愛されたいと願う人










          『 貴方のことが好きです。 』













 茜色から徐々に藍色へと姿を変えていく空をぼんやりと見上げて、ゾロは漂ってきた夕餉の香りに目を細めた。
「今夜は焼き魚・・・か・・。」
 魚の焼ける香ばしい匂いと、なにやら煮物の匂いがする。珍しいことに今夜は自分の好きな和食らしいと無意識に口元を綻ばせかけて、ゾロは誰が見ているわけでもないのに慌てて唇を引き結んだ。
「・・・・。」
 夕餉前、ほんの息抜きにとゾロはキッチンの壁を背にして座り空を見上げていた。
 だからこそ、キッチンの中で動く、楽しげな人の気配もこうしているだけで捉えることが出来るのだ。
 そして聞こえてきた微かな笑い声を耳にゾロはゆっくりと目蓋を下ろす。そういえば今日の夕食当番はチョッパーだったなと思い出し、嬉しそうにチョロチョロとサンジを手伝っている小さなその姿を想像し小さく笑みを浮かべた。
 週に一度か二度、夕食の手伝いに誰かしらが小さなメリーのキッチンへと足を運ぶ。
 それは朝昼晩と休むことなく食事を用意してくれるサンジの負担を軽減する為と、キッチンという特殊な場所に無意識に安らぎを求めるせいだった。
 料理人としてのサンジがキッチンにその感情を抱くのかどうかは分からないが、食事の記憶や匂いの記憶というのはすなわち、温かい家族の姿を思い起こさせる。ホームシックというほどではないが、母親の手伝いをしてキッチンに立つ、あの温かななんともいえない感情をどこかで懐かしがっているのだろう。ナミ、ウソップ、そしてチョッパーの三人は時々、他愛もない話をしながらキッチンで食事が出来上がっていくのを見て、手伝っていくのだ。
「おおーい、飯だぞー。」
「めっしいぃぃー!!」
 匂いが濃くなったと感じた瞬間に甲板にサンジの声が響く。
 その呼びかけに待ってましたとばかりにキッチンへ飛び込むルフィの姿を想像して、そしてそれに続いて扉の開閉する音や、甲板を歩くヒールの音。それぞれがキッチンへと向かっているのを想像してゾロはかすかに口元を緩める。
「おら、飯だ、クソ剣士。」
 カツンと一つ靴音を響かせて、夕餉の匂いに混ざって煙草の匂いが鼻先を掠める。
「起きてんならさっさと来いよ。ルフィに全部食われちまっても知らねぇぞ。」
 カチリカチリとライターの蓋を開閉させ、近寄ってきたサンジの気配にゾロはゆっくりと目を開けた。
「はよ、まりもちゃん。」
「まりもはよ・・・。」
 サラリと額に髪が触れたと感じるまもなく、チュッと可愛らしい音を立てて唇を吸われ、ゾロの眉間に皺が寄る。その皺にも軽く口付けると倒していた体を戻し、サンジは手にしていたらしい煙草を口に咥えて火をつけた。
「焼きたてがうめえんだよ。早く行けよ。」
 チラリと座ったまま動き出そうとしないゾロを見て、かすかな笑みを浮かべてサンジが促してくる。そんなサンジをジッと眺めて、ゾロは小さく息を吐き出して立ち上がった。
「わかった。・・・・てめぇも早く来い。」
「・・・ああ。」
 横を通り過ぎるその瞬間に頬を撫でてきた指先に唇を触れさせて、ゾロはキッチンへと足を向ける。
 サンジがああやって食事の給仕もせず、キッチンから出てきたということは古巣を懐かしがっている証拠だ。
 ナミやウソップ、チョッパーが感じる家族の温かみは、サンジにとってはあのレストランの片足の育て親を思い出させるのだろう。
 ごくたまにだが、出来上がった料理をそのままにサンジは後方甲板に来ては煙草を吹かしている。
そして煙草一本分、きっちり吸うといつもの顔になって、またキッチンへと戻ってくるのだ。
「あー、ルフィ!それ俺のだ!」
「自分の分を食べてからにしなさいよ、意地汚いわね。」
「ああー、俺のー。」
「ふふっ、泣かないで船医さん。私のを上げるわ。」
 扉をくぐると同時に賑やかな声に出迎えられてゾロは苦笑を一つ零すと自分の席へと腰を下ろした。
「はい、どうぞ。」
「お、すまねえ。」
「いいえ。」
 ひょいひょいと手だけが茶碗にご飯を盛ってテーブルを行き来している。
 ロビンに差し出された茶碗を受け取って焼きたての魚を齧りながら、白い飯を掻っ込む。作れないものはねえ!と豪語するだけあって、サンジはこの船に乗ってから初めて和食を作ったらしいが、はじめから食卓には美味そうな飯と料理が乗っていたなあとゾロはほんのり甘味のある芋の煮物を口にした。ただ、他の料理と違いメニューのバリエーションがまだまだ少ないらしく、和食は月に二度か三度あればいいほうだ。
「おかわり!!」
 元気よく突き出された茶碗を受け取ろうとした白い手から攫うようにして骨ばった手がその茶碗を奪っていく。
「てめぇは食いすぎだ!」
「ええー、おかわりだ!サンジ!!」
 唇を突き出し、不平の声をあげたルフィにそれでも山盛りになった茶碗が返される。
 ついでとばかりにヒョイヒョイとウソップ、チョッパーの茶碗にもおかわりをよそって、サンジはゾロの元へとやってくる。
「ほら、てめぇもだろ?」
 ニッと唇の端を引き上げて笑ったサンジにゾロは無言で残りの飯を掻き込むと空の茶碗を差し出した。それを嬉しそうに受け取って、釜へと向かったサンジを見ながらゾロは即席漬けのきゅうりをポリポリと音を立てて噛み砕く。
「しっかり食えよ、クソ剣士。」
 ニヤリと笑って差し出された茶碗を受け取ったゾロに、サンジ贔屓だ!とルフィから抗議の声が上がる。それに、てめぇは言われなくてもしっかり食ってるだろうがと、呆れた声が返り、周りから同意の声と笑い声が上がった。
 賑やかな食卓。
 いつもの楽しい食事風景にゾロはチラリと上機嫌に笑っているサンジの姿を盗み見た。





『 貴方のことが好きです。 』





 ドクンと脈打った心臓と、チクリとかすかに感じた痛み。
 ゾロは大きな口を開け、しっかりと味のしみたニンジンを放り込むと、温かな湯気を立てている白い飯を掻き込んだのだった。





















 白い月と、冷たい風。
「どうした?気がのらねえか?」
「・・・いや、そんなことはねえ・・。」
 申し合わせたわけではなかったが、片付けを終えたサンジと示し合わせるような形で、倉庫でゾロは唇を寄せていた。
「でも、てめぇ全然反応してねえじゃねえか。」
 鍛錬後シャワーを浴びたゾロの肌を撫で回していたサンジが苦笑しながらも唇を寄せてくる。
「そうか・・?」
「ああ・・。」
 チュッと軽い音を立てて唇を吸われ、そっと漏れた息の隙間を縫うようにしてサンジの舌がゾロの中へと入ってくる。
 ぴちゃりと濡れた音を立てて絡まったそれに目蓋を落としてゾロは己に覆いかぶさるようにして身体を寄せたサンジの背に腕を回した。
「・・んっ・・。」
「・・・ゾロ。」
 角度を変え、何度も舌を絡ませて互いの味が同じになるまで口付けをかわす。
 こうして抱き合うようになって与えられるようになったサンジの口付けに、トロリと己の中の欲望が首を擡げ始めるのを感じる。
 甘やかして、甘やかして、そして奪う口付け。
 セックスの始まりを告げるその口付けは、はじめは甘く、そして最後はただひたすらに奪うように与えられ、気付けばゾロの中に燃えるような激しさしか残さない。
「・・ぁ・・・はっ・・・んっぁ。」
 トロリと蕩けた意識の中でゾロはサンジにまわした腕に力を篭める。



『 貴方のことが好きです。 』



『 はじめて会ったあの時からずっとずっと好きでした。 』



 癖のある文字でかざりっけもない便箋に書かれたそれを見つけたのは数日前のキッチン。
「・・ゾロ・・・。」
「・・・っ、・・ぁ・・ぁんっぁ。」
 ピアスの揺れる耳朶を弄っていた指先がするりと首筋を撫でて胸の飾りへと落ちていく。
「・・・んんっ!」
 小さな赤い突起を引っ掻くように爪で刺激され、ビクンと大きくゾロの身体が揺れた。



『 貴方のことが好きです。 』



『 はじめて会ったあの時からずっとずっと好きでした。 』



『 今も貴方だけを思っています。 』



 熱い熱いサンジの腕の中で、求められるままに身体を快楽に落とし、ゾロはきつく両目を閉じた。
「ゾロ・・。」
「う、あ・・ああ、ぁっ。」
 ガクガクと揺さぶられる衝撃と身体の奥底から湧き上がる快楽。
 飛びそうな意識の中でゾロはサンジの背に回した腕に爪を立てる。



『 貴方のことが好きです。 』



 真っ白な意識が途切れる寸前、頭の中に浮かんだ言葉は、筆跡に癖のある、恋人だと思っていた男の書いた、誰かに宛てた告白だった。





























 朝起きて、鍛錬をして、昼寝をして、夜が来る。
 日常は何時もと変わらず、ただ、己だけが不安定なのだとゾロは小さく唇を歪めた。
 あの夜、偶然なのか必然なのか、ほんの少しのタイミングでゾロはサンジが書いた恋文を目にした。
 言い訳ではないがゾロにはそれを盗み見るつもりはなかったのだ。
サンジ自身が仕事終わりにキッチンでレシピの整理や日記をつけていることを知っていたから、テーブルの上に冊子や紙が広げられていても、わざわざ覗き込んでまでその内容を見ようと思ったこともなければ、それ自体に興味もなかった。
 そう、だから、酒を取りに棚に向かって歩いたゾロがテーブルの下に落ちていたその便箋を拾い上げたのはただの偶然。その時、それを拾わなければ、いや、見つけさえもしなければ、サンジの書いたソレは一生、ゾロの目に触れることはなかったのだろう。
『 貴方のことが好きです。
はじめて会ったあの時からずっとずっと好きでした。 
今も貴方だけを思っています。 』
 左上がりの少し角ばった癖字。時折買出しのメモに見ていた文字は見間違えようもなくサンジ自身のものだった。
 ゆっくりと書いたのだろう。一字一字が丁寧にその白い紙に書かれていた。
『 迷惑をかけるつもりはありません。
  心から、貴方だ 』
 書きかけて止めたのか、それとも邪魔が入ったのかは不明だが、完成していないそれはそこで途切れていた。その後完成させたのかどうかはいまとなっては分からない。ゾロは一度拾ったそれをもう一度床に落とし、そのまま足早にキッチンを立ち去ったのでその夜一度もサンジとも顔を合わせていないのだ。
「ははっ・・・俺は馬鹿か・・。」
 サンジと所謂恋人関係になったのは数ヶ月前のことだった。
 やけに二人っきりになると絡んでくるなあと思っていたのだが、ある夜、問答無用で押し倒されたのだ。
 今にも泣きそうな顔をして。
 だから、驚いたけれどゾロはさほど抵抗もせず、サンジをその身に受け入れた。
 もちろん、その翌朝、すっかり酔いも覚め、同じ毛布に包まったゾロを見て、青褪めたままのサンジに一発拳をくれてやり、そしてゾロはキスを与えた。
 確かにあの夜のサンジはゾロを欲しがって理性の糸が切れてしまったようにケダモノだったし、必死だった。そして、そんなサンジを嫌いじゃないと、むしろ好意さえ伴ってゾロは受け入れたのだ。
 痛みも苦しさも全部甘んじて受け入れた。
 そして、翌日、順番は逆になったが、ゾロはサンジと所謂恋人という関係になったはずだった。
 だが、サンジは今でもどこかに思う女がいるのだろう。手紙をしたため、愛を囁く相手が。
 そんな男の事情を知らないままに、受け入れ、男同士の恋人ごっこに酔っていた己が滑稽で馬鹿馬鹿しいとゾロは苦笑を浮かべる。
 サンジにとって己はきっと海の上だけの恋人という役割なのだろう。
 いずれ夢が叶い、陸に下りたサンジの傍らには美しく可愛らしい、愛を囁くに相応しい相手が寄り添うのだ。
「・・・・クソっ。」
 ツキンと痛んだ胸の奥にゾロは小さく言葉を吐き捨ててゴロリと甲板に横になった。
 さわさわと風に揺れるみかんの葉から時折太陽の光が降り注ぐ。キラキラと輝くそれに反射する金の髪を思い出してゾロはきつく目を閉じた。
 認めなくてはならないだろう。
 サンジに付き合ってやっているつもりで、いつの間にかゾロ自身の気持ちもサンジに傾いていたことを。
「・・・・今更・・。」
 だが、なんと言って伝えるのだ。
 あの恋文を見て、今更なんと言ってサンジに自分の思いを伝えればいいというのだ。
「無理だ、無理。ぜってぇ、無理だ。」
 ぎゅぎゅぎゅっと目を瞑って、身体を丸め、ゾロは自身に言い聞かせるように呟く。
「なにが、無理なんだ?」
 ふいに翳った視界と煙草の香りにゾロはビクリと身体を震わせて顔を上げた。
「よお、まりもちゃん。」
 見上げたゾロからは影になって覗き込んでいるサンジの表情までは分からない。
 いつもと変わらず、二人っきりのときはほんの少し距離を縮めてくるサンジにゾロはゆっくりと瞬きを繰り返す。
「・・あれ?どうした、今日は怒んねえの?」
 いつもならちゃん付けで呼ばれる度にゾロは怒鳴り返していたのだが、そんな気分にもなれず、ゴロリとゾロはサンジに背を向ける形で寝転ぶ向きを変える。
「なんだよ。面白くねえ。」
 ある意味コミュニケーションの一つだったそれをゾロがスルーしてしまったことにサンジはつまらなさそうな声をあげる。
 そしてふわりとゾロの髪に冷たく骨ばったその手が下りてきた。
「どうしたんだよ?もしかして、体調悪いのか?」
 ゆっくりとゆっくりと髪を撫でていく手は慰撫するかのようでゾロはその動きに静かに目を閉じる。
「なあ・・・ゾロ。」
 嫌がるでもなくサンジのしたいように寝転ぶゾロにサンジが困惑したような声を掛けてくる。それに答えず寝たふりを続けたゾロにサンジが溜め息をついたのを感じた。そして、ゾロの背中に背中を合わせるような形で腰を下ろしたサンジが煙草に火をつけたのを匂いで感じ取る。
「どうしちゃったんだよ、最近のあんた。なんか変だぜ。」
 温かなサンジの身体と静かな声にゾロはぎゅっと身体を丸める。
 サンジが本気で心配しているのを感じるが、だからといってゾロもどうしていいのかわからないのだ。
 あの手紙を宛てた相手を聞いてどうするというのだ。
 サンジにその相手を忘れろとでも女々しくいうつもりなのかとゾロは固く目を閉じる。
「言いたくなったらいつでも聞くし、あんまり心配させんなよ。」
 そんなゾロの態度に仕方ないといったふうに何度かサンジの手が髪と背中を撫で、煙草の煙を残してキッチンへと帰っていく。その気配をいちいち追って、ゾロは完全にキッチンへと消えたことを確認してゴロリと甲板を背に仰向けに手足を伸ばした。
 風と太陽を身体全体に受け、見上げた青い空に溜め息を一つ漏らす。
 どうやればこのもやもやから逃れられるのか。
 ゾロは、はあっと大きく空に向けてその気分ごと深い息を吐き出すしかなかったのだった。




















 そんなモヤモヤや、陰鬱な気分がたった数分の出来事で一気に解消されたのは、ゾロが夜のキッチンで未完成の恋文を見つけてから一週間後のことだった。
「わっ、わわわっ!!あ、わ、見、見んじゃねええ!!」
 ガサガサと派手な音を立てて床に散らばったいくつもの恋文と、それを必死でかき集めているサンジの姿にゾロは目を丸くする。
「テメェ・・・それ。」
「わっ、わっ、わっ。」
 顔は真っ赤、目はかすかに涙目というサンジの姿にゾロは困惑の表情を浮かべて足元に飛んできた紙を一枚拾い上げた。
「『大好きな貴方へ  今日はいい天気でしたね。太陽が近くて・・・・・煌く海を眺めながら俺は貴方のことを想っていまし・・。』」
「わああああ!!!」
 無意識に声に出して読み上げたそれを、大声を出したサンジの手が攫っていく。
「よ、よ、読むんじゃねえ!!」
 床に散らばるいくつもの封筒に便箋らしき紙。白いものもあればうっすらと色が着いたものもあるそれら。ゾロから回収したその手紙を慌ててひっくり返ったままだった木箱の中へと戻しているサンジを見ながらゾロはまた一つ紙を取り上げた。
『 ・・・風邪を引かないかといつも心配しています。身体を鍛えるのは大切なことだと分かっているのですが、それでも俺は貴方の事が大事で大切なんです。』
 ゾロが拾い上げて読んでいることに気付いていないのか、サンジは大量に床に落ちたそれを一生懸命拾っては箱へと戻していく。
『・・・・大好きなゾロへ・・・』
 ドクンと大きく自分の胸が音を立てたのを感じた。それと同時に顔が熱く火照っていくのを感じる。
「・・・コック・・これ・・・テメェ・・。」
「え?あ?・・ちょ、読んだ?それ、読んじまったのか?!」
 飛ぶように駆け寄ってきてサンジの手がゾロの手からその薄い紙を攫っていく。お互いに顔を赤くして、見つめあう。そんな妙な空間に先に耐えられなくなったのはサンジの方だった。
「あ、あ、あああああ!・・・悪いかよ。俺が手紙書いちゃ、変だっていうのかよ。」
 逆ギレにギッときつい眼差しを向けられてゾロは赤い顔のまま、眉を寄せてその顔を見つめ返す。
 もしかして・・・と、先程読んだ内容と、そしていまだに散らばったままになっている手紙と、目の前の男にゾロはまさかと唾を飲み込む。
 まさか、まさか、と言葉にならないゾロにサンジの顔が今度は拗ねたように膨れてその横顔をゾロへと晒した。
「・・・・仕方ねえだろうが・・。」
「・・・。」
「俺は、てめぇと・・・こ、・・恋人、に、なりたかったんだから・・・。」
「・・・・・はあっ?」
 拗ねたような小さな声にゾロは間抜けな声をあげて怒ったよう顔を赤くしたサンジを見つめる。
 恋人になりたいもなにも、ゾロはサンジとその恋人になっていたと認識していたのだが、自分の認識が間違っていたのだろうかと首を傾げたゾロにサンジの蒼い目が薄く水の膜を張ったままに鋭く突き刺さる。
「テメェはただ気持ちよくなれさえすればいいのかもしれねえが、俺はテメェと恋人になりたかったんだよ。島に下りたらデートもしてぇし、ふたりっきりで酒を飲みにも行ってみてえ。」
「・・・・・・そんなのいつもしてんじゃねえか・・。」
「違うだろ、あれはただの買出しの荷物持ちだし、酒場だって手伝ったお礼って言うか、あんなオヤジだらけのうるせぇ所じゃなくて、もっと静かで落ち着いた場所にでゆっくりしてえんだよ。」
 赤い顔をして睨み付けてくるサンジにゾロはゆっくりと瞬きを繰り返す。
 ほんのつい先程、抜けてきた海域は酷い嵐だった。
 嵐を抜け、それぞれが船の補修箇所の確認や、持ち場へとついた頃、固定のロープが緩んでいたのか乱雑に散らかった倉庫の存在にナミが気付いたのだ。そして、その片付けにサンジが向かい、ゾロもその手伝いにと同じ場所へと向かった。
 主に食材の入っているそれらを中身を確認しつつ、サンジに言われるままに積み上げて、ふと、それらの箱より一回りほど小さな木箱が隅に転がっているのにゾロは気付いた。ありきたりのワインが入っていただろう木箱。中身が入っていれば綺麗に割れているだろうなと酒の香りがしないのに安堵と苦笑をもらして、ゾロはそれを拾い上げる。
 その箱が壊れて、蓋が開いているなんて持ち上げるその瞬間まで気付かなかったのだ。
 結果として立っていたゾロを中心に紙は床へと雪崩落ちていく。
 その乾いた音に振り返ったサンジが一瞬にして顔を赤くして、見るんじゃねえと叫んで木箱を奪い取ってもその段階では、ゾロは大量の紙と封筒をあの夜の恋文と結びつけることは出来なかったのだ。
「・・・・それ・・。」
 先程見た内容の最後は大好きなゾロへと己の名前で締めくくってあった。
 恋人になりたかったと言ったサンジの手に握られている封筒やそれに入れられる前の便箋らしきもの。
 もしかして、もしかして、とゾロは怒ったような拗ねたような顔をしているサンジをまじまじと見つめた。
「・・悪りぃかよ・・。」
 ボソリと視線をゾロから逸らして答えてきたサンジにゾロはカアっと身体が熱くなるのを感じる。
 なんというかくすぐったくてむず痒くて、言葉にならない。
「 貴方のことが好きです。はじめて会ったあの時からずっとずっと好きでした。今も貴方だけを思っています。」
「なっ!クソ剣士!もしかして、読んだのかよ!」
 赤い顔のまま睨み付けてくるサンジに一つ頷いてゾロは続ける。
「迷惑をかけるつもりはありません。心から、貴方だ・・・、これの続きは?あるんだろう?」
 サンジが手にしているその中か、それとも木箱の中に入れられたのか、ゾロは途中まで読んだそれの続きをサンジに求めた。
「・・・・・・。迷惑をかけるつもりはありません。」
 はあっと溜め息を一つついて、サンジの蒼い瞳がゾロを静かに見つめる。
「心から貴方だけを好きな俺がいることを、貴方に知っていて欲しかっただけなのです。」
「・・・・・・。」
「夢を追う貴方が好きです。俺のことを好きじゃなくてもいいんです。それでも、貴方を好きだというこの想いだけは知っていて欲しかったんです。」
 自分を見つめ、言葉を綴るサンジにゾロはゆっくりと近付くと、そっとそっとその頬に手のひらを触れさせた。その手をとって手のひらに唇を寄せたサンジが吐息のように言葉を続ける。
「愛してます。愛しています、ゾロ。貴方だけを。ずっと、これからも・・・。」
「サンジ・・・。」
 陳腐な女を口説くような台詞だと笑い飛ばすことはゾロには出来なかった。
 思い悩んで心に刺さっていた苦しい何かが、サンジの言葉にスルスルと解けていったのを感じる。手のひらに触れたサンジの唇にゾロは震えて高ぶる感情に唇を戦慄かす。
「ゾロ。」
 じっと己を見つめる蒼い蒼い瞳。
「ずっとずっとゾロの事が好きだった。ゾロが俺のことを好きじゃな・・。」
「違う!」
 少し悲しげな顔で視線を合わせてきたサンジにゾロは大きくかぶりを振ってその言葉を遮る。そしてまた一歩その距離を縮めるとゾロは目の前のサンジを抱き寄せた。
「違うんだクソコック。俺だってテメェのことが好きだ。」
「・・・ゾロ。」
 驚いた表情でゾロを見返すサンジの身体をなおも引き寄せてゾロはその肩口に額を押し当てた。
「俺は気持ちよかったからセックスしてたわけじゃねえ。テメェだったから、だから・・。」
 言葉にすれば徐々に血の気が上がってくる内容にゾロは伏せた顔を上げられなくなってしまう。耳から首筋から赤く染まったままにゾロは目の前の男をきつく抱きしめる。
「俺だって、テメェのことが好きだ。」
「ゾロ。」
 嬉しげに名前を呼んだサンジの腕が身体に回ってくるのをゾロは気恥ずかしい思いで、それでも大人しく受け入れたのだった。










++END++
(2008/09/08)