≪ いざ、勝負! ≫
人が生まれてから死ぬまでいったいどれほどの人と出会うことが出来るんだろう。
その出会いの中で、愛や恋に発展する出会いなんてほんの一握り。
それは時に擦れ違っただけで恋に落ちたり、いつも傍らに居た人が、いつの間にか大切で愛おしく思えたり、それもまた運命という奇跡には違いない。
いつでも奇跡のような、そんな運命の出会いを待ち望んでいるんだ。
満天の星よりも多い人々と、星の数ほどの出会いと、ほんの一握りの奇跡と、その中で出会う永遠のただ一人の恋人。
「・・・・・で?」
「運命の人に出会わない限り、俺は永遠に愛の旅人なわけよ。」
プッカリと天にかかる月に向けて煙を吐き出して、サンジはどこかうっとりとした笑みを浮かべて満足気に呟く。
そんなサンジの様子にゾロは酒瓶を煽りながら思わず冷ややかな視線を向けてしまったことを誰にも責められはしないだろうとどこか疲れたように息を零した。
なんとく、月明かりに誘われるように二人だけで後部甲板でささやかな宴を始めたのは、まだまだ夜は始まったばかりで、いつ別のクルーが乱入してくるかというような比較的早い時間だった。
普段であれば多少雑談していくも、滅多に酒を口にしないサンジが珍しくも酒にも付き合うと言ったのだ。
そのサンジと共に月を肴に飲み始めて数時間。
すでに日付は翌日へと変わり、はっきりとは分からないが深夜の2時を少し過ぎたぐらいだろうか?そう思いながらゾロは天を仰ぐ。
途中で一度だけナミが顔を出したが、それは二人がそのまま起きているなら、今夜の船番はどちらかに頼むという事を伝えに来ただけだった。
他愛ない話をして、そろそろ酔いが程よく回ってきたかと思われる頃、サンジ得意の一人語りがゾロを相手に始まった。
「お前はどうよ?」
さらりと興味も意味もなさげに問い掛けられた質問にゾロは眉を寄せる。
ゾロ曰く、この酔っ払いが何を言うという心境でもある。
気分よく飲んでいる所でこうしたくだらない話題を振ってくるサンジの事は正直面倒くさいなと思わなくもない。
酔ったなら素直に寝てしまえと、男部屋に放り込んできてやろうかと思いつつ、ゾロは諦めにも似た苛立ちを感じながら答えを返す。
「まだ、旅人だっていうんなら、テメェのナミやロビンに対する態度はなんなんだ?」
愛だ恋だと本気でこのコックがナミやロビンに対して口にしているとは思えないが、あの調子で誰にでも愛や恋を囁いている限りは、いつまでたってもサンジが言う永遠の旅人のままだろうにと呆れるが、さりとてそれを教えてやる義理もないと、ゾロはゴクリと酒を喉に流し込む。
「あー、あれはアレだし、ああいうもんでしょ。」
チラリとそんなゾロの様子を視線で捉えたサンジがポリポリと人差し指で鼻の頭を掻く。
「アレって・・。」
「だって、ナミさんは可愛いし、ロビンちゃんは美人だし、どっちか一人だけなんて選べないしぃ。」
何を想像したのかヘラリとヤニ下がった顔にほんの微か眉を動かして、ゾロは残っていた酒を空けると、軽い音を立てて甲板に瓶の底を着けた。
「選ぶ以前に相手にもされてねえってのに。気付いてねえとはめでてぇ奴だな。」
フンっと鼻先で笑ったゾロの態度にサンジの眉間に皺が刻まれる。
「だからー、分かってねぇなあ、テメェは。相手にされちゃまずいから、わ、ざ、と、ああいう態度取ってんだろうが。」
「ふんっ、どうだか。」
サンジの言い分に小馬鹿にしたように唇を歪めたゾロに、言った本人がムッとしたような顔を向ける。
「俺が本気で口説いて落ちなかったレディはいない!」
きっぱり、はっきり言い切った、その目が若干据わってるなあとゾロは思いながら適当にへえっとだけ返しておく。
「あー、あ、あー、信じてねえな?その顔は。」
「当たり前だろう。」
あっさりとサンジの言葉を肯定して見せてゾロは笑う。
信じるも信じないも、サンジが振られる場面は多々見れど、そのナンパが成功した場面など一度としてみた事がない。
「よーし、分かった。それなら今から口説いてやろうじゃねえか。」
据わった目でいきなりの宣言に、ゾロは呆れたような眼差しを向ける。
本気で口説けば落とせない女はいないと言い、ナミやロビンを落としたら困るからこういう態度を取っているんだと主張して、今度は本気で口説いてやると宣言する。
酔っ払いの思考はよくわからねぇなあとゾロはサンジのグルグルと回った眉を見てしみじみと溜息をついた。
「後悔しても知らねぇぞ。」
「おーおー、後悔なんぞしねえ。さっさと行ってきっぱり振られて来い。」
真剣な眼差しで言い切ったサンジにゾロは苦笑を浮かべてヒラヒラとその手を振る。
酔っ払いに深夜押しかけられてナミやロビンは迷惑するだろうが、クラッチでも、サンダーボルト=テンポでも、喰らって沈めばサンジも大人しく寝るだろう。
まあ、寝るというのは多少語弊があるかもしれないが静かになるのは確かだとゾロは心の中で何度も頷いた。
「・・・・・・・好きだ。」
「・・・・は?」
先程まで、酔いにヘラヘラとだらしない表情を浮かべていた顔がついぞお目に掛かった事のないような真剣な表情に変わっていた。
「好きなんだ。」
真剣な蒼い瞳と、それに宿る光。
その瞳に写る己の姿にゾロは無意識に唾を飲み込んだ。
距離があったはずの二人の間に距離はなく、いつの間にと驚くほどサンジの顔が近くにある。
「ゾロ。」
真剣な眼差しのまま名前を呼ばれ、熱い手のひらに床に置いたままだった手首を掴まれた。
「ゾロ・・・・好きだ・・。」
意図して低められた声は甘く、耳に心地よく、間近で見る蒼い瞳の綺麗さにゾロは驚きを隠せない。
晴れた空のような、いや、静かな海の底のような不思議な色だと瞬きを繰り返す。
だからというわけではないが、ゾロはそのままゆっくりと近寄ってきたサンジを避けることもしなかったし、その手首を掴んだ熱い手のひらを振り払う事もしなかった。
「ゾロ・・。」
名前を呼ぶことで唇に触れた吐息は煙草の香りがして、くすぐったいもんだと思いながらゾロはその後に重なってきた柔らかさを従順に受け入れた。
唇の上で遊んでいるとそう表現するのが相応しいような甘えたサンジの口付けに目を閉じて、促されるままにそっと唇を開いてサンジを受け入れる。
「・・・んっ・・。」
スルリと唇の間から差し入れられたサンジの舌はやはり予想通り煙草の味がした。
二度三度、優しく絡められた舌に小さく声を漏らして、ゾロは与えられた口付けを享受する。
ゆっくりと優しく丁寧に与えられる官能はトロトロと身体をとかしてしまうほどに心地よい。
「・・・・ゾロ。」
はあっと吐息混じりの声で名前を囁かれ、開放された唇を震わせながらゾロはゆっくりと目を開く。
そして至近距離で重なる視線に数度瞬きを繰り返した。
そんなゾロに笑みを向けながらゆっくりと伸びてきたサンジの指先が濡れた唇を拭っていく。
想像していたより固くかさついたその感触にゾロは詰めていた息をそっと吐き出した。
「口説く相手が違うんじゃねえのか?」
ゆっくりと瞬きを繰り返し、問い掛けたゾロの右頬をサンジの手のひらがそっと包み込む。
「・・さあな・・。」
サンジの真剣な眼差しと、甘い声色にゾロはゆっくりと指先の触れた唇を歪めた。
右頬を包むサンジの手のひらは熱っぽく、その視線はそれ以上に熱を帯びている。
どういった意味の熱なのか同じ男として分かるぐらいわかると、そんなサンジと視線を合わせたままゾロはゆっくりと唇を開く。
「・・・キスは合格だが、これでテメェに落ちるほど俺は安くねえぞ?」
触れているサンジの手のひらを首を動かす事で払い除けて、一瞬身を引きかけたサンジの首根っこに手を伸ばし、一気に距離を縮めるとゾロはニヤリとサンジに笑ってみせた。
「ゾロ?」
「・・・・サンジ・・。」
そして、ゆっくりと顔を近付けるとゾロは吐息混じりにサンジの名を口にした。
「ゾッ・・。」
目を丸くし、驚いた表情になったサンジに、ゾロは笑みを浮かべたままゆっくりと顔を近付けると、伏せ目がちにその唇に己の唇を重ねた。
柔らかく幾度か啄ばみ、そして次に開かれた口の中へと、激しく、貪るようにその唇を蹂躙していく。
先ほどのサンジのキスが恋人達の愛を確かめるキスならば、ゾロがサンジに施したキスは餓えた獣が心を満たす為の貪るような口付け。
受けるサンジも始めはなすがままにゾロの口付けを受け入れていたのだが、触発されたように徐々に激しく本能のままにゾロに応え始める。
交じり合い、流れ落ちる雫を拭うことなく、荒く呼吸を乱しながら身体を震わせる。
首の後ろから、そのままサンジの後頭部へと回った手でその髪を乱しながらゾロはサンジの唇を味わう。
「んっ、ふ・・・ぁっ。」
どちらからともなく甘く零れた吐息の後、濡れた水音と共に分かたれた唇に、ゾロは笑みを浮かべサンジへと目を向ける。
呆然と、欲望にその蒼い瞳の色を変えてゾロを見返してくるサンジに、ゾロはこれ見よがしに二人の唾液に濡れた唇をペロリと舌先を拭う。
「・・・どうだ?落ちたか?」
クククと笑って、サンジがした通りのことをそのまま返してみたと告げたゾロに、呆然とした表情を浮かべていたサンジがガクリと床に崩れ落ちる。
見れば耳まで真っ赤になって、小刻みに震えている体にゾロはやりすぎたかと微かに肩を竦めた。
「チ・・・チクショウ・・。」
小さな小さな声で呟かれた悪態にゾロは目を見張り、クッと微かな笑みを漏らした。
「チクショウ、・・・・落ちた。落ちましたよ!クソマリモ!これで満足かよ。」
ジロリと真っ赤な顔で、恨めしげな眼差しを向けられて、ゾロはもう一度サンジを誘うかのようにペロリと唇を舐めてみせる。
その動きの一部始終を追って、一瞬にして性的な意味で濃厚な気配を纏ったサンジにゾロは小さく吹き出した。
「テメェが俺に落ちてどうするよ。修行不足だな、ラブコック?」
クククと楽しげに笑ったゾロに欲情した気配を向けたままサンジが悔しげに唇を噛み締める。
「チクショウ・・・見てろよ、クソ剣士。絶対、落としてヒイヒイ言わせてやるからな。」
低くおどろおどろしく決意を言葉にしたサンジに、ゾロは目を細めニヤリと片頬を上げて楽しげに笑う。
「まあ、頑張れよ?」
「チクショー、エロマリモ。」
悔しげにガックリと項垂れたサンジのつむじを眺めてゾロはクククといっそう楽しげな声を立てて笑ったのだった。
勝者、剣士。
敗者、コック。
この勝負、始まったばかり。
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恋人未満、仲間以上って感じの二人です(たぶん
珍しくこの二人に恋愛感情はありません。
サンジ→ゾロでも、ゾロ→サンジでもなく、+って感じです(笑
キスの上手いゾロもありだよなあとw
軽い感じで楽しんで頂ければ幸いです♪
(2007/06/23)