= 心と欲望のバランス =




「お部屋はこちらになります。」

簡単な室内の説明を受け、差し出された部屋の鍵を受け取る。

「御用がございましたら、いつでもフロントまでお申し付けください。」

部屋までの案内を終えたベルボーイが深々と腰を折る。
それに鷹揚な態度でしばしの住人はゆっくりとその扉を閉ざした。








カチャリ・・・と、静かな音にロックがかかったのを確かめて、なおも外からその扉が開かぬようしっかりと鍵をかける。
サンジの背後ではゾロが腕を組んでそんな動作をじっと見ていた。
鍵をかけ、深く息を吐き出すと殊更にサンジはゆっくりとゾロのほうへと顔を向ける。

「・・・約束だ、ゾロ。」

低いサンジの声に、ゾロは数度瞬きを繰り返し、組んでいた腕を解くとクルリと踵を返す。
腰の3本の刀を通りすがりのソファーに無造作に投げだし、そのままスタスタとある場所を目指して歩き出す。
歩きながら腹巻を落とし、バンダナを落とし。
さすがに歩きながらは脱げなかったのかブーツは立ち止まり、紐を解くと行儀も悪く足で蹴るようにしてその場で脱ぎ散らかす。
左右のブーツを脱ぎ捨て裸足になると、またゾロはペタペタと歩き始めた。
フカフカの毛足の長い絨毯に、転々と散らばっていくそれらを静かに目で追いながら、サンジは思い出したように口に咥えていたままになっていた煙草に火をつける。
ふわりと部屋に広がった紫煙の薫りにゾロがゆっくりと振りかえる。
片手を扉にかけたまま、無言でサンジの顔を見つめ、ほんの微かその動きを止めた。
目を細めてそんなゾロを見返したサンジの目の前でその手がシャツに掛かる。
グイと乱暴な仕草でシャツを脱ぐと大きな傷のある上半身が晒された。
ジッとその身体を見ているサンジにゾロは何か言いかけ、口を閉ざす。
そして、パサリと音をたてて床に落ちたシャツを最後に、ゾロの姿はバスルームへと消えていったのだった。









きっかけは些細なよくある喧嘩だった。
売り言葉に買い言葉、意味のない言葉のやり取り。
本当によくある日常風景。
だが、その中でサンジはつい本音を口にしてまった。

『テメェの事が抱きたいぐらい好きだ。』

その台詞に驚いたように動きの止まったゾロ。
その時、二人の間を流れた沈黙は痛いほどだった。

『クソコック・・・本気なのかよ。』

怒るでも蔑むでもなく掛けられたゾロの声にサンジは一瞬だが己の思いが通じたのかと希望を持った。

『コック、悪いが俺は・・・・そんな気にはなれねぇ。』

しかし、どこか申し訳なさそうなゾロの言葉が続く。

『いい・・・忘れてくれ。』

サンジにそう言う以外他に何と言えたのだろう。
告げるつもりのなかった言葉を口にして、蛇蝎の如くゾロに嫌われなかっただけでもましかもしれないと、そう自らに言い聞かす以外に。
表情の曇ったサンジに何か言いかけて、一度口を閉ざし、ゾロはしばらく沈黙した後静かな目を向けてきた。

『クソコック・・・一度だけなら、一度だけでいいなら俺を抱いてみるか?』

弾かれたように上げた顔とは裏腹にサンジはゾロの言葉を理解するまでにかなりの時間を有した。

『どうする?クソコック。やってみたら海の上ではありがちな気の迷いってヤツかもしれないぜ?』

サンジはゾロの顔をじっと見つめた。
からかっている訳でもなさそうで、至って真面目にサンジの事を考えてくれているらしいゾロに嬉しさと申し訳ない気持ちが湧き上がる。
きっとゾロは本当に気の迷いだろうと、サンジが自分にそういった感情を抱くわけがないと思っているらしかった。

『俺は別にかまわないぜ?』

ニヤリと笑ったその顔にサンジの鼓動が激しくなる。
ゾロに気持ちを受け入れては貰えないが、一度だけでも、恋焦がれたその身体を手にすることが出来るとわかって、その誘惑に逆らえるほどサンジは大人ではなかった。

『それじゃ、こうしようぜ?』

楽しい悪戯を思いついたような顔で取り付けられた条件にサンジはその時はただ馬鹿みたいに首を縦に振り続けることしか出来なかった。

ゾロが出した条件は。

一つ、船内でないこと。
二つ、ログが貯まるまで最低でも一週間寄航していること。
三つ、治安が良く、セキュリティーのしっかりした宿かホテルであること。
四つ、他のクルーと完全に別行動であること。
五つ、旨い酒と美味い飯を用意すること。

提示されたソレは簡単なようでなかなか難しいものだった。
1と5は簡単にクリアでき、3も多少金銭に無理をすればなんとか条件を満たすことが出来る。
2は運次第だが、ログが貯まった後も上手くナミに滞在を勧めれば何とか出来なくもない、問題は4の他のクルーとの別行動にあった。
どう考えても寄航したグループ分けではサンジとゾロは別行動になる。
互いが別行動になることには問題はない、しかし、二人には必ず誰かしら他のクルーが共に行動するのだ。
それは戦闘能力を分散してでの上陸を考えるとどうしても避けられないものだった。

ゾロが提示した条件を満たせず、なかなかチャンスの掴めないまま日にちは過ぎて行く。
その間にもいくつかの港に寄り、また出航を繰り返す。
いつしかサンジの中で不安と焦りが募り始め、それが徐々に苛立ちへと変化していく。

もし・・ゾロに。

あれは、冗談だったと言われたら?

あれから、気が変わったと言われたら?

そして、約束を忘れてしまっていたら?


サンジはグルグルとした自らの思考の中のネガティブな部分に掴まり始め、あまりの挙動不審さに他のクルーから不気味がられることもしばしばだった。
理由は分からないがサンジが何かに煮詰まってきている事に敏いクルーは少しづつ気付き始める。
そんな中、サンジの様子を見かねて、次の島で休養を取ることを決めたナミの判断は当たり前だといえただろう。
そして、サンジに休ませる事が目的での休暇ならばと、クルーと完全に別れさせ単独行動をさせる事をナミが決めたことも無理からぬことだった。
他のクルーが一緒ではコックとしての仕事を忘れての気分転換できないだろうと判断されたのだ。

『ゆっくりと休んでちょうだい。』

島影が見えたときに告げられた急な休暇予定にサンジは驚き、そして申し訳なく思った。
島に着いてからのクルーの予定と、サンジの予定の説明を聞きながらサンジはチラリとゾロへと視線を向けた。
そのサンジの物問いたげな視線にちょっとだけ眉を寄せたゾロを見逃しはしなかった。
その仕草にあの約束を忘れてなどいないのだと思った時。
これこそがサンジが欲していたチャンスだと思った。
サンジの為にとナミが用意しした宿を断って、サンジはその島でもっとも高級なホテルの一室をリザーブした。
出航までの一週間、全部をその部屋に滞在することにしたのだ。
一応、ナミにだけは心配しないようにその宿泊先を教えたが、そのサンジの行動にやはり驚いているようだった。
それでもそれが気分転換になるのならと彼女は悪戯っぽく笑っていた。








寄航後、クルーと別れ、いったん船を離れた後、サンジはもう一度メリーへと足を向けた。
なんとなくだがそこにゾロが待っているような気がしたのだ。
そしてサンジは自らの予想通りその姿をそこに見つけた。

「・・・・ゾロ。」

小さなサンジの声に気付いたのかメリーを眺めていたゾロがゆっくりと振り返る。
サンジは震える唇に煙草を咥え、ゆっくりとゾロとの距離を詰めた。
ゾロは何も言わずに近付いてくるサンジを見ている。

「覚えているかよ。クソ剣士。」

喉がカラカラで干上がったように上手く声が出せないことがもどかしい。
サンジは静かに佇むゾロの正面に来ると足を止めた。

「ああ・・、覚えてる。」

ゾロの返事にサンジはゆっくりと煙草の煙を吐き出した。
緊張からか小刻みに震えている指先に舌打ちしたい気分だった。
そんなサンジを見つめながらゾロはかすかに唇を笑みの形に歪める。

「クソコック、テメェこそ後悔してんじゃねぇのか?。」

ゾロの言葉に一度目を瞠り、気負いも緊張もない姿でこちらを見ている身体にサンジは腕を伸ばす。
間近に迫った翡翠の瞳を見つめ返しサンジは咥えていた煙草を海へと投げ捨てた。
そしてその腕を掴んだまま先程歩いてきた街の方へと足を向ける。

「来い!クソ剣士。」

力任せに腕を引いて歩き出したサンジに何の抵抗もなくゾロも歩き始める。
大人しく従って足を進める横顔を、ちらちらと盗み見ながらサンジは激しくなっていく鼓動に眉を顰める。
ジットリと緊張に汗ばむ手のひらに気付いていないわけもないだろうにゾロも何も言ってこない。
ホテルのフロントでチェックインをしているサンジを少し離れた場所で待つゾロの様子を何度も伺って、落ち着かない気分を味わいながらサインし、ベルボーイに案内されるままにこの部屋に向かったのだった。








サンジは短くなった煙草を灰皿に押し付けて消すと、溜息をつき、転々と散らばるゾロの衣服を拾い上げていく。
全部まとめて刀のあるソファーに乗せ、そのまま深くソファーに腰を降ろす。
本当にこれでいいのかと緊張に汗ばむ手を何度も握りなおす。
たった一度だけだ。
ゾロはそうサンジに言った。
知らなかった方が良かったと後で後悔する時がきっと来るはずだ。
そう分かっていてもサンジにはこの誘惑は振り払えない。
死ぬまで、いや、死んでからも触れることなど叶わないと思っていた身体をこれからこの手に抱くのだ。
どういった思惑があるのか、サンジにはゾロの行動はいまひとつ理解できない。
いや、思惑なんてもうどうでもいいのかもしれない。
この手にゾロを抱くことが出来る、愛する人を腕に出来る・・・ただその事実だけがサンジの中で意味を持っていた。

「クソコック。」

静かな声にビクリと肩を震わせ顔を上げれば、いつの間に出てきたのかバスローブを身に着けたゾロが少し離れた場所に立ってサンジを見ていた。
驚いた表情を浮かべたサンジにゾロはどこか痛ましげな視線を向ける。

「シャワー浴びてこいよ。」
「・・ああ。」

ゾロに促されて立ち上がり緊張に強張った身体に苦笑する。
これではどちらが抱かれる立場なのか分かったもんじゃないなと、サンジは覚束ない足取りのままバスルームへ向かって歩いていく。
その背を無言で見つめて肩を竦めるとゾロはソファーの上に纏められている衣服へチラリと目をやり苦笑する。
パタンと音をたてて静かにしまったバスルームの扉は当分開かないだろう。
ゾロは部屋の奥にある扉を開けて中を覗き込むと、自己の欲求に従うままに柔らかなベットへとその身を沈めたのだった。







サンジは備え付けのバスローブを素肌に羽織ると、ゆっくりとした歩みでベットルームへと足を運んだ。
熱めのシャワーを浴びて、幾分か気分を落ち着かせて出てくればその場にゾロの姿は見えない。
一瞬焦ったがソファーの上に放り出されたままの衣服と刀にほっと胸を撫で下ろし、すぐにもう一つの部屋の存在を思い出した。
ドクンと早くなった鼓動に舌打してサンジはその部屋へと向かう。
扉は薄く開いて、その隙間から柔らかな黄白色の仄かな灯りを漏らしていた。

「・・・・ゾロ。」

小さな声で呼びかけて、意を決して近寄ったベットの中を覗いてサンジはがっくりと肩を落とした。
二つあるベットの内、一つを占領してゾロはスヤスヤと気持ち良さそうな寝息を立てていた。

「あ・・・、ああ・・・やっぱり。」

あまりにも予想通りのその姿にサンジは声を出して笑いだしたくなった。
なんだか意識しすぎて緊張しまくっていた自分が馬鹿馬鹿しい。
こうしてふたりっきりになったとしてもゾロはまったくの自然体なのだ。
サンジは声を殺してひとしきり笑うと静かに眠っているゾロに近寄った。
そして手を伸ばして緑の髪に触れる。
触れたいと思って、いままで一度も触れたことのなかった髪。

「柔らかいんだな。」

少し水分を含んでいるが手触りは柔らかく気持ちいい。
たまにだが、眠っているゾロの横に座り込んで女性達がその髪を撫でている光景を目にしていた。
そうしている女性達にも、されているゾロにも嫉妬したのだが、確かに触りたくなる手触りだろうと苦笑する。
なんというか気持ちがよくて、癒されるという感じがするのだ。
ひとしきり撫でて髪の手触りを堪能してもゾロが目覚める様子はない。

「そういや、こんなに近くで見たことないよな。」

部屋を照らす灯りはベットサイドの光だけ。
サンジは髪を撫でていた手をそっとその頬へと滑らせた。
しっとりとしたその頬は思ったよりも冷たくて、その温度差に逆に驚き手を離してしまう。

「ん・・・っ。」

小さく呻いてコロリと寝返りを打ち、サンジの方へ身体ごと近付いてきたゾロの手がバスローブの袖を掴む。
引き寄せられるままに腕を伸ばしもう一度頬に手を当てるとホッとしたような息を漏らす。
眠りを妨げないように頬を撫で、かすかに笑みを浮かべた唇へと指を伸ばす。
触れた温かな息にサンジは知らず知らずその顔に笑みを浮かべていた。

「・・・・・らねぇのか?」

囁くようなその声に慌てて手を引きかけて逆に伸びてきた手に手首を掴まれる。
サンジの目の前で意志の強い翡翠の輝きが現れた。

「起こしたか?」
「・・・・ああ。」

サンジの問い掛けにあっさりと答えてゾロは瞬きを繰り返す。
そして掴んだままだったサンジの手を自らの頬に当てると笑った。

「結構気持ちよかったぜ。もっと触ってろよ。」

その言葉に驚いて、サンジは望まれるままに優しい手付きでゾロの髪を撫で頬を手のひらで包み込む。
目を閉じて気持ち良さそうな吐息を漏らしゾロはクスリと笑った。

「すまなかったな。」
「なにが?」

リラックスしているゾロのそんな表情に、ホテルのドアをくぐった時、それ以前の島影が見えた時からの切羽詰った飢えたような自分の気持ちが薄れていくのを感じる。
焦りすぎていたと今更ながらにサンジは恥ずかしいような気分になった。
あのままの気持ちでゾロに接していたらきっと今頃ゾロを壊しかねないほどの激情で彼を抱いていただろうと思う。
何故謝られたのかは分からないままゾロが続きを話し出すのをサンジは静かに待った。

「俺は、テメェがよくある気の迷いになったんだと思っていた。」

ゆっくりと開いたゾロの目がサンジを静かに映す。
本当に綺麗な色だとサンジは今更ながら見惚れた。

「ナミやロビンには手は出せねぇ。ルフィは論外だし、ウソップみたいな弱いやつを力でどうこうなんてテメェには間違っても出来ねぇだろ?・・・だから、あの中で俺を選んだんだと思ったんだ。」
「そんなことは無い、俺は!!」
「ああ・・・。」

サンジの反論を軽く遮って、ゾロはゴソゴソとサンジの腰掛けている方へと身体ごと移動してくる。

「ゾロ・・・・。」

サンジは自分の腰に腕を回し、身体を寄せてきたゾロを信じられないものを見るような気持ちで眺める。
膝の上にかかったゾロの頭の重みにドキリと心臓が音を立てた。

「悪かった。」

片脚にゾロの頭を乗せ、ベットの縁に腰掛けたままでサンジはその顔を見つめる。
力の入っていないゾロの腕は振り払おうと思えば簡単に解ける。
サンジはそっとゾロの腕に自分の手を重ねた。

「分かってもらえたならいいよ。アンタに惚れたこの気持ちは半端なもんじゃねぇんだ。」

膝の上で身じろいだゾロが下からジッとサンジを見つめてくる。
その頬をそっと撫でてサンジは笑いかける。

「ゾロ、アンタが好きだ。心底惚れてる。」

サンジの言葉にゾロが少し考えるような仕草を見せる。
優しく髪をなでサンジはジッとゾロを見つめた。

「クソ愛してる、ゾロ。」

静かな声でキッパリと告げるとサンジはやっと肩の荷が下りたような爽快感を味わった。
結局たった一言、本気でこの言葉をゾロに伝えていたらあれほどに煮詰まることもなかったのかもしれないと思う。
ゾロがどういう答えを出そうとも自分の気持ちは変わりようがないのだと、柔らかな手触りの髪に笑みを浮かべる。

「クソコック。」

大人しく髪にサンジの愛撫を受けていたゾロが口を開く。
クルリと完全に向きを変えサンジの方へ身体ごと向き直ったゾロが微かに笑った。

「ゾロ??」

チラリと何処か楽しそうな悪戯っぽいゾロの目の輝きにサンジはなんとなく腰を引いた。
クスリとゾロが笑ったのを膝にかかる息で感じる。
布越しに感じた温かい息にアッと思う間もなくサンジの一部がドクリと脈打つ。
よく考えればサンジはゾロを抱くつもりで風呂から上がったバスローブの下には何もつけていないのだ。

「下、何もつけてないんだな。」
「ちょ、ゾロ!」

止める間もなくスルリとバスローブの中に入り込んだ手にいきなり握りこまれて慌てふためく。
そんなサンジの様子を楽しげに見上げてゾロはニヤリと笑ってみせた。

「クソコック、話は後だ。」
「話って・・・・。」

手際よく自分のバスローブの紐がゾロの手によって解かれていくのをサンジは呆然と見つめる。
その間もゾロの手は休むことなく動いて握りこんだサンジに刺激を送ってくる。
サンジは湧き上がってくる衝動に戸惑いながらその行動を見つめるしかない。
バスローブから覗いたサンジの欲望にゾロはチラリと視線を寄越す。
そしてサンジに見せ付けるようにゾロはペロリと自らの舌で唇を湿らせた。
サンジの目の前で見たこともない淫蕩な仕草をしてみせたゾロにゴクリと喉が鳴る。

「クソコック、話はこれが終わってからゆっくりな。」

笑いながら体を起こしたゾロにベットに押し倒されてサンジは真下からその顔を眺める。
衝動のままにその身体を抱き寄せて激しく唇を奪うとウットリと欲に染まった瞳で微笑まれた。

「・・・了解。」

サンジは体勢を入れ替えてゾロをベットに押し付けると誘われるままに熱いその身体に唇を落としたのだった。












二人でシャワーを浴び、先程は使用しなかった方のベットに倒れ込む。
バッタリと倒れこんだゾロの髪をタオルで拭ってやり、濡れたタオルを置くついでにベットサイドの煙草に手を伸ばす。
その手首をゾロに掴まれて視線を降ろせばキスを誘うように薄く唇が開いている。
サンジはそっとゾロに口付けた。

「煙草、嫌いなのか?」

サンジは煙草を吸うことを諦めて傍らに体を滑り込ませればスルリとゾロが擦り寄ってくる。
汗の引いたサラリとしたその肌の感触に目を細め、腕を伸ばして背に腕を回す。

「嫌いじゃねぇが、やった後で吸われると興醒めなんだよ。」
「ふーん?そういうもん?」
「ああ・・。」

ちょっと体を起こしてサンジの肩に顎を乗せたゾロがキスを強請るように口を尖らせる。
それをチュっと音を立てて吸えばクスリと笑われた。

「口寂しいならキスしてろ、クソコック。」
「はいはい、マリモ姫。」
「誰が姫だ。」
「そうだよなー、アンタってどっちかっていうと女王サマ?。」

サンジはそう言ってゾロの耳元に口付ける。

「すっげぇエロくて我儘な女王サマ。」
「そういうテメェは本当にエロコックだったな。」

何を思い出したのかクッと声を出して笑ったゾロにサンジは眉を顰める。
サンジ自身も多少熱が入りすぎたかなと思わなくもなかったのだ。
ただ、途中からは本当に夢中になってしまってセーブすることも何も出来なくて、ゾロに求められ、翻弄されるだけ翻弄されてしまった気がする。

「俺が初めてじゃなくてガッカリしたか?」

悪戯っぽい眼差しのゾロの問い掛けにサンジはかすかに目を瞠る。

「そんなふうに見えた?」

問い掛けに問い掛けで返したサンジにゾロはクスリと笑った。

「ああ、見えたな。」

布団の中から出てきたゾロの手が優しくサンジの前髪に触れる。
いつも隠れている左眼を覗き込むようにしてゾロが笑う。
サンジは困ったようにゾロを見つめ返した。

「悪い・・・少しだけな。」
「・・ま、いいけどな。」

軽くキスして離れていくゾロに手を伸ばしてサンジからその唇を奪う。

「んっ・・。」

くちゅっと音をたてて離れた唇に顔を見合わせて笑う。
ゾロの肩に腕を回して抱き寄せれば大人しくサンジに身体を預けて目を閉じている。

「・・・話の続きだが・・。」

静かな声にサンジは微かに頷いた。

「気の迷いってヤツにも種類があってな・・、処理で始めたものの途中から恋愛感情があって、互いに愛のある行為を行っているんだと思い込んじまうヤツもいれば、恋愛感情があるから、好きだから、愛してるから、俺はそういう行為が出来るんだって感情を錯覚したまま始めちまうヤツも居る。」

皮肉げに歪められた唇を見つめてサンジはゾロが言いたかった『気の迷い』の本当の意味を理解した。
もともと女好きを豪語しているサンジがただの処理としても男を抱けるはずもない、ならば始めから『ゾロに恋をしているから』と作り上げた偽の恋愛感情を、本当の恋愛感情として錯覚しているのではないのかとゾロは言っているのだ。

「俺は、結構そういう奴等の欲望の対象になりやすい自分ってのを知っているからな。」
「・・・ゾロ。」
「誤解のないように言っておくが俺は男が好きなわけじゃねぇ。女だって抱くし、柔らかくていい匂いのする身体は好きだ。・・・・その辺はクソコック、テメェとかわんねぇよ。」

目を閉じたままこちらを見ることなくクスリと笑ったゾロにサンジは目を伏せた。
あっさりとゾロは欲望の対象になりやすいと口にしたがそれらすべてが望んでとはサンジには思えなかった。
抱いている間、時折脅えた色が瞳に混じるのにそれを気付かないフリで欲望を叶えたのだ。

「俺は・・。」
「まて、話は終わってねえ。」

サンジの言葉を遮ってゾロが溜息を一つ吐く。

「どっちのヤツもな・・・、航海が終わって陸に上がると急に夢から醒めたみたいになるんだよ。陸に上がれば綺麗な女も、柔らかな身体もいくらでもあるんだ。わざわざごつくて抱き心地の悪い男を相手にしなくてもな。」

サンジはゾロを抱く腕に力を篭めた。
その腕にそっとゾロの手が重ねられたのを感じる。

「クソコック・・・俺はテメェがただヤリたいって、ただそれだけで誘っただけだったら・・・・俺はあの場でてめぇに足開いてたぜ?」

何処か冷たくも聞こえるその言葉にサンジはますます腕に力を篭める。

「切羽詰ったお前にナミやロビンを襲われることを考えたら、俺がてめぇに突っ込まれることなんかなんでもねぇ。」
「ゾロ!!・・・も、もういい、もういいから。」
「いいから、聞け。」

微かに笑った気配がしてそちらに目を向けると優しい翡翠の瞳に見つめられる。

「馬鹿だ、馬鹿だと思ってたけど本当に馬鹿なヤツだよな、クソコック。」
「・・・・・。」
「あんな条件にお前が従うとは思っていなかったし、こんなに必死になるとも思ってなかった。陸に降りればきっとあんな約束は忘れるだろうと思っていたのに。」
「・・・・ゾロ。」

ゾロはそう言ってふわりとサンジに優しく微笑んだ。

「お前の気持ちを疑って悪かったな。」

優しく微笑まれてサンジは情けなくも涙が伝うのを止められなかった。

「泣くな、クソコック。」
「うるせぇ・・。」
「泣くなって・・・。」

頬を伝って落ちる涙をゾロに舐めとられてサンジは慌てて手で涙を拭う。
サンジは好きな相手に気持ちが伝わることがこんなに嬉しいものだと初めて知ったと思った。
今までは好きだと伝えてからの、その先の行為ばかり見ていて、相手に心が伝わるという基本的な喜びを忘れていたような気がする。

「ゾロ、好きだ。」

涙を我慢した為に変に掠れてしまった声に情けないと思いながらもサンジはもう一度その言葉を口にする。
気の迷いでもなんでもなく、本気でゾロに恋をした自分を誉めてやりたかった。

「うん、俺も好きだぜ、クソコック。」
「・・・え?」

さりげないその言葉に目を瞠ったサンジを可笑しそうに見つめたゾロが繰り返す。

「ずっと好きだった。」
「・・・嘘だ・・。」
「俺は嘘はつかねぇよ。」

クスリと笑ったゾロの言葉にサンジはまた涙が溢れてくるのを感じた。
さすがに声を上げて泣き出したりはしなかったが宥めるようにゾロに髪を撫でられますます涙が止まらなくなる。

「・・止まらねぇ・・・クソ格好わりぃ。」

泣き笑いでゾロを見つめれば優しいキスが唇に降ってくる。
抱き合ったまま、肌を寄せたままで互いの視線がそっと絡む。

「ハネムーンは一週間もある。好きなだけ泣けよクソコック、どうせ俺しか見てねぇ。」

優しい声にサンジは腕を伸ばしてゾロをきつく抱き締める。
力を抜いて身体全体預けてくれるゾロを愛おしいと心から感じた。

「好き、大好き、クソ愛してる、ゾロ。」

笑ってサンジの名前を呼びかけた唇を奪って今の自分の想いが伝わるようにと祈りながら口付ける。
いつか消えるかもしれない恋心も、今だけは永遠であるようにと願いながら、サンジは愛おしい人を抱く両腕にゆっくりと力を篭めていった。






END++

SStop
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サンジ→ゾロで片想から両想いへ変わる過程のお話です。
告白とふたりの初めての夜のお話ですが、珍しくこのゾロは男経験ありの設定です(^^;
元々は裏のお話予定だったので経験者となりました(笑
だからベットの中での寝物語がメインなんですね(爆
すこし切ない感じを目指したんですが、結果コックさんが泣いちゃいました(笑
思いも通じたしいいよね?・・と思いつつ、泣かせてゴメン、サンジくん(汗


(2005/10/02)