≪迷惑な貴方≫
ガバッと擬音がつきそうな勢いで、今まさに目の前で土下座している男を呆然とゾロは見つめた。
「お願いします!!」
場所は広くはない宿屋の一室。
船を修理にドックに預け、ナミが思いっきり値切った本日の寝床。
先ほどまでいつもの様に大騒ぎしながら食事を終え、それぞれが割り振られた一室にゾロは本日の同室者と共に帰って来たところだった。
「お願いします!!」
とてもじゃないが綺麗には見えない床板に額を擦り付けんばかりにその金の頭がブンっと下げられる。
その得体の知れない勢いに飲まれて思わず後退ったゾロは、背後にあった何かに膝裏をぶつけるままに引っ繰り返る勢いでその場に座った。
ふわりとした安宿には珍しい寝心地の良さそうな布団と、固めのスプリングにぶつかった正体が本日の寝床であったことにゾロはかすかに血の気を引かせた。
そんなゾロの様子に気付いたふうもなく、土下座した男の口から嘆願の言葉が投げかけられる。
「俺の為に脱いでください、ゾロ!!!」
真剣な顔でゾロを見つめるサンジが何か別の生き物のように感じる。
言葉遣いも妙なら言っていることも変だ。
いま、聞き間違いでなければサンジはゾロに『脱いでくれ』と口走りはしなかっただろうか?
「あ・・・、あっと、クソコック?」
「何?なんでも聞いて、ゾロ?」
キラキラと期待に輝く蒼い瞳にヒイイーっと心の中で悲鳴を上げながらゾロはゆっくりと口を開いた。
「いま・・・聞き間違いじゃなかったら、俺に脱げ・・とか、言わなかったか?」
「うん、そう言った。」
ニコニココクコクと首を縦に振るサンジの様子に、これは偽者で本物はどこかに監禁されているとかじゃなんだろうかとゾロは現実逃避を計る。
「言っとくけど、俺ぁ、偽者じゃねえぞ、クソ剣士。」
その思考を見透かしていたのか、あっさりといつもの口調で喋ったサンジにゾロは再度心の中で悲鳴を上げた。
偽者じゃない、本物でこの『お願い』。
その意味が分からないだけにますますサンジが怖い。
「・・・理由・・・、訳を言え。」
サンジはゾロに土下座してそのまま床に座っている。
対してゾロはベットの縁に座ってしまったとはいえ、立ち上がれば一瞬で次の動作に移れるだろう。
そうドアがサンジの背後にあるとしてもゾロの方が動きは早いはずだ。
それなのに・・・、ゾロの本能がこのサンジを交わして部屋から抜けることは不可能だと告げている。
むしろその行動を起こすことが命取りのようにも感じる。
「見たいから。」
意図はともかくゾロの質問にキッパリと言い切ったサンジにヒクっと唇が引き攣った笑みを浮かべる。
もともとよく分からない思考の持ち主だと思っていたがとうとう行くところまでいったのかと、ゾロは恐怖も相俟ってじんわりと涙が浮かびそうになった。
「おいおい、そんな目で見んなよ、傷付くじゃねえか。」
ふっと笑った皮肉っぽいいつもどおりのサンジの笑みも、今のゾロに安心感を与えることは出来ず、ますます恐怖を与えるだけだ。
「いいか、俺は女の子が好きだ。大好きだ!!」
土下座したため正座してゾロを見上げて胸を張って言い切ったサンジはいっそ男らしいと思う。
「この世のすべての女性が俺の愛の対象だ。愛に歳は関係ない。」
サンジに歳は関係なくても相手には関係あるだろうとゾロは心の中で突っ込みを入れる。
第一幼い少女に手を出せばもれなく犯罪者だ。
「綺麗で優しく、温かな彼女達は女神だ!まさしく俺に愛される為に生まれてきたとしか言いようがねえ。」
きっぱりはっきり言い切るサンジにその根拠のない自信は何処から来ているのだろうとゾロは思った。
「そう、だから間違っているんだ。」
自論を目を輝かせて語っていたが、不意にその瞳が少し陰って視線が泳いだのにゾロはゴクリと喉を鳴らせた。
「マリモを夢に見て勃つなんて、絶対嘘だ!!」
蒼い瞳がじっとこちらを見つめて、そして告げられた台詞にゾロは一瞬意識が遠のきそうになった。
聞きなおすのも怖いような単語がサラリとサンジの口から漏れたような気がする。
「あまつさえ夢の中でテメェをアンアン言わせてるなんてありえねえ。きっと溜まっちまってどっかの回路が変なふうに繋がっちまったんだな。」
爽やかな笑顔で言い切り同意を求めるようにこちらを見つめてくるサンジがとっても怖い。
「現実でテメェの身体をみて、勃たねぇと確認してぇんだ。」
追い討ちをかけるようなサンジの言葉の羅列にゾロは真っ白になりかける思考を必死で繋ぎとめた。
ここで意識を手放すのは簡単だが、手放してしまったが最後、どうなるのか分からない。
第一、万が一、勃った場合はどうするつもりなのか聞くのは怖い。
「だから、脱いでくれ!!」
「いやだ!!!」
ガバっと頭を下げながら叫んだサンジに速攻でゾロは声を上げる。
冗談じゃない、理由を聞いた今ますます脱げるものかとパニックを起こしながらズルズルとベットの上を後退って逃げる。
「なんでだ?!理由言っただろうが!」
「馬鹿か!その理由で脱ぐ馬鹿が何処にいるか!」
「どこが納得いかねぇんだ!」
「全部だ全部!!!」
正座したままベットの方へとにじり寄ってくるサンジから逃げようと下がるゾロの背は、無常にもベット横の壁を捉えてしまう。
せめてもう片方の窓際の方のベットに逃げていればその窓から脱出を図れたのものをと思っても後の祭りだ。
「男らしくないぞ、ゾロ。」
「男らしくなかろうが構うか!!」
「ちょっと脱いでくれるだけで良いって言ってるだろうが。」
「ちょっともクソもあるか、嫌なもんは嫌だ!!」
押し問答を続けながらゾロはサンジと同室にしたナミを恨んだ。
サンジが真面目に、しかも本気で言ってるだけに怖いし、得体の知れないこの状況にゾロは完全に対応しきれてはいない。
とりあえず口を閉ざしたら終わりとばかりにゾロは必死で応酬する。
「理由も話して、これだけお願いしてなにが不満だ!」
「不満だらけだ、クソコック!!」
徐々に音量の上がった声は隣近所に聞こえているんじゃないだろうかと思いながらもゾロは声を抑えることは出来なかった。
むしろこの言い合いに煩いと誰か怒鳴り込んできてはくれないだろうかと、僅かばかりの期待を篭めて扉へとチラリと視線を向けた。
「ヒイッ・・・!」
視線を一瞬でもサンジから逸らしたのが悪かったのかいつのまにかベットに這い登るようして身体を近づけてきていたサンジにガッシリと足首を掴まれる。
「ゾロ・・・。」
怖い、はっきりキッパリ怖い。
「脱げ!!」
「嫌だ!!」
「裸見るだけだって言ってるだろうが!」
「嫌だって言ってるだろうが、変態コック!!」
ズリズリと足首を掴んだままベットに乗り上げてきたサンジにゾロはすでにパニック気味だ。
頼みの刀達はもう一つのベットに入るなり置いてしまったのでとてもじゃないが手が届かない。
殴って排除すればいいような気もするが、このサンジを殴り飛ばしても、なんとなくだが火に油を注ぐような気もして怖くて実行できない。
「脱げねえなら脱がしてやる。」
ヒイイーとゾロは本日何度目かの悲鳴を心の中で盛大に上げた。
宣言どおりにシャツに手が掛かるのを必死で防いでその動きを阻止しようと手を伸ばす。
足を掴まれていた不安定な姿勢で押し問答を繰り返した結果、バスっと鈍い音がして固い壁から柔らかなクッションへとゾロの身体が倒れこんだ。
それは本日の寝床でますます体勢が不利な状況になっていくことにゾロは血の気を引かせた。
「離せ、馬鹿コック!!」
「嫌だ!」
「やめろって言ってんだ、クソコック!」
ベットの上で脱がそうとするサンジと脱がされまいとするゾロとでもみ合いになる。
外したと思ったらまたいつの間にか手が戻ってきてシャツに掛かる手にゾロは必死になって抵抗を強める。
この抵抗をやめたらどうなるのか想像したくない。
「こぉの!!暴れんな!。」
グイッと両手を一纏めに頭上に押し付けられ正面から蒼い瞳に睨み付けられる。
ゼエゼエと荒い息をお互いに吐き出しながらゾロはその瞳を同じく睨み付ける様にして視線を鋭くする。
「離せ!エロコック!」
口調も鋭く威嚇するが圧し掛かるようにして荒い息を整えているサンジは動きを止めたまま何も言わない。
「ゾロ・・・・。」
先ほどとは違うトーンで名前を呼ばれゾロは嫌な予感にビクリと身体を震わせた。
よくよく考えればここはベットの上で、ゾロは半ば脱がされかかっているし、そのゾロにサンジは乗り上げるようにして身体を寄せている。
よく考えなくてもとってもヤバイ状況ではないのだろうかとゾロは恐る恐るサンジを見上げた。
「ゾロ・・・・どうしよう。」
息の整ってきた低いサンジの声にゾロは聞き返すのも動くのも怖くただひたすらにその顔を見つめる。
「クソ興奮しちまったみてえ、勃っちまった。」
エヘッと可愛らしく笑って小首を傾げたサンジにゾロの腕に鳥肌が立つ。
「離せぇ!!」
しっかりガッチリ乗り上げているサンジを振り落とそうとゾロは身体を捩る。
だが、どういうやり方をしているのか分からないがほんの少し拘束が緩まってもすぐに掴まってしまい、どうやっても振り解けない。
恐慌に陥りながらもゾロは必死で腕を取り返そうと暴れた。
そんな様子に笑ったサンジが身体を屈めて来て耳元で囁かれる。
「ダメだってゾロ。テメェに抵抗されると逆に燃える・・。」
「ヒイイイー!!」
低くどこか甘いトーンで囁かれた言葉に恥も外聞も忘れてゾロは悲鳴を上げた。
助けてくれと大声を上げて助けを求めたいぐらいだ。
「た・・・。」
実行とばかりにそのまま助けを求めようと大声を上げかけた唇をなんの躊躇もなくサンジに塞がれてゾロは目を大きく見開いた。
声を上げるために開けていた唇は抵抗もなく煙草の味のする舌を受け入れてしまい、まったく遠慮もなく口内を蹂躙しつつ愛撫していくそれに心の中で悲鳴を上げ続ける。
さすがにラブコックと自画自賛するだけあってキス自体は気持ちいいほうだろうと思う。
だが、男に、ましてや現在、貞操の危機にあるゾロにそのキスにうっとりするほどの気持ちの余裕も体の余裕もない。
「んっ・・・ぅ・・っ。」
ピチャピチャと鼓膜を震わす水音と、苦しげな己の息遣いに、赤面はすれども酔えるわけもなくゾロは必死で掴まれている手首を取り戻そうと腕を動かす。
「往生際の悪いやつ。」
濡れた音を立てて離れた唇をペロリと舐めながら笑うサンジにゾロはかすかに赤く染まった顔のまま口を開く。
「悪くて結構だ、いまなら冗談で許してやる。だから離せ、クソコック!。」
ゾロの言葉に何を感じたのかサンジが少し眉をあげて次にニッコリと微笑んだ。
「イ・ヤ。」
「クソコック!」
「だってさ・・・。」
クッと楽しげに笑みに歪んだ口元にゾロは再び嫌な予感に囚われた。
「アンタ、逃げられないんだろう?」
クククと肩を震わせるサンジにゾロの中の警告ランプは激しく点灯中だ。
「ゾォロ。」
ニッコリと笑って唇を寄せてくるサンジにゾロは釣られて引き攣った笑みを浮かべた。
「それじゃ、いただきます。」
「うぎゃあ!!」
無様に上げたゾロの悲鳴はあっさりとサンジの口の中に消え、そしてゾロのバージンもあっさりとそのままサンジに美味しくいただかれてしまったのだった。
翌朝、目覚めると同時に未使用のベットが飛び込んできて思わずゾロは涙ぐんでしまった。
なにが悲しくて男の腕の中で朝を迎える羽目になったのだと痛む節々に悲しくなってしまった。
そんなゾロをギュッと抱き締めて、目覚めたことに気付いたサンジが楽しそうに話しかけてくる。
「良かったぜー、ゾ・ロ。」
「俺はよくねえ!!」
「またまた嘘は良くないぜぇ、テメェもしっかりイッたじゃねえか。」
「・・・・・そういう問題じゃねえ・・。」
あきらかに言葉の通じていないサンジの様子にゾロはガックリと肩を落とす。
怒鳴っても宥めすかしてもこの妙にハイテンションなサンジには言葉が通じないというのは昨夜しっかりと学習ずみだ。
「・・・なにしてる、クソコック。」
「ん?朝のご挨拶しようかなと思って。」
さわさわと背から腰を撫で徐々に下がろうとしている手首をゾロは掴みあげた。
「な・に・を・してくれようとしてんだ、このエロコック。」
「だから、ご挨拶。」
上機嫌としか言いようのないサンジにゾロはガックリと脱力する。
そして、ガツンと容赦のない頭突きをかましてサンジがひるんだ隙にその腕を振り解いてベットから抜け出した。
引き止める為にか伸びてきた腕がゾロの腰に絡みつき、ついでとばかりに浮き出た腰骨に齧りつかれる。
「あっ・・・。」
その予期せぬ刺激にゾロの口から押し殺す間もなく甘い声が零れた。
「テメェ・・。」
真っ赤になりながら綺麗な歯並びが浮かび上がった肌を見下ろして、そこに口付けるサンジをゾロは睨みつけた。
「俺のものって印。」
跡を舐めながらヘラリと笑った金の髪をパシンと叩くと、ゾロは顔を覆って呆れたような溜息を深く深く漏らしたのだった。
END++
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軽いノリだけのお話です(笑
しかもこの人達カップルじゃないし(^^;
流されゾロ&ヘタレサンジでギャグです(たぶん
(2006/01/29)