◆ 温もりの内側 ◆
アッと、ゾロが気が付いたときには派手な音を立てて足元に亀裂が走っていた。
「ルフィ!!!」
伸ばした腕がルフィのゴムの腕を掴んだのと、水柱が海中から空に向かって高く上がったのは同時だった。
極寒の中、頭から海水を頭から被ることになったゾロは、力の抜け切ったルフィを浴槽に突っ込むと、海水を含んで重くなった防寒具を脱ぎ捨てた。
数日前から突入した冬の海域はその気降さえ除けばいたって快適なl航海となっている。
平穏な日常をこよなく愛するウソップなどはこれ幸いと船を修繕したり、工房に篭ったり、なにやらゴソゴソと毎日やっている。
そういった個々のペースを満喫している中で少しだけ平穏に飽きてきた人物がいたのだ。
凍りついた海を見つけるなり、その上に降りたいと言ったルフィにナミは渋い顔をしたが、結局ゾロを付き合わせることで無理矢理その許可を取り付けた船長は嬉々として氷の地面へと降り立った。
ウソップが調べた限りそう簡単に砕けそうもない氷の分厚い地面の上を、なにが面白いのかヒョイヒョイと飛び移っているルフィの姿をゾロは船縁からのんびりと眺める。
ゾロには季節も気候も関係なく、過ぎていく毎日を退屈だと思ったことはない。
目の届く範囲で遊んでいなさいと、ナミからまるで子供のような注意を受けた船長は、それでも律儀にそれを守っているらしく右に左にと移動はするが行動範囲は狭い。
のんびりと構えていたその耳が、かすかな地響きのような音を捉えたのと、焦ったような顔で船に手を伸ばしてきたルフィに気付き慌てて手を差し伸べた。
そして、ゾロは次の瞬間、見事に海中から上がった水柱をルフィと共に頭上から被ることになった。
「ゾォロー、ざびいぃい。」
ガタガタと浴槽の中で震えているルフィにシャワーヘッドを向けて蛇口を捻る。
徐々に水から湯へと変わっていくシャワーで、海水を洗い流し続けるとくたりとしていたルフィが小さく笑う。
「あ〜、あったけぇ〜。」
海水につかった状態から、別の意味で弛緩した顔に苦笑してルフィにシャワーヘッドを押し付けるとゾロは風呂場を後にする。
タオルを手に、男部屋によって濡れた服を着替えると、冷えた体を温めようとラウンジへと向かった。
こんな時ぐらいはあのウルサイ男も素直に酒を寄越すだろうと冷たくなった手足を軽く擦りながら扉を開く。
「あ・・・・テメェだけか?」
扉を開けて目に飛び込んできた黒いスーツの背中につい言葉が漏れる。
てっきりサンジ以外にもクルーの誰かがいるだろうと思っていたのだが、何故か暖かなラウンジにはこの部屋の主の姿しかない。
「ああん?何かご不満でも?マリモくん?」
振り向きもしないで言葉を返してきた背中に、なんだか機嫌が悪そうだとそっと溜息をつく。
よく考えれば船の中で一番暖かいこの部屋に他のクルーがいないという状況は、その機嫌の悪さを物語る。
「あー、酒・・・・貰えないだろうか?」
とりあえず此処を訪れた目的を果たそうと機嫌の悪そうな背中お伺いを立ててみる。
チラリともこちらを見ないで調理を続ける後ろ姿をゾロはどうしたものかと扉に手をかけたまま眺めた。
「ああ?酒?」
機嫌の悪そうな低い声にこれは酒を諦めて風呂場に戻って温まってきた方が早いかと眉を寄せる。
一応、着替えたとはいえ氷の張っている海の水を頭から被ったのだ。
しんしんと身体の奥から冷えてくる冷気の塊のような気を早めに何とかしたい。
だが暖かい室内から外へと出て行くのも躊躇われて、ゾロは何度か手のひらで両の腕を擦りあげ、摩擦でかじかむ身体に温かさを戻そうと動かす。
「おい!クソ剣士、テメェどうした!!。」
「・・・んあ?」
怒鳴るような声に首を傾げてやっと振り向いたサンジを見つめる。
ガタンと派手な音を立てると、慌てて鍋を放り出すようにしてゾロの方へと近寄ってくる。
「テメェ、真っ青じゃねえか。」
近寄るなりグイッと腕を掴まれて、怒っているような心配しているような瞳で顔を覗き込まれた。
「冷てぇ・・・なんでこんなに冷えてんだ?」
問い掛けながら身体に回された温かい腕にほっと息をつく。
サンジに触れられたところがほんの少しだけ温もりを戻したのを感じた。
暖めようとしてか無意識に胸に抱きこまれて、ゾロはかすかに笑った。
「さっき、ルフィと一緒に海水を頭から被っちまったんだ。」
質問に答えるが、カタカタと震えた歯の根が合わず、声もかすかに震えてゾロは眉を顰める。
そんなゾロの背を包み込むように撫でていた手がそのまま上がり両頬を包み込むようにして顔を上げさせる。
頬に触れたサンジの手のひらからじんわりとしみこむ温かさにゾロは瞬きを繰り返した。
「唇・・・紫だな。」
「・・・さみぃ。」
心配そうに覗き込み、眉を寄せたサンジにゾロは小さく訴える。
「ちょっと待ってろ。」
一度冷たいゾロの身体を抱き締めると、サンジが奥からソファーと毛布を手に戻ってくる。
ソファーはそのまま調理中のオーブン近くに置くと毛布を手にゾロの元へと戻ってきた。
「いま、何か温かい物作ってやるから。」
ふわりと身体に毛布を巻きつけられてそのまま抱き上げるようにして運ばれる。
その扱いに一瞬抗議の声をゾロは上げかけたのだが、カタカタと震える身体を心配しての行動にくだらない事で抗議するのもはばかられ口を閉ざす。
大人しく腕に抱かれたまま黙り込んでいるとひどく優しい仕草でソファーに下ろされた。
オーブンの熱で熱いぐらいの空気にホッと息を吐き出すと、ゾロの身体を毛布でしっかりと覆い満足したのか、そっと髪を撫でてサンジが離れていく。
そしてコンロの前で立ち動く姿をぼんやりとゾロが眺めていると、ほんの数分でなにやら湯気のたつカップを手に戻ってきた。
「ホットラムカウ。体が温まるぜ?」
優しい眼差しで差し出されたそれを受け取って熱いカップに指先がジンと痺れる。
ゆっくりとカップに口をつけ一口二口、熱い液体を体に取り込む。
少しずつ身体が温かさに解けてきたのを感じながらカップに口をつけているとソファーがキシリと音を立てた。
訝しげな表情でそちらへと顔を向けると毛布を片手にサンジが座わりかけている。
ジッと見ているゾロに気付いたのかサンジはかすかに苦笑すると、ふわりと風を起こしたそれを自らの体に掛け、毛布を体に巻きつけているゾロの隣へと腰を落ち着けた。
「おい・・・。」
「ん?・・・。」
ソファーの背凭れとゾロの間に滑り込むように腕を割り込ませたサンジが背後から腕を回して抱き締めてくる。
ズルズルと引き摺るようにして向きを変えられた身体はソファーに対しては横、オーブンに対しては正面に向き合う形になる。
顔に熱を直に浴びながら、背後から毛布ごと抱き締めているサンジへと顔を向けゾロはかすかに眉を寄せた。
「この方が暖かいだろう?」
確かにオーブンからの放熱であたりの空気が暖まっているとはいえ、肌に直に触れている熱源は手にしたカップだけなのだ。
温かい飲み物で震えは止まったがまだ身体は冷たく、温かさを求めている。
「せめてさ・・・。」
目を細め笑みを刻んだ唇が冷たい唇にそっと触れてきた。
「この唇が元の色になるまで、嫌がらないで俺にこうさせてくれよ・・・。」
おどけたように触れた唇とは裏腹に、蒼い瞳がどこか不安げに揺れてゾロを映し出す。
そんなサンジの様子にゾロは小さく溜息をつくとオーブンの方へと顔を戻した。
背後から回された暖かな腕と、背に感じる毛布越しのサンジの体温にゆっくりと身体が温まっていくのを感じる。
カップの中身を飲み干し、少しずつ手足に温かさが戻ってきたのを感じながらゾロは身体の力を抜くとそっとサンジに凭れかかった。
「・・・・ゾロ。」
ゾロの名を呼び、ギュッと力の篭った腕にかすかに温かさの戻ってきた手で触れる。
「そういや・・・・クソゴムはどうしたんだ?」
「風呂場に突っ込んできた。」
「そうか・・・・。」
一度だけ空になったカップを取り上げる為に解かれた腕がまたゾロの身体に回される。
ゾロはゆったりと息を吐くと両の目蓋を下ろした。
背後の心地よい鼓動に全身の力を抜いて身体を預ける。
「・・・・ゾロ。」
また名を呼び腕に力をこめたサンジにゾロは無言で返す。
「・・・・好きだ。・・・もうずうっと前からアンタが好きだ。」
トクンと一つ大きく鼓動が鳴ったのをゾロは不思議な思いで背中越しに感じる。
「ゾロ・・・。」
頬に触れた温かな息にゾロは小さく身動ぎすると、背後からの戒めの腕に力が篭ったのを感じた。
「好きなんだ・・・・・。」
静かな包み込むようなサンジの声にゾロはその腕に自分の手を重ねる。
背後から左肩に顎を乗せるようにして触れ合った頬はゾロのものより冷たい。
ゾロはしばらく沈黙し、そして静かに目を閉じたままで口を開く。
「知ってた・・・クソコック。」
その言葉にピクリと身体に回された腕が震える。
腕に重ねた手に力を篭めてゾロは続けた。
「テメェが寝てる俺にキスしてるのも知ってる。」
「・・・知ってる・・・って・・・・。いつから?」
掠れたサンジの問い掛けにゾロは口元に笑みを浮かべた。
「さあ?・・・・結構前からだな。」
黙り込んだサンジの腕をギュッと抱き込んでゾロは目を開けるとゆっくりと首を回らせた。
そして肩先にあったサンジの唇を柔らかく塞ぐ。
驚いたように丸く開かれた蒼い瞳に唇を離すとクスリと笑ってみせる。
「テメェとのキスは嫌いじゃないぜ?」
「ゾロ・・・。」
「いつ目を開けてやろうかとずっと思ってた。」
悪戯っぽく笑いかけるとサンジが困ったように視線を外す。
落ち着いているゾロの鼓動と違い、サンジの鼓動はどんどんと早くなっていく。
オーブンの放熱とサンジからの熱を奪い、氷のようだったゾロの手足はいつものように温かい。
「・・・・コック、もう、テメェのほうが冷たいぜ?」
元々煙草を愛用しているサンジの方がゾロより体温が高いなど滅多にない。
ゾロがキスに気付いたのもサンジが纏うその香りとキスの前に触れる冷たい指先のせい。
普段の態度と違い、遠慮がちに己に触れてくる冷たい唇の感触のせいだった。
「・・・ほら。」
ゾロはそう言って腕を伝い手のひらの方へと自分の手を移動させる。
ゾロの身体の前で緩く組まれていた手に自分の手を割り込ませ、指を絡めるようにして冷たい手を握り込んだ。
先ほどまで温かいと感じていた手はいつものようにひんやりとした温度でゾロは目を細める。
その手をゆっくりと持ち上げてゾロは冷たい指先に唇を触れさせた。
「・・・・ゾロ・・・。」
ビクリと身体を揺らしたサンジが小さく呟く。
「なら・・・・・なら、今度はアンタが俺を温めてくれる?。」
縋るような祈るようなサンジの声にゾロは唇に笑みを浮かべたままサンジの方へと振り返る。
「ああ、いいぜ?。」
静かにこちらを見つめている蒼い瞳にゾロはクスリと声を立てて笑った。
「しっかり温めてやる。」
「ゾ、ゾロ。」
ゴクリと喉を鳴らし、驚いた顔のままのサンジを楽しげに見つめ、ゾロは絡めた指に力を篭める。
しばらくゾロを見つめ、何らかの決心をしたのか真剣な眼差しで近付いてくるサンジの顔にゾロはゆっくりと目蓋を降ろしかける。
・・・チン・・・。
「・・・・。」
あと数センチで重なりあうはずだった唇が小さく響いた金属音にピタリと止まった。
降ろしかけていた目蓋を開きゾロは悪戯っぽくサンジに笑いかける。
「出来上がったみたいだな。」
ゾロの言葉にヘニャリと下がった眉に手を伸ばしてその鼻の頭を軽く指先で弾く。
「ゾ、ゾロ・・俺を温めてくれる話は・・・。」
「また今度だな。」
オーブンについている簡易のタイマーとあたりに漂う食欲をそそる匂いにゾロは笑った。
絡めていた指も解放してゾロはサンジから身体を離す。
「あー、クソ。」
一つ大きく吐き捨てるように息をつくとサンジは諦めたようにゾロから腕を離していく。
そして身体を覆っていた毛布をバサリとソファーの上に投げ捨てて立ち上がる。
あきらかに未練たらしい顔で見つめてくるサンジにゾロはニヤニヤと笑いながら口を開く。
「くくっ・・・早く続きをしないと腹を空かせたルフィが来るぜ?」
「ちくしょー。クソゴムの野郎!!。」
悪態をつきながら腹立たしげに調理に戻っていく背中にゾロは声を出して楽しげに笑う。
そしてそのまま調理に戻るかと思われたサンジはいきなりクルリとゾロの方へと振りかえった。
「あ、ゾロ!!」
「んあ?」
真剣な目で毛布を身体に巻きつけたままのゾロをサンジが見つめてくる。
「返事!俺、貰ってない・・・。」
その言葉にゾロはかすかに目を丸くする。
「ああ・・・。」
真面目な顔でゾロの返事を待つサンジにゾロはクククっと声を立てて笑った。
「まあ、そのうちに・・・な?」
ゾロの答えにサンジがガックリと肩を落とす。
そして諦めたようにオーブンを開けて、中からこんがりと焼けた肉を取り出している背中を眺めながら、ゾロは思い出したようにその背中に問いかけた。
「・・・そういえば、なんで機嫌が悪かったんだ?」
ここに入ってきたときとは比べられないぐらい柔らかい空気になったサンジにゾロは首を傾げる。
今のサンジの機嫌は入ってきたときとは雲泥の差だ。
「テメェが朝からクソゴムと仲良くしてたからだよ!」
チラリとこちらをみて舌打ちしながら告げられた言葉にゾロは目を丸くする。
確かに今日は一日暇なルフィに纏わりつかれていたのだ。
どこか恨めしげな顔をして調理に戻った背にゾロはニヤニヤと笑いを向けた。
「なるほどな・・・。それなら・・・・。」
ゾロは一度言葉を区切ると次の言葉を意識して囁くように口に乗せる。
「今夜はテメェと仲良くしてやるよ。」
バッと凄いスピードでこちらを振り返ったサンジにゾロは楽しげに笑う。
ゾロの言葉を本気なのか冗談なのか図りかねてヘニャリと情けなく下がった眉にゾロはますます楽しげに笑う。
「ゾーローーォー。」
情けない声で名前を呼んでくるサンジにゾロはヒラヒラと手を振ると、かすかに煙草の香りの残った毛布を身体に巻きつけたのだった。
END++
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テーマは『暖める』でした(笑
チャット中に出た話で、会話中に書き始めたというお話(^^;
甘さは控えめになったかな?と思いつつ、いつもの二人かもとか(笑
(2005/12/18)