「なあ・・・キスしてもいいか?」
唐突に掛けられたその言葉と内容をナミは理解できなかった。
「・・・なに?・・悪いんだけどもう一回言ってくれるかしら?」
甲板のパラソルの下。
いつもの定位置に座って、いつものように用意された美味しいお菓子と紅茶を優雅に楽しんでいたはずだった。
その日、自分からは滅多に近寄ってこない緑の髪の剣士がパラソルの影に寝転んでいたことを除けばいつもと同じ日常だった。
「だから、キスしてもいいか、って聞いてるんだ。」
どこか怒ったように言われて、ナミは呆れたようにその顔を見つめた。
「なんでキスさせなきゃいけないのよ。お金取るわよ。」
「ッチ・・。」
ムクっと起き上がり、その場で胡坐を組んだその表情は拗ねているという表現がピッタリ当てはまりそうだった。
「なに?理由はなんなのよ?」
「・・・・。」
「どうせサンジくん絡みなんでしょ?」
「なっ・・・。」
ナミの言葉にサッと頬に朱を刷いた剣士の表情にあら、可愛い、と内心思う。
「知ってるわよ。だから言っちゃいなさい。」
この剣士と女好きの料理人が付き合っているのは周知の事実。
本人達は隠しているつもりらしいが、この狭い船の中で完全に隠すことなど出来るはずもなく、実際ナミなどはきわどいシーンを目撃したことも数回あったりする。
ナミの言葉に明らかに落ち着きをなくした剣士の様子を眺めながらポットからカップに紅茶を注ぐ。
「・・・クソコックが・・。」
ゆっくりとカップ一杯を飲み干すだけの時間、黙り込んでいた剣士が小さな声で話し始める。
「サンジくんが?」
「女みたいだって・・・。」
剣士の言葉は端的過ぎて内容を把握するまでに時間がかかることが多い。
まあ、暇なときはそれが逆に楽しかったりするのだけれど。
「何が、女みたいって言われたの?」
剣士は困ったように数度ナミを見つめて自分の口元に手をやる。
その動作にナミは合点がいったように頷いた。
「唇が女みたいって言われたのね?それでキス?」
剣士の無言は肯定。
言われてみれば特に手入れをしているはずもないのに剣士の唇は皮が剥けたり、ひび割れていたりそんな荒れた様子もない。
薄いけれど綺麗な形のそれ。
「どうしてあたしなのよ。ロビンでもいいじゃない?」
「アイツは・・ダメだ。」
すこし迷ってそれでもキッパリと答えた剣士の様子にちょっとだけ驚いた。
「あら?どうして?」
「よくわかんねぇが・・・アイツはダメだ。」
重ねて尋ねればそう答えてくる剣士の言葉に微かに苦笑する。
そこに男女の感情があるのかないのか分からないが、ロビンはこの鈍い緑頭の剣士の事を気に入ってる。
剣士がキスさせてくれと言ったら、それこそ嬉々として『キスだけでいいの?』とか言って、遊ばれてしまうだろう。
それが好意からなだけに邪険に扱えない剣士はロビンにいいようにされるのが見えている。
まあ・・・それにゾロが気付いていたとはちょっと意外だったけどね・・・ナミは心の中で小さく呟くと立ち上がり、ゾロの正面にペタンと座り込んだ。
「一回すれば気が済むのね?」
「おう。」
ちょっと呆れたように言ってやれば嬉しそうに頷く。
アタシはあんたと違って、きちんと乾燥させないようリップ塗って、お手入れだってしてるのよと近付いてきた艶やかな唇に思う。
閉じられた睫が意外に長くて、こんなに至近距離で顔を見たことはなかったなとぼんやりと思った。
「どう?」
「・・・わかんねぇ。」
柔らかく重なって離れていった唇に問いかける。
たぶん、料理人に悪気はなかったのだろうと思う。
触れた瞬間の感触が柔らかくて、とっさに女性の唇のようだと深く考えもせず口にしたのだろう。
ただ、それをこの鈍い剣士が覚えていて、ナミにキスをねだってくるとは想像もしてなかっただろうけど。
そしてやっぱりというか予想どうりに、キスを強請ってきた本人は料理人の言った言葉の意味を理解できなかったらしい。
言葉にして教えてやるのも癪で、やらせ損かしらとナミは思う。
ふと、視線を感じて顔を上げれば複雑そうな眼差しでこちらの様子を伺っている料理人の姿。
あの様子からして先程のナミとゾロの行為を見ていたのだろう。
まあ、自業自得よね・・とナミは小さく笑った。
「それじゃ、お礼貰おうかしら♪」
「げ・・金取るのかよ。」
嫌そうな剣士の顔にちょっとした意地悪心が刺激される。
どちらにとっての意地悪になるのか分からないけど。
「大丈夫、貧乏人からこれ以上お金は取らないわよ。現物で即日回収するから。」
ナミの言葉に意味が分からないといった表情で剣士は少し首を傾げる。
「あ、そのまま動かないで目閉じてくれる?」
ちょうどいい角度に傾げられた顔にナミはそう言ってみる。
そのお願いにあっさりと応じたゾロと、素直に閉じられた目蓋に呆れるのと料理人の苦労を思う。
あまりにも警戒心のないのもどうかと。
「・・ん?・・・ぅん・・。」
ナミは近寄ると、さっき軽く触れて離れていった唇を角度をあわせてしっかりと捕まえる。
咄嗟に後ろに逃げようとした体の膝に乗り上げ、体重を掛けて動きを封じて深く口付けてやる。
両手でグイと頬を捉えてビクビクと怯える舌を追い回し、吸い上げ絡めてたっぷりと味わう。
しっかりと官能を掻き立てるキス。
「・・・んぅ・・・・ぁあ・・。」
ぴちゃりと音を立てて絡まる口から零れてきた感じ入った甘い声に満足して開放する。
思った以上に楽しかったかもしれない。
信じられないといった風に見つめてくる力の抜け切った剣士の髪を優しく撫でて、料理人を見上げれば困ったように笑っている。
どちらを止めに入るべきか悩んでいるうちにキスシーンは終わったのだろう。
「どう?気持ちよかったでしょう?サンジくんに飽きたらいつでも乗り換えていいのよ。」
ニンマリと魔女の笑みでそうゾロに告げると真っ赤になって怒ってくる。
もっとも腰が抜けて立てない剣士などぜんぜん怖くもなかったが。
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遅くなりましたがナミさんお誕生日おめでとうございます♪
プレゼントはゾロです(ぉぃ
ナミさんとサンジのキスどっちが上なのかなーと思いながら書きました(^^;
どっちにしてもゾロはもう少し頑張りましょうってことで(笑
〜 Lip stick 〜