【風のない月夜】
今思えばあれは衝動ってヤツだったのだろうと思う。
「えーっと・・・・・何?」
丸く驚いたように見開かれた蒼い瞳。
サラサラの前髪が零れるままに顔半分を流れ、甲板の床に散らばった金色がとても綺麗だとそう思った。
「ゾロ、もしかして・・・酔ってるとか?」
どこか曖昧な笑みを浮かべて、困ったように口にされた言葉に俺はゆっくりと首を傾げた。
酔っている?
これが酔っているという気分なのだろうか?
たかがあれしきの酒で・・とは思うのだが、自覚していないだけで実は酔っているのかもしれないと甲板を背にして俺を見上げるサンジの顔を覗き込む。
そして色を濃くして困惑気味に俺を見上げる蒼色と、仄かに色付いた白い肌になんだかいたたまれないような気分になる。
俺はいったい何がしたいのだろうと、困ったように見上げてくるサンジの上に馬乗りになったまま、しばらくその顔を見つめ、そしてそっとその金色に手を伸ばした。
「・・・冷てぇ・・。」
逃げるでもなく大人しく組み敷かれ、俺に馬乗りになられたままサンジはただジッと俺を見つめるだけでそれ以上何も言うつもりがないようだった。
そっとそっと脅かさないように指に絡めた金糸はしっとりと冷たくその質感に驚く。
「そりゃ、さっき風呂から上がってきたばっかで、まだ乾いてねぇからな。」
静かに、かすかに笑いを含んだように答えられて、俺は何故かその金色が温かいのだと無意識に思っていたのだと気付く。
確かに、風呂上りのサンジを呼び止めて酒とそれに見合う肴を用意してもらったのはつい先ほどの出来事だ。
今夜は見張り番に立つ必要もなく、早めの就寝に就いたはずが唐突な目覚めに軽く酒でも・・と思ったのが間違いだったのだろうか。
「・・・・寒いのか?」
何故そう思ったのか。
触れたサンジの髪が冷たかったからか?
「別に?」
不思議そうに返された返事と一緒に繰り返される瞬きに、俺はそっと手を動かしていつも隠れているもう片方の瞳を露わにした。
サラサラと零れるはずの金色はやはり指にしっとりとした質感を伝えてきた。
「・・何?」
「別に・・・。」
ジッと見上げてくる蒼い瞳にどうしてそう思ったのか分からないが、やはり寒そうだと、どこか凍えている瞳のようだとそう感じた。
だからといってその後の、自分の行動の意味が分からない。
「・・うぅ?」
丸く至近距離で開かれた蒼い瞳は俺を映して、髪と同じように冷たい唇はしっとりと柔らかく、俺はその唇の冷たさにゾクリと身を震わせた。
重ね合わせるだけの、ただ触れ合うだけの口付け。
稚拙なそれを与えた相手は常日頃喧嘩の絶えないクソコックで、俺達の間にキスを交わすような関係は皆無だ。
はじめて触れた唇は緩く引き結ばれたまま俺に触れたまま。
ただ、俺はこれをキスと呼んでいいのか判断できなかった。
「あ・・・っ・・ふぅっ・・・ぁ。」
スルリといつの間にか伸びてきた冷たい指に髪を掻き乱されて、俺から触れ合わせただけの口付けが、濃厚なキスへと変化していく。
強引に割り込んできたサンジの舌に口腔を舐めまわされ、いつの間にか視界から蒼が消えていた。
シンと静まり返った甲板で、貪るような口付けを与えるサンジからは同じ酒の味がする。
「んっ・・・・。」
目を閉じれば口の中で動くサンジがよりリアルで、耳に届く湿った水音と、どこか甘えるような己の吐息に徐々に身体の中の力が抜けていくのが分かった。
何故、俺はこいつにキスをしたんだ?
何故、こいつは俺にキスをしている?
心で問い掛けても返事が返ってくるわけもなく、サンジから与えられる口付けに覚えのある熱が身体の中を這い上がってくるのを自覚する。
「ぅ・・・はぁ・・・ぁっ。」
「あ・・・・ゾロ。」
髪を撫で、首筋を滑り落ちた指先がいつの間にか温かく熱を放っているのを肌で感じてこいつも興奮しているのかと熱い吐息に甘い声を上げる。
静かな静かな月光を振り仰いで、珍しくも穏やかに酒を飲んでいた俺達はいったい何をしているのだろう。
「・・あ、ぅあっ。」
甲板にサンジを引き倒し、その上に馬乗りになっていた俺の腰にスルリと残りの腕が絡みついてくる。
真下に引き込んだサンジが少しずつ身体を下方へと移動し、それによって唇が少しずつ俺の肌に触れてくるのを感じる。
「ゾロ・・・。」
甲板で、見張台には仲間がいて、こんな所で俺達は何をしようとしているのだと理性の隅でチラリと思ったのだが、肌に触れるサンジの唇も、徐々に侵食しようとしているその指先も俺は受け入れようとしている。
「は、あぁっ・・・・。」
名前を呼んできつく痕がつくほどに肌を吸われ、隠し様もない快楽に腰が揺れる。
まるで獣のようなサンジの唇に酔ったのかもしれない。
「・・サンジ!」
アッと思う間もなくグルリと反転した視界にさらさらと金の光が燐粉を辺りに撒き散らす。
頭上から俺達に降り注ぐ真白な光。
風さえ途切れた静かな空間に俺達二人のどこか獣じみた息遣いが満ちてくる。
「俺は酔っているんだ。」
俺は堪らず目の前の男の背に腕を伸ばして、熱くなり始めた身体を抱き寄せる。
「だから・・・サンジ!」
寒いと感じていたのは本当は俺のほうかもしれない。
抱き締めてきたその腕に、重なった唇の熱さに、その激しく深い蒼に、すべてに身を任せて俺はこの腕いっぱいにその金色を抱き締めた。
今思えば確かにあれは衝動だったのだろう。
酷く静かな風のない夜、ふとした瞬間に訪れた孤独。
それに気付いたのは俺だったのかサンジだったのか。
その夜を境に幾度の夜を迎えただろう。
触れ合う肌は熱く焦げるようで、身を焼き、心を焼いていく。
月のような金色を今夜も腕に俺は眠る。
その柔らかな孤独を共に分け合えるように。
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携帯サイト開設一周年記念SSS アンケート結果第4位 『風のない月夜』です。
はじめて物語?というには微妙ですが、カップル成立話ということで(汗笑
しっとりと切ない感じを出せていたらいいですが、ちょっとリハビリ状態ですね〜
楽しんで頂ければ幸いです♪
(2006/11/06)