「おやすみー」
「おやすみなさい。」
夕食後そのままキッチンに居座っていたチョッパーとロビンが二人揃って仲良く出ていく。
「ナミさん、コーヒーのお代わりは?」
「うーん、いいわ。あと、少しで終わるから」
分厚い本を片手にナミはノートにペンを走らせていく。
サンジはナミの手元にあったコーヒーカップを持ち、ついでにゾロの前にあったつまみの有無も確認し、シンクヘと足を向けた。
最近よく見かける夜の光景。
このあたりは冬島が近いのか、夜になって気温が下がって来ると、クルー達は自然に暖かなキッチンへと集まってくる。
ここで騒ぐとサンジに放り出されるので、銘銘好き勝手なことをしながら、それでも比較的静かにのんびりと、寝るまでのひと時を過ごしていくのだ。
そして、最後にこの場に残るのはサンジとゾロの二人になる。
争うでもなく、穏やかな優しい空気が一日の疲れを癒してくれるようでサンジはそのひと時が好きだった。
今夜もいつものように静かにゾロが酒を飲みながらのんびりと過ごしている。
その穏やかな気配を背後に感じながらサンジはうきうきとした気分で片付けに取り掛かった。
朝食の仕込みも終わり、今夜は長くゾロと過ごせそうだとほんのり幸せな気分に浸る。
クルーがここに来るようになってふたりっきりの時間というのが確実に減ったとサンジは思った。
「あー、やっと終わったわぁ。」
「・・・おつかれさん。」
ホッとしたように呟いたナミにゾロの柔らかな労いの声が掛けられる。
「うん。さすがに今日は疲れちゃった。」
ちょっと甘えたような声でクスクスと笑うナミの声に、サンジも労いの言葉を掛けようと何気なく振り向いた。
「おやすみなさい、ゾロ。」
「ああ・・・おやすみ。」
ゾロの大きな手のひらが優しくナミの髪を撫で、そっとその目蓋にキスを落とす。
それを嫌がるでもなく嬉しそうに受けてナミはゾロににっこりと笑った。
「おやすみ。サンジくん。」
「あ・・・・おやすみなさい・・・ナミさん・・。」
呆然としているサンジにもにっこりと笑いかけると、ナミはテーブルの上にあった本とノートを抱えてキッチンから出て行く。
そのうしろ姿を呆然と見送ってサンジはクルリとゾロに背を向けた。
残りを片付けてしまおうとシンクに向かい冷たい水に手を晒す。
ナミさんってゾロが好きだったのか?
ナミはサンジとゾロの関係を知っている。
二人が今の関係になる前から、いつかそうなるだろうと予想していたとあっさり言われ、ゾロは激怒、サンジは恐縮したという出来事があった。
ゾロにしてみればサンジの押しの一手に根負けした形で恋人になったから、分かっていたなら止めろと言いたかったらしい。
もっともナミにとめられたからと言ってサンジがゾロへのアプローチをしなかったとは言い切れない。
遅かれ早かれ迫り倒して泣きついて結局同じだったような気がするのだ。
サンジは先程見た、ナミとゾロの親密な様子に微妙に面白くないものを感じる。
ナミはいいとして(本当は良くないが)、ゾロは家族みたいなキスだって一度として自分から行動してくれたことはない。
「おい、終わったんじゃねぇのか?無駄に水使ってっとナミに怒られるぞ?」
サンジにしては珍しく、ガチャガチャと派手な音を立てながら食器を洗っているのを疑問に思ったゾロが近寄ってくる。
そして横からサンジの手元を覗いてそっと息をついた。
サンジは何度も同じ皿を洗っては濯いでいる。
「なんだよ、さっきのが気に食わないのか?」
横から手を伸ばしてそっと腕を引けばガシャンと不吉な音がしてサンジが恨めしげな表情でゾロに振り向いた。
「あんなのただの親愛のキスだろうが・・・。」
ちょっと呆れたような顔で見ているゾロにサンジは眉を顰めて見せた。
「俺はしたことがない。」
水しぶきを飛ばせながら残りの皿を手早く洗うと手を拭って煙草に火をつける。
シンクに寄りかかったままのサンジの横に立って仕方ないという表情でゾロは笑う。
「それは、俺にキスして欲しかったのか?それともナミにキスしたかったのか?どっちだ?」
ゾロの問いかけにサンジは少し考えるようにして口を開いた。
「どっちも・・。」
拗ねているといった表現がぴったりあう表情を浮かべた男の顔を眺めてゾロはますます呆れたような顔になる。
「キスして欲しきゃそういえばいいだろうが。」
溜息混じりにゾロは呟くとそっとサンジの目元にキスを落とす。
目を閉じれば先程ナミが受け取っていたものと同じ優しいキスが目蓋に贈られる。
「ナミにしたきゃ、自分で何とかしろよ。そこまでは知らねぇ。」
普段サンジからキスしようものなら烈火のごとく怒りだすゾロが、親愛のキスとはいえ自分の注文どおりにしてくれたことにちょっと驚く。
きっとゾロは呆れて、怒って、終わりだとサンジは思っていた。
「なんでキスしてくれんの?」
その疑問はそのまま言葉となった。
フウッと煙を吐き出す動作をやっぱりちょっと呆れたように眺めてゾロは口を開く。
「キス欲しかったんだろうが?」
「あー、ん、そうなんだけどさ。」
プカプカと煙を吐き出しながら眉をしかめているサンジの口元からゾロは無言で煙草を取り上げた。
そっと近付いて唇に優しいキスを落としていく。
いきなり唇に与えられたキスに目を見開いて見つめてくるサンジの口に取り上げた煙草を返す。
「なんで?俺がいっつもキスしてくれって言ったら殴るくせに。」
「あのなぁ・・・。」
サンジの言い分にゾロは困ったように眉を寄せる。
「俺がキスしても怒るくせに・・。」
視線を外してサンジが呟くと、何故かゾロの頬が薄っすらと赤みを増したようだった。
その困ったような表情に誘われ、サンジは手を伸ばすとその腰に腕を回すようにして引き寄せる。
腕の中でゾロの体が強張ったのが分かってサンジはゆるく拘束するだけに留めた。
「なあ・・?自分からさっきみたいなキスは平気でも、俺からのキスはイヤなんだ?」
咥えていた煙草をシンクの水に落として至近距離からゾロを見つめる。
先程ゾロがくれたようなキスを目元に落とすと、やはり腕の中の身体が強張って必要以上に力が入るのが分かった。
「身体・・・ガチガチに強張ってるね。」
目線を合わせてちょっと拗ねたように呟くと、ほんの微かにゾロの身体の強張りが溶けていく。
「俺達、もう数え切れないぐらいキスしてんだぜ?。」
抱き締めたままサンジの言葉にうろたえた様に視線を泳がせたゾロにクスリと笑ってやる。
「まーだ、慣れねぇの?」
腕を解いて、少し距離をとり、シンクに凭れて煙草に火をつけたサンジはうっすらと赤くなったゾロの顔を眺めながら続ける。
「なのに・・・。なんでさっきはキスしてくれたわけ?」
やっぱり拗ねてますといった態度を取り続けるサンジからゾロは意識して視線を外すと口を開いた。
「・・・・だよ。」
それは、思ったより小さな声になってしまったのかサンジの耳には届かなかったらしく大人しくゾロの言葉を待っている。
「だから・・・・。」
ゾロはキッとサンジを睨みつけると今度は力を込めてはっきりと言い放つ。
「てめぇのキスはいやらしいんだよ!!」
「・・・はあ?!」
ポトリと咥えていた煙草が落ちたことにも気付かず間抜け面を晒すサンジを睨みつけてゾロは続ける。
「抱きついてくるし、腰に腕とか回してくるし、髪とか顔とか・・・あっちこっち触ってくるじゃねぇか!」
「あ、そりゃ、オプションっていうか・・。」
「それに、てめぇからのキスは全部セックスの始まりじゃねぇか!!」
真っ赤になってグルグル唸って睨み付けてくるゾロをサンジは見つめ返す。
ゾロに指摘されて己の行動を顧みれば、確かにキスはセックスを想像させる濃厚なものが多かったような気がする。
そこまでいかなくてもそれなりにゾロを触りまくって楽しんでいた気がするだけにサンジの反論もしどろもどろになっていく。
「いや、でも、全部がそうってわけじゃないし・・。」
「それに、てめぇがキスしろって言う時は俺がぶっ飛んでるときがほとんじゃねぇか・・。」
「だって、そんなときしかキスしてくれないし。」
「そうさせてんのは全部てめぇのせいだ、エロコック!」
言いたいことをいって少し落ち着いたのかゾロはサンジを眺めると皮肉気に口元をゆがめた。
その目がいい事を思いついたとばかりに輝く。
サンジは悪戯っぽい笑みを浮かべたゾロに身構えた。
「そうだな・・・ナミにしたみたいなキスでよければいくらでもしてやるよ。だけどな、お前からのお返しは一切いらねぇ。」
まだゾロは赤い顔のままだったが、きっぱりと言い切られてへにゃりとサンジの眉が下がる。
「なんでー?親愛のキスならいいんじゃねぇの。俺だってお返ししたいし。」
「ぜってぇ、イ・ヤ・だ。」
間髪いれず、速攻で却下されてますます情けない顔をしてサンジはゾロを見つめる。
「絶対に何もしないって・・。それでも駄目なわけ?」
そのサンジの言葉をゾロは鼻で笑った。
「てめぇが本当に何もしねぇなんて絶対にありえねぇ。」
「もし出来たら?」
「そうだな・・・なんでも一つだけ言うこと聞いてやるよ。」
そのゾロの言葉にサンジはにんまりと笑みを浮かべた。
やにさがった表情に苦笑してゾロは続ける。
「そのかわり、何かしたら当分お前から俺に触るのは禁止な?」
「・・・・え・・・・。」
「なんだよ。自信ないのかよ?」
「いや・・・、そんなことはないけど・・。」
多少自信なさげに答えたサンジにゾロはにっこりと笑いかけた。
「男に二言は無いな?」
「・・あ、ああ。」
「それじゃ、約束は守れよ。サンジ。」
ゾロはそっとサンジの腕に手を乗せるとゆっくりと顔を近づけた。
「それじゃ、おやすみサンジ。」
小首を傾げ、ほんのりと頬を染めたままチュっと音をたててゾロからサンジの唇におやすみのキスが贈られる。
「・・・・ゾロ。」
それに同じようにキスを返したつもりでサンジはおや?と動きを止めた。
右腕はいつものようにしっかりとゾロの腰を抱いて、左手はゾロの右頬を優しく包んで、右脚はゾロの脚の間を割るかのように差し入れている。
・・・・・・・・しかも。
軽いキスのお返しどころか、サンジはしっかりと唇を割って舌を絡ませ、ゾロの息まで吸い上げてる状態で・・・。
ピクピクと閉じられたゾロの睫が震えているのは、快感からなのか、怒りからなのか。
ぴちゃりと濡れた音をたてて離れた口元を見てサンジは可愛らしく首を傾げた。
「・・・・・あれ??」
グイっと濡れた口元を手の甲で拭い、赤く染まった顔のままゾロは無言で拳を振り上げた。
「この・・エロコック!!」
ドカンと派手な音がして床に懐いたサンジを確認して、ゾロはキスで上がった息もそのままにキッチンから出て行く。
「ほらみろ、出来ねぇだろうがバカコック。約束は守ってもらうからな。」
扉を閉めながら掛けられた小さなゾロの呟きに、サンジは泣き笑いの顔のまましばらく固い床とお友達になっていたのだった。
その日から・・・・。
GM号ではキスが大流行。
しかもキスを受けるターゲットは何故かコックただ一人で。
「飯美味かったぞ。(チュ)」
「おはようコックさん(チュ)」
「手伝ってくれてありがとうサンジ(モフッ)」
「毎日みかんの番ご苦労さま(チュ)」
場所は頬だったり額だったり、いろいろなのだがちょっとしたお礼に軽いキスがついてくる。
それを唯一見てみぬフリを決め込んだ長っ鼻の狙撃手は、我関せずと用がなければキッチンには近付いてこない。
そしてその横で今回の原因を作った剣士はのんきに眠りこけていた。
「あんのマリモ・・俺が近付けないって知って。」
近くにいけば触りたくなるのが分かっていて傍には寄れない。
俺達、恋人同士じゃないのかーとサンジがさめざめ泣いているとその横でナミが呆れたように笑った。
「ばかねぇサンジくん。ゾロのあれはキスじゃなくて動物の毛繕いと一緒なのに。」
翌朝、珍しく朝食の席に姿を現したゾロは食事が終わるころに一つ爆弾を落としていった。
曰く・・・。
『コックは愛情に飢えてるらしい。こいつが満足するまで優しいキスで労わってやってくれ。』
呆然としているサンジに近寄ると見本とばかりに、
『いつも美味しいご飯をありがとう、サンジ。』
そうゾロは笑顔で言ってその頬にチュっと小さくキスをした。
予想外のその行動に見事に固まってしまったサンジを置いてさっさと姿を消したゾロ、それを追ってその場から逃げたのはウソップで、納得したように頷くと同じようにお礼を言ってモフっとキスしてきたのはチョッパー、ゾロの行動の理由がなんとなく分かってしまって、それでも面白がってキスをしたのがナミ、ロビンは皆がするならという感じで特にこだわりなくキス、そしてキスではなく頬を齧りかけ、船首まで蹴り飛ばされたのがルフィだった。
「で、まだダメなの?」
ゾロに近寄れずキッチンから見てるだけの背に声を掛ける。
振り返ったその情けない表情にナミは肩を竦めた。
「まあ・・・・頑張ってちょうだい。」
ゾロは毎晩キッチンを訪れる。
サンジに親愛の、おやすみのキスをする為に。
『おやすみ、サンジ。(チュ)』
そして・・・・
『ドカン!!』
「ゾ〜ロ〜。」
サンジは今夜も固くて冷たい友に涙とともに懐いていた。
END+++
****************************************************************************************************
一応、ラブラブですよね?(笑
なんとなくサンジは不憫ですが、毎日おやすみのチュウをゾロから貰ってるし(^^;
まあ、幸せなんじゃないかと(たぶん
でも、サンジはそれには気付いてないと思います(笑
素直じゃない素直な貴方