてそう告げる。
二、三度瞬きをしたあとゆっくりと目が閉じていく。
血に彩られた唇が優しい笑みを浮かべていて、俺は惹かれるままにそっと触れた。
ほんの一瞬、初めて触れたそこは柔らかくて・・・血の香りがした。
「ゾロ・・・。」
また意識がなくなったゾロの体をそっと横たえてその横に座り込む。
柔らかそうな緑の髪を撫でようと手を伸ばしかけ血まみれの両手に息を呑む。
ゾロの命の色が・・・・俺の命の手を染め上げていた。
俺は両手を抱きしめるようにして・・・・今度こそ声を上げて慟哭した。
「サンジ・・・・、GM号に帰ろう?」
そっと肩を揺すられて初めて目の前にチョッパーが立っていることに気付いた。
「ゾロは・・・・ルフィとウソップでGM号に運んだよ?サンジ動かなかったから・・。」
クイっと袖を引かれて視線が合う。
「大丈夫?サンジ?」
「あ、ああ・・。」
ゆっくりとこわばった体を伸ばしてチョッパーについて歩き始める。
「帰ったらサンジも手当てするから・・。」
その後ろ姿に聞きたいことはあるのに言葉が出てこない。
「手当てもなにも、これはアイツの・・。」
赤く染まった両手・・・。
「何言ってるんだよサンジ、両手の爪ぼろぼろじゃないか。」
チョッパーの言葉に見れば確かに両手の爪はぼろぼろでいくつかは剥がれてしまっている。
「げ・・・イッテェ。」
「当たり前だよ。」
俺達が帰るのをまって敵船からGM号は離れていく。
すぐに診療鞄を持ってキッチンへとやってきた船医に大人しく手当てされながら煙草に火をつけて怒られる。
「サンジ・・いい?よく聞いてね?」
クスリを鞄に片付けながらチョッパーが何気なさを装って声をかけてくる。
もっともカチャカチャと無駄に音を立てているから、必死で震えを隠そうとしているのがバレバレだったけれど。
「運よく刃は急所を外れていたけど、肺に穴が開いてる。外傷の割りに出血が多いのはそのせいだ。」
「・・・・・。」
「傷は塞いだし、輸血して今は様子を見てる。」
「あいつは・・・・。」
「切れすぎるぐらい切れるゾロの刀だったから傷口は綺麗なもんだよ。もともと体力があるから治るのも早いと思う。」
「チョッパー・・・誤魔化さないでもいい。言いたいことがあったら言っちまえ。」
俺の言葉にチョッパーの目に隠しようのない涙が浮かんできた。
「意識が戻ったら・・・なんだ。・・・・もし、このまま意識が戻らなかったら・・・ゾロは・・・・・。」
そこまで言葉にして我慢できなくなったのかポロポロと涙を零し始めたチョッパーを抱きしめてやる。
「ザンジィ・・・オデ・・。」
「泣くな。きっと目覚ますさ。よく寝たって言ってな。」
笑ってそういってやるとチョッパーは小さく頷いた。
「目ぇ覚ましたら寝すぎだマリモって言って怒ってやろうぜ?チョッパー。」
キッチンの窓から眺めていた赤く染まった命の色はゆっくりと海へと姿を消していった。
今夜で3日目になる。
今夜目覚めなければ、さすがのゾロでも体力的に二度と目覚めないだろうと・・・ルフィの口からクルーに告げられた。さすがにチョッパーには言葉に出来なかったのだろう。
寝る間も惜しんで治療して・・・・。
真っ赤に泣きはらした目が可哀想だった。
先程海に飲み込まれていった色はゾロの色かもしれない。
燃えるような輝きを持った赤だったから・・・。
短くなった煙草を灰皿に捨て、新しい煙草に火をつける。
明日の朝食はチョッパーの好きなものにしよう。
少しでも気分が変わるようにちょっと贅沢におやつも豪華に作って・・・・。
ゆっくりとシンクにもたれて深く煙を吸い込む。
いっそ夜なんて明けなければいい・・・・・。
「サンジくん!!!!」
凄い足音を立てて走りこんできたその様子に一瞬身体が強張る。
海に沈んでいった太陽の色を思い出した。
「ハァハァ・・・・・、ゾロが目を覚ましたわよ!!!」
俺はその言葉を最後まで聞くことなく彼女が入ってきた扉から走り出た。
あの日から眠り続けるその姿を見る勇気がなくて一度もゾロを見ていない。
「チョッパー、ゾロは!!!」
転がるように走りこんだ格納庫のゾロ専用となりつつあるベットにその姿はあった。
「よかったな〜サンジ。」
久しぶりに見る力の抜けたルフィの笑顔と、容赦なく背を叩く痛みにここ数日強張っていた体の力が一気に抜けたようだった。
「目が覚めただけだから、絶対安静だからね。」
医者の顔でチョッパーがベットに向かって注意している。
嬉し泣きしてるウソップを引っ張りながら出て行くルフィの後を追ってチョッパーも席を外してくれた。
『絶対安静だからね?無理なことはさせちゃダメだよ?』
擦れ違いざまに言われた言葉に苦笑するしかなった。
無理させるようなことって・・・・そんなことは今まで一度も考えたこともなかった。
俺は3日ぶりのゾロの傍へと近寄った。
「あー、気分はどうよ?。」
チョッパーが座っていたと思われる椅子を引き寄せて腰掛けると、ベットの中を覗き込みながら話しかけてみる。
ゾロの顔色はいまだに悪く、目は力なく閉じられていたけれど、しっかりとした呼吸にあの時と今は違うと喜びが込み上げてくる。
目を開けて俺を見て欲しい・・・・・。
「ゾロ・・・。」
祈るようにあの時何度も呼んだ名をそっと言葉に乗せる。
今度はたった一度の呼びかけでその目は開かれ、意志の宿った翡翠の瞳が俺を見返してくる。
その眼差しに自然に笑みが浮かんだのが分かった。
「ゾロ・・・。」
言葉を喋るのが億劫なのか二、三度瞬きをしてゾロの目蓋はまた閉じられる。
あの時触れられなかった柔らかそうな髪にそっと手を伸ばす。
そっと脅かさないように髪を撫で、優しく名前を呼ぶとゾロはかすかに笑ったようだった。
「・・・もう、泣くな・・。」
小さな声だったけど・・・・。
その言葉に涙腺が緩んでくるのを感じる。
「泣かないから・・・・・触れさせて?。」
俺は笑みを浮かべたゾロの唇に誘われるまま甘く口付けた。
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優しい雨の続きです。
サンジちょっと泣きすぎですかね(^^;
まあ、これから幸せになってね・・・ってことで(笑