【 目撃者 】
<side Sanji>
見てしまった。
見てしまったんだ。
それは・・・俺がほんの少し気分転換しようとキッチンを離れた時だった。
「んっ?ゾロ?」
不意に視界を掠めた特徴的なシルエットに俺は首を傾げた。
何故なら停泊しているこの船には現在居ないはずの人物だったからだ。
『久々にゆっくりしましょう。』
海軍も駐留していない平和な街みたいだし・・・そう続けられた麗しの航海士の言葉に異存はなく、買出しの食料チェックに俺を残し、他のクルーもどこかウキウキとした足取りで陸へと降りていった。
滞在期間が長めである事と、昼過ぎについた島では生鮮の市は終わっているし、町の雑貨屋や商店の数も少なく、一通り書き出した貯蔵用の食料を買い込んで、俺はさっさと船に戻ってきていた。
冷蔵庫の整理も兼ねていつもより豪華な、けれど遅めの昼飯を済ませ、夜までに宿に辿り着けばいいという気楽さから、ふと思い立ち、キッチンの掃除を始めたのだ。
長い航海、マメに掃除しているつもりでも、こうして時間を取ってまで掃除することは滅多にない。
やはりというか思った以上にやりがいのあるそれに夢中になって片付けていたのだが、気付けばかなりの時間をそれに費やしてしまっていたみたいで、いつの間にか空は茜色に染まっていた。
だが、此処までやったのだからと思う気持ちと、いつ同じように時間を取って掃除する事が出来るのか分からないという状況から、少々遅くなっても此処を片付けを済ませてしまうことを優先にした。
そして一通り床を拭き上げてしまうと、最後のワックス掛けの前の息抜きにと蜜柑畑へと俺は足を向けたのだった。
「あいつ、俺を迎えにきたってことはねぇよな?」
珍しく煙草を吸う事もなく、ぼんやりと街へと目をやっていた俺の視界に特徴的なシルエットが映りこんだ。
蜜柑畑にいるこちらに気付いていないのか、一直線にラウンジへと向かったその姿は戸惑いもなくスルリとその中へと消えていく。
誰かが遅い俺を心配して迎えにくるとしても一番可能性のない人物の登場に苦笑する。
ゾロを迎えに出したが最後、そのゾロを迎えに行かなければいけないという本末転倒な結果があるだけだ。
たぶん、街をうろついていてクルーとはぐれ、気付いたらメリーが見えていた・・・そんなところだろうと見当をつけて、次に開かれるだろう扉をジッと見つめる。
「・・・・あれ?」
5分、10分、経ってもゾロが入っていったラウンジの扉は一向に開かない。
船番としてサンジがここに残っているのはゾロも知っているし、どう見ても掃除途中のキッチンのはずだ。
「アイツ何やってんだ?」
てっきり食事か酒を強請りに自分の事を捜しにくると思っていただけに少々首を傾げながら俺は蜜柑畑を離れた。
そのあと気配を消してラウンジの小窓に近寄ったのはたいして意味があってしたことじゃなかったのだが・・・。
『・・・?』
小窓からそっと中の様子を伺うと、ゾロがジッとテーブルの前で立ち尽くしている。
もし酒をくすねて飲んでいるようならその現場を押さえて、航海中の酒を制限させるかと、そんなつもりだった。
『アイツ何やってんだ??』
俺が見ていることに気付いていないのだろう。
ゾロはただジッとテーブルの上、一点を見つめて微動だにしない。
その視線をいぶかしみながら辿り、そして俺の頭の中はますます疑問符でいっぱいになった。
ゾロが見ているのは俺が置き忘れた煙草。
『・・・え?』
そして俺は見てしまった。
ゆっくりと伸びたゾロの手が箱の中から1本抜き出し、何度かクルクルと指先でそれを弄んだあと、フィルターにそっと唇を触れてからまた同じように箱の中に戻すのを。
なんというか、それを見た俺の心境は複雑で、抜き出したそれを吸うのなら、あいつも喫煙できたのかと、ただそれだけだったのだが、さすがに声をかけることも出来ずに俺は気配を消したままそっとその場を離れた。
「あれって・・つまりは・・・そういうことだよな?」
蜜柑畑まで戻りポロリと唇を割って零れた独り言に顔が赤くなるのが分かった。
煙草を吸おうとして口に咥えて戻したのとは明らかに動作が違った。
あれは、キスの動作だ。
キッチンを訪れれば居るはずの俺が居ない。
手持ち無沙汰に視線を巡らして目に止まったのが置き忘れてそのままになっていた俺の煙草だったのだろう。
そして、ゾロは・・・・。
「うわぁ・・・どーしよ?」
その場に立っていることも出来ずに思わず座り込み、頭を抱えてぐしゃぐしゃと髪を掻き混ぜる。
確かに恋人という立場にお互いの間柄が変化したのはつい数日前のことだ。
俺から告白して、戸惑いながらOKを出してくれたのだが、これといった変化はない。
まあ、つまり・・・・・・。
「キスしたいってことだよな?」
実はまだ挨拶代わりの可愛らしい稚拙なキスさえ交わしたことがない。
煙草といえばサンジの匂いというぐらい身体にその匂いが染み付いている。
火のついていない煙草はそれほど香りがあるわけではないが、それでもゾロにとってサンジの匂いだったのだろう。
無意識に唇を寄せるぐらいに。
見ちまった。
見ちまったんだ。
一瞬だけ触れたその唇が小さく俺の名前を呟いたのを。
<Side Zoro>
見てしまった。
見てしまったんだ。
ほんの少し、ちょっとだけ、その場を訪れただけで、けっして悪気があったわけじゃなかったんだ。
「・・・?クソコック?」
日課の鍛錬をこなし、汗に濡れた身体をさっぱりさせようと俺は風呂場に向かった。
夏島が近いらしく気温の高い中の鍛錬はいつも以上に汗を噴出させ、ついでに水でも被って涼んでこようと錘を片付けたその足で、そのまま風呂場に向かった。
「あ・・・いけね。」
風呂場の扉を開け、俺は脱ぎ散らかした服と一緒に命の次に大事な相棒達を甲板に置き忘れていたことに気付いた。
この船の中でこれといった危険があるわけではないのだが、短時間とはいえ無造作においておくには少々危険な代物だ。
ゾロの持ち物だと知って、なおそれに触ろうとする人間は居ないのだが、何らかの弾みで鞘から抜け出るという可能性もゼロではない。
少しぐらいなら大丈夫だと思う反面、やはり気になる。
俺は一つ溜息をつくと、身体を伝う汗が徐々に冷えてきたのに眉を寄せ、諦めたように甲板へと踵を返した。
「・・・?クソコック?」
甲板に出るとそこに意外な人物のシルエットを見つけて俺は小さく呟いて立ち止まった。
先ほどまでキッチンに篭り、チラリともその姿を現さなかった人物が静かに佇み煙草を燻らせている。
確かに船尾のその場は、俺の次にサンジがもっとも多く姿を見せる場所だ。
それはサンジと俺の関係が変化する前から、変わりなく続いている場面の一つだった。
「・・・・・?何して?」
始め、サンジは甲板に放り出していた俺の衣服や刀を拾い集めているんだと思った。
コックという職業柄か、性格なのか、気付けば自分以外が散らかしたものでも片付けている節のあるサンジのことだ、てっきり目について片付けているのだと、どこか申し訳ないような気持ちで声をかけようとして俺は目を見張った。
だから少し早足で近寄りかけいた動作も、予想外もしなかったそれに無意識に足が止まった。
『・・・・・・?』
サンジは俺が脱ぎ散らかしたシャツや置きっぱなしになっていた刀を片付けているわけじゃなかった。
確かにその手が無造作に拾い上げたのは俺の刀だったが、それ以外には目もくれず、ただひたすら手の中の白い刀を見つめている。
そう、サンジが手にしているのは親友の形見。
俺の誓いの証。
「・・・・え?」
ゆっくりとその手が動き、キラリと陽光の元に晒された煌めく白刃に背をゾクリとしたものが這い上がる。
サンジの手に提げられ、鞘から抜き放たれた刃が陽光を反射する様にどこか漠然とした不安を感じた。
ルフィ達と違い、その刃をやたらと振り回すなどという事をするわけはないと思っていても、切れすぎるぐらいに斬れる刃で、その手に怪我しないだろうかと眉を顰めた時だった。
『ゾロを守ってくれ。』
風に流れ、耳に届いた言葉に俺は驚いてただその姿を見つめることしか出来なかった。
白刃を見つめ、どこか寂しげに笑ったサンジの口から漏れたのはそのたった一言。
そして咥えていた煙草を指先に挟み取ると、その唇がそっと柄に触れたのを見て俺は慌ててその場から立ち去った。
願うように、誓うように、厳かに口付けられた白鞘の刀。
見ちまった。
見ちまったんだ。
大切そうに、愛おしそうに、俺の名を呟いた幸せそうなその顔を。
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携帯サイト開設1周年記念、タイトルアンケート結果第3位『目撃者』です。
シリアスにするかギャグにするか、視点を第三者にするか、いろいろとグルグルした挙句、それぞれの視点からというお話になりました。
これで携帯サイトアンケートの5タイトルは終了です♪
SSSということですべてワンシーン切り取りですが、雰囲気を味わっていただければ幸いですw
遊びに来てくださるすべての方に感謝をこめてありがとうございますと、そしてまた来年、こうした機会がもてればと思います。
更新のんびり、まったりのサイトではございますが、どうぞこれからも遊びに来てやってくださいませ。
お待ちしております。(^^
(2006/11/11)