■ キスが欲しい ■






だいたいが恋に落ちるのなんて一瞬の出来事で、そこに自分の意思なんて関係ないのだ。

「つーか、なんでアレなわけ?」

そう、自分の意思なんて、本当に関係ない。
過去を振り返ってみても、気付いたらもう好きで好きで、どうしようもなくなっているのがサンジの恋愛パターンだ。

「ああああぁあ!!」

思わず両手でガシガシと髪を掻き毟り、そのまま目の前のテーブルに突っ伏す。
その拍子にゴロリと転がった林檎を咄嗟に捕まえて、サンジはひんやりとしたその感触に思わず溜息を零したのだった。







事の起こりは数分前に遡る。

「これ、貰ってくぞ。」

テーブルの上にいくつか転がる真っ赤な果実を一つ取り上げて、サンジの返事も待たずにカシュリと小気味よい音を響かせてゾロが齧りつく。
ラウンジを訪れ、珍しくも酒を強請るでもなく固く赤い果肉に歯をたてたゾロが満足そうにそれを手にしたままフラリと外へと姿を消してしまうまでサンジは言葉を発する事もなく動きを止めてしまった。
後ろ姿を呆然と見送って、軽い音を立てて扉が閉まるなり、サンジはへなへなと椅子に倒れこむようにして座った。

「・・・信じらんねぇ。」

真っ赤に熟れた林檎を齧り取る白い歯。
咀嚼に動く濡れた唇。
無意識にか果汁の伝う果皮をチラリと舐め上げた赤い舌。

「信じらんねぇ、信じらんねえ。何アイツ。」

たかが林檎一つを口にしただけで、そこにゾロの何らかの意図があったとは思えない。
ならば、こうしてその仕草一つで熱を上げてしまった己の身体はいったいどうしてしまったというのか。
サンジは信じられないと繰り返し呟きながら、頭の中で何度も繰り返される映像に体の熱を上げる。
ある意味素直な男の性(サガ)。
視覚効果は本人の意思とは関係なく、そのまま直結で下半身へ向かう。

「信じらんねえ。」

すっかり興奮しきっている下半身に、情けない涙が出そうになりながらサンジはペッタリとテーブルに頬をつける。
両手をテーブルの上に投げ出しているのはせめてもの抵抗。
テーブルの下になんかあったら何をしてしまうか考えなくてもわかってしまう。
じっと衝撃が過ぎるのを待って、やり過ごそうとしながらも、それでも目の前に転がる真っ赤な林檎から目が離せないのはどうしようもない。

「なんで、アレなんだよ・・。」

はあっと疲れたように溜息を零してサンジは弄んでいた林檎を指先でゆっくりと転がす。
明日の朝食に合わせてジャムでも作ろうと思い立って選んできた林檎。
コトコト煮込んで、真っ赤な皮を入れて薄くピンクに色付けたそれに歓声をあげるレディ達の笑顔を見るつもりだったのに、失敗してしまった。
自覚のないままに、唐突に突きつけられた結果に当分振り回されそうだと、サンジはまた一つ大きな溜息をついて諦めたようにゴトンと大きな音を立てて頭をテーブルにぶつけたのだった。














唐突に突きつけられた気持ちから目を逸らす事、数日。
今夜はいい月だと、珍しくもゾロから後部甲板で酒を飲もうと誘われて、素直にそれに応じた自分が馬鹿だったと、サンジは、上機嫌で酒と肴を摘んでいるゾロに気付かれないようにそっと溜息を漏らした。




今までの女性達との恋愛なら、あとで自覚しようが、気付いたらこっちのモノとばかりにアプローチしまくり、実るにしろ、実らないにしろ行動を起こしてきた。
しかし、相手が男というのは経験が無い。
しかも、口説くというのがもっとも難しそうな相手を選んでしまったあたり見通しも暗い。
女性を口説くように気取った台詞を口にしてみた所で鼻で笑われるのがオチだろう。
何せ、魔獣と謳われたロロノア・ゾロだ。
見た目もとっても男らしく、もちろん性格だって漢らしい。
なのに何故だがエロイのだ、この男。
女性が男性にアプローチする色気と言うものではないのだが、ちょっとした仕草だとか、無防備に晒される首筋だとか、挑発する時に無意識に口角を上げて唇を舐めるその舌先だとか、もう、無駄にエロイ。
男の色気という奴なのだろうが、その色気に参ってしまっているサンジにとっては始終拷問で、理性を試されているのかと叫びたくなる事しばしば。
襲い掛かれば、たとえ仲間だろうと容赦なく斬られそうだと容易に想像できてしまう所も悲しい。

「なんだ、飲まねぇのか?」

手に持ったまま一向に減らない酒に目を向けて聞いてくるゾロにサンジはハアっと溜息を零してみせた。

「・・・?どうした?何かあったのか?」

無意識に用意した酒は赤ワイン。
赤い液体とゾロは似合いすぎてイヤラしすぎて、素直な下半身が反応しそうになってサンジは先ほどから困っているというのに、やはりゾロは気付く様子もない。
いや、まさかサンジからそういう対象として見られているとは思っていないからの、夜の誘いだろうとは分かっているのだが、頭と理性は別物というところで。

「いいやー、別に、なんでもねえよ。」

サンジの答えにゾロの眉間に皺が寄る。
目の前で大きな溜息をついた相手がなんでもないと答えてくることこそ、何かあったと吐露しているのと同じだ。

「なんでもねぇって面じゃねえなあ。」

なんだかんだとゾロはこの船に乗る全員を気に入っている。
そして、手のかかる年少組みはもちろん、年上のロビンでさえ、その庇護下に入れているのだ。
だから、喧嘩仲間のサンジの事でさえ、何かあればその手を差し伸べて守ろうとする。

「別に相談に乗ろうとか思っちゃいねえ。言いたいなら言えばいいってだけだ。」

聞いても忘れてやると言外に促されて、卑怯だなと思いつつサンジは深く溜息をついた。
今思っていることを素直に口に出してしまったら、困るのはゾロの方だと分かっていながらも、突き放されない事が分かった途端に、話してしまおうとする自分は卑怯だと思いながら、静かに待っているゾロへと顔を向けた。

「・・・・キス・・・してぇ。」

ポツンと理由も何もなく素直な欲求を口にしたサンジにポカンとゾロが間抜け面を晒す。
それに苦笑しながら、二人の間にあったツマミのあった皿をサッと横に避けて、にじり寄るようにしてサンジはゾロに近付いた。
片手に酒瓶を下げたまま、近寄ってくるサンジを呆然と見つめているゾロは逃げるでもなく驚いた顔のまま固まってしまっている。

「キス、キスしてぇ・・・。」

とうとう、互いの膝が触れ合うほどに近付いて呟いたサンジに、ゾロの眉間に深い皺が刻まれた。

「・・・溜まってんのか?」

溜まっている。
確かにそうとも言えると素直に頷いたサンジにゾロの眉間の皺がいっそう深くなる。
広い空間の一角で、図体の大きな男が神妙に顔を突き合わせている図というのは傍から見ると異様な光景なんだろうなと、あと一歩踏み込めばその唇に触れる事が出来るという位置でサンジはゾロの出方を窺う。

「そうか、溜まってんのか・・。」

サンジの言葉を馬鹿にするでもなく、嫌悪するでもなく、渋面だが考え込んでいる様子のゾロにほんの少しだけ期待して大人しく待つ。
あくまでゾロはサンジの相談に乗っているつもりなのだろうから、何らかのゾロなりの答えを聞かせてくれるに違いない。
その自分にだけ向けられるその言葉を待っている健気さに、サンジは心の中でホロリと涙を浮かべる。
俺って乙女だよなあと思った事は、とりあえず忘れて、真面目に難しい顔をして考え込んでいるゾロをひたすらに待つ。

「・・・・・分かった。」
「・・・・は?」

軽い音を立てて酒瓶が甲板に触れ、空いたその腕に抱き寄せられサンジはパチクリと目を瞬いた。
ゾロのシャツの胸元に上体を無理な体勢で倒したように抱き締められ、驚きと嬉しさ半分、だが、思考がついていかない。

「まあ、キスだけなら男も女も変わんねえしな。」
「・・・はあ?」

頭上でぼそぼそと呟かれた言葉に顔を上げ、サンジはゆっくりと近付いてくるゾロの顔にマジマジと視線を向けた。

「目、閉じろ。」

くいっと顎を右手に捕らえられ、近寄ってきたゾロの目蓋が下りていくのをぼんやりと見つめる。
チュ、チュっと軽い音を立てて唇を啄ばまれ、ゾロにキスをされているのだと理解した途端に一気に体中に血が駆け巡った。
ドクドクと先程よりも激しく脈打ち始めた鼓動と、見かけより遥かに優しいその唇に、サンジは目を閉じる事もできず至近距離でゾロの整った顔を見つめ続ける。

「・・・っ。」

互いの唇で遊ぶようなキスを受け、呼吸の合間にスルリとゾロの舌が口腔へと滑り込んでくる。
サンジに気を使っているのか、それともいつもの事なのか、ゾロの口付けは優しく甘く、我儘な女を宥めるような心地のよいキスだった。
ゾクゾクと背筋を這い登る快感の兆しはあるものの、性急さのないキスはサンジの中の欲望を昇華させていく。

「・・・んっ、ふぅ。」

チュッと最後にもう一度唇を吸われて意図せず甘い声がサンジの唇から零れる。
口の中はゾロが飲んでいたワインの味でいつの間にか満たされていた。

「満足したか?」

フッと息を吐き出したゾロが微かに笑って見つめてくる。
その笑みを浮かべた唇がしっとりと濡れて光沢を帯びているのにサンジはドクンと鼓動を大きくした。
触れる前の欲望は確かに昇華されたが、欲望の対象が目の前にいる限り、その欲求が解消される事など永遠にないのだが。

「満足っていうか。・・・優しいなあ、テメェのキスは。」

気持ちはとても良かったのだ。
男である以上女性を甘やかせるキスをすることはあってもそれを相手から受ける事はない。
それに普段から甘やかされる事など想像もつかない関係の相手から受けたキスが甘いのは悪くない。
キス一つでこうも甘やかしてしまう男もどうかと思うのだが、甘やかされて悪い気になっていない自分もどうかとサンジは笑う。

「なんだ、もっと激しいのが良かったのか。」

サンジの感想に怒るでもなく、あっさりと返してきたゾロに思わず肩を竦める。
ゾロから受ける激しいキス。
思考も理性もぶっ飛びそうだと、想像だけでヤバそうだと首を横に振る。

「いや、それはいい。勃ちそうだし。」
「そうか。」

これまたサンジの答えにあっさりと返して来たゾロはすでに興味を失ったのか酒瓶に手を伸ばしている。
その横顔を見つめながらサンジは微かに笑みを零した。

「で、なんでキスしてくれたわけ?俺がしてぇって言ったから?」

どうやら今夜のゾロは機嫌がいいらしく、庇護下に含まれている自分を甘やかしてくれるつもりのようだと分かってくすぐったくも嬉しい。
ただ、少々甘やかしすぎではないだろうかと、その横顔を見つめる。
そんなサンジの視線の意味を分からないでもないだろうに、ゾロはのんびりと瓶を傾けるとクククと小さな笑い声をたてた。

「まあ、そうだな。別に減るもんじゃなし、キスぐらいしたいんならしてやろうかと。」
「でも、この場合、普通は挨拶ぐらいので済ますんじゃねえの?舌は入れないだろ?」
「あー、そうかもな。」

そこに何らかの好意があってのキスだと、そうゾロに認めさせたいと、ほんの少し欲が出る。

「なあなあ、案外さあ、テメェって俺の事、好きなんじゃねえの?」

にっこりと笑みを浮かべて聞いたサンジに目を丸くしたゾロが視線を合わせてくる。
しばらく無言でサンジの顔を見つめたあと、ゾロは笑うでも怒るでもなく何故か大きな溜息を吐き出した。

「好き?・・・・まあ、嫌いではないな。」

どこか疲れたようなその口調におや?っとサンジは首を傾げる。
恋愛感情はないとしてもキスしてもかまわないぐらいならば、嫌いではないとは当たり前の事だろうとは思うのだが、何故そこで溜息をつくのだと、またしても渋面になったゾロの顔を見つめる。

「キスしてもかまわないぐらい俺の事好きなんだろう?」
「・・・・まあな。」
「なら、普通に好きなんじゃねぇの?俺の事。」

その質問にやはり無言で考え込んだゾロの様子にサンジは困ったようにその顔を見つめる。
そんなに難しい質問をしたつもりはなかったんだがと、眉根を寄せて黙り込んだゾロにサンジはコホンと一つ咳払いをした。

「えーっと、ゾロ?」
「ん?なんだ?」

呼びかけにチラリと視線を上げたゾロにサンジは微かな笑みを向ける。

「キスしてもいい?」

怪訝な表情でサンジを見つめているゾロにサンジはニッコリと笑ってみせた。

「してもらうのも気持ちいいんだけどさ。俺もしたいっていうか、させて欲しいっていうか。」

サンジの言葉に、徐々にゾロの眉間の皺が増えていく。

「えーっと、駄目?」

苦虫を噛み潰したようなゾロにサンジは苦笑まじりにお伺いを立ててみる。

「・・・・嫌だ。」

長い沈黙のあと、きっぱりと口にされたそれに今度はサンジが溜息をつく。
眉間に皺を刻んだまま、ゾロはやはり嫌そうに続けた。

「絶対に嫌だ。」
「絶対に嫌って・・・、なにが違うっていうんだ?クソ剣士。」

ゾロからしてもらっても、サンジからしても、サンジの中ではキスはキスで違いなどない。
それがゾロにとってはどう違うというのだろうかと答えを待つ。

「てめえにされると減る。」

沈黙のあと、きっぱりと言い切られた言葉にサンジは心の中で何が?と突っ込みを入れた。

「確実に減る。だから嫌だ。」
「えーっと、俺がすると減る?」
「おう。」
「で、ゾロからするなら減らないと?」
「そうだな。」

納得のいく答えが出せたのか、すっきりとした表情になって酒を飲み始めたゾロにサンジはハアア〜と大きな溜息をついた。
やっぱり何が減るのか、ゾロ自身もよく分からずに口にしているのだとサンジは微かに肩を竦めた。
そして、ズイっとゾロに身体を寄せると、間近で視線を合わせてサンジはニッコリと笑いかける。

「キス。」

サンジの言葉に、微かの間があって、笑みを浮かべたゾロの唇が柔らかく触れてくる。
やっぱり優しいキスを受け取って、サンジはまあいいかと目を閉じて大人しくゾロの唇を受け入れる。
ゾロからしてくれるならしばらくはこのままでも満足だし、当たり前のようにキスが出来る関係になってしまえば、それから先の主導権を譲るつもりはない。

「あー、やっぱり気持ちいい。」

スルリと解けた唇はとことんサンジを甘やかしてくれる。
さり気なくそのままその胸元に甘えるように倒れこめば、その腕でゆったりと抱き締めてもくれる。
片想いのままみたいだけれど、これはこれで幸せってもんじゃないだろうかと、サンジはこっそりと笑みを漏らした。



気付いた時には恋に落ちていた。



好きで好きで、どうしようもなくなってから気付くのがいつもの恋愛パターン。



そのあとは押しの一手とばかりに口説くのだが、たまにはこんなのも悪くないだろうと、大人しくゾロに甘やかされるままにキスを強請ってみる。

「もう一回。」

うん、こういうのも悪くない。
ゆったりと優しいキスを貰うだけってのも悪くない。

「キスが欲しい。」

ゾロが飽きるまで、こうして甘やかしてもらおうとサンジはまた一つゾロにキスを強請ってみたのだった。





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サンジ片想い話(?)←ちょっと違う
くっつく前の二人なんですが、すでに出来上がってるバカップルのような気もするんですが、気のせいですか?気のせいじゃないですよねえ(^^;
イチャイチャというかほのぼのとさせようとして、失敗したお話です(身も蓋もない)
まあ、雰囲気をどうぞ♪って感じで楽しんでいただければ幸いです(^^



(2007/02/19)