はあはあと荒い息を吐き出しながら手に提げた和道一文字を鞘に戻す。

「うっ・・・・。」

ズキリと足を走った痛みに眉を寄せ、ゾロはすぐ傍にあった樹の幹に体を寄せた。








何がどうなったのか・・・・・正確なところ、ゾロには把握してはいなかった。


ただ、気が付いたときにはサンジに地面に引き倒され、喉笛を噛み裂かれそうになっていた。
間近に迫る綺麗な蒼い瞳は血の様に赤く染まり、掴まれた腕に走る激痛に外聞もなく大きな叫び声を上げてその名を叫んだ。
名を呼んだことが功を奏したのか、一瞬動きの止まったサンジを思いっきり蹴り飛ばしてゾロは体の自由を取り戻したのだ。

「どうしたよ?クソ剣士。」

距離をとったゾロにからかうようなサンジの声がかかる。
その口振りもいつもと変わらず、何かの悪ふざけかと一瞬だけゾロは期待した。
・・・・だが、本能が・・・、生きる為のゾロの本能が目の前の男を敵だとそう告げる。
腰にある和道一文字に手を掛けてジリッとサンジとの間合いを計る。

「・・・テメェ・・・・誰だ。」

だからゾロはそうサンジに問いかけた。
胸ポケットから取り出した煙草を口にし、サンジはニヤリと笑みを浮かべる。
乱れた前髪から覗く瞳はやはり血のように紅い。

「誰だって?、オイオイ仲間の顔も忘れちまったのかよ?」

皮肉気に笑うその表情はよく見知ったサンジのものだ。
しかし、目の前の男はサンジではない、偽者だとゾロの勘がはっきりと告げる。
ゾロはサンジから目を離さずゆっくりと刀を抜いていく。

「ああ、サンジだったな?。」

抜刀したゾロにサンジは肩を竦めて小さく笑う。

「思い出してくれて嬉しいぜ。クソ剣士。・・・で、それで俺をどうするつもりだ?」
「・・・・斬る。」

キラリと光を反射した得物にサンジは楽しげに笑った。

「へえ?」

油断なく距離と間合いを計っていたゾロは、次の瞬間、目前に現れたサンジに呆然とする。
いつ移動したのかゾロにはその動きがまったく見えなかった。
刀を握る手にそっとサンジの手が重ねられ、優しく口付けられる。
大人しく唇を受け入れたゾロを可笑しげに見つめてサンジが口を開く。

「俺を、どうするって?」

ふうっと吹きかけられた息にその手を振り払って残りの2本も抜刀する。
ふわりと羽根のように軽やかに跳躍したサンジはクスクスとゾロを見つめる。

「ふうん??ま、いいけどね。」

ゾロは意識を切り替えると目の前の敵を倒す為に刀を振り上げたのだった。








ズルズルと樹の幹を背にその場に蹲って辺りを覆い始めた暗闇に目を凝らす。
うまくウソップ達は逃げてくれただろうか・・・。
ゾロには今この場で起きている異変の意味は分からない。
だが、あの船にはロビンという探求者がいる。
彼女ならば、もしかしてこの異変に気付き、そしてその解決方法も知っているかもしれない。
ゾロは深く息を吐き出すと周りを満たす木々の呼吸にあわせ身体の力を抜く。
サンジの蹴りを受け止めた腕は重くて痛いし、足は幸いにも折れてはいないみたいだがひびの一つや二つ入っているような気がする。
あの時、ルフィが庇ってサンジと戦ってくれなければ、今頃ここでこうして自分が息をしていたとは思えない。
ウソップを隠れさせ、戻った場所にはすでにサンジの姿は無く、ルフィが昏倒していた。
慌てて駆け寄ったルフィに意識はなく、けれど目立つ外傷らしき物も見当たらなかった。

「・・・っつ・・。」

息を吐いた拍子に痛んだ肩の傷に小さく呻く。
そう、ルフィの様子を確認することに気を取られて、警戒を怠ってしまったのだ。
肩を突き刺す、灼熱の痛みに身体が強張る。
ゆっくりと巡らせた己の二の腕には長く白い指が突き立てられていた。

「グッ・・この。」

サラリと金の髪がなびいて腕を伝う血を赤い舌が舐めとっていく。
ゾロの血で口元を赤く染めたサンジは嬉しそうに至近距離で笑った。
ガシャンと音をたてて投げ捨てられた雪走と鬼徹に眼をやって逆手にもった一文字をサンジに振り下ろす。
あと少しでその刀身が届くというところでその姿を逃がし、ゾロは苦痛に小さく唸った。

「美味いな・・・・アンタの命は。」

手に残るゾロの血を舐めとるサンジにゾッとする。
どうやればこの目の前の男の命を断つ事ができるのかゾロには見当もつかなかった。

「もっと喰わせてくれ。」

優しく微笑み、告げられた言葉に、ゾロは本能の命じるままに木立の中へ走りこんだ。
純粋に恐かったのだ、あのサンジに恐怖した。
手に提げていた刀を納め息を切らせながら必死で走る。
腕から流れる血を止血しなければと思う反面、その為に足を止めることが恐い。
一定の距離を保って後をつけてくる気配に追い立てられ足を進め、ふと疑問を感じる。
走っても走っても途切れない木々にこの島はそれほど大きな島ではなかったと思い出す。
これだけ走れば木々が途切れるか島の反対側に出ても良さそうだ、なのに一向に木々は途切れることもなくゾロの行く手を阻んでいる。

「・・・・?」

ピッタリとついて来ていた気配が唐突に消える。
油断なく足をすすめ、完全に消えているのを確認して立ち止まるとバンダナで腕の止血を試みる。
思った以上に深い傷だが腱や骨を痛めた感じはなさそうだった。
ほんの微かな休憩を取ると隠れさせたウソップと合流しようとゾロは再度木々の中を走りぬけ、今まさに二人の命を摘み取ろうとしてたサンジの前に飛び込んだのだった。

『逃げろ!!』

そう伝えるのが精一杯で本当にウソップ達が逃げ切れたかどうかは分からない。
ゾロもサンジとの攻防をほどほどに切り上げ、先程と同じく木立の中へと逃げ込んだのだから。
はあ・・と深く息を吐いて微かな枯葉を踏みしめる音に刀を抱く。
闇の中、カチリと音がして赤い光がボウッと浮かび上がった。

「・・・・クソコック。」

漂ってきた紫煙に小さく呟いたゾロに向うも気付いたようだった。

「・・・マリモ?」

それでも警戒した足取りで近付いてくるサンジの様子に向うも同様の体験をしていたのだろうと苦笑する。
カチリと音がして炎に浮かび上がったサンジの姿に緊張を解く。
ゾロの傍まで来ると姿を浮かび上がらせた炎は消え辺りを闇が包み込んだ。

「ひでぇ怪我だな。」
「テメェもな。」
「ふ・・違いねぇ。」

二人になることで濃密になった血の匂いは紫煙の香りで薄まっていく。
暗闇の中、向かい合って座った靴先がかすかに触れてそこに互いの存在を感じてほっとする。

「ナミさん達は・・・。」
「船がなければウソップ達と合流して脱出してるはずだ。」
「船は無かったぜ。」
「そうか・・・・。」

二人の間に静かな沈黙が下りてくる。

「迎えにくるだろうなぁ。」

クスリと笑ったサンジの言葉にゾロも笑みを浮かべる。

「ああ、たぶんな。」
「それじゃ、日が昇る前に移動するってことで先に寝ていい?」
「いいぜ。」

煙草の赤い光が消え、ゴソゴソと移動してきたサンジの体温をすぐ傍に感じる。

「おやすみ・・・ゾロ。」
「ああ、おやすみ。」

触れるか触れないかの位置で同じ樹に背を預けたサンジが眠りに入る。
ゾロは腕にした刀に身を預けるとその神経を深い闇へとゆっくりと広げていった。










日が昇り、水平線に見慣れた船影を見つけ、ゾロとサンジは顔を見合わせて微かに笑った。
木々の隙間から続く砂浜を見つめる。
船が来ればあの入り江にもう一度戻ってくると言ったサンジの言葉通りにメリー号はそこを目指してやってくる。

「どうやら、来たみたいだな。」
「ああ、偽者も今のところ現れないみたいだし、こんな島からはさっさとおさらばしたいぜ。」

苦笑を浮かべ煙を燻らすサンジにゾロも笑う。

「あ、それとも決着つかないままってのは納得できないとか?」

一晩経って血の乾いたシャツを見ながらサンジがおどけた調子で言う。

「逃げるが勝ちって言葉もある。あれはどう考えても倒せそうにない。」
「・・それって、俺だから?」

偽者がサンジだからゾロには殺せないのかと、答えに何らかの期待をしているだろう男に呆れたような目を向ける。

「馬鹿、そういう意味じゃねぇよ。あれは、なにか違っただろう?」

ゾロが言いたいことを察してサンジも頷く。
言葉では表現しにくい、妙な存在だったのだ・・・サンジが戦った偽ゾロも。

「お、ビンゴ。」

船が入り江を目指して少しずつ近付いてくる。
いまだ警戒を緩めず周囲の様子を伺っているゾロを促してサンジは砂浜へと足を踏み出す。
その腕を引きとめたゾロにサンジは笑う。

「大丈夫だって、見通しがいいほうが俺もお前も戦いやすいじゃねぇか。」

笑いながら歩を進めるサンジの後をゾロも同じようについて歩く。

「おおーい!!サンジー!!ゾローー!!」

見張り台から二人の姿を見つけたウソップが大きな声で手を振ってくる。
それに同じように手を振りかえして、サンジは背後のゾロに声をかけようと振り返った。
しかし、突如として木々の間から現れたもう一人のゾロの姿に視線を険しくする。
和道一文字を抜刀したまま砂浜の二人に歩み寄るゾロに、もう一人のゾロも鞘から刀を抜き放つ。

「サンジ・・・下がってろ。」

サンジの前に庇うように立ちはだかったゾロと、木立から現れたゾロが無言でにらみ合う。
キラリと刀身が光を反射し、木立から現れたゾロの長い影が砂を蹴った。

『ベインテフルール』

サンジを背に庇うように立っていたゾロに幾本もの腕が生え、その動きを拘束する。

「ロビンちゃん!!」

慌てて船へと顔を向けロビンの行為を止めさせようと名を呼んだサンジに船長のゴムの腕が伸びてくる。
そして、その腕は砂浜に立つサンジと、木立から現れ、今まさにサンジ達に斬り付けようとしていたゾロを捕まえると凄まじい勢いで元へと戻っていく。
必死で伸ばしたサンジの腕はロビンに拘束されたゾロには届かなかった。

「ゾローー!」

サンジが船に戻されるとすぐに拘束を解かれたゾロが砂浜で立ち上がる。
その姿に咄嗟に船縁を蹴って海に飛び込もうとしたサンジを先程と同じようにロビンの腕が戒める。

「離してくれ、ロビンちゃん!!」

サンジが見つめる先に、木立から現れた自分とそっくりな人型を見つける。

「ちっ、やっぱり死んでなかったか・・。」

今は刀を納め、甲板に立つもう一人のゾロが小さく舌打ちするのを見上げて砂浜へと目を向ける。
サンジそっくりなもう一人のサンジは砂浜に立つゾロへと躊躇無く近付いていく。
もし、この船にいるこのゾロが偽者であればもう一人のサンジはゾロを殺そうとするはずだと確信を持ってみつめる。

「あ?・・・・え?」

戦うでもなく寄り添って立つその姿にサンジは声を漏らす。
遠くなっていく砂浜の二人が一瞬重なったのをサンジは見てしまった。
ゾロはロビンの腕に拘束されたままのサンジに苦笑する。

「偽者でもエロコックか。」

ちょっと呆れたようなゾロの言葉に、うるせぇと不貞腐れたように返したサンジからやっとロビンの腕が消えていく。
ドカリと甲板に座りなおしたサンジは煙草を咥えると傍らに立つゾロを見上げた。

「夜会ったのはテメェだったよな?」
「ああ、日が昇るまでは一緒だったぜ。」
「いつ入れ替わったんだ?」

サンジの疑問にゾロもさあとだけ答える。
実際気付いた時にはゾロは木立を偽者のサンジと歩いていたのだ。

「ふたりとも、話は後よ。チョッパーに診てもらってからにして頂戴。」

仁王立ちでそう告げたナミに顔を見合わせ優秀な船医の元へと二人は渋々足を運んだのだった。












簡素な、それでも昨夜よりは豪勢な夕食を済ませた所で昨夜の話をロビンが話して聞かせる。
命を摘み取る行為と聞いてサンジは気まずげにゾロから視線を外し、ゾロは苦笑を浮かべた。

「で、アレはなんだったんだ?」

島を離れる時に存在してた偽者の二人。

「それに関しては憶測だけど『影』じゃないかと思うわ。」
「影って・・・・。」

ランプに照らされて浮かび上がっている自らの影をみつめて首を捻る。
そんな二人にロビンがかすかに笑みを浮かべた。

「船からどうやって貴方達と偽者を見分けたと思うの?」
「それは、ロビンちゃんの俺への愛。」

ガツンとサンジに容赦ない拳を振り下ろしたナミが溜息をつく。

「ウソップが気付いたのよ。砂浜に出てきたサンジくんの足元には影が出来ているのに、ゾロには無いって。」
「おお、その後、現れたゾロには影があったからな。きっと影のあるほうが本物だろうと思ったのさ。」

胸を張って告げたウソップにチョッパーがキラキラとした目を向ける。

「助かったぜ。ありがとうな、ウソップ。」

優しいゾロの声にウソップはジワリと涙を浮かべる。

「ゾーローー。」

抱き着いて泣き出してしまったウソップにゾロは苦笑する。

「アイツらは消えるのか?」
「たぶん、夜が来て影が消えてしまえば消えるんじゃないかしら。」

ロビンの言葉にそれで本物のサンジと夜間合流でき、日が昇った後で偽者が現れたのかと納得する。
影であればほんの一瞬、樹を通り過ぎるその瞬間でさえ本物と入れ替わることが可能だろう。
障害物の多い場所を抜けて砂浜を目指したのだから。

「なんにしても、もうこりごりだわ、あんな島。」

深い溜息をついたナミの言葉に誰からとも無く同意の声が漏れる。

「さ、今夜はもう休みましょう。不寝番はルフィ、しっかりね。」
「ええ、なんで俺が。」
「アンタずーっと寝てたじゃない。
「なに言ってんだ。最後は起きたじゃねぇか。」
「最後だけね!」
「えー、ナーミー。」
「それじゃ、おやすみ、サンジくん。ゾロ。」

ブツブツと文句を言っているルフィを引き摺って二人に手を振るとナミは扉を開けて出て行ってしまう。

「船長さんもなんらかの影響を受けてたみたいでずっと眠りっぱなしだったの。島に近付いたら目覚めたんだけど。」

二人の会話を補足してロビンはにっこりと笑う。

「それじゃ、私達も今夜は休ませていただくわ。行きましょうか、船医さん、長鼻くん。」
「サンジもゾロも、しっかり寝るんだぞ。怪我してるんだからな。」

おやすみと口々に行って出て行く後ろ姿を見送ってサンジは煙草に火をつけた。

「・・・・なんで俺と偽者の区別がついたんだ?」

ふうっと吐き出された煙を目で追ってゾロはニヤリと笑った。

「偽者は煙草を咥えても火をつけなかったぜ。」
「それだけで?」

ちょっと驚いた顔を見せたサンジにゾロは後は・・と言って続けた。

「目が赤かった。それとヤニ臭くなかったな。」
「ふーん・・って、ちょっと待て、ゾロ。」

ガタリと音をたてて立ち上がったゾロに慌ててサンジが声をかける。

「なんだよ?」
「目の色が分かるぐらい近くにって、なに油断してんだよ。」
「油断はしてなかったと思うがな。まあ、キスはされたな。」
「なに!!」

ゾロの言葉に怒鳴ったサンジに眉を寄せて煩いと耳を塞ぐ。

「それじゃ、聞くが、テメェはどうやって俺と偽者を区別したんだ?」
「それは・・・。」

ゾロの質問に答えかけたサンジが黙り込む。
気まずげに視線を外したその横顔に、自分がされたような事を偽者に仕掛けたんだろうと呆れた目を向ける。
ゾロは男部屋までの移動が大変だろうというチョッパーの判断でラウンジ内へ用意された簡易ベットへと向かった。

「・・・テメェもほどほどにしとけよ。」

スパスパと煙を吐き出している横顔に声をかけ、さっさと毛布にもぐりこむ。
大きな欠伸を一つしてゾロは眠る為にゆっくりと目を閉じた。
キシっと鳴ったスプリングの音と顔を覆う影にゾロは目を閉じたまま不機嫌な声をかける。

「おい、なんのつもりだ、クソコック。」

煙草の香りと重みで沈んだマットに眉を寄せる。

「キスさせて。」
「なんで?」
「アンタが本物だって確認してぇ。」

サンジの言葉にゾロは溜息をつく。
そっと掠めるように降ってきた唇を大人しく受け入れてパチリと目を開いた。

「納得したか?」

ゆっくりと離れていくサンジにゾロは不機嫌そうに声をかける。
サンジはその口元に新しい煙草を咥えニヤリと笑った。

「ああ・・・おやすみ、ゾロ。」
「おやすみ。」

カチリと音がして紫煙の香りが流れてくる。
体中の疲れが一気に訪れたのか徐々に霞んでいく意識の中でサンジが立ち動く気配を拾い上げる。
ゾロはかすかに口元に笑みを浮かべ、抵抗することなく訪れた眠りの腕へとその意識を委ねたのだった。







END++

SStop
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サンゾロっていうよりはオールキャラのお話っぽいですね(笑
イチャイチャもしてないし、甘くもない(汗
また読み手の好き嫌いの激しそうな話を書いちゃったなーって思ってます(笑
サンジVSゾロの本気で戦うシーンを書きたかったんですが未消化な感じに・・・・。
ダーク系苦手な人ごめんなさいね(^^;