◆◇ 宝石の恋 ◇◆
小さな、小さな水音が、絶え間なく聞こえてくる。
ポタン・・・・ポタン・・・と。
それは、床に雫が落ち弾けるような。
いや、まるで雨が湖面に吸い込まれていくように。
微かな水音が、静かに、深く、闇を震わす。
―ねえ、ゾロ。
―ゾロは大きくなったら何になりたいの?
―え?私?
―私の夢はね・・・・・・・・。
まっすぐな眼差しで笑ったその人の顔が思い出せない。
確かに大切だったはずの人。
何もない世界にたったひとり。
足元を濡らすそれは凍えるように冷たくて。
声もなく、ただ・・・。
ただ・・・いつも独りで立ち尽くしていた。
『なんて顔してんだよ、クソ剣士。』
暗闇の中、不意に響いた優しい声を求めて、ゾロは必死でその両手を伸ばした。
< 1 >
繊細なタッチで描かれた紋様が土の塊に彫られていく。
目の前で何度も繰り返されたその繊細な技術にはいつも見惚れるばかりだ。
やがて彫り込みの終わったそれは高温で焼かれ、様々な色を冠して貴族達を飾る装身具となる。
高額で取引されるそれらはゾロには到底縁の無い別世界のものだった。
「ゾーロー!!」
ガチャガチャとブーツの踵を鳴り響かせて歩んでいた足を止めると、ゾロは声が聞こえた方へと視線を向けた。
城の廊下に張り出したテラスに、太陽光を反射してキラキラとその髪が輝いている。
「・・げ、プリンス。」
「ゾーロォ!ゾロ、ゾロ!!」
ブンブンと無邪気に手を振って、そのまま名前を連呼されてはさすがに気付かないふりで無視することも出来ない。
「お、ゾロちゃん、プリンスちゃんがお呼びだよ。」
先に進むでもなく、さりとてそちらに向かうでもなく立ち止まったゾロに、共に足を進めていた同行者がニヤニヤとした笑みを向けてくる。
それを思いっきり睨み付け、ゾロは背後で名前を連呼している青年を怒鳴りつけたい衝動をグッと堪えた。
「いいなぁ〜、ゾロちゃん、玉の輿じゃん。」
笑いながら肩を抱かれて、その手をパシンと音を立てて払い落とす。
そのふざけた物言いにゾロが何か文句を言おうと口を開きかけ、それを言葉にする前に背後から怒声が響いた。
「てめえ、シャンクス!。ゾロにさわんじゃねぇ!!」
「えー?そんなこと言ってもねぇ。」
わざわざそちらに向き直ってシャンクスはニタリと笑うと、ゾロの腰に腕を回して抱き寄せる。
「離れろ!!さわんなって言ってるだろうが!!」
「ええーー。」
ペタペタとこれ見よがしにシャンクスの手がゾロの腕に触れ、胸に触れ、頬に触れる。
「エロ親父!ゾロにさわんじゃねぇ!!」
辺りに響く怒声と、ニマニマとあきらかにその反応を楽しんでいるシャンクスにゾロは軽く額を押さえ溜息をついた。
シャンクスは腕も立つし、仁義にも厚く尊敬できる男なのだが悪乗りが好きな男なのだ。
「うっとおしい、シャンクス。」
んーと言って唇を突き出し、顔を寄せてきたシャンクスを力任せに引き剥がす。
それに歓声を上げた青年へ視線を向けてゾロはジロリを睨みを効かせた。
「うるせえぞ、プリンス。」
意図以上に冷たい響きになったそれに名前を連呼していた青年がシュンと項垂れる。
だが、ここで甘い顔を見せれば、この人物にまったく効果がないということは今までの経験から嫌というほどゾロは理解している。
いったいゾロの何処が気に入ったのかと、本人がその頭の中の構造を見てみたいと思うほど、この青年のゾロへのアプローチは執拗で、尚且つ、しつこい。
「用がねぇんなら俺は行く。行くぞ、シャンクス。」
シャンクスを促し、金属の踵を打ち鳴らしながらガチャガチャと音をたててゾロは先程と同じく石畳を歩き始める。
その背に慌てたような声がかかった。
「用はある!・・・あるから、部屋に来てくれよゾロ!!」
ジッと見つめてくる蒼い瞳にゾロはハアと息を吐いた。
「本当に、あるんだろうな?」
「うん、バッチリ。」
にっこりと喜色満面に笑っている顔を胡散臭げに見上げてゾロは溜息をつく。
「この前みたいなくだらねぇ用件で俺を呼びつけるなら・・・・今後、二度と口聞かねぇぞ、いいな?」
つい先日、重大な用件だと真剣な顔で言うので、居室を訪ねたらにこやかな笑顔で食事と酒を勧められ、『俺の愛人になって?』と可愛らしく言われたのだ。
聞かなかったことにしようと踵を返しかけたゾロを引き止めようとした所までは、まあ・・・いいとしても、怪我をさせては不味いとゾロがあまり強く抵抗できないのを照れていると誤解して、このバカは寝所に連れ込もうとしたのだ。
背中に柔らかなベットを感じた瞬間、殴り飛ばしたゾロに非は無いと思う。
照れんな、照れてねえ、と口論になり、最終的には手は出る、足は出るの殴り合いになった。
よく剣を抜かなかったもんだと、今思い出しても背筋の寒くなるような出来事だったとゾロは思う。
「ええー、俺は真剣だったのに、ゾロがくだらなくしたんじゃないかよ。」
ブツブツと不平をいっている顔を眺めて、ゾロはピキリと額に青筋を浮かべた。
どうやら今回も同じような用件だったらしいと、会話の時間が無駄だったと結論付けてクルリと背を向ける。
雇い主の身内でなければ遠慮なくその場で刀の錆にしてやれたものをとゾロは苦々しく思った。
「行くぞ、シャンクス。」
「はぁーい。またね、プリンスちゃん。」
興味津々で二人のやり取りを見ていたシャンクスに声をかけてゾロは歩き始める。
背後から情けない声で名前を連呼されるが今度はゾロの足も止まらない。
「ゾーロ、ああ見えて、真面目な子なんだからあんまりいじめてやんなよな。」
ニヤニヤと笑ってシャンクスは横からゾロの顔を覗き込む。
ゾロが鈍そうに見えて実は人の機微に敏感なことをシャンクスは知っている。
だから、プリンスと呼ばれた第3王子から向けられている好意が、本心からのものだと分かっているはずだろうと言外に匂わす。
「いじめてって、俺は何もしてねぇ。」
ムッとした表情で眉を寄せたその子供っぽい顔にシャンクスはおやと苦笑した。
どうやら今回は、珍しくもゾロがそれに気付いていないらしいと驚いた反面、背後からの情けない声のアプローチに肩を竦める。
正攻法で無理なら諦めた方がいいと教えてやるべきか、老婆心を出さず放っておくべきかとチラリとその整った横顔をみながら考える。
血は繋がってはいないがシャンクスにとってゾロは自慢の息子なのだ。
変な虫に引っかかってもらっても困るが、良くても男の恋人は歓迎は出来ないと思っているのも本心。
傭兵稼業から足を洗ったら、ゾロそっくりの可愛い孫達と、その可愛いお嫁さんと長閑に暮らすのがシャンクスのささやかな夢だったりする。
「本当に、こんなに綺麗に育っちゃって、お父さんは嬉しいよ。」
目頭を押さえるそぶりでそう呟けば心底嫌そうな目を向けられる。
国を渡っている旅の途中でシャンクスは山賊に襲われていた旅芸人一座を助けた。
その中にこのゾロが居たのだ。
鎖に繋がれ檻に入れられた姿で。
紅玉を溶かし込んだような、綺麗な赤い瞳と濃い緑の髪。
一筆で書かれたような整った眉も、スッと通った鼻梁も、薄く紅の乗った唇も、すべてがひどく美しい。
だからこそ、幼いゾロは見世物として、人外の魔物として、捕らえられていた。
「気持ち悪いこと言ってんじゃねえぞ、シャンクス。」
ほんの少し語尾を上げて名前を呼ぶ時のゾロは無意識にか甘えている。
シャンクスは笑いながらポンポンとその頭を撫でた。
ガキ扱いするなと怒鳴られてその手を払い除けられても、シャンクスにとっては可愛くみえるだけ。
「やあねぇ、ゾロちゃんったら、そういう顔するからプリンスがメロメロになっちゃうんでしょうが。」
いつもは険のあるしかめっ面だが、その険が取れて少し拗ねたような、甘えた表情を浮かべたゾロの頭を片腕で抱え込んでシャンクスは笑う。
親しい間柄にならなければ見られないが気を許した人間にはゾロは無防備だ。
第3王子が自力でそれを引き出せたのなら、なるようになるだろうと嫌がって暴れるゾロを押さえ込んで声を立てて笑う。
「重い!暑い!シャンクス。」
決して人目のないわけでもない兵舎へと向かう石畳の上で、シャンクスとゾロはいつまでもギャアギャアと騒ぎ続けていたのだった。
バラティエ国。
ゼフ王治めるこの国は大陸の北方に位置し、冬長く、一年の半分を氷に閉ざされる氷の都として有名だ。
また、この国は、別名美食の都としても有名だった。
もともとバラティエは食料の豊富な国ではない。
その為、少ない食べ物をいかに美味しく調理し食べることが出来るのかというのが、冬の楽しみ方であり過ごし方なのだ。
備蓄もその過程の一つと捉える風習のある国では、加工されたオイル漬け一つとっても馬鹿に出来ないほど美味い。
ゼフ王が即位してから隣接国との国交も潤滑になり、昔のように冬になれば食糧不足になるといった状態は徐々に改善されつつあったが、やはり人々は今まで通りにせっせと美味しいものを作っては冬の備蓄に励む。
その備蓄の為に加工されたそれを求めて、遠方から商人達が訪れは高額でそれを買い取っていく。
そしてそのお金でまた人々は冬に備えての備蓄に励むのだ。
国全体がその加工工場と言っていいほど味も種類も豊富で、他国の高級料理店でバラティエの紋章の入った加工品を使用していないのはもぐりだと言われるほど食の世界ではその名は有名なのだ。
おかげでバラティエに暮す人々は知らぬうちに裕福になっていった。
また、バラティエは食以外に、もう一つ世界に誇る技術を有した国だった。
それは宝飾の為の職人達。
宝石の加工はもとより、もっとも評価の高かったのはその宝石を埋め込む金や銀などの宝冠や指輪、首輪などの繊細で複雑な模様の施されたそれだった。
それ自体で観賞に耐えるほどの美しさを誇り、それに宝石の埋め込まれたものは表現しきれないほど美しい。
もともと、バラティエの王侯貴族のみが身に着ける為だけにあったそれを、ゼフ王が隣接国に送ったのが国交が潤滑になった切っ掛けだったのだ。
その装身具を身に着けた王女がゼフ王の元に嫁ぎ、その国を切っ掛けとして他国からの友好の使者が続々とバラティエを訪れた。
だが、そういった良い反面、今まで起こりえなかった悪い面も起こり始めた。
国二つ向うにある軍事国家バロックワークスから2度に渡り侵略の為の戦争を仕掛けられたのだ。
しかし、ゼフ王の指揮の元、同盟国の協力も借り、その攻撃を退け、2度目のバロックワークスの撤退の時には、南の大国アラバスタ王国のコブラ国王、東のドラム諸島のくれは女王、そして神聖国家スカイピアのガン・フォール王、各国立会いの下、バラティエとバロックワークスの和平の調印が行われた。
しかし、一度戦争という諍いの種の蒔かれた国が昔の平穏な姿に戻れるはずもなく、戦いを求めてやってきた傭兵達が駐留し、戦時に紛れて移民してきた民と、元の住人達との間でおこる諍いも絶えることがない。
そこで、ゼフ王は国に残る傭兵達を国に仕官させる為の機関を作り、移民の為の新たな土地の開拓をそれぞれ息子達に任せた。
幸いにして第1王子は傭兵達を、第2王子は開拓をと、それぞれの性格からか揉めることなく仕事の分担を行った。
問題だったのは第3王子、サンジが兄王子のどちらの仕事も手伝おうとしなかったことだった。
第3王子のサンジは一番上の兄王子とは15以上も歳が離れている。
ゼフが後宮に迎えた唯一の妾妃の子なのだ。
兄王子二人がゼフの血を色濃く残しているというのに対して、サンジはその母親の面影をそっくりそのまま引き継いでしまったかのような容姿をしている。
金を溶かして細くしたような綺麗な髪も、明るい空のような蒼い瞳も、白く透き通るような肌も、クルリと巻いた変わった眉の形も母親そっくりなのだ。
当時、息子の教育係の一人だったサンジの母親を妾妃としてゼフは迎え入れた。
それは意外なことに兄王子の母親、正妃のたっての望みだったらしい。
正妃と妾妃という立場は違えど、彼女達はまるで本当の姉妹のようにとても仲が良い。
そのおかげで、ありがちな王の寵愛を巡っての対立というものもなく、サンジは生まれた時から母二人と兄達に可愛がられて育てられた。
母二人は言うに及ばず、兄二人もこの可愛らしい弟を何をするにも連れてまわり可愛がった。
第1王子は剣技や馬術が好きでそれらをサンジにせっせと教えた。
第2王子はおっとりとした性格で、書物が好きで諍いごとが苦手だったので、サンジにいろいろな国の話や、書物を読んで聞かせた。
先生が優秀だったのか、サンジが優秀だったのか、そのどちらもかもしれないが、後にサンジの教育係としてつけられた教師達が揃ってゼフ王に、サンジ様に教えることは何もありませんと、報告してしまうほど兄達は喜んでサンジにいろいろなことを教えていった。
彼等は小さくて自分の後をついてくる弟が可愛くて可愛くて堪らなかったのだ。
その後で起こるだろう事象を想像して憂いていたのはゼフと、誰あろうサンジ本人だけだった。
ゼフはすでに高齢といわれる歳になっている。
あと数年もすれば王位を王子の誰かに譲ってその場を退くだろう。
そう、それがもっと早ければ問題はなかったのだ。
だが、和平の調印があったとはいえ、バロックワークスとの確執が消えたわけでもなく、ゼフが玉座にいることはどうしても必要だった。
いくら同盟国の力添えがあったとしても即位したての若輩者が、一癖も二癖もあるバロックワークスと対等にやり取りが出来るとは思えなかったのだ。
その為、ズルズルとゼフの統治が続き、なかなか譲位できないまま現在に至る。
順当に考えれば第一王子にそのまま譲位するのが望ましいだろう。
もとより争いの嫌いな第二王子に異存のあるはずもない。
それは第三王子のサンジにも言える事なのだが、貴族達の中には第一王子を退けて第三王子のサンジを即位させようとする動きがある。
三人の王子の中でもっとも優秀なサンジを国王にしたいと、特に年若い貴族達は思っているようだった。
そしてそれに反発しているのが第一王子を押している古参ともいえる古くから王に仕えている貴族達だ。
若い力でもっと国を栄えさせようと唱える貴族達と、急激な変化は国の衰えとなると主張する古老達との間で目に見えない火花が散っている。
さすがに仲の良い兄弟だけに血で血を洗うような謀略は互いの首を絞めると分かっているのかそれはないが、諸侯を集めての会議などは空気が重くて仕方ない。
そして今は、ゼフの施政を手伝わないサンジに若い貴族達は苛立ち、古老達はほくそ笑む。
兄達は自分の仕事を手伝って欲しいと再三サンジに誘いをかけるのだがサンジの首が一度として縦に振られたことはない。
「本日の会議はこれにて終了いたします。」
厚い布越しに意見徴収の終了を告げる声が聞こえてゼフは深く溜息をついた。
彼らとゼフが座してる場所は遠く、本日ここにゼフが居るということは告げてはいない。
そのせいか、会議の半分は互いの擁護する王子の評価と、相手の王子への嫌味交じりの批判だ。
だが、国王がその場にいなくても、この場に座しているという前提で彼等は会議をしているはずなのだが。
「ジジイ、終わったか?」
奥に通じる扉が開いて第三王子であるサンジが覗いている。
それに軽く手を横に振るとゼフは玉座から立ち上がった。
カツンと大理石に硬い音が響き大柄な身体がサンジに近付いてくる。
扉を開いてゼフが通り抜けるのを待ってサンジはその扉を閉める。
義足をつけた足がカツンと音をたてて止まった。
「チビナス、テメェいつから聞いてた。」
その片脚は2度めの戦役の時に敵兵の刃から民を守った為に無くしたのだ。
「うーん、けっこう始めっから。」
ニヤリと笑って煙草を咥える顔にゼフは眉を顰めた。
その悪癖だけはなんど注意してもやめようとしない。
「・・で、テメェはどうしたいんだ?」
ゼフはゆっくりと歩いてドサリと椅子に腰掛けた。
テーブルの上に用意されていた陶器を使ってお茶を入れ始める。
ゼフもこの国の住民の一人なのだ。
調理は滅多にしないが、お茶ぐらいならば勝手に自分で入れて飲んでしまう。
カチャっと音がして二人分お茶の注がれたカップが用意される。
サンジは近寄ると断りもなしにゼフの正面の椅子に腰を降ろした。
「俺は・・・。俺は旅に出たい。」
ポツリと呟いたサンジにゼフは溜息を漏らした。
いつかサンジがそう言い出すのではないかと予想はしていたのだ。
「旅に出て、オールブルーを見つけて、そこでいろんなヤツに美味い飯を腹いっぱい食わせてやりたい。」
真剣な眼差しにお茶を勧めて、ゼフもカップに口をつける。
ふわりと口の中に広がった香りは春の新緑を思わせる爽やかな香り。
最近好んで飲んでいるドラムのくれは女王からの贈り物だ。
「それで最近あの小僧にテメェは付き纏ってんのか?」
「ジジイ、何で知って・・。」
「チビナス、あれだけ堂々と騒ぎを起こしておいてこっちの耳に入らないとでも思ったのか?」
ゼフの言葉にサンジはあらぬほうへと視線を逸らす。
サンジとてそれが本気でゼフの耳に届いていないとは思ってはいない。
しかし、それと自分が言い出した旅立ちを関連付けて考えられるとは想像外だったのだ。
「ゾロの事はいいんだよ。俺はオールブルーを探す旅に出る。」
幼い頃に兄王子に読んでもらった物語の中に世界の魚達が集うオールブルーという海があった。
何処までも澄んだ青い海に色とりどりの魚達。
きっと綺麗な場所なんだろうな、見てみたいなと胸を高鳴らせたのだ。
そしてその内に其処で料理をしてみたいと思うようになった。
王子といえどゼフの教育の一環として一通り料理の勉強をするのだ。
サンジはこれだけは専門の料理人から習ったのだが、その時間が楽しくて仕方なかった。
もともとは芋一つがあっというまに美味しいスープになったり、お菓子になる。
魔法のようなそれにサンジは目を輝かせて真剣に取り組んだ。
教えていた先生も茶目っ気があったのかサンジに請われるままにいろいろなことを教えてくれた。
剣術よりも学問よりも本当は料理をすることが好きなのだ。
真剣なサンジの顔を眺めてゼフは深々と溜息をついた。
サンジの気質はよく知っている。
どうせ止めた所で勝手に出て行ってしまうのは目に見えてるのだ。
それも、きっと20歳の王位継承権受諾の前に。
「わかった・・。」
深いゼフの声にサンジは目を輝かせる。
そんな様子は幼い時から変わっていないと苦笑した。
「ただし、条件がある。」
「条件?」
ゼフの言葉にサンジは眉を寄せた。
無理難題を吹っかけられると思ったらしいとその顔にふっと笑う。
「護衛をつける。」
「・・え?・・・いらねえ。俺がクソ強いのジジイだって知ってるだろうが。」
ムッとした顔で怒鳴ったサンジにゼフは楽しそうに続けた。
「親衛隊からは無理だ。傭兵隊から選んで連れてけ。」
その言葉にサンジの顔が明るく輝く。
「ありがとう、クソジジイ。」
ゼフは素知らぬ顔でカップを口に運んでいる。
サンジは満面の笑顔で一息にお茶を飲み干すと一目散に部屋を飛び出していった。
きっと、件の主に随行者としての誘いをかけに行ったのだろうと、その後ろ姿にやれやれと苦笑を浮かべた。
口の中に広がる心休まる香りとは裏腹に、サンジが旅立つ時の兄達とのひと騒動を思いやってゼフは溜息をひとつ零したのだった。
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