◆◇ 音 色 ◆◇






気候の温暖な島での買出しにチョッパーを伴い、露天を冷やかしながらそぞろ歩く。

「サンジー、あれなんだ?」
「・・・ん?」

サンジが交渉のために立ち止まった店舗から、2つほど先に進んだ店の前でチョッパーが立ち止まってこちらを見ている。
サンジに向けられた瞳はキラキラと輝いていて、一刻も早い到着を待っているかのようだった。
苦笑しつつチョッパーに軽く手を上げて、話をしていた店主との商談を纏め、サンジは足早に近付くと示されるままに店内を覗いた。

「あーこりゃ、お守りだな。」

黒いベルベット生地に並べられた色とりどりの石の欠片。
高価な宝石じゃないが、綺麗に磨き上げれらたそれらはキラキラと光を反射してチョッパーの興味を引くに十分だったのだろう。
お守りを売っている店なのか、それとも別の商いもしているのか、一見分からない店構えにサンジがほんの少し警戒した時だった。

「へえ、お兄さんよく知ってるわね。」

興味津々で眺めているチョッパーに説明している背後から笑いを含んだ声が掛けられる。
どうやら店主は席を外していたらしく二人の傍をすり抜けると店の奥へと入っていく。

「初めまして、ミステリアスなレディ。」

顔を半分以上ベールで隠した女性に、にっこりと愛想以上の笑みを浮かべてサンジはその手の甲に口付ける。
そんなサンジの気障な仕草にチョッパーは蹄で照れた様に目を隠した。
女はそんな二人の様子にクスクスと声を立てて笑った。

「初めまして、気障なお兄さんと可愛いトナカイさん。」
「俺がトナカイだって分かるのかー?」

女の言葉にチョッパーは驚いたような歓声を上げた。
おかげで気障と評されたサンジはそれに意義を唱えることも出来ず、苦笑を浮かべポケットから取り出した煙草を咥える。

「ええ、分かるよ。あたしは占い師だもの。」

女はそう言って手にしていた水晶球を取り出して見せる。
占い師と聞いて、興味津々で目を輝かせたチョッパーの目の前で黒のビロードで覆われた台座にそれを乗せクルリと水晶球を撫でる。

「特別よ。一つだけタダで占ってあげる、可愛いトナカイさん。」

よほどチョッパーが気に入ったのかそう言って女は悪戯っぽく笑う。

「可愛くなんてねぇぞ〜。」

エエエ・・・と満更でもなさそうなチョッパーを楽しそうに見つめて女は何を占うか問いかけてくる。
聞かれても咄嗟に何も浮かばなかったチョッパーは困ったようにサンジを見上げた。

「なんでもいいんだよ。」

ポンとサンジに帽子を叩かれてチョッパーはうーんと首を捻る。
そして何事か思いついたのかキラキラと瞳を輝かせた。

「なんでもいいんだな?」
「ああ、いいよ。言ってごらん。」
「あのな・・・・・。」









買い物を終え、船へと帰りながらサンジは並んで歩くチョッパーに話しかけた。

「チョッパー、本当にあれで良かったのか?」
「うん。」

カツカツと蹄の音が規則正しく続いていく。
チョッパーが占ってもらったのはドラム島にいる皆が元気かどうか。
占いともいえない内容だったが女は嫌な顔一つせずに水晶に向かった後、にっこりと笑って、元気にしているとチョッパーに告げた。
占わなくても普通はそう答えるだろうとサンジは思う。
女も占いにもなっていないそれに悪いと思ったのか、別れ際にチョッパーに店頭に並んでいるものとは違ったお守りを差し出した。

「これ、あげるよ。」
「いいのか?!」

店頭にある色とりどりの石とは違い、飾り気のないそれは小指の爪程の黒い楕円の石に小さな鈴と細い紐がついている。
大事そうに受け取ったチョッパーに女は嬉しそうに笑った。

「大切なものを思ってこの石を握ってごらん。きっと災いから守ってくれるからね。」

女の言葉にぎゅっと目も閉じて、必死な表情でチョッパーがお守りを握りこむ。
しばらくそうしてチョッパーが恐る恐る目を開いて伺えば、女は笑ってその手を開くように促した。

「うわあー。色が変わったぞー。」

キラキラと輝く瞳に同じようにその石を覗いていた女は感心したように頷いた。

「綺麗な色に変わったね。」

チョッパーの手の中で黒だった石は綺麗なピンクになっていた。
チョッパーが大切に思う、それはドラム島での色なのだ。

「へえ・・・?」

どういう仕掛けか分からないが女の子が好きそうなアイテムだなと傍で眺めながらサンジは思う。

「お兄さんにも一つあげるよ。」
「いや、いいよ。買うから6個くれないか?」

女の申し出を断って船で待つ仲間達へのお土産に購入することにする。
ナミやロビン以外の男連中の分も購入したのは石がどんな色に変わるのか見てみたかったからだ。
適当に選んだ6個を布袋に入れて貰い受け取る。

「お兄さん、気をつけてね。」
「・・・?」
「この石は本当に大切なものの色に変わるよ?だから、彼女の前で不用意に手に握らないようにね。」

悪戯っぽい笑みにサンジは苦笑する。

「ご忠告ありがとうレディ。気をつけるよ。」

サンジはお礼を言って女と別れ、チョッパーを伴い残りの買出しを済ませていく。
何事もなく順調に買出しは終わり、今は仲良く船へ帰るために港へ向かっている途中なのだ。
舗装の行き届いた道にチョッパーの蹄の音が規則正しく響く。

「みんな、どんな色になるのかな。」

エエエ・・・と笑ってチョッパーは楽しそうに話しかけてくる。
出航後のちょっとしたお楽しみが出来たみたいでチョッパーは楽しそうだ。

「サンジはオールブルーの色かな?」
「そうだな。」
「きっとサンジの目みたいに綺麗な青なんだろな。」

楽しみだと言ってチョッパーは笑う。

「チョッパー、サンジー。」

港へ向かう坂の下からウソップが二人に向かって手を振っている。
それに向かって駆け出したチョッパーの背を眺めながらサンジはのんびりと煙草の煙を燻らせた。










夕食後、キラキラと目を輝かせて市場の出来事を語ったチョッパーに促され、サンジは布に包まれたお守りをテーブルの上に取り出した。

「へえ?本当に真っ黒なのね。」

小指の爪ほどの楕円の石に、小さな鈴、そして細い組紐が取り付けられている。
唯一の区別として2色で組まれている紐がそれぞれ違うだけで後はどれも同じに見える。

「大切なものを思って握ると色が変わるんだぞ。」

得意気に言ってチョッパーは昼間貰ったお守りを取り出してみせる。
その石は綺麗なピンク色をしていた。

「これ、貰ってもいいの?サンジくん。」
「ええ、もちろんです、ナミさん。ロビンちゃんもどうぞ。」
「ありがとう、コックさん。」

予想通りに興味を示したナミとロビンにサンジは笑顔で勧める。

「サンジ、俺達のは?」

数を数えて自分達の分もあるとふんだウソップが聞いてくる。

「待て、レディが選んでからだ。」

キッパリと言ってやるとそれでも嬉しそうに待っている。
煙草に火をつけながら真剣な表情で選んでいるナミとロビンの姿にサンジは満足気に笑みを浮かべた。

「あたし、コレにする。」
「それじゃ、私はこっちを貰うわ。」

ナミは赤とオレンジの紐のついた物を手にし、ロビンは紺と黄色の紐のついた物を取り上げた。
さっそく手にして握り込むかと思えた女性陣はそれを手にすると口々にお礼を言ってそそくさとキッチンから出て行ってしまう。
どんな色に変わるのか知りたかったチョッパーは少しだけ残念そうな表情で扉を見つめていた。

「ほら、好きなの取れよ。」

その姿に苦笑しつつサンジは残りの石をウソップとルフィに差し出す。
壁にもたれたままチラリと視線を送ってきただけの剣士は興味はないのだろうと無視して先にワクワクしている二人に選ばせる。

「よし、俺はこれだ。」

水色と紫の紐のついた物をウソップは手に取り、ルフィは赤と紺の紐を手にした。
ワクワクとした顔で二人を見比べているチョッパーにウソップは断って、先程の女性達と同じようにそそくさと出て行ってしまう。
その後姿をガッカリと肩を落として見送っているチョッパーにサンジは苦笑しつつ残りの2つを持ってゾロに近付いた。

「ほら、どっちがいい?」

サンジの問いかけにゾロは呆れたような視線を寄越す。

「おい、本当に俺の分も買ってきたのか?」
「ああ、みんな平等にってね。」

選ぶ気のなさそうなゾロにサンジは白と紫紺の紐のついた物を押し付け、手元に緑と金の紐のついた物を残した。

「大体、こういうのは女子供のもんだろうが・・。」

受け取ったそれを摘み上げ胡散臭げに眺めてゾロが呟く。
少しトーンを落としてチョッパーに聞こえないように囁かれた言葉にサンジも苦笑する。
実際サンジはそう思って買ってきたのだ。
こういった可愛らしいものは自分やゾロには似合わない。

「まあな、俺もそうは思う・・・が、チョッパーが色が変わるの楽しみにしてんだよ。」

振り返ればルフィが真剣な顔で石を握り締めている。
その横ではそのルフィに負けないくらい真剣な表情のチョッパーがいた。

「・・・な?」
「分かった。まあ、付き合ってやるよ。」

サンジの言葉にチョッパーを見やりゾロも苦笑する。
ナミ、ロビン、ウソップと3人も抜けてしまっては付き合ってやるしかないだろう。
二人の見守る中、チョッパーに促されてルフィの手が開いていく。

「あ・・?」
「え?」
「おおー、色が変わったぞースッゲェ!!」
「ルフィは金色かぁ。」

凄い凄いと単純に喜んでいる二人にサンジとゾロは顔を見合わせる。
色が変わったことは確かに良かったと二人は思うのだが。

「ルフィが金色?」
「金って、カネか?」

口にはしなかったがナミならば納得できる色だと二人はそれぞれ心の中で同時に感想を漏らす。

「ルフィ、何を考えながらそれを持ってた?」

やはり違和感が拭えないらしくゾロが騒いでいるルフィに声をかける。

「んーん?いろいろ考えてたぞ。」

胸を張って答えてきた様子にますます疑問が浮かぶ。

「そうじゃなくて、手ぇ開く前に考えてたのはなんだ?」

サンジの問いかけにルフィはウーと唸って首を捻った。

「空島の鐘のことだ。」

ドーンと胸を張って告げられたルフィの言葉にサンジは納得する。
思うといってもどうやら額面どおりに受け取らなくてもいいらしい。
空島の鐘はたしかに黄金をしていた。

「ルフィ、大切な人の事を思ってって言ったじゃないか。」

ルフィの答えにチョッパーは残念そうに呟いた。
いつの間にやらチョッパーの中で『大切なもの』が『大切な人』に変わっている。
その抗議の声にルフィは首を傾げた。

「大切な人じゃねぇか。仲間だろ?」

胸を張って答えたルフィは驚いているチョッパーを見ながら続ける。

「たとえ今は離れていたとしても俺には大切な仲間だ。」

ルフィらしいその言葉にゾロとサンジから笑みが漏れる。
確かに大切な人が一人だけとは限らない。
ある意味大きいルフィらしい解釈の仕方だ。
感動して目を潤ませているチョッパーの帽子をポンと叩いてゾロは手を差し出した。

「お、ゾロは何色だ?」
「さあな・・・開けるぞ、チョッパー。」

チョッパーの目の前でゾロの拳が開かれていく。

「あ、白だ。」
「おお、真っ白だな。」
「ふーん、マリモなのに白か。」
「うるせぇ、グル眉。」

サンジはゾロの手の中の真珠のような光沢を放つ石を掴みあげた。
これが本物の真珠だったらナミが喜びそうだと不謹慎なことを考える。
白と聞いて浮かぶのはゾロの持つ白い鞘のあの刀。

「てめぇのは蛍光ピンクじゃねぇのか、エロコック。」

フンと鼻で笑ってきたゾロにニヤリと笑い返し、サンジは先程のゾロと同じようにチョッパーの目の前に手を差し出した。
その手を見つめてチョッパーが楽しそうに笑う。

「さーて、お立会い。」

サンジは殊更もったいぶった動作でゆっくりと拳を開いていく。

「・・・え?」
「あ?」
「・・・?」

手の中を見つめる三人が不思議そうに呟く。
サンジも己の手にあるそれを見つめて首を傾げた。

「黒?」
「・・・・黒だ。」
「変わってねぇじゃねぇか?」

三者三様のコメントに再度手のひらにそれを握りこむ。
頭の中に思い浮かべたのはオールブルー。
少し時間を置いてもう一度ゆっくりとサンジは拳を開いた。

「・・・・黒だ。」

サンジのお守りは青に変わると信じていたチョッパーもどう声をかけたらいいのか困ってそれを見つめる。
奇妙な沈黙がキッチンを満たしていく。

「サンジくん!!」

バタン!と派手な音をたててナミがロビンを連れて飛び込んでくる。
そして場を満たす奇妙な空気に首を傾げたが、手にしていた本を4人の前に差し出した。

「ここ、これ見て。」
「黒夢石?」

ナミは不思議そうに呟いたゾロの言葉を継いで、そのまま指し示したページを声を出して読み上げる。

「黒夢石。この石はグランドラインのある島にあり、変わった性質を持つ石である。
もともとは漆黒の黒い石なのだが、それを人が持つとその人のそのときの感情によって色が現れる。
もっとも石の変化が顕著なのは激しい感情で、怒りや嫌悪といったものにはすぐに反応して変化しやすい。
しかし、この石の持つ不可思議な特性から、そういった感情とは真逆の別の用途として観光客や地元民に親しまれているのだ。
この石を持ち、大切な思いを注ぐと石は色を変え、その人を危険から守ってくれる身代わりとなる。
その為、多くの石はお守りとして旅の無事を願うものとして、親しい間でやり取りされる。」

一息に読み終わるとナミは手にしていたお守りを差し出した。
それは綺麗な琥珀色に変化していた。

「ナミは琥珀色なんだな。」

感心したようなチョッパーの声に苦笑してそれをハイとルフィに手渡す。

「あー?くれんのか?」

いぶかしみながらも受け取ったルフィにロビンがにっこりと笑いかけた。

「それは航海士さんが船長さんの無事を祈って思いを込めたものだからよ。」
「ああ、そうか、そういうことか。」

ロビンの言葉に、やっと意味がわかったとサンジは頷いた。

「つまり、こいつは相手の無事を願って思いを込めてそれをお守りとして手渡すんだ。無事に旅から帰ってきますように・・とか、怪我をしないようにとか。」
「おれ、何か間違ってたのか?」
「いいえ、間違っていないわよ、船医さん。」

不安そうに聞いてくるチョッパーにロビンは首を横に振る。

「んー、よく分かんねぇが、交換すればいいんだな?・・・ナミ、これやる。」

ルフィから差し出されたお守りを仕方ないかとばかりに受け取ってナミはその色に眉を顰める。

「金色って、ルフィ・・。」
「おう、鐘のことを考えていたからな。」
「金って。」

胸を張って答えたルフィと手の中の金色のお守りを見比べる。
先程のサンジとゾロが誤解したようにナミも同じ感想を浮かべたらしかった。

「ナミ、ルフィが言ってんのは空島の鐘のことだ。」

苦笑しながらゾロが誤解を訂正する。

「空島・・・?」
「うん、みんな大切な仲間だってルフィは言ってたぞ。」

ナミはチョッパーの言葉に手の中のお守りを眺める。
そしてにっこりと微笑んだ。

「ありがとう、ルフィ。」
「おう。」
「それじゃ、私は船医さんと交換するわね。」

そう言ってロビンが差し出してきた石は色が一つも入ってなく、まるで透明なガラス球のようだった。

「交換してくれる?船医さん。」

ロビンの差し出してきた透明な石のお守りと自分のお守りを眺めてチョッパーは照れたように笑った。

「いいのか〜?」
「ええ。」

にっこりと笑ったロビンのお守りを受け取ってピンクの石のお守りを差し出す。
微笑ましいやり取りを眺めているとテーブルに置かれたままになっていた真珠のようなお守りにナミが目を留める。

「これは?」

手に取り上げて真珠のような光沢を放つそれをナミは純粋に綺麗だと思った。

「それは、ゾロのだ。」
「ああ、いるならやるぞ?」

笑いを含んだゾロの声にナミは首を横に振る。
真っ白な真珠のようなお守りはゾロの持つ刀を連想させた。

「サンジくんのは?やっぱりブルー?」

その言葉に煙草を咥えなおすとサンジは胸ポケットからお守りを取り出してみせる。

「え?・・・黒?」
「変化していないんじゃなくて?」

先程と同様の反応にサンジは苦笑するしかない。
サンジの手から受け取って、ナミとロビンは不思議そうに自分達が持つお守りと見比べる。
漆黒の石をランプに透かしても真っ黒なまま変化はなさそうだった。
やはり上手い言葉が浮かばなかったのかナミはゾロのお守りと一緒にサンジにそれを返す。
サンジはナミから受け取ったお守りをそのまま胸ポケットに仕舞った。
そして、もう一つのお守りを差し出たがゾロに首を横に振っていらないと断られた。
サンジは軽く肩を竦めるとゾロのお守りも同じように胸ポケットへと落とし込む。
スーツのポケットの中で、鈴が触れ合ってチリンと小さな音を立てた。










だから、次の島に着いたときにはそんな小さなお守りの存在などサンジはすっかり忘れきっていた。

「海軍だ!!」

平和に見えた島は海軍の駐留地。
おかげで寄航すると同時に海軍との追いかけっこの開始だ。
ログを貯めるためには最低でも1日、24時間この海域に立ち止まる必要がある。
ナミの機転により、手配書の回っていないサンジとウソップは何食わぬ顔で買出しに向かい、ルフィ、ゾロは海軍を引き付けて派手に暴れることにして手早く港で別れる。

「海賊が・・・。」
「・・・一億ベリーの・・・。」

ざわめく市場の騒動を聞きながら手早く必要なものを購入していく。
多少動揺してみせるものの、いい加減慣れてきたウソップもサンジに習って買い物を済ませていく。
今夜のところは適当な宿を取って明日の合流に備えるしかない。
少しづつ島の周囲を移動しているGM号は明日にならないと寄航してこないのだ。



買った荷物をいったん倉庫に預け、明日の早朝、合流することを決めるとサンジとウソップはその場で別れる。
ウソップは手頃な宿で夜を明かし、サンジはいざという時に備えて倉庫近くの路地で紫煙を燻らす。
しばらく時間を潰し、これ以上騒ぎが大きくならないようなら繁華街へでも紛れてしまえばある意味朝までは安全だ。
サンジはゆっくりと煙を吐き出し、壁から背を離すと路地の奥へと目を向けた。

「よお・・。」

暗闇に向かいニヤリと笑ってみせる。
すると闇はゆっくりとサンジの目の前で人の形を取った。

「気付いていたのか・・。」
「俺はウソップとは違うからなマリモ。」

サンジの言葉に闇の中からゆっくりと姿を現したのはルフィと一緒に海軍をひきつけるオトリになっているはずのゾロだった。
さしずめ、移動してるうちにルフィとはぐれ、いつもの迷子気質で街とはまるっきり逆の方向へ来てしまったのだろう。
街の外れ、港との逆方向には鬱蒼と茂った森もあった。
まあ森に紛れ込まなかっただけマシかと煙を吐き出しながら苦笑する。

「酒、買ってきてやるよ。ここ動くなよ?」

そうゾロに言い捨ててサンジはクルリと背を向けて歩き出す。
倉庫の路地を抜けて、街へと向かおうと通路から外へと一歩踏み出したときだった。

『パン!!』

乾いた間抜けた音があたりに響き、サンジはその音源に目を向けた。
そしてその銃口がこちらを向いていることと、硝煙が上がる様子に発砲されたのだと目を見張る。
その視線の先、2メートルも離れていないその場にたたずむ海兵も自分が引き金を引いてしまったことに驚いたようにサンジを見つめて動きを止めている。
油断はしていなかったのだが、道の先にいる殺気の欠片もない気配にまさかそれが海兵だとは思わなかったし、警告もなく発砲してくるとは思ってみなかったのだ。
呆然としている海兵を一撃で蹴り飛ばし、サンジはゾロを待たせている路地へと取って返す。

「おい、撃たれたのか?」
「いいや、外しやがった。ヘタクソで良かったぜ。」

銃声を聞きつけてすでに臨戦態勢になっていたゾロが姿を現す。
サンジは煙草を咥えなおすとゾロと共に足早にその場を後にした。





翌朝、待ち合わせの時間にゾロを伴って姿を現したサンジにウソップは少しだけ驚いたようだった。
明らかに戦闘の影を引き摺っている疲れたような二人の様子にウソップは昨夜の騒ぎを思い出して肩を竦める。

「おつかれさま。」
「おう・・。」

ウソップの労いの言葉に少し眉を動かしだけでその荷物を取り上げたゾロと、同じく何事も無かったように預けた荷物を担いでサンジがニヤリと口元を歪める。
横で同じように荷物を担ぎ上げたゾロと並び、サンジはナミとの待ち合わせの場所を目指してゆっくりと歩き始めた。





寄航してきたGM号に荷物を積み込むと、いつの間にか帰ってきていたルフィの声で素早く出航する。
帆を広げ、滑るように海流に乗ったこの船を捕らえることは難しい。

「サンジィー、メッスィー。」

ここまでくれば一安心と、クルー全員が警戒を解いた途端にルフィから腹減ったコールが起こる。
それにウンザリとした表情を浮かべたナミの指示により、サンジは少し早めの夕食を用意する為にとキッチンへと向かった。
さっそく買い出して来た材料をいくつか取り出し頭の中でレシピを組み立てていく。

「さて、何にするかねぇ・・・。」

ふううっと煙を吐き出すと、咥えていた煙草の火を消しながらチラリと窓の外へ視線を向ける。
一瞬視界の中を緑の髪が横切ったのだ。
小さな窓からそちらを伺えば、さっそく鍛錬でもするのか、それとも眠るのか、暇になった剣士はやることがなさそうだ。
いっそ皮むきでもやらせるか、と考えてサンジはその考えを即座に却下した。
昨夜、身を潜めて海兵をやり過ごしている間、ゾロはかすかな仮眠さえとっていないはずなのだ。
交替で眠るはずが、船に戻るとやることの多いサンジを気遣ってかゾロは起こそうとはしなかった。
そしてサンジを眠らせている間、朝日が昇るまでゾロの警戒は一瞬たりとも解かれなかったのだ。
微動だにしないその姿に、逆に安心して眠ってしまったのだと気付いたサンジは、目覚めた時には申し訳ないような照れくさいような妙な気分を味わった。

「あー、やっぱり、魚にするかなあ?」

肉よりは魚の方が好きらしいゾロをたまに労ってやるのもいいかもしれないと苦笑する。
さて、レシピは決まったとばかりに調理の邪魔になる上着を脱ごうと手をかける。
無造作に脱ぎ、そのまま椅子の背に掛けようとしてポケットから覗く白と紫紺の紐に気付いた。
結局あのまま返してなかったのかと苦笑しつつ何気なくそれを引っ張り出す。

「・・・は?・・・・え?」

紐の先、小さな鈴と真っ白な真珠のような石。
ゾロが色を変えた、白い刀をナミやサンジに想像させた石はそれは真っ二つに割れていた。

「なんで?」

真珠のような真っ白な欠片を手のひらに載せてクルリと裏返す。

「・・・・マジかよ。」

サンジは自分の顔にゆっくりと血の気が登っていくのを止められなかった。



真っ白な真珠のような殻の中は、透き通るような蒼水晶とそれを囲む金のグラデーション。



透き通る蒼水晶はサンジの目の色を安易に想像させた。
白い刀を想像させた真っ白な石に守られたサンジの色。
それがどういう意味を持つのか、危険からサンジを守って砕けた石を見る限り明らかだ。
もっとも、ゾロ本人が気付いているかどうかは不明だが。

とりあえずはお礼を言っていた方がいいだろうと、それを胸ポケットに仕舞おうとして自分のお守りも同じ場所に入っていたことを思い出した。
緑と金の紐を胸ポケットから引っ張り出して、そしてサンジは先程と同じく赤面し、同じ言葉を呟くことになる。

「・・・マジかよ。」

紐の先、窓から差し込む太陽の光を反射して部屋の中に淡いグリーンの輪がいくつも浮かび上がった。
一見、漆黒としか見えない石は実は深い深い翠色。
人工でない光を受けて初めてその美しい色を宿す。
壁に映るその輝きは誰が見ても分かるほど綺麗な翡翠色。
あの場でこの色に気付かなくて良かったと思う反面、もし気付いていたら何かが違っただろうかと考える。
ラブコックと自称する己の感情にまったく気付いていなかった。
勝手が違うとはいえその鈍さに笑うしかない。

「よし!」

二つのお守りを手にしてサンジは船尾にいるだろうゾロの元へ向かう。
とりあえずは、礼を言って、そしてこのお守りをゾロに手渡してみようと決意する。
恋愛未満のこの気持ちは今夜にでも酒を酌み交わしながら話してもいい。
きっと驚くだろうが、ゾロの気持ちは手の中のお守りが示してくれている。

「ゾロ・・・。」

カツンと靴音を響かせて立ち止まり、その名前を呼べば海を見つめていたその背がサンジへと振り返る。
サンジを映し、柔らかく揺れた眼差しに温かい気持ちが広がった。
友愛か恋愛なのか、ゾロが気付かなくても恋愛に進みたいと感じてしまった己がルールだ。

「ゾロ、これ・・。」

サンジは笑みを浮かべると、ゆっくりとその手をゾロへと差し出した。





END++

SStopへ
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淡々としたお話で甘さ控えです(^^;
ほのぼのとした感じのこれから関係が変わるって感じの二人です(笑
恋人未満、恋愛未満の関係のお話。


(2005/12/04)