◇◇ Honeymoon ◇◇
「帰れ。」
軽い音を立ててキッチンの扉が閉まるのと、その扉が連打されたのは同時だった。
「ミホちゃーん!おおーい、ミホちゃんってばぁ!」
ドンドンと遠慮なく叩かれる扉と、その前に立ちはだかっている背中にサンジとゾロは顔を見合わせる。
「ねえねえー、ミホちゃんってばぁ、開ーけーてー!!」
ドンドンからドカドカと音が変わり、拳で叩くだけでは飽き足らず、どうやら蹴りも入り始めた打撃音にサンジはふうっと眉を顰める。
「あー、鷹の目?」
「・・・・放っておけ。」
しっかりと施錠し、スタスタとテーブルに着いたミホークの姿にゾロの首が微かに傾げられた。
「シャンクスだろ?何か用があるんじゃないのか?」
カチャリと小さな音をたて、フォークでケーキを切り分けて口に運びながらゾロはミホークと扉を見比べる。
「気にするなロロノア。」
色鮮やかなブルーに金の飾りのついたデザートプレートには真っ白な楕円のケーキと、同じく真っ白なアイスが乗っている。
芸術的ともいえる美しいそれにミホークは満足気にゆっくりとフォークを入れた。
「入れてー、開けてー、なんか食わせてぇー、腹減ったよぅ、ミホちゃん。」
ガンゴンと扉を叩きながらの訴えにサンジがヤレヤレといったふうに肩を竦める。
サンジが腹が減ったと訴えられるのを無視できないと分かっていて、シャンクスはその言葉を口にしているのだ。
そうして口にしていると分かっているのだが、やはりその言葉を聞くとサンジはどうしようもない。
黙々とデザートを口にしているミホークと、困ったような表情を浮かべたサンジの顔をチラリと見比べて、ゾロは仕方ないとばかりに苦笑する。
そしてフォークを皿に置くと静かに椅子を引いて立ち上がった。
サンジは来客を迎えるためにシンクへ向かい、ゾロはテーブルを立って扉へと向かう。
ゆっくりと鍵を外し、ゾロが扉を開けると、その特徴的な真っ赤な髪が飛び込むようにして室内へと入ってくる。
「やっほー、ゾロちゃん、久しぶり〜。」
飛び込み、ついでとばかりにゾロの腰に腕を回して抱き着いてきたシャンクスの首筋に、速攻でピタリと冷たい金属が触れた。
「ゾロから離れろ、おっさん。」
いつの間に移動したのか首筋にぴったりと刃物を宛がった蒼い瞳がシャンクスへと向けられる。
それににんまりとした笑みを返したシャンクスがパッとゾロから離れ、今度はサンジへと抱きついた。
「うわっ!あっぶねえ!」
「サンちゃ〜ん、お久♪」
包丁の存在をまったく無視して抱きついてきた男にサンジは声を上げて慌てて手を移動させる。
そんな状態を逆手にとって、スリスリと頬を擦り寄せてきたシャンクスにサンジの腕に鳥肌が浮かぶ。
「・・・・・コックから離れろ。」
そんな二人の様子にカチャリと音がして、鞘を取り払った刃がシャンクスに向けられる。
さすがにリーチが長いためがサンジのようにその首に刃先を宛てられたりはしなかったのだが、そんなゾロの様子にニヤリと人の悪い笑みを浮かべてシャンクスはサンジから離れた。
そして改めて2人に向き合いニッカリと笑ってみせる。
「ゾロちゃんも、サンちゃんも、元気そうでなにより。」
そして我関せずと黙々とデザートを口に運んでいたミホークへシャンクスはその笑みを向けた。
「ミホちゃんも久しぶり〜、元気だったぁ?」
そんな能天気なシャンクスの声を無視してミホークは、最後の一口を口に運ぶ。
サンジ作、ホワイトチョコムースを心ゆくまで堪能して満足気にフォークを皿に返す。
そして笑顔を向けている男へ向かって口を開いた。
「・・・・帰れ・・。」
言葉は短く、そして視線は冷たく、告げたミホークと告げられたシャンクスの間に冷たい風が吹き荒れる。
そんな二人の様子にサンジは軽く肩を竦め、ゾロは呆れたような顔を見せ、テーブルへと戻っていった。
静かに食後のデザートを口に運び始めたゾロの元にサンジが温かな紅茶を入れてカップを差し出す。
「うまそー、俺にも頂戴、サンちゃん。」
ニコニコニコと楽しげに笑って、ミホークから視線を外したシャンクスが止める間もなくあいた椅子に腰に降ろす。
わざととしか思えない場所、ミホークの正面に腰を降ろしたその姿にサンジの口から深い溜息が漏れた。
「ムースはもうねぇよ。別のもんでいいか?」
「もちろん、サンちゃんが作るのならなんでも。」
調子よく返される返事にサンジが肩を竦めて冷蔵庫へと向かう。
その後ろ姿を楽しげに眺めるシャンクスにゾロは首を傾げつつムースを口に運ぶ。
やがて待たせるというほど待つこともなく、サンジの手によってシャンクスの前にデザートが運ばれてきた。
硝子の器にバニラアイスとブルーベリーのシロップ漬け、それに薄く伸ばされたホワイトのチョコとこれまた薄いクッキーが添えられている。
「うっわー、美味そう。」
目を輝かせて叫んだシャンクスに苦笑を浮かべながら、サンジは憮然とした顔で突然の来訪者を見ているミホークへとチラリと視線を向けた。
「鷹の目も食うか?」
シャンクスに出したものはこの後、本日のおやつに出される予定だったものだ。
「貰おうか。」
静かなその声にやはりなと苦笑を浮かべたサンジがとって返し、すぐにその手にデザートの盛り付けられた器を持って戻ってくる。
無言で向かい合い、デザートを食べるミホークとシャンクスにやれやれと肩を竦めて、昼食の片付けにサンジはその場を去っていく。
「ご馳走さま。」
カチャと小さな音をたてて紅茶を飲んでいたゾロがソーサーにカップを戻した。
そして静かにそのカップとデザートの乗っていた皿を手にサンジの元へと向かう。
いつもならそのままテーブルに置いたままこの場を去るのだが、なんだか妙な空気を漂わせている二人が気になるのか、退室する気にならなかったゾロは無言で黙々とデザートを食べている二人にチラリと視線を走らせた。
「ん・・有難う。」
ニッコリと微笑んで受け取りながら、頬に軽く口付けてきたサンジにゾロもニッコリと笑みを返す。
それをじぃーっとスプーンを頬張りながら眺めていたシャンクスがヘラリと笑った。
「あっついねぇーお二人さん。」
ニマニマと唇を歪めたシャンクスを無視して、サンジは洗い物に戻り、ゾロは少し離れた場所からその動作を見つめる。
カランと音が響いて器にスプーンが投げ入れられた。
「あー、そんなあっついお二人さんに、オジサンからプレゼントだ。」
ババーンと口で擬音をつけながら、何処から取り出したのかテーブルの開いた空間にパンフレットらしき冊子が放り出される。
いったいなんだとそれに二人が目を向ける前に、伸びてきた手によってそれがシャンクスに突き返された。
「いらぬ。」
静かな声にシャンクスの目があっという間に剣呑さを帯びていく。
その変化に少し驚いたようなサンジとゾロの視線が向けられた。
「ミホちゃん、これはゾロちゃんとサンちゃんにって、俺が持ってきた物。なんでいらないって言うかなあ?」
声は笑っているがその目は笑っていない。
そんなシャンクスの様子に気付いていないはずはないのだが、ミホークの態度は一貫して変わった様子がない。
「いらぬからいらぬと言ったまでだ。」
「だからぁ、アンタのじゃないって言ってるでしょうが。」
ミホークの言葉にますますシャンクスの目が物騒な輝きを乗せる。
バチバチと火花が飛び交うその様子にゾロは首を傾げ、サンジは本日何度目かの溜息をその唇に乗せた。
「ゾロちゃんとサンちゃんに喜んでもらおうと思ってこれでも厳選してきたんだぞ!」
「それがいらぬ世話だと言うのだ。」
「なんだと!」
「ぬしに世話されずとも行きたい場所なら連れて行ってやる。」
「だ・か・ら!」
バンと派手な音をたててテーブルにシャンクスの手が置かれ、テーブルの上に乗っていたグラスの中のスプーンがカチャカチャと音を立てた。
「新婚旅行に親がついて行ってどうするって言ってんの!!」
とうとう怒鳴りつけるようにしてそう言葉にすると、シャンクスはフンっと鼻を鳴らして踏ん反り返るようにして椅子に座りなおす。
「新婚旅行・・・・?」
シャンクスの言葉にキョトンとした表情を浮かべたゾロに、ミホークは苦虫を噛み潰したような顔になり、逆にシャンクスは先程までの空気は何処へやら一転して笑顔になった。
「そうそう、ゾロちゃん、結婚したけど新婚旅行は行ってないでしょ?」
にぃーっこりと楽しげな笑みにゾロは考えるような顔になり、サンジはその口元に苦笑を浮かべた。
「普段から旅してるようなもんじゃねぇか。改めて新婚旅行って必要ねぇだろ?」
サンジの返答にミホークが深く何度も首を縦に振る。
そんなサンジにシャンクスは人差し指を立てるとチッチッチと言って軽く左右に振ってみせた。
「やだなー、サンちゃん分かってない。ラブラブな二人がハネムーンでイチャイチャしないでどうすんの?」
「イチャイチャ・・・って。」
呆れたような顔になったサンジから視線を変えて、シャンクスはジッと考え込んでいるゾロにニッコリと笑顔を向けた。
「結婚したら新婚旅行に行くのは常識だよねー。そう思うっしょ?ゾロちゃん。」
「・・・・常識・・・?」
右に倒していた首を左にコテンと傾けて、ゾロがその言葉の中を拾い上げて繰り返す。
「そうそう、愛する二人で水入らず。じっくり濃厚な愛のいと、ウゲェ。」
ニマニマと調子にのって喋っていたシャンクスの顔に鍋の蓋が飛んでくる。
泡だらけのそれをまともに喰らって顔面をびしょ濡れにしたシャンクスに、ミホークが小馬鹿にしたような視線を向けた。
「濃厚な愛のい??」
「あー、わかんなくていいってゾロ。」
常識から少しどころか、とんでもなくずれているゾロに余計な知識はつけさせたくないとばかりに、サンジは笑顔を向けて誤魔化す。
それに大人しく頷いたゾロにサンジはホッと心の中で息を吐き出した。
「ひっでぇ、びしょびしょだぁ・・。」
情けない声を上げて抗議したシャンクスに、ちょっと笑ってゾロがタオルを差し出す。
馬鹿にしたような冷たいミホークの視線を無視して泡と水滴を拭うと、シャンクスは先程ミホークに突き返されたパンフレットをゾロにと差し出した。
「まあ、見てよ。別にここに決めなきゃいけねぇってもんでもないしさ。」
ニコニコニコと邪気のない笑顔を向けられて、一瞬躊躇したもののゾロは素直にそれを受け取る。
そして視線を降ろして、その整った眉を寄せた。
「どうした?」
表情の変化に気付いたサンジが問い掛けるのに、ゾロがどこか困惑したような顔を浮かべたまま口を開く。
「コック・・・・これ。」
その声に洗い物をしていた手を止めてサンジが素早くゾロの元へと向かう。
そしてゾロの手にしてるパンフレットを見たサンジも同様に困惑したような顔になった。
『まっしろな雲の海でのロマンチッククルーズ。
そして永遠を告げる黄金の鐘に二人の愛を誓ってみませんか?
素敵で快適な空の旅を貴方に♪
スカイピア観光』
パンフレットの写真はまっしろな雲の海とそれに浮かぶ優雅な帆船。
「・・・・・空島・・だよな?。」
「コニスちゃん・・・。」
そしてキャンペーンガールよろしく笑顔で写っているのは、あの苦しい戦いを共に戦ったコニスの姿だった。
呆然とそれを見つめるサンジとゾロに、何を思ったのかシャンクスはニコニコと楽しそうに口を開いた。
「今さぁ、空島観光って流行ってんだよ。昔二人とも行ったことあるんだっけ?今はそんなに危険じゃないし、今度はゆっくり観光ってのもどう?」
パラリと次のページを捲れば黄金の鐘やら、どこかで見覚えのある神殿風の建物やら、果ては見覚えのある人々の姿も写っている。
ガックリと言葉も無く肩を落としたサンジにゾロが心配そうな顔を向けてその手にそっと自分の手を重ねる。
いつまでも過去を引き摺るのはよくないとは思うのだが、こうも能天気な絵図らを見せられるとどうコメントしていいのかも分からない。
パラパラと捲るその中に後から作られたものなのだろう、観光の目玉としてアトラクションらしき説明が載っている。
謳い文句に『恋の試練』と銘打たれたそれに、サンジは思わず乾いた笑みを漏らす。
妙なダメージを受けたらしいサンジを心配してゾロがギュっとその手を握り締めたのと、ガタンと派手な音をたててミホークが立ち上がったのは同時だった。
「うわぁお。」
立ち上がったミホークがそのままの動作で脇に立てかけていた黒刀を抜刀していた。
その切っ先を向けられたシャンクスがふざけた声を上げて手を上げる。
「いらぬと言ったであろう、帰れ。」
「イーヤ。」
ピシィッとミホークとシャンクスの空間に亀裂が入る。
たかが旅行の斡旋で何をそんなに嫌がるのかと、ダメージを受けながらもあまりに不自然な二人の様子にパラパラとパンフレットを捲っていく。
「あ・・・。」
最後のページ、そこに記された内容に目を留めたサンジが小さな声を上げる。
「帰らぬなら、叩き出す。」
「ヘッ、できるもんならやってみな、ミホちゃん。」
ガタンと大きな音をたてて椅子から立ち上がったシャンクスが挑発するように笑う。
ヘラリとした笑みを浮かべたシャンクスと、険しい表情を浮かべたミホークの間にバチバチと火花が散る。
そんな二人の様子にサンジはハアッと深い溜息を漏らした。
「やるんなら、外。ここで暴れんな。」
溜息交じりの言葉と共に扉を差し示したサンジに大人しく頷くと、火花を散らしたまま二人揃ってその場から退場してしまう。
素直なんだか迷惑なんだか分からないと内心ぐったりしつつパンフレットへと目を戻してサンジはもう一度溜息をついた。
二人がその場を後にしてすぐに、激しい気配が扉の外で渦巻き始め、ゾロはそれに目を丸くして状況を把握しているらしいサンジへと顔を向けた。
「コック・・・。」
「あっと、ゾロ。」
「んっ、何?」
パンフレットをテーブルに置いたサンジがジッと見つめているゾロへと笑いかけてくる。
柔らかな蒼い瞳にゾロは無意識に笑みを浮かべて応える。
「新婚旅行・・・行ってみたい?」
そのサンジの問い掛けに、少し考えるようにしてゾロはコクリと首を縦に振る。
新婚旅行がどういうものなのかよく分からないが、サンジと一緒なら楽しいだろうとその顔を見つめながら口を開く。
「コックが嫌なら別に行かなくてもいいぜ?」
そう答えたゾロにサンジはクスリと小さく笑って自分を見上げている翡翠を覗き込んで悪戯っぽい笑みを向ける。
「それじゃ、行こうか、新婚旅行。」
「いいのか?」
「ああ、二人っきりってのもたまにはいいよな。」
「うん。」
嬉しそうに微笑んだゾロの身体を抱き締めて、サンジは視界の隅に放り出されているパンフレットへと目を向けた。
『なお、安全な旅をお約束するために、当観光では完全予約による送迎船をご用意しております。くれぐれもご自分の船での空島観光はご遠慮くださるようお願いいたします。』
シャンクスが持ってきたこのパンフレットはあくまで新婚向け、そしてそのためだけのツアーパンフレットだ。
つまりは送迎船に乗るのは新婚の二人だけ、そしてお義父さんは地上に置き去り、まあ、つまりは同行できないというわけで・・・。
「楽しんでこような。」
「うん。」
轟々と扉越しに飛び交う殺気と、激しい戦いの気配をまるっきり無視してニッコリと笑ったゾロの額にキスを一つ。
そしていつまでも収まりそうも無い外の気配に、サンジはやれやれと肩を竦めたのだった。
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W・Life番外編、お義父さんVS赤髪です(笑
新婚旅行の行き先は空島と決めていたので(ぉぃ)、そこに行くまでの過程で赤髪さんに出てきてもらいました♪
このあと空島を目指して移動&新婚旅行編があるんですが、そちらは本編という事で今回は番外編ですw
このお話、本当はW・Day絡みのお話でした(^^;
その名残がお義父さんが食べてたデザートに残ってます(それだけですが・・・名残(笑
今回はサンジくんの不幸度は低かったかなー(笑
楽しんで頂ければ幸いですw
(2006/05/28)