◆◆ いい性格 ◆◆






『どーすっかなあ・・・サンジ?』

朝食にいつもの様に姿を現さないゾロを迎えに行ったサンジは、珍しくもすでに起きていたゾロにボンヤリとした口調で問いかけられたのだった。









「ゾ、ゾゾゾ‥‥ゾロォ?!!」

目を丸く見開いたサンジの口元から火のついていていない煙草がポロリと転がり落ちる。

「おう‥‥。」

風に飛ばされて甲板を転がっていくそれを眺めながらゾロは微かに頷いてみせた。

「‥‥‥‥。」
「‥‥‥‥‥。」

そして舞い降りる沈黙。
互いに微妙に相手から視線を外したままその空間を共有する。

やがて、沈黙を破ってゾロは深い溜め息をひとつ零した。
いつまでも甲板に座り込んでいるわけにはいかないと考えたのだ。
そして立ち尽くしているサンジへとそのまま手招きする。

「な‥何?」

思考はついて行ってはいないのかぼんやりとしたままサンジが小さく呟く。
その無意識に傾げられた首に苦笑しつつゾロは再度サンジを手招く。
それに恐る恐るといったふうに近寄ってきたサンジは大人しくゾロの言葉を待つ姿勢で少し離れたまま立ち止まった。

「上着‥‥。」

甲板に座ったままゾロはゆっくりとサンジに手を差し出した。
その手を無意識にか柔らかく握り返してサンジはそのままジッとゾロを見つめる。

「おい、‥‥手じゃねぇ。上着を貸せって言ってんだ。」

パシリと小気味よい音をたてて払われた手とゾロの顔を見比べて、サンジは言われた通りにスーツの上着を脱いでゾロに手渡した。
ゾロはその上着を無言で受け取ると一つ溜息をつき、足元にあった毛布を蹴ると行儀も悪く立ち上がった。
そして受け取った上着をシャツの上から羽織、ついでに腹巻きを脱ぎ去り、再度手を伸ばす。

「‥ベルト‥‥。」

ここに至ってゾロの行動の意味が解けたサンジは素直にベルトを外して渡してやる。
細い皮を編み上げてあるベルトは頑丈で使いやすく男女兼用の優れものだ。
最近好んでこのベルトをしている事にゾロが気付いていたことにサンジはこんなときだが少しだけ嬉しかった。

「ん・・・まあ、こんなもんか?」

ベルトでボトムがずり落ちないように縛り、3本の刀を取りあげる。
そしてゾロは少し考えるようにした後、和道一文字を帯刀すると残り2本の刀と毛布、腹巻を腕に抱えた。

「飯、いくぞ?」
「あ・・・ああ・・・。」

いまだに状況について行けずぼんやりとしているサンジに小さく溜息をついてゾロはその横を通りながら声を掛ける。
そのゾロの腕から無意識のように荷物を取り上げたサンジが先に立ってキッチンへと歩き出す。
サンジの先導を受けて歩きながらゾロは微かに苦笑したのだった。









サンジがキッチンの扉を開け、その後に続いてゾロもキッチンへと姿を現す。
いつもと変わらぬ光景は姿をゾロによって非日常な光景へと景色を変えた。
ゾロを見たクルーの様子は多種多様。

驚きのあまり固まった者。
歓声を上げた者。
興味深げに微笑んだ者。
真剣な眼差しを向けた者。
そして目を輝かせた者。

「ど、どーしたんだーーーゾローォ!!」
「おおー、すげぇぞーゾロ!!」
「あら?」
「ちょっと・・・何?どうなってるのよ。」
「うわあ、・・綺麗だあ。」

朝食もそっちのけで詰め寄り声を上げたクルーを無視してゾロは定位置に座るとグラスをサンジに差し出した。

「どうなってんのかはわかんねぇ。とりあえず飯食ってからでもいいだろうが・・・・・・おい、クソコック飯。」
「あ・・・ああ。」

マイペースに告げられた言葉に食事が途中だったことを思い出したのか、おのおの慌てて席に戻るとフォークを動かし始める。
だが、チラチラとゾロを見てしまうのは仕方のないことのようでおざなりに皿の中身が口に運ばれていく。

「ほらよ・・。」

ゾロの荷物を置きにいったん男部屋に消えていたサンジが戻ってきて調理したてのオムレツとスープを置いていく。
そのオムレツをいつものようにパンに挟もうとしたところで横から伸びてきたサンジにパンとオムレツの入った皿を取り上げられた。

「おい?」

眉を潜めて抗議の声を上げようとしたゾロの手元に絞りたてのオレンジジュースが入ったグラスが置かれた。
ゾロは首を傾げながらもとりあえず受け取って口をつける。
見れば取り上げられたパンはサンジの手によって綺麗にスライスされ、オムレツとトマトが挟まれサンドイッチになって返ってくる。

「ほら・・。」
「??・・ありがとう・・・」

お礼を言って。受け取ったサンドイッチを齧り、ジュースを飲み干すとタイミングよくグラスにお代わりが注がれていく。
あれが欲しいと手を伸ばす前にサラダは取り分けられドレッシングを掛けられ手元に用意される。
指を伝ったケチャップを舐めとろうとしたら、それを横から伸びてきたサンジに手を取られナプキンで綺麗に拭われる。

「・・・お代わりは?」
「いや、もういい・・・ご馳走様でした。」

溜息混じりに呟いたゾロににっこりとサンジが笑みを向ける。
いつもならば騒音の中の風景も本日は勝手が違うのか、いつもよりも数倍も静かな食事風景はこうして終わりを告げたのだった。










この場を片付けるからというサンジの言葉にキッチンを追い出された面々は興味津々といった風に姿を変えたゾロの周りに集まっていた。

「なーなー。ゾロ。ゾロも変身できたのか?」

目をキラキラとさせ、楽しそうに足元に纏わりついてきたチョッパーにゾロは苦笑を浮かべる。

「いいや。変身なんか出来ないぜ。」

いつもより格段に高いが甘くハスキーな声がそっけなく答える。

「しかし、アンタって・・美人だったのね・・・。」

しみじみといったナミの呟きに無言で数人の首が縦に振られた。
キッチンにサンジと共に現れたゾロは何処から見ても立派な女性の姿をしていた。
驚愕の瞬間が去ってしまえばもとより深く悩まないクルーの事、いまではその変化を楽しむ余裕さえ出来始めていた。

「うん、すっげぇ美人だぞ、ゾロ。」

ししし・・と笑いながらチョッパーと同じく目をキラキラとさせてゾロの周りを一周したルフィは楽しそうに頷いている。
それに複雑そうな視線を向けてゾロは軽く肩を竦めて見せた。


身長はあまり変わっていないようだが、男性から女性へと変化したゾロの体は柔らかな曲線を持っている。
上着に隠れているとはいえ、形よく張り出した胸も、細くくびれた腰も、女性特有の曲線を描き男性にはありえない。
表情が幾分柔らかくなったように感じるだけで細く整った眉も、切れ長の目を縁取る長い睫も、薄く形のよい唇も男であったときとさほど変わらないように思えた。
女性にしては低いが甘く響くハスキーな声は聞いていても心地よい。

「もともとゾロの容姿は整ってたからなぁ。」

不機嫌そうな顔と仏頂面のせいで見落としがちだが、もともとのパーツは整っていたと言ってウソップは笑う。
しかし、多少剣呑さが取れたとはいえ、もともとの造作からの変化は見られないように思うのに、いつも見ているその顔にふとした拍子に色香を感じるのは女に変化したからなのだろうか。

「ええ、剣士さんの顔が綺麗なのは知っていたつもりだけど、こんなに美人になるなんてね・・・ふふふ。」
「本当、あたしもロビンに同感。し・か・も・!!なによそのスタイル・・・ちょっと女として自信なくしちゃうじゃない。」

女二人の舐めるような視線にゾロは背筋を冷たいものが流れていくのを感じた。

「本当、脱がしてみたいわね。」

にっこりとロビンに微笑みかけられてゾロの額に青筋が浮かぶ。

「てめぇら・・他人事だと思って・・。」

地を這うような唸るようなゾロの言葉にナミとロビンは顔を見合わせ楽しげに笑みを浮かべる。
それをオロオロと眺めながら仲裁に入るべく慌ててウソップが口を開いた。

「け、喧嘩はよそうぜ・・。しかし・・サ、サンジの奴遅いな。さっきの飯のときもおかしかったし・・・。」

その言葉にいっせいに向けられた美女三人の視線に怯えたように後ずさりながらウソップは助けを求めるようにキッチンのドアを見上げる。
その言葉にゾロは眉を顰め、ナミとロビンは含み笑いを浮かべた。

「あれが一番・・・混乱してんだろうぜ。」

その視線を辿ってボソリとゾロが呟く。

「あ、そうだわ。」

ポンと思い出したように手を打って、ナミはゾロの腕を取って歩き出す。

「とりあえずゾロは着替えね。ロビン服選ぶの手伝って。」
「あら、楽しそうね。どんなのがいいかしら?。」
「いや、別にこのままでいいんだが・・・。」

いつもの白いシャツにサンジの上着を羽織、ボトムをベルトで縛り上げたままのその格好をじっと見つめてナミはとんでもないとばかりに首を横に振った。

「あたしが嫌なの!」
「そうね・・・同じ女性として言わせて貰えば私もその格好はあんまりだと思うわ・・。剣士さん。」
「おおい、ゾロはもともと男だぞ?」

ウソップはロビンの言葉に咄嗟に突っ込んで見たもののその言葉はあっさりと無視される。

「チョッパー検査するんでしょ?ついでだから一緒に来なさいよ。」
「・・うん。」

ウキウキといった風に歩き出したナミに大人しく引き摺られるままゾロはしぶしぶ歩き出す。
その後をトテトテと早足で追いかけてチョッパーが付いていく。

「ウソップ!サンジくんに着替えたらいくって伝えておいてね。」

ヒラヒラと楽しそうに手を振りながら女部屋へと消えていく美女三人を見送ってウソップはルフィを伴って伝言を伝えるためにキッチンへと足を向けたのだった。










ゾロがナミたちと女部屋へ消えてからキッチンで待つこと30分。
残った男たちは神妙に顔を付き合わせたまま3人が現れるのをジッと待っていた。

「おまたせ〜。」

カツカツと小気味よいヒールの音を響かせてナミがキッチンへと現れる。
その顔を見ればかつてないほどの上機嫌であるのは一目瞭然だった。

「ふふふ〜。」
「ナミ、着替え終わったのか?さっきと同じに見えるぞ?」
「あたしじゃないわよルフィ。ゾロよゾロ。」

ルフィの問いかけにちらりと視線を投げかけてナミはにんまりと笑みを浮かべた。

「はい、みんな注目ー。ゾロ、諦めてこっち来なさいってば。」
「大丈夫。よく似合ってるわよ。剣士さん。」

クスクスと楽しそうに笑うロビンの腕に、引き摺られるように扉の影から出てきたゾロの姿に一名を除き歓声が上がる。

「うわぁあ!!」
「カッコいいぞぉ」
「本当に格好いいぞー、ゾロ。」
「・・・・・・・。」

ノースリーブの短いデニムの黒のベストに同色のショートパンツ。
ベストの前は編み上げの紐によって閉じられているが豊かな胸元は惜しげもなく晒されて、デニムのパンツからは見事な脚線美が披露されていた。
そして黒のウエスタングブーツを履き、先程のベルトに和道一文字だけを帯刀して不機嫌な表情でゾロは立っていた。

「あー、一つ聞いていいですか?。」

健康な男子としては目のやり場に困るようなゾロの格好にヘラリと表情を崩してサンジはゆっくりと手を上げた。

「なに?サンジくん?」

カツカツとヒールの音を響かせてナミの前を横切ったゾロがいつもの自分の席にドカリと腰を下ろす。
そんなゾロをチラリと眺めてサンジはナミへと顔を向けた。

「あー・・・なんでアイツあんな格好なんですか?」
「あら?。気に入らない?」

サンジの言葉にナミはにっこりと笑みを浮かべた。

「いや、気に入らないとかそんなことはないんですが・・・。」

サンジは困ったようにチラリチラリとゾロの様子をうかがう。
まさか目のやり場に困るんです・・とはさすがに他のクルーの手前、言葉には出来なかった。

「あー・・ええっと・・・ちょっと露出が高すぎないかなーとか。」

再度ヘラリと笑ったサンジにナミは小首を傾げて見せた。

「そう?・・でも、あの服ってベストはロビンのだし、パンツはあたしのよ?あの組み合わせで着たことはないけど、別々なら着たことあるわよ?。その時はサンジくん何も言わなかったじゃないw」
「あー、そうでしたっけ?」

引き攣った笑みを浮かべたサンジにウソップは心の中で骨は拾ってやると呟いた。

「新しい服を出してあげるっていったんだけど嫌だって剣士さんが言うから。一度袖を通したもので悪いんだけど・・・。」
「当たり前だ。新しい服なんて貰ってもいらねぇ。」

ゾロの不機嫌そうな声にナミは楽しそうに笑った。

「あれとかきっと似合うのに。」
「いや、遠慮しとく。」
「残念ね・・・・私も似合うと思うのだけれど。」
「いや・・・いい。」

どんな服を出されたのかきっぱりと断りを入れるゾロに二人は顔を見合わせて笑う。
そのやり取りを困ったような表情で見つめていたサンジにナミは悪戯めいた視線を向けた。

「あのね、サンジくん。ゾロってとってもスタイルいいのよね。」
「はあ・・・?」
「そうするとね。下はともかくとして上はね、サイズがあわないと下着、着けられないでしょう?無理に押さえると苦しいだけだし、かといってしないと逆に目のやり場に困っちゃうと思うんだけど?」
「・・・・・。」
「サラシで押さえると形も崩れちゃうし、もし戦闘になってそれが原因で、呼吸がしにくくて攻撃力低下ってなったら目も当てられないわよ?。もっと体のライン隠すような服装も出来なくはないんだけど、動きに制限でちゃうし、下着つけないと逆に困ったことにならないかなーとあたしは思うんだけど?」
「それにね、コックさん。あれは一応一番動きやすい服装にして欲しいって本人からの希望にそったものなのよ。」

ナミの言葉に苦笑交じりにロビンが続ける。
その本人はここに現れた時に不機嫌だったのが嘘の様にいまは面白そうに女二人とサンジのやり取りを見物している。

「本人が良いって言ってるんだし、サンジくんはあーいうゾロは嫌い?」
「いえ、そんなことは!!」

咄嗟に答えてサンジはしまったという表情で黙り込む。
さりげなく核心を付かれたような気がするが蒸し返すのも怖くて黙っているとナミはサンジに優しく微笑みかけた。

「なら、いいじゃない。スタイルもいいし、どれだけ見ててもアイツ怒らないわよ?目の保養だとおもっちゃえば?。」
「・・・はは・・・・・そうですね・・。」

力なく笑って煙草を咥えたサンジにこれでこの件は終わりとばかりにナミもいつもの定位置に座る。

「さて、落ち着いたところでチョッパー何か分かった?」
「まてまて、ゾロの方に心当たりはなかったのかよ。」
「ああ、目ぇ覚めたらこうなってたからな。」

ウソップの言葉にあっさりとしたゾロの返事が返る。

「ゾロは昨日不寝番だった。それだけが他の皆と違う所。でも、何も変わったことがなかった。ゾロが分かるのはここまでよ。」
「昨夜は波も穏やかだったし、風も静かだったわ。」
「ああ・・月も綺麗にでてたしな。」

夜は月見酒と洒落込んで気分よく見張りをこなしたのだ。
朝方、サンジが起きてきてキッチンへ朝食の準備に消えていくのを確認して、軽く仮眠を取るつもりでみかん畑の影で目を閉じて、次に目覚めたときには今の姿だった。
夢かと思って一通り確認して困って座り込んでいたところにサンジが朝食だと呼びに来た・・と、いうのがゾロの説明だった。
その説明を聞いてロビンがハナハナの能力でその軌跡を辿ってみたが特に変わったものは見つけられなかったと続ける。

「身体の方、一応検査したけど、特に何もなかったよ。」

チョッパーは医者の顔になって手にしていたカルテを見ながら続ける。

「毒も、細菌も今のところ何も見つかってないし、血液も体も健康そのものだ。悪魔の実だったらゾロの記憶ないってのは変だし。」

チョッパーは困ったように笑うとゾロにトコトコと近寄った。

「検査で分かったことは、見た目は女性なんだけどゾロの染色体はXYで男のままって事と・・・・みんな見て。」

チョッパーは蹄で無遠慮に豊かな胸元を指し示す。

「ちょ・・オイ・・。」

あわあわと焦った声を出したウソップにチョッパーが困ったように笑った。

「よく見てよ。ウソップ。・・・みんなも。」

指し示されたゾロは平然とその視線を受け流す。
チョッパーに示されるまま遠慮もなく豊かな胸を見つめていたルフィの顔つきが変わった。

「・・・傷がねぇ・・。」
「あ・・・本当だわ・・・気付かなかったわ。」

鷹の目との戦闘で負ったゾロの右胸から左腰に向けてあるはずの大きな傷が綺麗に消えていた。

「足の傷もねぇぜ。」

ゾロはそういうと片足だけブーツを脱いで見せる。

「全部しらべたわけじゃぁねぇが、たぶん痕の残ってる傷は全部綺麗になっちまってるんじゃねぇか?。」
「うん、そうだと思う。今のゾロの体には傷なんて一つもなかったよ。」

チョッパーはそう言ってカルテを大事そうに鞄にしまった。

「だからゾロの身体に異常は無いんだけどある意味異常で、それでなんで傷が無いのかってのもさっぱりわからないんだ。」
「・・・つまり、原因は不明ってことなのね?」
「うん。なんでこうなっちゃったのかよく分からない。」
「それって、どれぐらいで元に戻るとか、そういうのも分からないってことなのね?」
「うん、一応は調べてみるけど・・・・。」

チラリとゾロを見て申し訳なさそうに呟いたチョッパーの言葉にキッチンに沈黙が訪れる。

「まあ、いいじゃねぇか。」

その沈黙を破ったのはやはりルフィだった。
ししし・・といつものように楽しそうに笑う。

「ゾロはゾロだよなー。」
「おう。」

ルフィの問いかけにゾロもにやりと笑みを返す。

「なら問題ねぇ。そのうち戻るさ。」
「あんたねぇ・・。」

苦笑したナミにニッカリと笑ってルフィは続けた。

「それじゃ、不思議ゾロを祝って宴会だー!サンジ、肉ー!!」













三日もすれば何事も見慣れてくるようでいたって快適な航海が続く。
他の海賊と出会うこともなく、海軍と遭遇することもなく順調に進んでいく。
天気は快晴、洗濯日和だと今日は朝から楽しそうに男連中はタライを並べて洗濯に励んでいた。
もっとも飽きたルフィはいつもの船首に座っているし、溜め込むことなくマメに洗濯しているサンジはいつものようにお昼の準備に余念がない。

「ナミさ〜〜ん、ロビンちゃ〜ん、お食事の準備が出来ましたよ〜。」

優雅にパラソルの下で雑誌を広げていた二人はサンジの声に顔上げた。

「ヤローども、飯だ!!」
「おおー飯だー、腹減ったぞー」

サンジの呼びかけに即座に反応してゴムの腕を伸ばしてルフィが飛んでくる。
女性化してから妙に2人でいることの多いウソップとゾロも連れ立ってキッチンへとやって来た。
それを面白くないと感じてしまう自分の感情にサンジは苦笑する。
もともとウソップとゾロの仲は良かったのだ。
ルフィとはまた違った意味でゾロが信頼しているのはウソップだろう。
だからか女性化してからゾロはルフィよりウソップのそばにいる。

「本日はスモークサーモンの冷製パスタと温野菜のサラダ、鴨のオレンジソースです。」
「わあ、綺麗。」
「美味しそう。」

ナミやロビンのグラスにワインを注いでやりながら給仕する。
もちろん男連中にも同じものが出されているのだが見た目が雲泥の差なのだ。
そして、ゾロが女性になってもっとも困惑しているのは誰あろうサンジだった。
ゾロの見た目にあわせた態度を取ると気味悪がられ、いつもどおりの態度を装うとサンジ自身がダメージを受ける。

「へえ、美味そうだな。」

女性陣に饗されているのとまったく同じものを見ながらゾロが呟く。
食事のときは女性扱いしても待遇が良くなることがあっても悪くなることがないと早々に気付いたゾロもこれに関しては文句は言ってこない。

「コック、こっちにもくれ。」

スッと差し出されたゾロのグラスに無意識にワインを注ぎ、またやってしまったとサンジはがっくりと肩を落とした。
水のように飲んでしまうゾロに出すにはこのワインは高級すぎるのだ。
もともとはナミやロビンだけの為のワインもこの姿になってからゾロも口にしている。
ナミやロビンのようにグラスに少しだけ口をつけてにっこりとサンジに笑いかける。

「ん、美味しい。」
「いいえー、どういたしまして〜。」

その笑顔についハートを飛ばしてサンジはまたがっくりと肩を落とす。
頭の中でこれはゾロだ、ゾロなんだと何度も念じても、

「コック、おかわり。」
「はーい。」

笑顔で差し出されたグラスに新しくワインを注いでしまう。
楽しそうなゾロと恨めしげなサンジを見比べてナミとロビンは声を上げて笑った。










「もう少しで次の島に着くわよ。」

海図を開いてナミがそう告げてから2日後。
GM号はのんびりとした気候の小さな港に船をいれた。

「この島はいくつか港があるみたい、今あたしたちがいるのがここね。」

下見ついでに仕入れてきた島の地図を開いてナミが指差したのは島の南西にあたる港だった。

「・・で、この港とこっちの港は大きくて海軍が駐留してるらしいの。」

真南に位置する港と南南東に位置する港。
そのほかに東に一つ、北北西に一つ、港が存在する。
中央に描かれたおおきな山脈の連なりに区切られた形で港が点在しているといった状態だ。

「へえ・・・この山はでっかいのか。」

それに気付いたゾロがナミの手元を覗きこみながら話しかける。

「ええ、大きいだけじゃなくて、岩肌が険しくてかなりの難所らしいの。だから、陸路で山を越えるより船で島を回った方が早いらしいわ。」
「ふーん・・。」
「ゾロ、間違っても山にだけは行かないでよ?迎えになんて行かないからね。」
「うるせぇ。」

ちょっと眉を顰めてゾロは顔を引っ込める。
それにクスリと笑ってナミは続けた。

「とりあえず、あたし達が今いる港には海軍は滅多に来ないらしいわ。」
「ナミ?滅多に来ないって何でそんなこと言えるんだ?」
「それはね・・・。」

チョッパーの疑問にナミはニンマリと笑う。

「ここが海賊のご用達の港だからなの。」

GM号以外にも3隻ほど入港している。
どれにもドクロの旗印はないが海賊船なのだろう。
GM号は本船での入港だが、本船は沖にいると考えた方が自然だろう。

「海軍はよほどの騒ぎを起こさない限りはこの港には近寄らないのわ。どちらの港の海軍にもしっかりと鼻薬を利かせてあるのよ。」

にっこりと笑ってロビンは続ける。

「もちろん、この港から別の港に移動してしまうとお目溢しもなくなるわ。でも、ここに居る間は海賊旗を揚げていようといまいと海軍は見て見ぬフリをしてくれる。」
「それは、便利なんだか不便なんだか。」

苦笑交じりに呟いたサンジにそうねとナミが頷く。

「一応、ここでも必要なものは一通り買い付けできるらしいの。小さな港のわりには品揃えはいいんだって自慢げに教えてくれたわ。」

ナミはロビンを顔を見合わせて笑った。

「で、あたし達はこれからこっちの港に行って買い物をしてくるから、後はよろしくね、サンジくん。」
「は?二人だけで?それは危ないよ。」

サンジはオーバーな手振りで二人を見つめる。

「こんな美しいレディが歩いてたら変な奴らが寄ってくるよ。護衛に・・。」
「護衛なら心配ないわよ。」

サンジの言葉を遮ってナミはにっこりとゾロに微笑む。

「よろしくね、ゾロ。」
「ああ。」

分かっているとばかりにニヤリと笑ったゾロにサンジとウソップは首を傾げる。
今まででそうナミに言われたゾロが快諾した姿など一度として見たことがない。
和道一文字を帯刀して二人の後に続いて下船していったゾロに二人はいつまでも首を傾げるはめになったのだった。









イライラと煙を吐き出しては甲板を歩き回るサンジにウソップは手を止めて溜息をつく。
ほんの少し前に買いだしから帰ってきてそれからずっとサンジは船縁とキッチンを行ったり来たりと歩き回っている。
もちろん用事があって動いているのならウソップも気にすることはないのだが、手ぶらで往復しては船縁から外を眺めてまた踵を返す。
そんな無駄な動きを延々とサンジはくりかえしているのだ。

「サンジ・・・、そんなに気になるんなら迎えに行って来れば?」

呆れたようなウソップの言葉にサンジが足を止めて振り返る。

「ゾロが気になるんだろう?」

きつい視線をものともせずウソップはそういって手元に散らばっていた新しい星の材料を片付け始める。

「マリモの事なんて心配してねぇよ。俺が心配してんのはナミさんやロビンちゃんだ!!。」

ムキになっているとしか思えない声にウソップはヤレヤレと肩を竦める。
その二人と行動を共にしているゾロも心配していると素直に言えばいいのにと内心は思っても声には出さない。

「・・・海軍に見つかってナミさん達に迷惑かけてねぇだろうな・・。」
「ああ、大丈夫だろう。あのゾロをみて、海賊狩りのゾロだって分かるやつはいねぇよ。」

ウソップはいささかウンザリとした顔でそう呟く。
もともとナミにしてもロビンにしてもパッと見、海賊には見えないのだ。
どちらも人目を引くという意味では目立つのだがそういった意味で目立ったことはない。
そこに今のゾロが加わっても、タイプの違う美女三人といったふうに人目を集めることはあっても、海賊やましてや賞金首としての人目は集めないだろうと思う。
ウソップの言葉を聞いているのかいないのかウロウロとまた徘徊し始めたサンジに肩を竦め諦めたように手を動かす。

「あっ!!ナミさ〜ん、ロビンちゃ〜ん。」

何度目かの往復で船縁で足を止めたサンジがブンブンと腕を振り回す。
その後ろ姿にやっとこれで落ち着いて作業が出来るとウソップはやれやれとばかりに深い息をついたのだった。






無事に船まで帰りついた三人は妙に楽しそうだった。
特にナミは上機嫌で笑顔の大盤振る舞いだ。

「あー、楽しかった。」

それぞれの手には出掛けた時にはなかったあきらかにブランド物と分かるバックが握られている。
ゾロの手にあるバックはそのままナミの目の前に置かれた。

「うふふっ・・・。」

ニコニコと笑いながらキッチンのテーブルに懐いたナミの目の前に紅茶の注がれたカップが置かれる。

「そんなに楽しかったんですか?」

ナミに問い掛けながらロビンに、そしてゾロの目の前にも同じようにサンジの手によって紅茶が振舞われていく。
サンジの問い掛けにナミはにんまりと、まさしくそうとしか表現できないような笑みを口に乗せた。

「だってぇ、奢りで豪遊ってひっさしぶり、だったんだもの。」

うふふと笑いながらナミが先ほどゾロが置いたバックの口を開ける。

「ほら、見て。凄いでしょ。」

サンジではないがハートが飛び散っているようなナミの様子にそのバックの中へと目を向けて驚きに目を丸くする。

「これ・・・。」

呆然といったふうに呟いたサンジに興奮気味にナミが教えてくれる。

「あのね。さっきの街でちょっと悪そうな感じのオジサマにナンパされたのよ。」
「え?!」

ナミの言葉にパッと顔を上げ、ナミ、ロビン、ゾロとそれぞれの顔を見つめたサンジにロビンがクスリと小さく笑みを零す。

「ふふ、悪そうって言っても海賊ではないから安心して。」
「たしかにアレは人相は悪かったよな。」

ケラケラと楽しげに笑ったゾロにナミもロビンも頷いて笑っている。
そんな楽しげな様子に複雑な気分を感じながらサンジは続きを促すようにナミへと顔を向けた。

「・・で、ね。アタシ達3人でお茶してたカフェにズラッとお付きを従えたそのオジサマが突然入って来てね、こうよ。」

ビシッと表情を引き締めて恭しい仕草でゾロに向かって手を伸ばした。

「美しいお嬢さん、アンタに惚れた。俺と結婚してくれ。」

真剣な眼差しで声色を真似ているのか声のトーンを落として言ったナミにサンジは絶句する。
そんな2人の様子をニヤニヤと楽しげにゾロは見ているだけで否定もしなければ肯定もしない。

「・・そ・・それで?」

サンジの促しにナミはウフフと楽しげに笑った。

「ヤダ、そんな申し込み受ける訳ないじゃない。アタシがゾロの立場だったとしてもお断りしてるわよ。」
「剣士さんはとってもあっさり断っていたわよ?安心した?コックさん?」

クスクスとロビンにまで笑われてサンジはなんと返すべきか分からず曖昧な笑みを浮かべる。

「それでね。あっさりと断った事がまたそのオジサマに気に入られちゃってね。3人でショッピングするって言ったら奢らせてくれって。」
「まさか、そのおっさんとずっと?」
「それこそまさかよ。これくれたの。」

そういいながらナミが取り出したのは小さなカード。
ただの紙のカードに汚い字で名前らしきものが書いてある。

「買い物をするときにコレを見せればいいってその場でくれたのよ。」

ナミの手から受け取った紙を何度かひっくり返してその手に返す。

「半信半疑でカフェの支払いで使って、その後服を買うときに使ったら、本当にタダなんだもの。」
「その足で宝石店に向かったのはナミらしいけどな。」

クククと笑ったゾロにナミは可愛らしくニッコリと微笑んだ。

「当たり前じゃない。使えるなら有効活用よ。」
「違いねえ・・。」

ナミの説明にサンジは苦笑を浮かべつつバックの中に詰められていた宝飾類に納得する。
さすがに見境なくという使い方はしていないだろうが、それなりに高価なものを選んで購入してきたのだろう。

「それと、サンジくん。」
「・・はい?なんですか、ナミさん。」

唐突に話しかけられてサンジは目をパチクリと瞬かせた。

「お酒もこのカードで買ってきたから。」
「・・・へ??」

ナミ達の荷物はそれぞれが手にしたバックのみでもちろんだが酒樽など大きな荷物は見当たらなかった。

「小船を拝借してそれに乗せて隠してあるわ。さすがにこちらまで運ばせるのは危険が大きすぎるから。出航の時に回収してから出発しましょう。」
「さすが、ナミさん。」

抜け目がないというか、さすがにちゃっかりとしているナミにサンジも笑みを浮かべる。
そんな2人の会話にキリが付いたとばかりにゾロが腰にある刀に軽く手をかけナミへと顔を向けた。

「それじゃ、もういいな、出掛けるぞ?」
「はーい、いいわよ。行ってらっしゃい。」

ゾロの言葉にニッコリと笑ってナミが手を振る。
それに首を傾げたサンジの腕を掴むとスタスタとゾロは扉に向かって歩き始めた。

「は?・・なに?」
「いいから、行くぞ。」

引っ張られるままにゾロの顔を見、背後を振り返ると笑顔で手を振って見送られている。
それに首を傾げながらサンジは腕を絡めて歩いているゾロの横顔をジッと眺めていた。









珍しく迷う事もなく一直線にゾロに連れられて入口をくぐる。
やはりというかゾロが目指したのは酒場だったらしく、周囲から注がれる視線がゾロの肢体を舐めるように這って行くのを遮ってカウンターに腰を落ち着ける。
周囲から注がれる視線など露ほどにも感じていないのかサンジが隣に座るとゾロはバーテンにさっさと注文してしまう。

「おい・・。」

不機嫌な声でその顔を睨み付ける様してサンジは煙草を取り出し口に咥えた。

「なんでこんな場所に来るんだ?酒なら言えば出してやったのに。」

不機嫌な面持ちで煙草に火をつけたサンジにチラリと視線を送ったゾロがどこか楽しげに笑う。
その手元とサンジの手元に琥珀の液を満たしたグラスが無造作に置かれた。

「テメェ、危険だって分かってんだろうなあ?」
「ああ、もちろん。」

にやりと笑ったゾロがサンジの方へと身体を向けゆっくりとその足を組みかえる。
スリットから覗く引き締まった綺麗な脚をわざと見せ付けるようにしてグラスを取り上げる。
掃き溜めに鶴、むさ苦しい男だらけの中に若く美しい女。
ギラギラとした欲望の視線を涼しい顔で流してゾロはグラスを煽る。

「よお、姉ちゃん。俺らと飲まねぇか?」

やはりというか、定番どおりにそう野太い声が掛けられてサンジは半ばウンザリとした面持ちでのんきにグラスを煽っているゾロへと目を向けた。

「遠慮する。連れがいるからな。」

チラリと視線を向けただけでそっけなく断ったゾロにサンジは苦虫を噛み潰したような顔になる。
あきらかにゾロは楽しんでいる。
男達の自分にたいする欲望も、それによってサンジが迷惑がこうむる嵌めになるだろうという事も、何もかも分かった上で挑発して楽しんでいるのだ。
いったいどういうつもりだと怒鳴りたいのをグッと堪えてサンジは煙草の煙をゆっくりと吐き出した。

「よお、兄ちゃん。悪りぃが・・。」
「あー、ああ、どうぞ。そいつと飲みたいならご自由に。」

何かを言いかけた酔っ払いの声を遮ってサンジはスパスパと煙を吐き出す。
どうして自分がゾロの思い通りにお遊びに付き合ってやらなければいけないのだ。
そんな理不尽な気分でグイッとグラスを飲み干してチラリとゾロへと目を向ける。

「姉ちゃん、兄ちゃんもああいってることだし・・。」
「サンジ、いいのか?」

酔っ払いの言葉を遮ったゾロがしっかりとサンジの腕に手を乗せる。
そして、少し悲しそうな顔でサンジの顔を覗き込むようにして口を開いた。

「こんな奴等と飲んだら、俺、酔わされてきっと○○とか××とかされちまうんだぜ?」

サラリと卑猥な言葉がその形の良い唇から吐き出されてピキンと周囲が固まる。

「それだけならまだしも、きっと○○○とか×××とか、あまつさえ△△で、□□□して、○が×してピーが、ピピーで、モゴモゴ。」
「分かった。分かったから黙れ!!」

綺麗な顔をして伏字だらけの単語を並べたゾロの口を塞いで真っ赤になってサンジはガックリと肩を落とす。
いつの間にかシーンと静まり返った店内にハアハアと荒いサンジの息が響いた。

「分かった。俺が悪かった。だから、黙ってくれ!!」

悲痛なサンジの叫びにゾロの目が悪戯っぽく輝く。
そしてコクリと首が縦に振られたのを確認してサンジはゆっくりと口をふさいでいた手を離した。

「あー、マスター。」
「あっ、・・はい?」
「会計してくれ。」

ぐったりとしたサンジの様子に同情したのか思ったより安い金額が告げられる。
それにノロノロと紙幣を渡し、ついでに二本ほど酒を分けてもらうとゾロを引き摺るようにして店内を後にする。

「兄ちゃん、頑張れよー!!」

何故か店を後にしたサンジの背に野太い声援がかかる。
それにサンジはガックリと頭を垂れると、やはり楽しそうなゾロを引き摺って手近な宿屋に飛び込むようにして部屋を取ったのだった。







「へえー、なかなかイイ部屋じゃねえか。」

カチャリと小さな鍵の音を残して踏み込んだ室内にサンジは呆然とし、そしてゾロはおかしそうに笑った。

「ちょ・・・部屋間違えてるぜ。言って部屋変えてもらって・・。」
「あー?別にいいんじゃねえの?」

部屋の中央にドーンと鎮座しているダブルベット。
確かフロントでサンジが頼んだのはツインだったはずだ。
手渡す時に間違えたのか、始めからダブルで部屋をとられたのかは不明だが、一緒の部屋で寝ると一緒に寝るでは大違いだとサンジは楽しげにベットに座ったゾロに大きな溜息をついた。

「一緒に寝ようぜ?」

ニヤリと笑ったその顔にサンジはガックリと肩を落とした。

「あのなあ、アンタ自分が女だってこと忘れてない?」

恨めしげな視線を向けてサンジははあっと息を吐き出した。
そんなサンジを見つめて楽しそうにゾロは口を開く。

「しっかり知ってるぜ。特にテメェの反応が一番わかりやすくていい。」

クククっと笑うその顔にサンジは何か引っかかりを覚えて微かに首を傾げた。

「あのさ、気のせいかもしれねえんだけどさ。」
「おう・・・。」
「なんか怒ってる?ゾロ?」

おずおずとしたサンジの問い掛けにゾロの口元が綺麗な弧を描く。
その笑みは男だった時も何度か目にした事のある笑みで深く静かに怒っている時に出るのだとサンジは長くない付き合いでしっかりと学習していた。

「ああ、怒ってる。」

笑顔つきできっぱりと認められサンジは頭の中で原因らしきものを追求する。
だが、最近、とくに女性の姿になったゾロとは喧嘩らしいものもいっさいしていないし、怒らせたという記憶もない。
そんなサンジに気付いたのかゾロがほんの少し溜息をつく。

「俺たち付き合ってどれぐらいになる?」

ポツンと問い掛けられた言葉にサンジは無意識に指折り数えて口を開く。

「六ヶ月。ちょうど半年ぐらいだな。」

ウンウンと首を縦に振ってこたえたサンジにゾロの目が細まった。

「それじゃ、その間にセックスしたのは何回だ?」
「バッ・・・セックスとか言うなって。」
「いいから、答えろ。」

相変わらず笑みを浮かべたままのゾロにサンジは肩を竦めて記憶を辿っていく。

「あーっと、3回?いや、4回?」
「3回だ。」

きっぱりと訂正されてサンジは苦笑いを浮かべながらその顔を見つめる。

「少ねぇって思わねえか?」
「・・・いや、別に。」

普通のカップルならまだしもふたりは男同士でしかも海賊船に乗っているのだ。
かたや戦闘員、かたやコック。
どちらも身体が資本だし、愛があっても体力がついていかない場合だって多々ある。
サンジの言葉にギロリと視線を強めたゾロにサンジは困ったように笑う。

「男の身体だからやりたくねえのかと思って女ならいいかと思えば、この身体になったらますますテメェは手ぇ出してこねえし。」
「はあ??」
「そんなに俺は魅力がないのか?」
「はあああ??」

今聞いた言葉はなんだろうと思いつつサンジは奇声を上げる。
そしておずおずとサンジは疑問を口にする。

「あのさ、もしかして・・・・、何もしなかったから怒ってる?」

煙草を取り出し火をつけたサンジを見つめてゾロが一度だけ首を縦に振る。

「あのさ、別にやりたくないってわけじゃなくてさ。アンタ女の子になってるし、さすがにそれに手ぇだしちゃ悪りぃかなって俺としては遠慮したんだけど。」
「・・・遠慮してたのか?」
「あー、まあ、一応はね。」

フウッと煙草の煙を吹きだしてサンジはベットに腰掛けてこちらを見ているゾロにニッコリと笑いかけた。
その顔を見つめていたゾロの目が一瞬冷たい光を宿す。

「キス一つしてこなかったくせに。」
「・・・・あ・・。」

ゾロの指摘で初めて気が付いたとばかりにサンジはポカンと口を開けた。
確かに、ちょっとしたキスなら男の身体の時でさえ暇を見つけては奪いに行くのがサンジの日課だったのだ。
しまったと思ったのが顔に出ていたのか、ゾロが溜息を漏らす。
そして変わらない綺麗な瞳でサンジの事をジッと見つめてきた。

「で、やるのかやらねえのか?」

その問い掛けにサンジはやはり困ったような笑みを浮かべる。
目の前の、女性になったゾロは贔屓目なしに見てもとても魅力的だ。
その豊満な胸元に顔を埋めてみたいと思うし柔らかな身体は抱き締めたら気持ちいいだろうなと簡単に想像できる。
それでもやはり仮初めの姿なのだ。

「やらねえ・・・。」

サンジは煙草の火を消すと強がりでもなくそう言って笑った。

「ふーん・・・。」

一瞬ゾロの機嫌がますます降下したのかと思うほど低い呟きだったが、それ以上の会話の応酬は続きそうになかった。

「まあ、いい。」

そう言ってニンマリと唇が弧を描いたのにサンジの背を何故か冷たいものが流れ落ちた。

「それじゃ、俺は寝る。テメェも早く寝ろよ?」

声色は特に怒りを含んでいるふうもなくそうサンジに告げてくる。

「ゾ・・ゾロォ?!」
「ん?・・・おやすみ、クソコック。」

まさしく華の様な笑みで就寝の挨拶を告げたゾロの身体がシーツの中へともぐりこんでいく。
その動きにパサリと乾いた音を立てて先ほどまでゾロが身に纏っていた衣服が絨毯へとい落ちていく。
シーツから覗くほっそりとした丸みを帯びた肩と、腕。
そして半分ほど覆われているが豊かな胸の膨らみがそのラインから見てとれる。

「ひ・・・酷でぇ・・・。」

思わずと言ったふうに漏らした言葉にクスクスと楽しげな笑い声が漏れ、閉じられていたその目に悪戯っぽい光を宿す。

「やらねえって断ったんだからな。まあ、頑張れよ。」
「・・・やっぱ、怒ってんじゃねえかよ・・。」

恨めしげに呟いたサンジの言葉にゾロの返事は返って来ず、その目蓋は閉じられ眠りに入ったらしかった。
サンジの目の前であっさりと自分の服に手を掛けたゾロは止める間もなく全裸になってベットに入っていった。
形の良い胸もキュッとくびれた腰も素晴らしく魅力的な肢体をサンジの目に晒してシーツへ包まっているのだ。
ベットで眠ろうとすればそのゾロの横に身体を横たえなければならない。
いくら心で誓っても、サンジとて健康男子で魅力的な女性を前にして反応しないわけがない。
まして女性体になっているとはいえ、しどけない格好で眠っているのは恋人なのだ。

「酷でぇ・・・・ゾロ。」

ほんの少し兆し始めた己を恨めしく思いながらサンジはガックリと頭を垂れると深い深い息を漏らしたのだった。











翌朝、目の下にクマを作って帰って来たサンジにナミがクスリと笑ってゾロへと顔を向ける。

「首尾は?」

その言葉にチラリとサンジを見たゾロがニヤリと笑う。

「なにもナシ。」
「あら、残念。それじゃ、アンタの勝ちね。」
「おう、借金減額よろしくな。」
「わかってるわよ。」

仕方ないといったナミの口振りとその会話内容にサンジの眉がピクリと動く。

「賭けてたんですか?」

ポツリと漏らされた言葉にナミがゆっくりと頷く。
不穏な空気を纏い始めたサンジにゾロがその腕を絡めて顔を覗き込んだ。

「誘ったのは本気だったからな。」

そう告げて軽く唇が触れていくのをサンジは呆然と見つめる。
いまだにゾロの身体は女性のままで、腕に押し付けられた柔らかな胸の感覚にどきりと一つ鼓動が早まった。

「テメェになら俺の処・・。」
「うわあああ!!」

ガッシとその唇を手で塞いでゼエゼエと息を乱したサンジにナミの目が丸くなる。
そして一瞬の沈黙の後容赦ないナミの笑い声が辺りに響いた。

「やっだー、サンジくん面白い。」
「だろう?」

ケラケラと笑うナミにサンジの手を外したゾロが真顔で肯定して同じように笑い始める。
これは怒るべきなのか悲しむべきなのかとワタワタとしているサンジを尻目に2人は楽しげに笑っている。

「チョッパー!!」

サンジは唯一、この状態を解決できそうな存在の名を呼んでその場から逃亡を図る。
背後から楽しげな女性陣の声を振り切ってモコモコの船医がいる自分のテリトリーへと逃げ帰ったのだった。







チョッパーの努力のかいあってゾロの身体が元の男性体へと戻ったのはそれから5日後のことだった。






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女体化ゾロのお話です。
あまり女っぽくないゾロだと思うんですがどうなんでしょう?(何故聞く
何故、女体になってしまったのかは、まあ、一応原因らしきものがあるんですが、それはご想像にお任せします♪ってことで(笑
ちょっと変わった感じのお話ですが楽しんでいただければ幸いです(^^


(2006/04/17)