◆ 甘い罠 ◆





これはどうしたもんだろうとサンジは目の前の光景に首を傾げた。





「何見てんだよ、エロコック。」

眉間にくっきりと皺をよせ、馬鹿にしたように投げつけられた言葉にサンジの眉は寄る。
だが、なんと反論しようかと目の前のゾロの姿を見つめて考えるサンジに、ゾロと並んで立っていた優秀な航海士から冷ややかな視線が投げつけられた。

「ほんと、なんて顔してんのよ。」

冷ややかな視線と呆れた声の持ち主はサンジが敬愛するナミのもの。
なんて顔と言われても、サンジには自分が今どういった表情を浮かべているのか、実は定かではない。

「あ、・・え・・・っと。」

ウロウロとゾロとナミの間を行ったりきたりと落ち着きない視線にどちらからともなく溜息が零れた。

「おい、ナミ。」
「ええ。」
「え?え?ええ?」

くいっと軽く顎をしゃくったゾロに軽く頷いたナミがその後を追って歩き始める。

「え?ちょっと、ナミさん?・・ぞ、ゾロォ?」

呆れたように背を向けて立ち去っていく二人の姿にサンジは情けない声を上げ、手にしてたホースドボドボと水を零していたのだった。










事の起こりは、サンジが日課の蜜柑の水遣りへとホースを持ち出したことだった。
さんさんと照りつける日光は青々と茂る葉を綺麗に輝かせ、風が茂る葉を揺らすたびサンジに潮の香りと共に緑の匂いを運んできていた。

「・・あれ?」

さて、水撒きしようと、木の根元に投げていたホースを持ち上げてサンジは小さく呟いて首を傾げた。
持ち上げたホースの先からはチョロチョロと水が項垂れたように零れ落ちるだけで、思ったより元の蛇口を開けて来なかったのかとサンジは肩を竦める。
糸のよう、とは言わないがダラダラと雫を落とすホースの先を見てサンジはヤレヤレと息を吐き出す。
これではけして狭くはない蜜柑畑に水を撒くには少々効率が悪すぎる。
一度戻って蛇口を開いてこようかとも思ったのだが、それも少々面倒でサンジはそのまま木の根元に水を撒き続ける。
近場の木にある程度水をやってしまうと、サンジはホースの先端を軽く手で押さえて水圧を加えると奥の木に向かって水を飛ばした。
そう、そこまでは何の問題もなかったのだ。

「え?うわっ!!」
「うぎゃっ!」
「きゃぁ!!」

いきなりホースがグンッと動いたと思ったら激しく水を撒き散らしながらホースが蛇のようにのたうち、サンジの手から飛び出すように離れた。
もちろんその時に大きく空に向かって吐き出された水は蜜柑の木を通り越して船尾の方へと消えていった。
水が消えていくのとほぼ同時に船尾から上がった悲鳴が二つ。
二つという事におそるおそる木の間から顔を出したサンジに、見事にずぶ濡れになった二人から恨みがましい視線が向けられた。

「ナミさん・・・マリモ。」

二人の髪からはポタポタと雫が垂れ、全身見事に濡れ鼠になってしまっている。

「テメェか、クソコック。」

くっきりと眉間に皺を刻んだゾロが忌々しげに顎を伝う雫を手の甲で拭う。
その横では犬のようにプルプルと頭を左右に振って水気を飛ばすナミが居た。

「うおっ!つめてぇ、ナミ、飛ばすな。」

真横から飛んできた雫に抗議の声を上げたゾロにナミが動きを止め、濡れて頬に張り付いた髪を手でかきあげながらその元凶となったサンジへと視線を向けてくる。
そんな二人のやりとりをぼんやりと眺めていただけのサンジの姿にナミの眉が顰められた。
ちょっと呆れたような表情になったナミに気付いたゾロもサンジへと視点を合わせ、そして冒頭のゾロの台詞となったのだった。

『何見てんだよ、エロコック。』





はあっと溜息を零して、背後から注がれるチクチクとした視線を気にしながらサンジは皿洗いにせいを出す。

「うっとおしい。」

ポツンと背にむけて投げかけられた言葉にビクリと背を揺らす。

「言いたい事があるんなら言え。」

呆れたようにも聞える声にも返事を返すことなくサンジは黙々と皿を洗う。
言いたいことは色々あるが、それを口にしたら終わりだとサンジは内心微かに怯えているのだ。



陽光の中、全身ずぶ濡れになったゾロははっきりくっきりエロかった。
水に濡れて肌に張り付いた白いシャツの下の筋肉の隆起とか、透けて見えた小さな色付いた突起とか。

「おい。」

頬から顎を伝って首筋に流れた雫とか、水に濡れた唇とか。
目にくっきりと焼きついた残像を思い出すたびにサンジの背にゾクリとした快感が走る。

「おい、おい!エロコック!」

珍しく白いTシャツを身につけていたナミも同様に、その下の豊満な胸をガードしているブラが透けて見えるなど、正常な男として大変嬉しい誤算が目の前にあったのにも関わらず、サンジはゾロから目が離せなかった。

「このっ!クソエロ眉!!」

ドンっと大きな音を立ててテーブルが叩かれる音に、とうとう諦めてサンジはゆっくりと振り返った。
そこには肩を怒らせて、あきらかに怒っている表情のゾロがいて、サンジは困ったようにへにゃりと眉を下げた。

「あー、・・・何?」

ヘラリと笑って問い掛けたサンジにますますゾロの眉間に皺が寄っていく。
それでもそんな顔をしたゾロを見て気分が浮き立ってしまう自分にしょうがないなあとサンジは唇を歪める。
そんなサンジをジッと見つめた後、ハアっとこれ見よがしにゾロの口から大きな溜息が吐かれた。

「クソコック。」

サンジの背後ではジャージャーと派手な音をたてて蛇口から水がシンクに流れ落ちていく。

「ここに来て、俺にキスしろ。」

どこか呆れたようなに吐かれたゾロの言葉に、動く事もできず固まったサンジのシャツが縁で跳ねた飛沫にしっとりと濡れていく。
告げられた言葉より、その言葉を綴った唇を見つめて動けなくなったサンジにゾロがヤレヤレと言ったふうに肩を竦める。
そしてペロリと舌先で唇を湿らせるとサンジの視線を集めたまま、ゆっくりと唇を開いた。

「いつまでも物欲しそうに見てんじゃねえよ。・・・・欲しいんなら、見てねぇで自分で取りに来い。」

サンジに投げつけられた言葉の真意は分からないが、サンジはどうしようどうしようと頭の中で繰り返す。
女の子が大好きで、いつだって彼女達が一番で、それなのにこの船に乗ってからその順位が変わってしまいそうで、無駄に足掻くだけ足掻いている。
人目で魅了されてしまったその男にこれ以上近付きたくはないのだ。
一歩、ゾロに近付いて、一度でもその誘惑に負けてしまえばそれで終わりなのだとサンジには分かっているのだ。

「・・・・サンジ。」

甘く響いた蠱惑的な声にクラリと視界が回る。
その甘い罠を平然と口にした唇から目が離せない。

「・・・・来い。」





静かに紡がれた甘い罠と、伸ばされた腕に囚われたいと思いながらサンジはその一歩を踏み出せず、ぼんやりとゾロの唇を見つめていたのだった。






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携帯サイト開設記念SSS タイトルアンケート1位 『甘い罠』です。

まあ、甘いかどうかは微妙な感じですが、揺れるコックさんという感じで(笑
ゾロのことが好きなコックさんですが、一応まだグルグルしているってお話です(たぶん


(2006/09/09)