≪ いざ、勝負!!! ≫
ザッザーンと耳に届く波音と、先ほどから不自然に頭上で固まっているサンジの姿を眺めてゾロはヤレヤレと大きな溜息を吐き出した。
『チクショウ・・・見てろよ、クソ剣士。絶対、落としてヒイヒイ言わせてやるからな。』
半月ほど前、酒の席でのサンジの恋愛自論の演説から、何故かサンジとゾロは口説く口説かれるという間柄になってしまった。
言葉で口説く、態度で口説く、サンジのそれは退屈な海上でのお遊びのようで、ゲーム感覚でゾロも本気で嫌がるでもなく、どちらかというと面白がって楽しんでいたのは否めない。
キスもなんとなく違和感が無いことから拒否する事も無く受け入れていたし、腰に回る腕も、さりげない抱擁も嫌ではなかったから、まあ、いいかとサンジのすることすべてを放置していたのだが。
「クソコック、これは洒落になんねえだろうが・・。」
ダラダラと頭上で脂汗を浮かべているサンジを見上げてゾロは疲れたように声をかけた。
つい先ほど、いつものように後部甲板に居た所を酒を持ってきたサンジに押し倒された。
いや、本当の所は押し倒されたというか、どこか覇気のない様子でぼんやりしていたサンジの腕から酒とツマミののった盆をゾロは受け取ろうとして、立ち上がり、それに気付かなかった二人の体が接触してしまい、酒と盆を慌てて引き寄せたサンジがバランスを崩して倒れかけ、それをを咄嗟に支えようと腕を伸ばしたゾロと、踏みとどまろうとしたサンジとで妙な引っ張り合いのようになり、結果縺れるようにして二人とも甲板に倒れてしまったのだ。
結局ツマミと酒を死守したサンジはゾロの身体をクッションにして落ち着き、ゾロは完全にサンジの下に敷かれた格好となって床を背に寝転ぶ。
さすがに倒れた瞬間は互いに衝撃で一瞬呻いたが、ホッと安堵の息を漏らしたのも同時だった。
「おい、クソコック。」
「ゾ・・・ゾロ。」
ヘニャリと情けない面で名前を呼んでくるサンジにゾロはハアッとまた一つ大きな息を吐き出した。
酒とツマミの乗った盆を手放し、よっこらしょとばかりに身体を起こしかけたサンジが途中でピタリと動きを止めたのだ。
自分が下に引き込んだ物体がゾロだったことを認識し始めた途端、サンジのとてもじゃないが口に出せない場所が速攻で反応してしまったらしい。
「えーっと・・・。」
ほぼ同じ身長の二人が身体を重ねた場合、若干の違いはあれど同じような場所に同じような形で体が触れ合う。
サンジは身体を起こしかけ、あっさりと反応してしまったある場所のせいで、それ以上身体を起こす事も動く出来ず先ほどからゾロの上で脂汗を浮かべているのだが、ゾロとしてはばれている以上、さっさと退けて欲しいというのが偽らざる本音だ。
「・・っ、・・馬鹿、さっさと退けろ、クソコック。」
身動ぎしたサンジのそれを自らの敏感な部分に押し付けられるように感じてしまってゾロは眉間に皺を刻む。
なにを想像して興奮したんだこの馬鹿コックは、と、からかいたい気持ちもあるのだが、なんとなくその答えをサンジの口から聞くのは躊躇われる。
馬鹿正直に答えてきそうでそれはそれで怖いと思うのだ。
怖いというか、現在の状態はマズイだろうとゾロは体の脇に投げ出していた腕をあげて、サンジの身体を押しのけた。
左肩を押すようにして押しのけ、そのことでやっぱりサンジをリアルに感じたが、空いた隙間を転がるようしてゾロはその下から這い出す。
ゴロゴロと数回転がって、大きく息を吐き出しゾロは背中を甲板につけたままそのままの格好で晴れ渡った夜空へと目を向けた。
「あー・・・・マジ?」
しばらくして小さな独り言と共にドサリと大きな音がして、起き上がる努力を放棄したサンジが床に沈んだようだった。
そんなサンジにゾロは目をやることなく大きく深呼吸を繰り返す。
「なあ、クソ剣士。」
どれぐらい経ったのだろう、時間にしては数分の短いものだったのかもしれないが、ボソボソとらしくない喋り方でサンジに話しかけられ、ゾロはチラリとだけ視線をサンジへと向けた。
「俺ってさ・・・・、俺ってもしかして、アンタの事、本気・・・かも。」
床にぺったりと懐き、ゾロのほうへ顔を向けることなく呟かれた言葉に、ゾロは眉を顰める。
「俺に落ちたって言ってたのは、クソコック、テメェだろうが。」
「あー、まあ、そう、なんだけどよ。」
名前を呼んでキスをして口説いたサンジのやり口をそっくり真似して返したゾロにサンジは『落ちた』と悔しそうに口にしたのはサンジだ。
その時は売り言葉に買い言葉的なノリで、どこまで本気かわからなかったが、どうやらかなりの割合で本気だったらしいとゾロは再度溜息を漏らす。
大の字に手足を伸ばし夜空へと視線を向けながらゾロは酒に火照った肌を撫でていった涼しい風に目を細める。
空に輝く星に月、綺麗な夜空、ある意味サンジお得意のシチュエーションはバッチリな雰囲気なのに、先ほどから相応しくない男二人の溜息が何度も辺りに零れ落ちている。
二人の距離は互いに腕を伸ばしても触れ合うことなくそこそこあり、そして互いの表情は闇に紛れて確かに見えない。
しかし、互いの気配は闇に隠し様がないほど相手に向かってはっきりとその存在を主張する。
「どうしようか、・・・・なあ、クソ剣士。」
いったい何をどうしようと問い掛けているのかと聞きかけてゾロは空を見上げたままゆっくりと瞬きを繰り返した。
それとも自分を落とした以上、責任を持ってアレコレしろという意味なのだろうかと、いつの間にかゾロと同じように甲板を背に大の字で夜空を見上げているサンジの横顔へと視線を向ける。
目を閉じているサンジの横顔はどこか淋しげに歪んでいて、ゾロは視線を向けたままゆっくりと肘をついて上半身を動かし静かに口を開いた。
「テメェはどうしたいんだ?クソコック。」
惚れた腫れたはそっちの専売特許だろうと言外に問い掛ければ、ゆっくりとその目蓋が開く。
右肘を甲板につき、片頬をつけたままの格好でサンジを見つめながらのゾロの問い掛けにサンジの口元がフッと綻んだ。
「俺は・・・。」
両脇に投げ出された手足もそのままに首だけを動かしてサンジの視線がゾロへと向けられる。
「俺は、アンタの恋人になりたい。」
ゆっくりと瞬きした蒼い瞳が切なげにゾロを見つめ、だがその口元はふわりと幸せな笑みを浮かべる。
総じて夢見るような表情になったサンジにゾロは一つドクンと鼓動が大きく波打ったのを感じた。
「俺は優しくねえぞ。」
「うん・・。」
「甘やかしたりもできねえ。」
「うん。」
「愛だ、恋だって浮いた言葉は言ってやれねえ。」
「うん。」
「恋人って言っても、今と何も変わらねえ。」
「うん。」
静かなゾロの言葉にサンジは一々頷いてみせ、その度にフワリと笑みを浮かべて瞬きを繰り返した。
「それでも、俺はアンタがいい。」
ドクドクドクとサンジが頷くたびに高鳴る鼓動にゾロは困ったように唇を歪めた。
どれだけ口説かれようと毛の先ほども興味を惹かれなかったサンジに今その興味が湧いてしまった事を自覚する。
それはサンジが本気だとその心をゾロに吐露したからなのかどうかは分からなかったが、ゾロの心はゲーム感覚だったやり取りだったはずが、どこか違ってきたと感じる。
実力行使云々と口にした割に力に訴える事も出来ず、諦めたように告白するサンジに絆されかかっているのかもしれないと気付かれないように苦笑を浮かべた。
「ハッ、テメェも酔狂なこったな。」
「うん、俺もそう思う。」
呆れたような言葉にも目を細め照れたように笑うサンジにゾロも諦めたように笑みを返す。
そして、再度背を甲板につけゴロリと寝転ぶと、ゴロゴロと寝返りを打ち、サンジとの距離を縮めた。
「ま、それでいいなら付き合ってやってもいい。」
手を伸ばせばサンジの体に触れる一歩手前で止まるとゾロは笑い混じりにそう告げる。
その言葉の後、一瞬の間が空き、ゴロンとサンジの体が甲板の上を転がった。
「なあ、それってさ、アンタが俺に口説かれてくれたってこと?」
夜空をバックに真剣な表情で覗き込んでくるサンジにゾロはフッと笑ってみせると腕を伸ばしてその頭を引き寄せた。
「さあな。」
触れる寸前に呟いた言葉にやっぱり嬉しそうに笑った唇を塞いで、ゾロはテメェの事は嫌いじゃねえと心の中でこっそりと呟いたのだった。
本日の勝負。
勝者、コック?
勝者、剣士?
それともこの勝負、引き分け?
さあ、恋の勝負は今始まったばかり。
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『いざ、勝負!』最終話でございますw
これからラブラブ〜とそんなはずですが、カップルになっても必死なサンジくんとマイペースなゾロという感じであまり立場が変わらないカップルだろうなーと思います。
きっとサンジくんは苦労するんだろう・・と思いつつ、これで終わりです♪
最後まで読んでいただきましてありがとうございました。
(2007/07/15)