■□ 料理長の休日 □■






コックであるサンジの朝は早い。
それは麦わらの船を降りた今でもなんら変わりがなく、不寝番を除いて、この二つのガレオン船の誰よりも目覚めが早いのだ。
併走するガレオン船2隻は明け方になるとその速度を落として緩やかに進んでいく。
そんな中、目覚めたサンジが甲板に出て一番にやる事はその2隻に移動の為のロープを渡すことだった。







「おはようございます、料理長。」

二つのガレオン船のうち、大剣豪ミホークが住んでいる船のキッチンへと顔を出したコックがサンジの姿を見つけてそう声をかけてくる。

「おう、おはよう。」

咥え煙草で朝食の準備にとりかかっているサンジに次々と現れたコック達はそれぞれ声をかけていく。
それに面倒くさがるでもなく挨拶を返し、各自が担当の持ち場に着くとサンジは一人ひとりに的確にその日のメニューにあわせた指示を出していくのだ。
もともとバラティエという大所帯のレストランでコックを勤めていたサンジにとって、コックの力量にあわせて調理の指示を出すことは苦ではない。
サンジより歳若いコックは居ないが誰もがそれに不満を唱えたこともない。

「おい、テメェそれはもっと薄く切れ。あー、テメェもわかってねえなあ、その野菜はデリケートなんだよ。レディを扱うが如く優しくしろって・・・。」

さすがに狭い船内キッチンで、蹴りは出ないが、容赦のない罵倒は出てくる。

「こうやるんだって言ってるだろうが。」

呆れたように溜息混じりに包丁を振るうサンジの姿にコック達は憧憬の眼差しを向ける。
華麗な包丁捌きはやはりサンジを普通のコックではないと彼らに示したし、何よりその料理にかける情熱と、超一流のその味には年嵩のコックさえも脱帽したのだった。
時に怒鳴り、手本を示し、朝の準備は整っていく。

「ん・・・・いいんじゃね?」

最終確認とばかりに味を見ていたサンジがニヤリと悪戯っぽく笑うのを見て、その料理を担当していたコックはホッと安堵の笑みを浮かべる。
その肩を労うようにポンと一つ叩いて、サンジはこの船を仕切っているコック長へと顔を向ける。

「それじゃ、俺はあっちに帰る。後は頼むな。」

ゼフほどではないが、厳つい面持ちの年配のコック長はそんなサンジの言葉にニヤリと笑う。

「おう、あとは食わせてやるだけだから心配すんな。」

こちらの厨房でつくるのは2隻で暮す船員たちの食事のみなのだ。
サンジはこれから帰った船で大剣豪2人の為にその腕をふるう。
ニヤリと笑って寄越したコック長にサンジも笑って、朝来たときとは逆に2隻を繋ぐロープを足場にもう一つのガレオン船へと帰っていく。
そのサンジが消えた調理場は最後の仕上げとばかりに腹をすかせている船員達へと食事の準備が整ったことを声を上げて知らせる。

「テメェ等、飯の時間だぞー!!!」
「うおぉぉお!!」
「やったぁー飯だぁ!!!」

歓声が上がり、ドタバタと派手な音が背後で聞こえてきたのにサンジはフッと唇を歪めて自分の船のキッチンへと姿を消していった。








そうしてサンジが自船にて朝食の準備に取り掛かった頃、まず一人目の大剣豪が目覚める。

「ふむ・・・今日も良き一日であるように。」

船首からすでに昇った太陽を見ながら手を合わせ、大剣豪、ジュラキュール・ミホークは身支度を整えると愛刀を手にロープを足場にもう一つのガレオン船へと移ってくるのだ。
食事は併走する愛息子(ただし養子)のゾロの船で共に取ることに彼は決めている。
その可愛い息子に嫁が来たのは数ヶ月前の事。
料理上手なサンジ(嫁)の用意する食事にミホークはとても満足していた。
ゾロの船に移るとその足でそのままラウンジへと向かう。
愛息子が結婚すると分かった時に、その友人へと依頼していろいろと改造を加えたこのガレオン船は世界に二つとない食の為の設備の整った船なのだ。

「よお、おはよう、鷹の目。」
「うむ、おはよう。」

静かに開いた扉の中には食欲をそそる匂いが充満していて中で愛息子の嫁が皿を手に忙しそうに立ち動いている。
それを横目にミホークは愛刀を壁へと立てかけると自らの席へと腰を降ろす。

「ロロノアは?」

そう問い掛けるのもいつもの事だ。
それに特徴のある眉をちょっと上げて嫁が答えるのもいつもの事。

「まだ寝てるな。・・・・用意ができたら起こしてくる。」

焼きたてのパンが籠に盛られてテーブルに用意される。
嫁が来る前と同じだけの食材を船に用意しているはずなのだが、ほぼ毎日違うメニューが食卓に乗る。
それもまたミホークにとっては嬉しい限りだ。

「よし、ちょっと待っててくれ。」

鍋の火を消したサンジがそういって姿を消す。
そして5分ほど経過した頃、半分寝ぼけたような顔のもう一人の大剣豪を連れてラウンジへと戻ってくるのだ。

「ほら、ゾロ。起きて飯食えよ。」

ベッタリとサンジに寄りかかっている身体を強引に椅子に座らせ、各自の皿に具材もたっぷりのスープをよそい、サンジも席に着く。

「ロロノア・・・それはフォークだ。」
「ゾロ、スプーンはこっち。」

まだ覚醒してないゾロの手からフォークを取り上げ、代わりにスプーンを持たせて食事を始める。
一口目はウトウトしながら口に運び、食事をすることで意識がはっきりしてきたゾロが食べ始めたのを確認してサンジも食事を始める。
黙々と美味しい食事を平らげ、満足したのかゾロがニッコリとサンジに笑う。

「美味しかった、ごちそうさま。」
「うむ、今日も美味かったぞ。」

ゾロに続いてミホークも感想を述べ、そして大剣豪2人は連れなって戸外へと出て行く。
その姿を見送ってサンジは朝食の後片付け、そして昼食の下準備へと取り掛かるのだ。








「料理長ーー!!」

たまにだがその片付けの合間にそう外から呼びかけられる場合がある。

「おう、どうした?」

呼びかけに答えて戸口から覗いた金の髪に声をかけた船員が手にした魚を掲げてみせる。
暇つぶしと食料確保という一挙両得という意味からも、手の空いている船員達が釣り糸を垂らしていることが多い。
そして彼らは現在のサンジがこの船に同行してからというものすすんで釣りをするようになった。
喰えない魚を釣り上げない限りは、どんな魚も美味しく料理されて食卓にのるという事に気付いたからだ。

「へえ・・・デカイな。」

船員が手にした青々とした体躯は日光にキラキラと輝いている。
一メートルほどの魚は丸々と太っていて脂ものってそうだ。

「一匹だけかあ?」

サンジの問い掛けにミホークの住居、もう一つの船からも何本もその姿が掲げられる。

「よっしゃ、テメェ等、昼飯期待してろ。」
「うおぉおぉぉ!!」

咥え煙草で笑ったサンジの言葉に船員達から歓声が上がる。
それに満足気に笑うと同じように顔を出していたコック達に指示を出し、軽やかな足取りで二つの船をサンジは行き来するのだった。








その後、昼食後3時間ほどで大きな街のある島へと二つの船は寄航することとなった。
活気のある街並みにさっそく市場へ向かおうとしたサンジと買出し部隊は、船に降りる前に物騒な空気を撒き散らしている団体を目敏く見つけ立ち止まる。
20人ほどの団体の中に紛れている大剣を持つ剣士の姿にサンジの目がゆっくりと細まった。

「大剣豪、ジュラキュール・ミホークに勝負を挑みに来た!」

船の見える位置に立ち止まり大声で告げられた言葉にやはりと言ったふうに周囲に居た船員達からも溜息が漏れる。
島に着くなり命知らずの剣士が挑んでくるのもこれが始めてではない。
名指しにフラリと甲板から姿をあらわしたミホークの目が鋭く挑戦者に注がれる。

「・・・・・・・無益。」

一目見るなり相手にする価値もないと船に引っ込んだ彼らの雇い主に船員達は苦笑を浮かべるしかない。

「怖気づいたか、ミホーク!!」

姿を消したミホークに嘲うかのような声が掛かる。
それもよくある光景の一つで船員たちは逆にあきれたようにその挑戦者の姿を眺める。
相手にもされなかったということに気付かないのか手下と共に馬鹿笑いをしている煩さは滑稽なほどだ。

「うるさい・・・・・。」

いつの間に傍らに来ていたのかサンジの傍からひょっこりと緑頭が覗いている。
眉間にくっきりと刻まれた皺に、不機嫌さを隠そうともしない表情。
さすがに昔魔獣と言われていた姿を船員達に思い起こさせる。
その頭にポンポンと軽くサンジの手が触れると目に見えてその表情が和らいだ。

「どうする?鷹の目は引っ込んじまったぜ?」

船員達に背を向けているサンジの表情は彼らには分からないが、こちらに向けられていたもう一人の大剣豪の顔が拗ねたように崩れたのに気付いた。

「やだ。・・・あれじゃ肩慣らしにもなんね。」

プイっと首まで横に振って抗議した子供っぽい大剣豪の姿に船員達は苦笑する。
料理長と居る時の大剣豪はとても幼いのだ。

「そっか。」

大剣豪達2人の我儘はいつものことながら、それを苦でもなく受けとめているサンジの姿に船員達はいつも感心させられる。

「おい!そこの緑!!」

大音声で呼びかけられてピクリと二人の世界に入りかけた大剣豪と料理長の肩が揺れたのに船員達は一歩後退さった。

「テメェ、ロロノア・ゾロだな?」
「ああ??、それがどうした。」

問い掛けられた本人でなく代わりに答えたサンジの姿に船員達は素早くその場を後にする。
懐はとても広いが、事に大剣豪に関わる事象での料理長の沸点は低いと彼らは知っているのだ。

「優男、テメェに用はねえ、引っ込んでろ。」

馬鹿にしたような笑い声が辺りに響き、船上ではカチリと小さな音がして煙草に火が点った。
フウッと吐き出された紫煙があたりに独特の香りを散らす。

「コック・・・。」

クイッと小さく袖を引っ張られたサンジが優しくゾロの髪を撫でて笑う。

「すぐ静かにさせるからお昼寝してろ。」

フワリと浮かんだ優しい笑みをジッと見つめてコクンと一つ頷いてゾロの手が離れていく。
そっと料理長の傍から離れていった大剣豪の姿を窺って、船員達は馬鹿笑いを続ける無頼漢達へ心の中で手を合わせたのだった。





「おら、テメェ等、行くぞ。」

カチリと新しい煙草に火をつけたサンジの声に買出し部隊は我先にと船を降りていく。
ものの10分も掛からずに猛者共を伸してしまった料理長もやはりただの人ではないと彼らは大剣豪とはまた違った意味でサンジを尊敬しているのだ。

テキパキと必要な品と量をそれぞれに指示するとサンジはフラリと市場の中に消えていってしまう。
その姿は市や街中で時折目にすることが出来る。
綺麗な女性を優雅にエスコートしていたり、可愛らしい女性に囲まれていたり、とにかく料理長の趣味は大剣豪曰く『ナンパ』なのは周知の事実だ。
かと思えば真剣な顔でスパイスを吟味している姿を見かけたりもする。
その精力的な姿にいろんな意味で諦めているのか三刀流の大剣豪も船員達に苦笑してみせただけだった。
買出し部隊がそれぞれの役目を終えて船に帰ってくる頃、姿を消していたサンジもフラリとその姿を現す。
そして、それぞれの船でそれぞれの夕食作り、そして最後の仕上げとサンジが不寝番の為の夜食を用意し、コックの一日は終わるのだ。






「なあ、コック。」
「んー?何、ゾロ?。」

テーブルに並べたいくつかの瓶のラベルを書き写していたサンジがその声に振り返る。
今日寄航した島には独特の植物があるらしく、初めて目にしたスパイスがいくつかあった。
試しにと小瓶で購入してきたそれを一つずつ丁寧に味を見ては細かくノートに書きとめていく。
停泊は3日程。
必要なものがあれば買い足しておかなければいけない。
そんなサンジの後ろ姿を部屋に帰ってからずっとベットの上で眺めていたゾロが、なかなか終わらないそれに痺れを切らしたのだ。

「ここ。」

ポンポンとベットに寝転んだままマットレスを叩いて呼ぶゾロの姿にサンジが笑みを浮かべる。
ちょっと拗ねたような可愛らしい表情をみせているゾロにサンジはクスリと小さく笑った。
そしてノートを閉じ、スパイスを纏めて引き出しに片付け、眼鏡を外して示された場所に腰を降ろす。

「なに?寂しかった?」

クスクスと悪戯っぽく笑って問い掛けてくる蒼い瞳にゾロは手を伸ばしてその顔を引き寄せる。
チュッと軽い音がして離れた唇を追う様にサンジの唇が重なってきてゾロはうっとりと身体の力を抜く。
そんなゾロに覆いかぶさるようにして優しいサンジのキスは続く。

「んっ・・・サンジ。」

甘えるような声で強請られてサンジの手がベット脇のランプへと伸びる。
室内を仄かなオレンジの光源のみを残して室内が暗闇へと閉ざされる。

「・・・あっ・・。」

ギュッと背に回された熱い腕と甘い声にサンジのシャツに皺が刻まれていく。
それを嫌がるでもなく甘やかなその声でゾロの名を呼んだサンジにゾロが幸せそうに微笑んだ。












キイィーとかすかに軋む音がして2人の居室の扉が開く。
そこから姿を現したのは緑の頭の大剣豪。

「今日はアイツは休みだ。」

いつもなら起きてくるはずの時間になっても姿を現さない料理長の姿を求めて船にやってきたミホークの船のコックにゾロがそう告げる。
どこか気だるげな艶のある表情は昨夜の情事を色濃く残したままだ。

「明日まで誰もこの船に近寄るな。」

停泊中の船に船を動かす為の船員は必要ない。
昨夜からゾロの持ち船の船員はミホークの船の船室か街の宿屋へと移動している。
言うだけ言うとまたフラリと居室へと姿を消した大剣豪の伝言を持って、首を傾げながらコックは自船のコック長にその言葉をそのまま伝える。
その伝言にちょっと考えたコック長は壁に掛かっていたカレンダーを見つめて楽しげに笑ったのだ。
3月2日それは彼らの料理長の生まれた日。

「んっ?・・・・・・・ゾロ?」

ベットの中から眠そうなサンジの声に呼ばれて、ゾロは慌ててその横に潜り込む。
その冷えた身体を温めるように抱き締めてきた腕に素直に身を任せて近付いた唇に一つキスをした。

「誕生日おめでとう、サンジ。」

ゾロの言葉に驚いたように瞬いた蒼い目がゆっくりと優しく微笑んだ。







END++

(2006/03/02 Happy birthday Sanji)

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W・Life番外編、いつも苦労させてる嫁をたまには休ませてあげよう編です(違
えー、いつも苦労してるお嫁さん(サンジ)ですが、彼の日常はこんな感じというお話(笑
誕生日ぐらいは休んでゾロと一日ゴロゴロしててくださいということで♪
誕生日おめでとう、サンちゃん