≪ いざ、勝負!! ≫







落とすつもりがキス一つで落とされて、ラブコックのプライドがズタボロだと、サンジは溜息混じりに空に向かって煙を吐き出した。

「なんでだよ・・。」

はあっと吐き出した煙もサンジの心と同じく落ち着きなくユラユラと空に上っていく。
曇天というほどでもないが太陽の光の遮られた天気はまるで自分の心の中のようだとサンジは深く肺に煙を吸い込む。
いつもなら自分の特等席とばかりに、後部甲板で寝ているはずのゾロの姿が今日は見当たらない。
それもそのはず、先ほどからメインマストの方からゾロの楽しげな笑い声が響いているのだ。
輪の声の主は船長に船医、そして知的な考古学者もその会話に参加しているようだ。

「・・・・なんで俺は、あんなまりもに・・・。」

疲れたように呟いて、ガックリとサンジは船の手摺りに両腕をつく。
そう、昨夜も、サンジはここでゾロと会っていたのだった。










ご機嫌伺いというよりはすでに習慣になりつつある、酒と肴の乗った盆を下げてサンジは夜の鍛錬中のゾロの元へと足を運んだ。

「また来たのか・・。」

後部甲板脇から顔を覗かせたサンジに呆れたような声と顔が向けられる。
そんなゾロの表情にピクリと眉を吊り上げながらサンジは手にしていた酒瓶を振ってみせた。

「またとはご挨拶だな。こうやって俺自ら運んでやらなきゃ誰かさんが勝手に酒だけ飲むからだろうが。」
「・・・頼んでねえ。」

ヒュッと一振り、刀で空間を薙ぎ、腰に差した鞘の中に硬質な輝きが消えていく。
何度見ても綺麗なものだと思いながらサンジは手にしていたトレイと酒瓶をみかん畑へと続く階段にそっと置く。
呆れていようが、文句を言おうが、なんだかんだと言いながらもゾロはサンジのこういった好意を拒まない。
頼んでないといいつつも、用意されたそれをもらう為にゾロはサンジの元へとやってくる。

「ほらよ。」
「・・んっ。」

刀をいったん階段横に立てかけて、腰を降ろしたゾロにつまみの乗った皿と、それを食べる為の箸を手渡してやる。
素直に受け取って食べ始めた横顔にニヤリと唇を歪めながら酒瓶を開け、グラスに注ぐとそれも差し出す。

「どうよ、うめェだろうが。」

モグモグと無言で口を動かし、グビリと音を立ててグラスを煽ったゾロにサンジは楽しげに話しかける。
それにチラリと視線を寄越しただけでコメントはなかったのだが、箸を運ぶその表情が美味いと素直にサンジに語りかけている。
黙々と無言で箸を動かし、グラスを傾け、空になった皿にパンと軽い音がしてゾロの両手が合わされる。

「ごちそうさまでした。」

どんな時でも変わらないそんな仕草にクククとサンジは笑いながら、グラスに注いでいた酒瓶をゾロの手へと押し付ける。
そして空いた皿とグラスを倒さないように移動させると、ゾロの隣に同じように腰を降した。

「・・・で、今夜はどうするつもりだ?」

ぐいっと酒を煽ったゾロが面倒くさそうに声をかけてくる。
それにやっぱりとサンジは苦笑を浮かべた。
連日連夜、あの落としてやると宣言した日からサンジは手を変え品を変え、ゾロへと接触を図っていたのだ。
キスだけの回数で言えばすでに両手では足りないぐらいした。
言葉で口説いたのも数え切れないぐらい。
どうしてこんなに俺は必死になってるんだと、冷静になった時に突っ込みを入れたりもしたが変わることなく今日に至る。

「あーっと、今日は、別に・・。」
「・・・はあ?」

サンジの答えにゾロが訝しげに眉を寄せる。
いつもであれば隣に座ると同時にサンジの腕はゾロの腰を抱き寄せようと伸びていたし、隙あらば酒で濡れた唇の一つや二つ奪おうと動いている。
それなのに今夜は本当に隣り合って座っただけで、ゾロに触れているのはサンジの着ているシャツの一部だけだ。

「いいだろうが。毎日口説かれちゃありがたみってのも薄れるもんだ。」
「なんだそれは。」

甘い言葉も、情熱的なキスも上滑りな感じでゾロに届いていない事はサンジも十分承知している。
レディを口説くような戦法ではゾロは一向に靡かないだろうとわかっているのだが、だからといってこうすれば口説き落とせるだろうという確信のもてる何かというのが浮かばない。
呆れたようなゾロの声にハアッと溜息をついて、サンジは折り曲げた膝の上に肘を乗せるとその手で目元を覆った。
ゾロを口説くのが楽しいと感じている今が異常だとサンジはもう一度大きく溜息を吐き出した。
『ポンポン』
軽く叩くというよりは撫ぜるような動きでもう一度ポンポンと丸めた背中を叩かれる。

「なんだよ。」

そんなつもりではなかったが、なんとなく慰められているような、同情されているようなその動作にムッとしながらサンジは顔を上げた。

「まあ、たまにはいいんじゃねえか?いつものテメェもおもしれぇが、静かなテメェも嫌いじゃねぇ。」

そう言って笑ったゾロをポカンと、それこそ、そうとしか表現が出来ない間抜け面でサンジは見つめてしまったのだ。
変な顔だと続けて笑ったゾロに反論する事も出来ず、サンジは慌ててその場を逃げ出してしまった。













はあ〜っと、海に向かって吐き出された溜息は形を残すことなく飛沫の中に飲み込まれていく。

「ちくしょう、俺があいつに落とされてばかりでどうすんだよ。」

情けなくも昨夜自分に向けられた柔らかな笑みにときめいてしまった。
いつもキツイ眼差しが柔らかく細められ、包み込むような翡翠の輝きにサンジはドキドキと胸の鼓動を高鳴らせてしまったのだ。
普段がつれない態度のゾロなだけに些細なことで盛り上がってしまうのは仕方ないとは思えど、ラブコックとしてちょっと笑みを向けられただけでうろたえて乙女のように鼓動を高鳴らせてしまうのはどうかと思う。

「はあ〜・・・・いっそ、実力行使・・・とか。」

キスに関しては鷹揚なのか無頓着なのか、やめろと言われた事がない。
今までの経験をフルに使ってメロメロにしてやろうとしたキスにゾロがメロメロになったことはないが気持ちは良さそうだという事は分かる。
お返しがてらゾロにされたキスで腰が砕けてしまう己のふがいなさにはこの際目を瞑って、言葉で口説けないならいっそ身体を口説くかと風に乗って流れていく煙を目で追う。

「それならさすがにアイツも・・・。」

いきなり押し倒すのは難しいだろうが、キスの延長の顔をして押し倒してしまえばなんとかなるだろうと思う。
ラブコックとしてはもっともやりたくない手段だが、このまま負けっぱなしで終われはしないと拳を握り締める。
意地でもゾロを落としてメロメロにしてやる!と決意をあらたに踵を返してサンジはギクリと背を強張らせて立ち止まった。

「・・・・実力行使ねぇ・・。」
「ゾ、・・・ゾロ。」

ダラダラと背を流れ落ちていく汗を感じながら肩にバーベルを担いで呆れたように見つめてくるゾロにヘラリと笑みを向ける。
襲う計画を襲う相手に知られてしまうこの不幸。
あのバーベルで哀れコックは海の彼方に飛ばされてしまうんだろうかと、サンジはダラダラと冷や汗を流しながら静かに佇むゾロを見つめ続ける。

「まあ、せいぜい返り討ちにならないように頑張るんだな。」

スタスタとサンジの横を通り過ぎ、いつもの定位置でバーベルを振りはじめたゾロにサンジの頬がヒクリと引き攣った。
返り討ち、嫌な言葉だと顔を歪めて鍛錬を始めたゾロの背中を眺める。
ゾロの腕がバーベルを振り下ろすたび隆起する筋肉の動きが綺麗だとうっとりなりかけて慌てて首を左右に振る。
一瞬だけサンジの脳裏に嫌な映像が浮かんでしまったのだ。

「言ってろよ、クソ剣士。気持ちよくってトロトロにしてやるからな。」

悔し紛れに口にした言葉にゾロの視線がチラリとサンジへと向けられる。
そして無言でニヤリと笑うように引き上げられた唇にサンジは目を奪われ、またしても慌ててその場から逃げ出すようにして立ち去るハメになった。

「チクショウ、見てろよ。」

小さな呟きと共に赤くなった顔で煙草のフィルターを噛み潰すとサンジはドカドカと荒い足音を立ててキッチンへと向かって歩いていったのだった。




勝者、剣士。
敗者、コック。


コックの勝率、0勝2敗。


勝負はいまだ継続中。



END++


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『いざ、勝負!』の続きになります。
恋人未満、仲間以上(?)の二人って感じです。
余裕のないサンジくんに、余裕たっぷりのゾロ。
やっぱりこういう二人の関係は書いてて楽しいです♪

(2007/07/01)