◆ 手を繋ごう ◆





カタカタとコトコトとキッチンにいつもの音が響いている。

「あんまり飲みすぎんなよ。」
「ハッ、こんぐれえで酔うかよ。」

小さな船で冒険を始めて、しばらくして出来た習慣。
深夜遅くまで仕込みをしている俺のテリトリーでゾロが静かに酒を飲む。

「今夜はそれで終わりだ。」

幾分咎めるような声を出した俺にゾロが微かに笑うのを感じた。
背中越しのこの会話は出会ったときから変わらない。
若さに任せて、激情のまま身体をあわせ、二人の関係が変わった今でさえこの静かな空間に変わりはない。

「明日、戦うんだろうが。」
「ああ、明日だな。」

コトンと音を響かせて空の瓶がテーブルに置かれる。
東の海でゾロが鷹の目に出会ったように、ゾロはこのグランドラインの片隅で過去の自分と出会った。
さすがに鷹の目ようにゾロの証を相手に刻んだりはしなかったが、若く荒削りなその剣技に出会えた事をひどく嬉しそうに笑っていたのを覚えている。

「10年か・・・テメェの時よりかかってんな。」

俺の言葉にクツクツとゾロがおかしそうに笑う。
ゾロと大剣豪の二度目の邂逅は23の歳。
5年後の再びの出会いで、大剣豪の称号はゾロへと継承された。

「そうか?まあ、いいじゃねぇか。」

そしてその称号を欲して現れる剣士達を退けて、大剣豪としてゾロが世界に君臨し続けて10年だ。
ワンピースを求めて冒険を続けるこの船は右へ左へと、船長が興味を惹かれるがまま、そして誘われるままに移動していく。
その後を必死で追いかけて来た若い力との再戦をゾロは心から楽しみにしている事はその機嫌の良さからも分かる。

「ほら、酒ばっかじゃなくてこれも食っとけ。」

包丁の手を止めて、冷蔵庫から取り出したサラダに特製のドレッシングをかけてゾロの前に置く。

「つまみならもっと早く寄越せよ。」

すっかり落ち着いて大人の魅力を纏った大剣豪も、昔のクルー達の前では相変わらず子供っぽい所をみせる。
特にサンジに対しては長い年月の間にこだわりがなくなったのか、素直に甘えてみせるし我儘も言ってくる。

「つまみじゃねぇ、それは夜食だ。」
「・・・葉っぱじゃねぇか。」
「サラダって言え。」

船の上では貴重な生野菜とローストした肉のサラダ。
酒の終わりにこうしたサラダを出すようになったのはたぶんゾロと体の関係が出来てからだ。
浴びるように酒を飲むコイツの身体をいつの間にかほんの少しだけ心配するようになった。
カチャカチャと時折フォークの触れる音がして、大人しく口に運ぶゾロの様子に自然に口元が綻ぶ。

「うめぇだろうが。」
「おう。」

わざわざ振り返ってみなくてもその声の調子だけで本日の出来栄えが分かる。
満足気な笑みになったゾロの顔を思い浮かべながら、俺は仕込みに使用した皿や小鍋、調理器具を片付けていく。
そして明日の朝食にと用意したそれぞれを分かり易く片付けていく。
胡椒をきかせたウインナーは会心の出来で、たっぷりのお湯でボイルすればパリッとした皮からジューシーな肉汁が弾けて、これを頬張った船長は大喜びで騒ぐだろう。
コンソメベースのジュレは用意してあるサラダにかけても美味いし、そのままトーストしたパンに乗せて食べても美味い、きっとレディ達の口に合うだろう。
その横にはすこし固めのフランスパンにローストした肉と辛目のソースを挟んである。
香草を混ぜ込んだ食パンには玉子とハム、チーズを挟んでサンドイッチ。
ウソップとチョッパーが嬉しそうに齧りつく様子も目に浮かぶ。

「ほい、終わり。」

パンっと最後に布巾の水気を切って、俺はシンクを背にゾロへと顔を向ける。

「美味かった、ご馳走さん。」

ニッと唇の端を引き上げて差し出された皿を受け取って俺は再度シンクへと向き直る。
皿を一枚、そしてフォークを洗い、そのまま洗い籠へと伏せて、これで終わりだと今度こそシンクの前を離れた。

「なあ・・・コック。」
「・・・ん?」

片付けが終わるまで待っていたゾロが俺を見つめてふっとその視線を和らげる。

「ありがとうな・・・。」

静かな優しい声に俺は軽く目を見張り、唇に苦笑を浮かべながらポケットから取り出した煙草へと火を着ける。
キッチンに広がる燐と紫煙の香り。
深く煙を吸い込んでゆっくりと吐き出すと俺はニヤリと笑ってみせた。

「なんだよ、今更俺のありがたみが分かったのかよ。」

クククとからかうように口にした言葉にゾロの眉が寄る。
俺は笑いながらゾロの横に腰を降ろし、スルリとその腰を抱くようにしてその身体を引き寄せた。

「おい、今日はやんねぇぞ、クソコック。」

拒否の言葉を吐きながらも大人しく身体を任せてくるゾロの首筋に軽くキスを落として緩く抱き締める。

「わかってるって。明日全力でやりてぇんだろ?」

2度目の出会いがゾロとミホークの運命を変えたように、明日の2度目の邂逅がゾロの運命を変えるかもしれない。
そしてゾロはその変わる運命の瞬間をいつも楽しみにしているのだ。

「今夜はこれだけで我慢してやるよ。」

クスリと間近で囁いて薄く開いた唇に己の唇を合わせる。
舌先を絡め、互いの熱さを感じ、呼気を交わす。
血の滾るような興奮は埋め火のように身体を支配し、それでも若かった時とは違い、今はそれを制御する術も交わす術も身につけている。

「・・んっ・・。」

小さな濡れた音をたてて離れた唇から思わずといった感じで甘い声が零れ落ちる。
それに笑みを向け、濡れたその唇を指先で拭いながら俺は綺麗な綺麗な翡翠の輝きを覗き込んだ。

「まあ、でもさ、たまには一緒に寝ようよ?」

クスリと甘えて強請れば、ちょっと呆れたようにゾロに笑われる。

「ああ・・・、たまにはな。」

笑みを浮かべた唇が軽く触れて離れていくのを追いかけるようにしてその身体に腕を回す。
そして、俺はゾロの腰を抱いたままにキッチンから甲板へとエスコートする。
小さなメリーで旅をしていたのは昔の事で、いつの間にか二人で居る事が当たり前になっていた俺達には二人で過ごす為の部屋が宛がわれている。
ゆっくりと月光の照らす甲板を歩みながら戯れるように何度も唇を重ねる。

「くすぐってぇ。」

頬にキスを落とし、耳朶に唇を落とし、煌めくピアスにも唇を落とす。
クスクスと小さく笑う優しい翡翠に微笑み返して、温かい身体を腕にスルリと扉をくぐり、そしてそのままベッドへと二人で身体を沈める。
しばらく間近で見つめあい、どちらかともなくゆっくりと唇を重ねる。
しっとりと舌を絡めあい、互いの熱さを感じて、深いけれど官能のない口付けにゾロの腕が俺の背へとゆったりと回された。

「おやすみ、ゾロ。」

ゆっくりと解かれた唇で視線をあわせたまま口にすれば穏やかな笑みが返って来る。

「おやすみ、サンジ。」

スルリと俺の頬を撫でたゾロの手が敷布に沈み、しばらくして静かな吐息がその唇から紡がれ始める。
俺は何度かその滑らかな手触りのよい肌を指で辿り、閉じられた目蓋にキスを送ると、ゆっくりと身体を起こした。
そしてその腰に差したままだったゾロの愛刀達を壁の定位置へと収めていく。

「・・・ゾロ。」

柔らかな緑の髪を優しく撫でつけ、スーツの上着を脱ぎ、眠るゾロの横へと静かに腰を降ろす。
スヤスヤと気持ちよさそうな寝息に微かに笑って触れるだけの口付けを落として、ゆっくりと煙草に火をつける。
部屋に立ち込める紫煙の香りに目を細め、ゆっくりと煙草一本分だけ過去に思いを馳せる。

「なあ、怒るかな?」

クスリと、笑みと共に零れ落ちた俺の言葉に返事はない。
俺は健やかに眠るゾロを見つめながら、胸ポケットにしまってあった小さな小瓶を取り出した。
その小さな瓶の中には真っ二つになった青い茸。
俺は瓶越しのそれをしばらく見つめるとそっと手のひらにその青い茸を取り出した。






−サンジ!だめだよ、それは毒なんだ!−
−毒?−
−おう、乾燥させて麻酔に使うんだけど、生のまま食べた方がずっと強力なんだ。−
−間違って食べちゃったらずっと眠ったままになっちまうんだぞ。−
−へえ?こんな小さな茸で?−
−そうだぞ。気をつけてくれよ、サンジ。−
−さすがチョッパー、物知りだな。−
−エッエッエ、誉められても嬉しくねぇぞぉ−






綺麗に半分に切り取られた青い小さな茸。
そっとゾロの髪を優しく撫で付け、俺はそれを口に運ぶ。
ゆっくりと歯で押しつぶし、ちょっと眉を顰めた。

「なんも味ねぇんだな。」

無味無臭というやつなのかと感想を抱き、塩の一つまみでもふって来るんだったと思った自分に思わず苦笑を浮かべる。
ゆっくりと何度かゾロの髪を撫で、俺は思い出したようにしゅるりと音を立ててその腕に巻かれていた黒いバンダナを解いた。
そして俺は静かに眠るゾロの横へとその身体を滑り込ませる。
よく眠っているゾロと向かい合うように抱き合い、布団から覗くゾロの手に己の指を絡める。
温かい手のひらは傷だらけで、それでも俺の一番好きな大切なものだ。

「なあ・・・ゾロ・・、テメェは怒るか?」

穏やかな顔で眠る最愛の人。
生涯離したくない、離れたくない、俺のただ一人の人。
俺は先ほど解いたゾロのバンダナでしっかりと繋がれた二人の手を結んでいく。





日が昇り、目が覚めてこの目に一番に写るのはゾロでありたい。





たとえ、目覚めがなかったとしてもゾロと離れたくはないと望むのは俺のエゴだろうか。





固く繋がれたその手の甲に唇を落として、俺は目の前の綺麗な寝顔に笑みを向ける。

「おやすみ、ゾロ。・・・・いい夢を。」

最後のこの時、送り出す背中を引き止めてしまいたいと思った俺の我儘。
自分以外をその視界に入れて欲しくはないと望んだ俺のエゴ。





徐々に重くなっていく目蓋の中に浮かぶのは、どこか仕方ないといったふうに笑うゾロの顔。





ああ、明日、朝日が昇ったら・・・。

その時は笑顔でお前を送り出すから、今だけは俺だけのお前でいて欲しい。





いつか離れる時が来たとしても。





それが明日の事だとしても。





いつまでも、いつまでも、二人、手を繋ごう。





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携帯サイト開設記念SSS タイトルアンケート2位 『手を繋ごう』です。

すみません、暗いお話になっちゃってます(汗
手を繋ごうってタイトルを書き出したときからダークなのしか浮かびませんでした(汗
最終的な解釈はお任せってことでw


(2006/09/09)