ゾロが一人で暮している家は、サンジの住むアパートから徒歩10分程の場所にあった。
昔の造りの日本家屋。
ブロック塀の代わりに植え込みが隣家との境を区切り、縁側に面した小さな庭園は近所に住む気のいい老人がかわるがわる世話に来てくれていた。
たまに茶と茶菓子を用意してその昔話に付き合えばいいだけで、元々そういう付き合いは苦じゃないゾロには老人達の昔話も楽しいだけだ。
ゾロは家に帰る前にスーパーに寄るといったサンジに夕食の買い物を任せ、ついでにその店で手頃な大きさのダンボールを貰う。
玄関に着くと、さっさと自分のキーホルダーからゾロの家の鍵を出し、引き戸を開けたサンジが食材をもって台所に姿を消す。
ゾロは廊下にダンボールを置くと荷物を置きにといったん自室へと向かった。
必要だろうと目に付いたクラフトテープを手にして居間を覗くと、食材の片付けが終わったのかサンジがダンボールを組み立てていた。
「おい、テープ・・。」
「おー、ここに貼ってくれ。」
示された場所に貼ってしっかりと止める。
ガサガサと音を立ててサンジが取り出してきたのは同じくスーパーで貰った緩衝材。
ぼんやりと見ていると、購入してきたクッションカバーに詰めてほどほどの厚みを持たせて簡易のクッションを作っている。
ダンボールの中に新聞、ペットシーツを入れて、その上にクッションとタオルを敷く。
居間の壁に入口を向けて、即席の猫小屋を作り終えてサンジは満足そうにその小屋の住人の姿を探した。
「よっ、ネコ。」
サンジが来た日はいつもと違う食事になるのを知っているのか、ネコと呼びかけられると甘い声で鳴きながら金茶の塊が近寄ってくる。
軽くサンジにご挨拶とばかりに擦り寄り興味津々とばかりに即席小屋に入っていく。
じっとその様子を伺っているとクッションの上でクルリと丸まってこちらを見ている。
「お、気に入ったか?」
ニコニコと猫に話しかけているサンジを残してゾロはその場を離れる。
忘れないうちにと洗濯物を取り込みに向かったのだ。
晴天というほど日中の天気は良くはなかったのだが、一晩出しっぱなしにしてしまえばせっかく乾いた洗濯物がまた湿ってしまう。
それになによりどんよりとした暗い雲に一雨来そうだとゾロは洗濯物を手に足早に縁側へとと向かう。
「おい、雨降りそうだぞ?」
洗濯物を手に居間を覗き、飽きもせず猫小屋を覗き込んでいるサンジに声をかける。
「んー、雨降ったら帰らないから泊めて。」
その返事に軽く肩を竦めてゾロは部屋へと向かう。
洗濯物を片付け、泊まるといったサンジの為に客間に布団を敷き、ついでにサンジのパジャマを出しておく。
雨が降ったら泊めてくれと言われるのも今夜が初めてではない。
3日に一度は何らかの理由でゾロの家に泊まっていくサンジの私服も含め、一通りこの家には持ち込んだ着替え等が置いてある。
いくら来客がサンジだけといっても、客間にその着替えを置いておくわけにもいかず、サンジの衣服はゾロの部屋にあるタンスの引き出しの一つを専用にして管理されていた。
準備を整え、ゾロは漂ってきたいい匂いに食欲をそそられ居間へと向かう。
「腹減った・・。」
「まだ出来てねえ。」
居間と続きの台所に顔を覗かせ料理を始めたサンジに声をかける。
振り返りもせずテーブルの上に用意してある小鉢をお玉で指される。
「それ持っててくれ。あ、言っとくが食うなよ。」
サンジの言葉に軽く応えて、小鉢を手にし座卓へと向かう。
チラリと手元を覗きこんだ感じでは今夜は中華らしかった。
両親が揃って他界し、ゾロは中学に上がるまで近所に住んでいた父親の兄にあたるコウシロウの元から学校に通った。
剣の師匠でもあったコウシロウは娘のくいなと二人暮らしだったが、ゾロの事を本当の息子のように可愛がってくれたのだ。
ただ、ゾロが中学に上がる頃に他県の道場に招かれて道場を閉めた。
その時にともに行くか、この地に残るのかと尋ねられたゾロはコウシロウと共に行くよりこの地に残ることを選んだのだ。
実の姉のようにゾロの事を可愛がってくれていたくいなは最後まで渋っていたが、頑固なゾロとのらりくらりとゾロの気持ちを尊重しましょうと父親に宥められて諦めたらしかった。
道場を閉めるが家を売るわけではないと言って、コウシロウはゾロに剣道場の鍵をくれた。
いつでも好きなときに使っていいと言われた時はゾロはその優しいまなざしに顔が上げられなかった。
悩み事がある度にこっそり竹刀を振っていたのがコウシロウにはばれてしまっていたのだとその伯父の顔を見て深く頭を下げた。
そして、二人が旅立った日。
ゾロは実家へと、少ない手荷物と共に帰ってきた。
「あ、ゾロ、俺も飲むからさ、コップ出しておいてくれよ。」
サンジの横を通り、箸置きと箸を手にしたゾロに声がかかる。
「ビールでいいのか?」
「ああ。」
ビールを飲むならこのグラスと決めてあるらしく、サンジの返事を待ってそのグラスを手に座卓へと向かう。
初めて、この家に帰ってきた日。
鍵を開けてゾロはしばらく玄関にぼんやりと立っていた。
小さかった自分にこの家の思い出などほとんどないだろうと思っていたのに、玄関を開け、一歩中に足を踏み入れた瞬間、その思い出が溢れ出した。
写真でしか覚えていないと思っていた母親の姿、笑顔。
おかえりなさいと呼びかける柔らかな声。
物静かな笑みをたたえた写真の中の父親ではなく、悪戯っぽく笑うその顔、声。
記憶の扉から溢れ出す優しい思い。
コウシロウ達との生活の中で無意識に封印していたそれらがゾロの中で渦巻く。
涙が零れそうになってゾロは固く唇を引き結ぶと天井を見上げた。
そのまま深呼吸を繰り返し、ゾロはゆっくりと顔を下ろす。
意を決して靴を脱いで一歩廊下を歩き出そうとした時だった。
「ゾロ!!!」
ガラリと引き戸が開かれて転がるように金の頭が飛び込んでくる。
「・・・コック?」
勢いのまま靴を脱ぎ散らかしゾロにタックルするように飛びついてきたサンジにゾロは目を丸くした。
クラスは違えど互いの姿を見かけない日はないというぐらい毎日学校で会っているのだ。
「良かった、こっちに残ったんだな?」
嬉しそうに言うサンジにゾロは訳が分からないながらも首を縦に振る。
「くいな姉ちゃんがゾロを連れて行くって言ってたからさ。」
廊下に引き倒されたゾロにサンジが嬉しそうに笑う。
ゾロがくいなに弱いことも知っていたし、女性至上主義のサンジもくいなには逆らえない。
「行かねえよ。俺の家は此処だ。」
キッパリとゾロは言い切って自分の上に馬乗りになっているサンジに手を伸ばす。
そしてその頭をポカリと軽く叩いた。
「重い、クソコック。」
「へへ・・・悪りぃ。」
サンジにつられて笑みを浮かべ、気が抜けたのか派手な音を立てて鳴ったゾロの腹の虫に二人顔を見合わせて笑った。
その夜はそれから近所のスーパーに買い物に行き、サンジ特製のチャーハンとスープが夕食となったのだ。
「ほら、出来たぞ、ゾロ。」
取り皿を並べて、やることがなくなりテレビを見ていたゾロに声がかかる。
素直に台所に向かい、サンジに差し出されるままに大皿やらスープ椀やら座卓に運ぶ。
2度ほど往復して、ビールを持って行けと言われた言葉に従って冷蔵庫からロング缶を3本ほど下げていく。
その後ろを追う様にして台所から出てきたサンジは茶碗と炊飯ジャーを手にしていた。
向き合うように座りご飯をよそおってもらうとしっかりと手を合わせる。
「いただきます。」
「いただきます。」
神妙な顔でゾロと同じように口にしたサンジに、ほんの微かゾロは笑みを浮かべるとパクリと炊き立てのご飯を口に運んだのだった。
< 2 >
食事の片付けを終えてゾロは窓の外の激しさを増す雨音に眉を顰めた。
この時期に降る雨は冷たくて凍えるような気がする。
「ゾロ、風呂空いたぞ。」
パジャマを着てタオルで髪の雫を拭いながら現れたサンジがゾロの顔に目をやり怪訝な表情を浮かべる。
仄かに香るボディソープと滅多に見ることのないサンジの両の瞳。
普段髪で隠している左眼は右と違って鮮やかな緑色をしている。
オッドアイといって左右で目の色が違うのは猫などにはあるらしいのだが、人間ではとても珍しい瞳らしい。
サンジは奇異の視線を避けるため滅多に両目を晒すことはない。
「どうかしたか?」
返事を返さないゾロを心配そうに蒼と緑の瞳が覗き込んでくる。
「なんでもない。雨がひどいなと思っていただけだ。」
「そうか?・・・・ならいいんだが。」
その瞳を見返してゾロは微かに笑みを浮かべる。
どちらの瞳の色も綺麗でゾロは隠す必要などないだろうにと内心思っている。
ちょっと困ったように見つめられてゾロはクルリと背を向け歩き始めた。
「ゾロ・・・!。」
背後から呼び止められて足を止めてチラリと背後を振り返る。
「しっかりと温まって来い。・・・テメェ・・寒そうだ。」
サンジの言葉に内心苦笑しながら特に言葉も返さずそのままゾロは風呂場へと向かった。
実際こんな雨の日は身体で感じる以上に寒いと思ってしまう。
そんなゾロを知っているのかサンジは雨が降れば泊まっていくと必ず口にする。
雨に嫌な思い出があるわけではない。
ただ、雨の日はその静寂に急に一人であると思い知らされたまらなくなるのだ。
熱めの湯船にしっかりと沈みながらゾロは心配そうに向けられたサンジの瞳を思い出した。
ドクンと一つ激しく打った鼓動にバシャバシャと湯で顔を洗う。
物心ついた時から泥だらけになって遊んでいた幼馴染。
女尊男卑の激しい男として有名だが、実際のところは分け隔てなく優しい。
ゾロは昼間に触れて離れたサンジの唇を思い出して小さく溜息をついた。
サンジの存在がゾロの中で幼馴染以上の意味を持ち始めたのは、高等部に上がる頃だったと思う。
中学に上がれば恋愛ごっこのように異性からの告白やアプローチを意識するようになっていく。
ゾロと違い、女の子の人気が高かったサンジは卒業が近付き始めると告白の為に何度も呼び出されるようになった。
それにやっかむような声も合ったが、ゾロは良く面倒にならないものだと、半ばサンジのマメさに感心していたのだ。
卒業式のその日、卒業パーティーをゾロの家でやろうといって、前日から泊り込んでいたサンジを待っていたゾロに、また呼び出されていたと教えてくれたのは誰だか知らない同じ卒業生の一人だった。
ご丁寧にその場所を教えてくれたのは何か意図があったのか、今ではどうでもいいことだがゾロは気紛れを起こしてその告白場所へと移動したのだ。
もしかして途中でサンジと会うかもしれないと思いながら覗いた教室でサンジは女の子を抱き締めていた。
サンジの胸ぐらいまでしか身長のない小さくて華奢な少女。
同じ卒業生なのか近くの机に卒業証書の入った筒が見えた。
どれぐらい眺めていたのか、ほんの数分にも満たない時間なのかもしれないがゾロは抱き合う二人の様子を教室の入口からただぼんやりと眺めていた。
その視線に気付いたサンジが顔を上げこちらを向くまで。
ゾロを見つけたサンジが一瞬驚いたように目を瞠り、その唇が音のないまま『ゾロ』と形作ったのに気付いた時、弾かれたようにその場から走り出していた。
逃げ出すように走りながら一目散に校舎を後にする。
ドキドキと激しくなった鼓動は走り出した為だと思いたかった。
だが、目を閉じて浮かぶのは優しく女の子を抱き締めていたサンジの腕。
あきらかにゾロの動揺はサンジに向かった。
そしてあまつさえ女の子に嫉妬してしまった。
サンジの腕に当たり前のように収まる柔らかな存在に。
ゾロがその感情が恋愛感情なのだと、やっと納得できるようになった頃、サンジは幾人ものガールフレンドとつかず離れず付き合っていた。
たった一人に絞らず広く浅く付き合っていくサンジの真意は分からないが、その原因の一つが自分の事だろうとゾロは思っている。
こうして雨の降りそうな夜、また、ゾロが一人で過ごしそうな時、サンジはさりげなくその姿を現してくだらないことを言っては世話を焼いていく。
そんなサンジに、優先順位が自分達よりゾロにあると判断する彼女達に悪気はないだろう。
ブクブクと頭まで沈み、ゾロは勢いを付けて風呂から上がった。
中学の卒業式の日に気付いたこの想いは4年も秘めたままだ。
いや、一生秘めたままなのだろうと思う。
手早く身体を拭いパジャマ代わりのトレーナーとジーンズを履いて台所へと向かう。
風呂上りにビールをもう一本飲もうと思ったのだ。
「こら、マリモ!!」
冷蔵庫を覗き込んだ瞬間バサリと目の前がタオルで塞がれる。
「きちんと拭けって言ってるだろうが・・。」
面倒でおざなりに拭いたままだった髪から水滴が落ち磨かれた床に点々と後を残している。
「すぐ乾く。」
「駄目だ、拭けって。」
グイグイとタオルで頭を揺さぶられるように動かされてゾロは諦めてタオルで髪を拭う。
最後の一線を踏み込んでこないように気を使うサンジが何故此処にいるのだろうといぶかしみながらその顔を見ようとタオルを首にかける。
そしてどこかそわそわとした雰囲気のサンジに尋ねるより早く軽くその手が居間を指差した。
「始まったみてえ。」
そわそわ、チラチラと背後を伺うサンジに思わず苦笑が漏れる。
人間とは違い動物の出産はそれほど神経質にならなくてもいいはずだ。
どちらかといえばこうして様子を伺っているより猫だけにしてやったほうがいいだろう。
「サンジが落ちつかねえだろう?さっさと部屋帰るぞ。」
居間にはまだオレンジの灯りが灯されたままだが、まあ一晩ぐらいはそのままでもいいかとサンジを促すが逆に居間へと入っていってしまう。
「・・おい。」
大声で呼び止めるわけにも行かずできるだけ足音を立てないようにしてその場に踏み込む。
「おい、部屋帰って寝ろって。」
「やだ。」
「・・・・やだって。」
コソコソと会話をするために近付けた顔がやけに近い。
何度かその押し問答を繰り返して結局折れたのはゾロのほうだった。
「分かった。毛布とってくる。」
室内とはいえパジャマで夜更かしするにはさすがに寒い。
いつまでかかるのか分からないが子猫が生まれるまでは梃子でも動きそうもないサンジにゾロは溜息混じりに客間に向かう。
備え付けの押入れから厚手の毛布を2枚取り出し居間へと戻ってくる。
猫小屋の正面の壁に寄りかかっているシルエットに1枚渡すとそのままその横にゾロは座り込んだ。
「え・・ゾロ?」
「付き合う。」
小さく答えて身体に毛布を巻きつけるとグイグイとその毛布を引っ張られる。
「・・ちょ・・、なんだよ。」
サンジが引っ張るせいでせっかく身体に巻きつけた毛布から肩がでてしまいジロリとそちらを睨み付ける。
「こういう場合は二人一緒に毛布に包まるんだよ。」
「・・・はあ?」
どういう自論だと呆れている間にサンジに完全に毛布を取り上げられ、ぴったりと身体を寄せて2枚の毛布を巻きつけていく。
確かに触れ合った身体の熱と気密性を増した毛布の中は温かい。
「ほら、この方が温かいだろうが。」
肩先に頭を擦り寄るようにして近付いてきたサンジにゾロは苦笑する。
たまに子供っぽい仕草で甘えてくるサンジをゾロは嫌いじゃない。
ほんの少し、ほんの少しだけ蓋をした感情がざわめくだけだ。
「なあ・・・ゾロ。」
暗闇の中、静かに寄り添って猫小屋を見つめているうちにウトウトと意識が沈み始める。
人肌の温かさに安心しきってゾロは両目を閉ざした。
「・・・寝ちまったのか?」
囁くようなサンジの声に答えるのも面倒でゾロは深く息を吐き出す。
かすかにみじろいだサンジに体勢をその身体に寄りかかるように変えられたのをゾロ夢うつつで感じていた。
「ゾロ・・・。」
サンジが何か話しかけていると、ぼんやりと思った記憶となにか温かいものが唇に触れた記憶を最後にゾロの意識は闇の中へと沈んでいった。
翌朝、サンジにしっかりと抱きかかえられるようにして目覚めたゾロは一瞬状況が分からず目を瞬かせた。
動くだけの範囲で周囲を見渡し、視線の先に猫小屋を見つけて昨夜の記憶を呼び起こす。
あれから結局サンジも眠ってしまったのだろう。
毛布から覗いたサンジの肩先に手を伸ばすとひんやりとすっかり冷え切ってしまっている。
毛布を引き上げようとしてみたがしっかりと体の下に敷きこまれたそれは簡単には動きそうもない。
力任せに動かせばサンジを起こしてしまうと小さく溜息をつく。
仕方ないと思いながらせめてとその肩に手を乗せて包み込むように手を広げる。
何度か肩に手のひらを押し付け熱が移るようにそっと動かす。
それが逆に寒さをサンジに感じさせたのかもそもそと身じろいで毛布にもぐるように身体を動かしてくる。
温かさを求めてかゾロに近付いてきたサンジにドクリと鼓動が音を立てた。
ふわりと目許を掠めていった温かな息と整った綺麗な顔。
すうすうと気持ち良さそうに寝息を立てる唇に魔が差した。
ピクリとも動かない目蓋を見つめてゾロはほんの少し顎を上げ、目を閉じるとそっとその唇に己の唇を触れさせた。
触れたかどうか分からないようなかすかな接触。
一瞬で顔を離し、目を開いたゾロが見たのは静かな蒼と緑の眼差しだった。
「・・・おはよう。」
「ああ、おはようゾロ。」
視線を逸らすこともできず小さな声で挨拶の言葉を口にしたゾロにサンジがニッコリと笑みを返す。
「モーニングキッス?」
笑みを浮かべながら続けて問いかけられてゾロは首を縦に振る。
「ああ、テメェのまねしてみた。」
サンジの言葉を助け舟とばかりに肯定して、だから意味がないのだという態度を取ろうとしたゾロの身体をその腕がしっかりと戒めた。
「・・・イッ。」
「嘘だね・・・。」
ぎゅっと力任せに拘束を受けてゾロの口から咄嗟に悲鳴が零れる。
「痛てぇ・・・はなっ・・・うぅん???」
抗議を口にした唇をサンジに塞がれてゾロは目を白黒させた。
しかも、サンジは何を考えているのか開いた唇の間から舌を入れて、ゾロの舌を絡め取る。
あきらかに挨拶以上のキス。
「・・・んっ・・・。」
逃げようと顔を背ければ追ってきて何度も何度も唇を奪われる。
目を閉じれば己とサンジの間から漏れる湿った水音に意識が向かうし、開けていれば同じように目を開けているサンジと視線が絡む。
何がどうなっているのかわからないまま、慣れない愛撫にゾロは徐々に己の身体が兆してきたのに気付いた。
「うっ・・・っっぁは。」
「・・・・はぁ・・・ゾロ。」
唾液に濡れた唇を何度か吸い上げてサンジが囁くようにゾロの名を呼ぶ。
どこか官能の響きを帯びたその声にゾロはゾクリと背を震わせた。
「言えよ・・・ゾロ。」
間近で見つめてくる真剣な眼差しにゾロは困ったように瞳を揺らした。
「俺は昔からずっとゾロの事が変わらず好きだ。・・・・だから、言ってくれ。」
「・・・・・・・・・。」
笑みを浮かべた唇で優しく諭すように口にされた言葉にゾロは目を瞠る。
その顔に苦笑を浮かべて軽くキスを落としサンジが続ける。
「ゾロ・・・・・好きなんだ、ゾロ。」
優しく、染み入るような告白はゾロの中になんの抵抗もなく入ってくる。
「コック。俺も・・・サンジが好きだ。」
ゾロはその目を静かに見返して静かに口にしてた。
途端にぱああっとサンジが嬉しそうに笑う。
「ああ、俺も。お嫁さんにしたいぐらい好きだ。」
ぎゅうっと抱き締めてきたサンジの唇が迷うことなく迫ってくるのに焦って顔を背ける。
そんな微かな抵抗も気にした風もなくあっさりと唇を捉えたサンジがチュッと音を立ててキスを始める。
「んぅんっ??・・・ぁっ、ちょっと待て。」
キスをしながら当然とばかりに遠慮なく服の間に差し込まれてきた手に焦って声を上げる。
「なに?」
「・・・なにするつもりだ?。」
「えっと・・・子供出来ちゃうような事?」
「ばっ、やめろって。・・・疑問符つけて言っても可愛くないぞ。」
本気で焦っているゾロと違い、どこかからかっている様な遊んでいるような態度のサンジにゾロもどうしていいのかわからない。
「あっ・・・・。」
スルリと撫で上げられた指先に漏れた甘い響きを持つ声が零れ、咄嗟に手で口を塞ぐ。
その間も遠慮なく肌を撫でていくてのひらにゾロはびくりと身体を揺らした。
「俺がどれだけ我慢したと思ってんの?」
「だからって・・・。」
「若いんだよ俺達。キスだけで止まるわけないじゃん。」
軽い調子で口にしながらも的確にゾロから反応を引き出そうと動き始めたサンジの腕にゾロも抵抗を始める。
その抵抗をかわしてズボンの上から撫で上げられ身体が跳ねた。
「やめ・・・・あぁっ、触んなっ。」
悲鳴のような懇願にサンジがふっと優しい笑みを浮かべる。
「ゾロ・・優しくする、絶対大切にする、だから抱かせて?」
「はぁ・・・サンジ!」
優しい声で話しかけながらもゾロを弄る手は止まらない。
素肌を辿るサンジの指先にゾロは必死で声を殺すのが精一杯でその動きを阻止することも出来ずに流されていく。
「恋人になってくれよ、ゾロ。」
目を細め幸せそうに笑いながら口付けてきたサンジにゾロは軽く瞬きを繰り返し、微かに首を縦に振るとそっとその背に腕を回したのだった。
一通り、事を済ませて満足したのかゾロを腕から解放し、風呂場へと向かったサンジの背をぼんやりと寝転んだまま見送る。
痛む身体の節々と開かされた最奥の違和感にゾロは溜息をついて目を閉じる。
女性経験でさえ碌にないゾロに、サンジとの経験はびっくりすることの連続で、驚く度に何故か嬉しそうに笑われた。
まだあたりに漂う雄の匂いに眉を顰めているとふいに影が差す。
「サンジか・・・。」
にゃあと小さな声で鳴いて覗き込んできた存在にふっと笑みを浮かべる。
ほんの少し血の香りを纏っているのは出産直後だからだろうかと思いながらその姿見つめる。
「見てもいいのか?」
ゾロが返事を返したことでクルリと背を向けた金茶の後ろを追って毛布を身体に巻きつけたまま猫小屋を覗く。
どうだとばかりに尻尾を揺らした頭を撫でてゾロは小さな塊に目を細めた。
全部で3匹の小さなそれは白、黒、金茶と綺麗に色が分かれていた。
見分けがつきやすくていいなと思いつつ母猫になったサンジを優しく撫でてやる。
「頑張ったんだな、ご苦労様。」
ゾロの言葉ににゃあと一声鳴いて小屋の中に戻っていく。
目が開くころにはこの子達の貰い手を捜してやらなければいけないだろう。
「ゾロ・・・。」
優しく子猫の世話をしている母猫を眺めていると背後から名前を呼ばれる。
返事を返す前に毛布ごと抱き締められて困惑したように振り向けば唇を奪われた。
唇の隙間を縫って忍ばされた舌にジンっと腰が痺れるような快感を感じる。
ちゅっと音を立てて唇を離したサンジが焦ったように見つめてくるのを不思議な思いでゾロは見つめ返した。
「風呂、入るよな?」
「ああ・・?」
その為の準備に風呂場へ行っていたのではないのかと疑問を感じていると何故かよしっといってサンジが気合を入れている。
その気合の意味は、ほんの少し後で風呂場で理解することとなった。
子猫たちの生まれた日、ゾロとサンジの関係は幼馴染から恋人へと変化した。
最後の一匹を新しい飼い主に預け二人で並んで街を歩く。
「いい人に貰われて良かったな。」
「ああ・・。」
3匹の子猫たちはたいして苦労もなくあっさりと里親が見つかった。
引き取り手の都合で最後まで残っていた真っ白な子猫も今日貰われていったのだ。
くいなに良く似たたしぎは一目でその子を気に入って、絶対幸せにしますから私にくださいと、まるでプロポーズのような言葉を口にして子猫を貰っていってくれた。
「落ち着いたらサンジを病院に連れて行かないとな。」
たまたま今回は貰い手が簡単に見つかったが、外猫である以上シーズンごとに子猫を生まれても困る。
知り合いの獣医を紹介してもらって話も聞いてきたし、可哀想だとは思うが避妊手術を受けさせるつもりなのだ。
「なあ、本当に手術しちまうのか?」
子猫たちにメロメロになっていたサンジが少しだけ残念そうに聞いてくる。
3匹の内、1匹だけでも残そうと貰い手探しに渋っていたのだ。
「ああ・・・・・。」
ゾロの答えにサンジがかすかに溜息をつく。
アパート暮らしのサンジには子猫たちの飼い主になることは出来なかったのだ。
なんとなく意気消沈している姿にゾロは苦笑しながらその手首を掴んだ。
本当は手を繋いでやりたい所だか、いい年をした男二人が手を繋いで歩くのはさすがに人目を引きそうでそこまでの勇気はなかった。
「コック、引っ越してこないか?」
さりげなさを装って口にした言葉はあの日から、いや、それ以前、自覚する前から望んでいたことなのかもしれないとゾロは苦笑しつつ続けた。
「部屋なら余ってるし、猫のサンジもいるぞ?」
思いのほか優しい声になった誘いにサンジは目を丸くしてこちらをみている。
「・・・嫌か?」
「いや・・・嫌じゃねえし、クソ嬉しい。」
へにゃりと笑み崩れて手首を掴んでいるゾロの手を離してしっかりと手を繋いできたサンジにゾロは焦る。
人通りは少ないとはいえ、周囲の目もあるのだ。
それに気付いていないのかブンブンと勢いをつけてその手を何度か揺らしサンジはニッコリと笑った。
「ゾロからのプロポーズ。身一つで嫁に行くから幸せにしてくれよな。」
「誰がそんなことを言ったんだ・・。」
サンジの表現に頬を赤くしてその手を振り解く。
へらりへらりと笑み崩れているその顔にゾロは眉間に皺を刻む。
そして逸らした先でそれを見つけた。
「あれ、危ねえよな?親は?」
横断歩道の近く。
フラフラとあるくスモッグを着た小さな女の子の姿。
ゾロとサンジはキョロキョロとあたりを見回すが母親らしき姿も父親らしき姿も見当たらない。
だが、うかつに声をかけて不審者扱いされるのも困ると顔を見合わせて溜息をつく。
「交番・・近かったっけ?」
仕方ないとばかりに交番に向かって歩き始めたサンジと、女の子が近くを通った車の風圧に負けて道路にフラリと足を踏み出したのは同時だった。
ゾロより一瞬早く気付いて駆け出しかけたサンジは背後に腕を引かれ立ち止まる。
その身体を追い抜いて駆け出した後ろ姿にサンジは声を張り上げた。
「ゾロ!!!」
ドンという音と衝撃だった。
腕の中に小さな体をしっかりと抱きかかえた所までは記憶がある。
ゴロゴロとアスファルトを転がったのも分かっていた。
「ゾロー!!」
急ブレーキの音、人々のざわめき、サンジの声。
金切り声の女性の叫びに負けないぐらいの悲壮な音を纏ったサンジの声がする。
ゾロは腕の中で火がついたように泣き始めた女の子の声にホッと息をついた。
「おにいちゃん、しっかりしてよぉ。」
柔らかい手のひらがぺちぺちと音を立てて頬に当たるのをどこかくすぐったく思いながらゾロはゆっくりと目を開けた。
「怪我してねえか?」
ゾロの小さな声の問い掛けに女の子は何度も首を縦に振った。
良かったといって微かな笑みを浮かべたゾロに女の子も笑みを向ける。
「馬鹿・・怪我してんのはテメェの方だ、クソマリモ。」
視界から女の子の姿が消え母親らしき人の腕に抱かれて安堵からかまた泣き始める。
何度もゾロに頭を下げている女性に笑みを向けながら目を閉じようとして頭上から降ってきた怒りを含んだ声に目を向けた。
「そっか、悪りぃ。」
己を覗き込む蒼い瞳が怒りよりも心配を湛えているのに気付いて素直に謝る。
「俺を引き止めただろうなんでだ?」
サンジの問い掛けにゾロは少し考えてから口を開く。
「さあ、なんでだろうな?」
やっと到着したのか救急車のサイレンが近付いてくる。
後部からストレッチャーと救急隊員が降りて来るのを眺めてゾロはゆっくりと目を閉じた。
「あとで教えてやるよ・・。」
うすく口元に笑みを刻んだその顔にサンジが絶対だぞと念を押す。
「ああ、約束だ。」
開かれた深紅の瞳がサンジを映し、クスリと笑ってまた閉じられる。
サンジの目の前でバタンと音を立ててドアが閉められ、救急車は走り出す。
しばらくその姿を見送ったサンジは入院に必要なものを用意する為にゾロの家へと急ぎ帰っていたのだった。
・・・・・・・・それは夢の終わり。
To be continued.
第四章 『貴方とのその距離』 ++END++
SStopへ
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お待たせしました。
時逆シリーズ第四章『貴方とのその距離』をお届けします(^^;
あと最終章があって今度こそそれで終わりますw
本当に長いお話で(汗
ではでは♪
(2005/11/22)