昼食後の大量の後片付けを終え、一服しようと何気なく一歩を踏み出したところでサンジは甲板の異様な熱気に眉を寄せた。

「・・・何してるんだ?」

ちょうどキッチンの真下。
手摺りから見下ろせば全員で輪になって顔を突き合わせているのが見える。
多少いびつな円形なのは階段に背を預けているゾロの位置が少し飛び出しているからだろう。
サンジはポケットから取り出した煙草に火をつけると軽い動作で階段を下る。

「サンジくんは何が好き?!」
「え?・・・。」

階段を降りきるのを待たずにナミからの問いかけが来た。
それに状況を把握できていないサンジは困ったように笑うしかない。

「あーと、何の話かさっぱりなんですが・・。」

意気込んでサンジの言葉を待っているクルー達に苦笑する。
その言葉にアア、とばかりに手を打ってウソップが口を開いた。

「おにぎりの具は何が一番美味しいかって話になってよ。俺はおかかが一番だと思うんだが・・。」
「何言ってるのよ、一番はツナマヨネーズよ!。」
「あら、私はシャケだと思うわ。」
「カリカリ梅が一番だと思うぞー。」
「何言ってんだ、肉だ、肉。」

ギャーギャーと互いの好みを主張しているクルーを見てサンジは笑う。
先程昼食を食べたばかりだというのに、ここまで食で盛り上がれるとは呆れる反面いいことだとも思う。
食べるという行為はすなわち生きることに繋がっていくからだ。

「・・・で、クソ剣士、てめぇの一番はなんなんだ?」

ゾロは元々好き嫌いはあまりないようで出されたものをそのまま食べていく。
だが、まったく好みがないということはないだろう。
静かなその姿に他のクルーのように、たまには自分の好みを主張してみるのもいいだろうにと思う。

「・・・わかんねぇ・・。」

問いかけても微動だにしないその姿勢に一瞬寝ているのかと思ったのだが、どうやら素直に何が好きなのか考えていたらしい。
それでその答えというのがなんだかゾロらしいと苦笑する。

「なんだ、具の入ってないおにぎりの方が好きなのか?」
「いや・・・。」

助け舟のつもりで声をかければ、サンジの言葉にちょっと首を横に振ったきり、また考え込んでいる。
眉間に皺を寄せて真剣に考えている姿に自然に笑みが浮かんだ。

「サンジは何が一番美味しいと思う?!」

ますます白熱していた具論争はいまだ決着がつかないらしく、意気込んでウソップが問いかけてくる。
ハタと気付けばゾロを除く全員の視線がサンジに注がれている。
それに苦笑しつつ煙草を燻らし、ナミに向かってサンジはにっこりと笑いかけた。

「そうですね・・・、俺は具が混ぜ込んであるのも結構好きですね。しそわかめとか・・。」
「あら、実山椒の方が美味しいわよ。」
「何言ってるんだ、肉だ肉!!」
「うっさい、ルフィ!!」

ギャーギャーとまた騒がしさを増したクルー達にサンジは小さく笑う。
当分終わりそうにないその騒ぎに、今夜の夕食はおにぎりにするかとサンジはのんびりと煙を吐き出しながら微笑んだ。






夕食は様々な具のおにぎりだった。
形も三角に握ったもの、俵型のもの、海苔ではなく卵焼きを使ってあったり、おにぎりに直に具が置いてあったりと見た目も楽しく、評判も良かった。
あれも、これもと口に運んでは美味しいと皆楽しそうだった。

「ほら、あまり飲みすぎるなよ?」

余ったおにぎりは銘銘が夜食にするといって小分けにして持って行ったので、多めに作ったそれも綺麗さっぱり片付いた。
テーブルの上にはお茶を飲んでいたグラスと、おにぎりが入っていた大皿が数枚。
今夜の片付けはすでに終わり、サンジはジョッキにラム酒を注いでやると、ゾロの為に簡単なつまみを用意するために包丁を握った。
その背をぼんやりと眺めながらジョッキに口をつけるゾロはいつも以上に無口だ。

「まだ・・・考えてるのか?」

昼間、サンジが問いかけた『一番好きなおにぎりの具』。
夕食時も他のクルーと同じようにアレコレ口に運んでは美味しそうに食べてはいたが、たまに首を傾げている仕草を何度か目にしていていた。
律儀なヤツと思いながらも見つかるならばとサンジは放置していたのだ。

「・・・・・無かった。」

コトリと小さな音をたてて置かれた肴の乗った皿を眺めながらポツリとゾロが呟いた。
微かな燐の匂いがして煙草に火が灯されたのを知らせる。
そちらに目を向けてゾロが困ったように笑った。

「アレが今まで食った中で一番美味かったんだ。」

けど、今夜の中には無かった、そう続けるゾロにサンジは微かに眉を顰める。
ゾロの中で具体的に好みのものが分からなかったのだろうと思っていたのだが少し違ったようだ。
サンジはシンクに灰を落とすと煙草を咥えなおした。

「アレってだけじゃわかんねぇぞ?具体的に言え、分かれば今度作ってやる。」

サンジの言葉にゾロはますます困ったように笑った。

「だから、わかんねぇって。」
「無理にそれの名前がわかんなくたっていいんだよ。肉か?魚か?野菜か?味はどんなのだったとかで、俺は料理人だぜ?ばっちり食わせてやっからよ。」

ニヤリと笑って告げればゾロは数回瞬きを繰り返し首を傾げた。

「魚か肉かなんて覚えてねぇ。」

そのキッパリとした口調にサンジは埒が明かないとばかりに質問を変えることにして煙を燻らす。

「何処で食った?」
「ナミの村、出てからすぐ。」

ココヤシ村以降なら自分でも口にした事があるかもしれないと思いつつ先を促す。

「何処の島で?」

その問いかけにゾロは不思議そうな表情でサンジを見つめたまま口を閉じた。
そしてゆっくりと瞬きを繰り返す。

「メリー号で。・・・お前に食わせてもらった。」
「・・・はあ?」

ゾロはそう言うと子供のようににっこりと笑う。

「あれが今まで食ったおにぎりの中で一番美味かった。」
「・・・・俺が食わせた?」
「ああ、美味かった。」

やっと解決したとばかりに旨そうにジョッキを呷る姿にサンジはやられたとばかりに苦笑する。
あの戦いの後、ろくに食事も取らず鍛錬ばかり繰り返しているゾロに腹を立てて、確かに山とおにぎりを差し入れたことがある。
しばらくして空の皿がキッチンへ戻ってきていたが、てっきりルフィにでもやって食ってないんだろうと思っていたのだ。
その時期、ゾロがサンジの作ったものを口に入れる所をみたことが無かったから、まだ信用されていないんだとばかりに勝手に落ち込んでいたりもした。

「今度作ってくれ。」
「ああ・・。」

怪我の治りきっていないゾロの為に作った特別メニュー。
俺が始めてコイツの為だけに作った料理。
それを覚えていて、それが今迄で一番美味しかったとあっさり言ってのけたゾロに降参の旗を揚げる。
無意識に自分を嬉しがらせた責任を取ってもらおうと、煙草の火を消しサンジはそっとゾロに近付いた。

「・・・サンジ?」

ふいに手元に落ちた影にいぶかしむような声で名を呼ばれる。
サンジは微かに苦笑しつつ顔を寄せ、酒に濡れた唇をペロリと舐めた。

「な・・。」
「好きだよ・・・ゾロ。」

赤くなって固まってしまったゾロにクスリと笑みを漏らす。
とりあえず今夜のところは感謝の気持ちを込めて優しくたっぷり愛してあげよう。
そうゾロの耳元で囁くと、途端にふにゃりと力が抜け落ちる。
とうとう耳まで真っ赤になったゾロに、サンジはにっこりと笑いかけると、力の抜けたその身体を嬉しそうに両手で抱き上げた。



END++


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食べ物シリーズ(?)第2弾(?)かな(笑
天然さんとそれにメロメロなコックさん(^^;
美味しくいただかれても、ゾロが幸せならいいかと思いつつ・・・・
サンジ、替われ(爆


*** おにぎり ***