ゾロは左腕にナミを、右腕にチョッパーをぶら下げて木立の中を歩いていた。
「きゃあああ・・。」
「うわあああ・・。」
左右から叫び声が上がるたび、痛いぐらいに腕を掴まれる。
「歩きずれぇ・・・。」
思わずボソリと呟いたゾロに、ナミの鋭い視線が突き刺さる。
ただ、その目は涙目で迫力はいつもの半分以下だ。
もう片方の腕を掴んでいるチョッパーも同じ様に半泣きになっている。
そんな二人の様子にゾロは大きく溜息をついた。
「別に何も居ねぇだろうが。」
確かに進路として示された木立を縫って歩く細い道は、暗い上にくねくねと曲がっていて見通しも悪い。
多少地面が柔らかいものの、普通に歩くだけならなんの障害もない道なのだ。
だが、今のように左右に人をぶら下げたままというのはさすがに歩き難い。
「そんなに怖いんなら肝だめしなんかやらなきゃいいだろうが・・。」
呆れたようなゾロの言葉にギュっとしがみつく力を強めながらナミは睨みつける。
「仕方ないでしょ、こんなに怖いって思わ・・・きゃああ・・。」
「うわぁあああ・・。」
悲鳴と共にぎゅうぎゅうと左右から抱き着かれて、ゾロははあ〜と溜息をついた。
数日前、夕食後に暇を持て余したクルーで何故か怪談が始まった。
ラウンジに篭り、ムードを出す為だと言ってわざわざ灯りを蝋燭一本だけにし、車座になった。
その円を描いて座った順番に『怖い話』をおどろおどろしく語っていたのだ。
やはり話としてはウソップの話が内容はともかく一番面白く、ナミやロビンの話は怖い話独特の雰囲気を上手く出してそれなりに面白かった。
ただ、意外だったのがルフィのした『怖い話』。
始めから終わりまで、淡々となんでもないように話したその内容の、最後の締めくくりの言葉が『な、不思議だろ?』で、どうやら現実に体験した話だったらしく、一瞬で一部のクルーが固まってしまった。
「あ、・・じゃ、次、クソ剣士。」
その空気に慌てて話題を変えようと、サンジが語り手として指名したのがゾロだったのだ。
自慢ではないが、ゾロとしてはヤバイ世界を渡ってきたせいか、実はそういった体験は多い。
初めは驚いていたものの、そのうち自分に弊害さえなければいいだろうと割り切った。
それでなくても妖刀と呼ばれる刀を所持しているのだ。
そういう体験がないと思われる方が不思議だった。
「おい、何もないのかよ。」
沈黙が続くゾロに焦れてサンジが小声で問いかけてくる。
それにチラリと視線を向けてうーんと首を捻る。
ウソップのような作り話で面白い話をしてやればいいのだろうが、特に浮かばない。
そしてゾロの出来る話はどちらかというとルフィがしたような、体験談なのだ。
しばらく考えて、ふと小さかった時の夏の怖い話を思い出した。
体験は体験でもこれならば怖がらせるのではなくて楽しめるのではないかと、珍しく気を使ってゾロが話し始めたのが、今回の発端『肝だめし』だったのだ。
「ふむふむ、脅かす側と脅かされる側に分かれるんだな。」
「ああ、墓地とか、山のわき道とか暗い場所を灯りを手に歩いていくんだ。」
ゾロの説明にウンウンと頷くウソップは職人の顔になっていて、頭の中でいろいろと考えているようだ。
「へえー、男女ペアって、つまりお化け屋敷みたいなもんか。」
ニンマリと笑ったサンジの顔にゾロは呆れたような視線を向けた。
どうせ悲鳴を上げて抱きついてきたナミやロビンの感触でも想像しているんだろうとその締りのない顔に苦笑する。
「ねぇねぇ、それってすぐに出来るの?」
珍しく遊びに興味を示したナミに驚きながらゾロは口を開いた。
「ああ、手頃な場所さえあって、夜ならいつでもできるぜ。」
「ふ〜ん・・。」
「肝だめし・・したことないのか?」
不思議そうなゾロの問いかけに何故かクルー全員の目が向けられた。
そして全員が声をそろえて『ない』とお行儀よくゾロに返事をしたのだった。
「うわあああ・・。」
「きゃあああ・・。」
手頃な島を見つけて、危険な動物がいないのを確かめると、さっそくしたのは宿泊の準備ではなく肝試しの準備だった。
「あ、あ・・あそこなんかいるー、ゾロー。」
「うわあぁ・・。」
昼間、ゾロとサンジの二人でこの道の安全性は確認している。
何もいるはずはないのだが、風で葉が擦れる音を聞いては何か居た、何か通ったと、両サイドから悲鳴が上がる。
「きゃああ!!」
悲鳴を上げてガバっと抱き着いてきたナミにゾロは額を押さえ溜息をつく。
「ロビン・・・わざとか・・・。」
実は、先行としてサンジとロビンでこの木立を歩いているのだ。
その時ゾロは、ウソップにいろいろ持たされて脅かし役をやらされた。
ウソップやルフィだと気配だけで仕掛けが分かってしまうという正当な理由を盾にされてはゾロも断りきれなかった。
まあ、どうせなら楽しい方がいいだろうと、ウソップに持たされた仕掛けをすべて使い切るつもりでゾロは脅かしてまわった。
主に悲鳴を上げて逃げ回ったのはロビンではなくサンジの方だったのだが、最後の最後で一つだけロビンを脅かすことに成功した。
オーソドックスに濡らした布が首元を掠めただけだったのだが、驚いたロビンは小さな悲鳴を上げてサンジに抱きついてしまったのだ。
「楽しみにしててね、剣士さん。」
二人を追って、後から姿を現したゾロにロビンはにっこりと笑ってそう言ったのだが目が笑ってはいなかった。
驚いてサンジに抱きついてしまったことはかなり不本意なようで彼女の何かに火をつけたらしい。
もっとも、それに関しては逆にゾロはサンジからお礼を言われてしまったのだが。
ぽうっと白い手が木の枝から生えて灯りを翳す。
ロビンの能力だと分かっていても暗闇でみるとあまり気持ちのいいものじゃない。
現に、唐突に消えては現れるそれにナミとチョッパーは悲鳴を上げ続けている。
「ほら、大丈夫だ。」
腕にしがみつくだけでは足りなくなったナミを抱き締めてやり、チョッパーを腕に抱き上げる。
えぐえぐ泣いているチョッパーの帽子をポンポンと叩き、それをナミに渡す。
「手は、こっちだ。しっかり掴まってろよ。」
「・・・え?」
チョッパーを抱き締めたナミの膝裏に腕を回しヒョイと持ち上げる。
いきなり高くなった視界に慌てて伸びてきた手を首に回させ、近くなった顔に笑いかける。
「落ち着いたか?」
ゾロの腕に座ったような格好でナミは驚いた顔のままコクンと首を立てに振った。
同じように驚いて泣き止んだチョッパーを右手で取り上げて自分の肩に肩車のように乗せる。
「チョッパーしっかり掴まってろよ?」
「・・・・うん。」
ロビンの腕の指し示す灯りがなくてもゾロには周囲がよく見える。
これだけ星が出て月が明るい夜ならば灯りは必要はない。
もっともそれが無ければ迷子という危険性はあるのだが。
「重くない?」
スタスタとロビンの手が示す道を辿るゾロの腕に揺られながらナミが呟く。
先程まで怖くてたまらなかったあちらこちらの暗闇が今は全然怖くない。
その安心感と揺らぐことの無い熱い腕にナミは強張っていた身体の力が抜けていくのを感じた。
「全然。」
ナミを左腕に抱え、肩にチョッパーを乗せたままゾロは平然と歩を進める。
その規則正しい振動に先程からチョッパーの帽子が前に後ろへと揺れて、眠りそうな気配を見せていた。
「お、あれだな・・。」
少し開けた場所に、来た証として自分達が持っている小瓶を置いて、代わりの小瓶を一つ持って帰るのだ。
受け取った小瓶を置いて、代わりの小瓶を取るとそれをナミに手渡す。
クルリと今来た道へ歩き出そうとしてゾロは大人しく腕に座っているナミに目を向けた。
「どうする?歩くってんなら降ろすぞ?」
悪戯っぽく笑っているゾロの顔を見つめてナミはクスリと笑みを零す。
「鍛錬代わりに運ばれてあげるわ。丁寧にお願いね。」
「落とさないようにだけは運んでやるよ。」
ゾロは小さく笑うと、眠り落ちそうになっているチョッパーを軽く突いて起こす。
そして、ナミを腕に抱えたままゆっくりとロビンの手が招く木立の道を辿り始めたのだった。
暗闇にポウッと赤い火が大きくなる。
その光に照らされた顔を眺めながらゾロは苦笑を浮かべた。
ナミを腕に抱きかかえたまま、終点であるこの砂浜にゾロが姿を見せた時のこの男の騒ぎ方は凄かった。
初め、ナミが怪我でもしたのかとナミに纏わりつき、ただ運んだだけだと分かると今度はゾロに食ってかかった。
その煩さにゾロが反撃するより先にナミの鉄拳によって砂浜に沈められたのだが。
「ウソップの野郎、叫びすぎだ。」
うおおーとも、うぎゃあーとも、判別のつかないような叫び声が先程からひっきりなしに響いている。
脅かし役は嬉々としてロビンが買って出ていたから、仕返しとばかりにかなり遊ばれているんだろうと思う。
「・・・・クソ剣士。」
「・・・・ん?」
木立に向けていた視線を声の方へ向ければ思ったより近くにサンジが居る。
少しだけ驚いたが、ゾロは近付いてきた唇を目を閉じて受け入れた。
軽く掠めるようにして離れていったそれに珍しいこともあるものだとゾロは目の前の男を見つめる。
「てめぇ、ナミさんに甘すぎだ。」
ゾロはサンジの言葉に、自分のことを棚に上げてこの男は何を言うんだと本気で呆れた。
普段、甘すぎるぐらい甘いのがこの男の女達への接し方ではないのか。
「抱っこしなくても、腕を組む・・いや、ダメだ。手を繋ぐ・・いやこれもダメだ。」
ぶつぶつとあーでもない、こーでもないと一人でやってる姿に苦笑する。
「素直にナミに構うなって言えばいいだろう?」
「・・なっ!てめぇ、そんなこと言ってねぇだろうが!」
「そうか?俺にはナミに構って優しくするぐらいなら、俺に構えってさっきから聞こえるぞ?」
ぱくぱくと酸欠の魚のように言葉もなく驚いているサンジにゾロはクスリと笑う。
「違うのか?」
わざと近寄って視線を合わせて囁くとみるみる血の気が顔に上ってくる。
この女尊男卑の激しい男が、男である自分に惚れているのがいまだに不思議でならない。
キスもしたし、それ以上のこともすでに体験済みだ。
それでも、普段のサンジを見ていると男である自分に好きだと囁くサンジは別人のように感じることもある。
普段であればナミと仲良くしていたゾロに嫉妬しているのがサンジなのだ。
しかし、今回のこの件はどうやら、ナミと仲良くしていたゾロに嫉妬したのではなく、ゾロと仲良くしていたナミの方へ嫉妬したらしいと、鈍いゾロにも分かった。
意外だなと思う反面、それもらしいと思う。
「・・・サンジ?」
吐息で名前を呼んで目を閉じると、熱い腕と唇が触れてくる。
あっという間に濃厚になった口付けにゾロはどこかで満足する。
遠慮がちなキスよりこの方がサンジらしくていいと。
「・・ん、ちょ、ちょっと待て。」
「ああ?・・なんだよ。」
珍しいサンジの様子に気をよくして大人しく口付けを受けていると手が余分な動きをみせる。
冗談じゃない、まだ肝試しの最中でルフィ達が帰ってくるだろうと怒鳴りつけようとして身体を離したサンジをじっと見つめる。
「なんだよ・・。」
胸ポケットから煙草を取り出して火をつける動作に不自然なところはない。
では、先程からゴソゴソと腰を撫でている手のひらは?
「ロビン!!」
木立の暗闇を睨みつけると同時に腰に合った手の感覚が消える。
「あら、邪魔してごめんなさいね。」
闇から溶け出すように現れたロビンの姿にサンジは慌ててゾロと距離をとる。
ゾロは肩を竦めてクスクスと笑っているロビンを見つめた。
「ルフィ達は?」
「さっき、船に帰ったわ。船長さんが狙撃手さんを引き摺ったまま。」
楽しそうに笑っているその様子にゾロは心の中でウソップに手を合わせた。
「それじゃ、俺達片付けをしてから船に戻りますよ。ロビンちゃんは先に帰って休んでください。」
なんとかポーズをつけるところまで、ロビンに見られていたというダメージから回復したのかにっこりと笑みを浮かべてサンジが口を開く。
「そう、それじゃ、お願いするわね。」
「はい、お任せください。」
にっこりと笑ったロビンに愛想よく手を振って見送っているサンジに肩を竦めて、自分も船に帰ろうとその後を追って歩きだす。
二歩ほど歩いたところでサンジに腕を掴まれた。
「おーい、せっかくの陸なんだ。少し付き合えよ。」
「せっかくの陸って・・どういう理由だ。」
呆れたように返しても、知らない顔で抱き寄せられる。
仕方ないかと目を閉じかけてサンジの足元に腕が生えているのに気付いた。
キスしようと近付いてきた顔にさりげなく足元を指差してやる。
サンジも同じ事を思ったらしく仕方ないとばかりにその腕に手を伸ばした。
「ロビンちゃん・・・悪戯は・・。」
苦笑混じりに話しかけながらサンジが腕を掴みあげる。
すると腕は消えるどころか、ズルズルと砂の中から伸びてきた。
「・・・ルフィ。」
しょうがない奴と思いながらゾロが名前を呼ぶと、離れたところの砂山が吹き飛んでルフィが姿を現す。
「な〜んだ、ゾロ、わかっちまったか。」
「あたりまえだ。」
シシシと笑ってサンジから腕を取り戻すと、グルグルと肩を回している。
「ゾロを脅かそうと思ったのになー。」
残念そうな口振りに『また、今度な』と答えてやるとニッカリ笑って腕を伸ばして停泊している船へと飛んでいく。
その姿を見送ってゾロはサンジへと振り返った。
「おい、俺達も帰ろうぜ?」
ルフィの腕を引き上げた格好のまま妙に固まっているサンジに首を傾げる。
「おい?クソコック。」
再度の呼びかけにヘタリとサンジが砂浜に座り込んだ。
どうしたのだろうと近寄ってみれば情けない顔でゾロを見上げてくる。
「どうした、クソコック?」
ゾロの問いかけにサンジがへにゃりと妙な笑みを浮かべる。
「こ・・。」
「こ?」
「・・腰、抜けた。」
「・・・。」
ゾロはフウッと溜息をつくと静かな波の音に耳を傾けた。
そして。
「ぎゃははははは・・。」
「てめぇー。」
「ククク・・・腰抜かすほど怖かったのかよ、クソコック。」
爆笑しているゾロにギリっとサンジが唇を噛み締める。
「ちくしょー、覚えてろよ、クソ剣士。」
「あーああ、覚えてやるよ・・ククク。」
身体を折って爆笑するゾロの姿にサンジの悔しげな呪詛の声が繰り返し響いていた。
「覚えてろーー!!」
・・・後日。
ゾロは別の意味で腰が立たなくなる報復をサンジから受けたのでした。
END++
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季節物ということで肝だめしです(笑
腰の抜けたサンジと爆笑するゾロが書いてみたくてこんな話になりました(^^;
逆パターンも考えたんですが(ゾロが腰が抜ける)、それだとサンジに暗がりに連れ込まれそうなのでやめました(ぉぃ
軽い感じのお話です(^^;
** かわいいひと **