◆ 悪戯 ◆
それはちょっとした悪戯気分だった。
「おい、クソコック。」
バタバタと朝から、年末だ、新年だとその準備に忙しそうに走り回っていたサンジを通りすがりに捕まえて、ゾロが手近な格納庫へ連れ込んだのは昼過ぎのことだった。
「ああん?クソマリモなんだ?!」
忙しいところを邪魔されてイライラと語気も荒いサンジの様子に、ゾロは軽く片手で耳を塞ぐと正面からその身体を抱き締めた。
途端に文句を言いかけた口を閉ざし、ピタリと動きを止めたサンジに隠れてニヤニヤと笑う。
「・・・クソコック。」
抱きついたまま、ふうっと溜息混じりに呟くとギクシャクとした動きでその腕が背に回ってくる。
「ど・・・どうしたぁ?!」
焦ったようにどもり、裏返ったサンジの声にゾロは見えないのをいいことにニヤニヤと笑ったままその首筋に頭を緩く擦り付けた。
そうして、ますますサンジの身体が強張るのに満足して、ゾロは今度は溜息のような声でサンジの名を小さく呟く。
「サンジ・・・・。」
「ゾロ!!!」
「・・・は?、えっ?!」
突然耳元でいきなりサンジにはっきりと名前を呼ばれ、どこか強張っていたその腕が解かれたと認識する間もなくゾロは扉横の壁に背を押し付けられていた。
見開かれた視界いっぱいにサラサラとした金の流れが見てとれる。
背を冷やしていく冷たい壁と唇を覆う温かく柔らかな感触。
「うー、ぅうー。」
いきなりの口付けに混乱しながら手を伸ばしてサンジの胸をグッと押し返し抗議の声を上げる。
しかし、しっかりと塞がれた唇で抗議の声を上げるのは返ってサンジを口の中に招いてしまい、ゾロは煙草の味のする呼気を吸い込むことになった。
「・・・・っ・・んぁ。」
口内を容赦なくサンジの舌が動き、ゾロを捉えては舐め上げ吸い上げる。
顔を背けようとしても、外れた瞬間にサンジの唇が追ってきては、またゾロの唇を捕まえる。
その度に二人の間から漏れた水音が格納庫に響きゾロの聴覚を刺激する。
「う・・・ふぅ・・・ぁ。」
なんで俺はサンジとキスしているんだろうと混乱する思考と、初めて受けたサンジからのそのキスに、次第に気持ちよくなっていく身体にゾロは焦る。
逃げれば追われ、甘く激しく奪われて、ふわふわと思考が飛びそうになったゾロは押し返す為に伸ばした手で縋るようにサンジのシャツを掴んでしまう。
身体の奥が甘く疼くような、手足が痺れていくような口付けに翻弄されて甘く声を上げる。
「・・あ・・・はぁ・・っ。」
サンジのキスに感じ入ってしまい、身体を支えることが出来なくなったゾロはズルズルと壁に沿ってその場に崩れ落ちた。
力の入らない手足と熱くなった身体にゆっくりと瞬きを繰り返し息をつく。
そしてぼんやりと上げた視線の先に先ほどまで触れ合っていた濡れ光る唇を見つけてゾロは頬を赤くして目を逸らした。
「ゾロ・・・。」
ゆっくりと腰を折ったサンジに顎を捕らえられ、近寄ってきた唇が軽くチュッと音を立ててゾロの唇を吸っていく。
「続きは今夜な。」
甘く低い声で耳元で囁かれ、ゾロは赤くなったままビクンと身体を震わせた。
ふわりと髪を撫でたサンジが離れてもゾロはそのままの姿勢で息を詰めるしかできない。
やがて冷たい空気が格納庫に流れ込み、サンジが静かにその場から姿を消してもゾロはその場に座り込んだままだった。
「・・・なんで?」
そう、ちょっとした悪戯のつもりだったのだ。
サンジがあまりにも自分の存在を無視していたから、少し自分の事を思い出させて慌てさせてやろうと思っただけだったのだ。
それが何故か濃厚なキスを受けるはめになって何を間違えたんだろうと顔を赤くする。
まだ清く正しいお付き合いを始めたばかりで、触れ合うような軽いキスだって両手に余るぐらいしかしたことがない。
恋人というにはそっけないサンジを慌てさせてやろうと、ただそう思っただけだったのだ。
「あれ?・・・・立てない。」
ポツンと言葉にしてゾロは顔を真っ赤に染める。
結局甘く腰が痺れて立てないことに気付いたゾロは、サンジが迎えにくるまで呆然とその場に座り込んでいたのだった。
格納庫で無駄な時間を過ごし、すっかり身体が冷え切ったゾロは、探しにきたサンジに速攻で風呂場に放り込まれ、尚且つ、洗ってやろうかと笑いながら言われた言葉に赤くなりながらも丁寧に拳で辞退した。
しっかりと湯船に浸かり身体を温めてラウンジへと姿を現したゾロを出迎えたのは煌びやかなおせち。
イーストブルーでは毎年当たり前のように目にしていたが、まさかそれをここで、海賊船で見ることができるとは思わなかったとその製作者をマジマジと見つめる。
「突っ立ってないでここ来て食え。」
猪口と祝い箸のある席を示されて大人しくゾロは腰を落ち着けた。
みればもう一人分席が用意されていて、珍しくサンジもゾロと一緒に食事を取るつもりなのだと気付く。
「お待たせ。」
煙草の火を消し、ニヤリと笑った顔が手に徳利を乗せたトレーを提げてテーブルへと歩いてくる。
こうして用意されたおせちもどうやら二人分だけらしい。
ゾロと向かい合うようにして腰を降ろしたサンジに促されて猪口を手に取れば静かに徳利が傾けられる。
そのサンジの徳利を奪うようにして、ゾロは同じようにサンジの猪口に酒を注ぐ。
そしてそれぞれが手に取ったのを見計らって二人で顔を見合わせる。
「あけましておめでとう、ゾロ。」
「あけましておめでとう。」
ニッと互いに笑いあって、屠蘇代わりの猪口を煽る。
しっかりと詰められた、様々な料理に目を向けながら箸を手に取りゾロは小皿を引き寄せた。
そんなゾロの様子にちょっと笑ったサンジを確認して、さっそくとばかりにゾロは綺麗に盛り付けられたおせちに手を伸ばし、いくつかを取り分けるとそのうちの一つを頬張る。
「うめえ!!」
「ふふん、当然だろ。」
感嘆の声を上げたゾロにニンマリと笑みを浮かべたサンジが別のお重を押し出してくる。
その中味にも箸を伸ばし、美味しさにゾロの口が綻ぶ。
ゾロの反応に満足気に笑って、猪口に新たに酒を継ぎ足すとサンジも自らの小皿にいくつかを取り分けて口に運んでいる。
ゾロほどではないものの程ほどに食べ、酒を飲んでいるサンジを不思議そうに眺めて箸を休めたゾロに笑いながら徳利を差し出してくる。
「しっかり喰えよ。」
「ああ・・って、そういえば他の奴等は?」
サンジに勧められるままに箸をつけて、その美味さに満足しながらゾロはふと騒がしいクルー達が居ないことに気付いた。
そのゾロの問い掛けに目の前のサンジがちょっと呆れたように笑う。
「今更何言ってんだか。・・・・・・ゾロ、やっぱりテメェ聞いてなかったな?」
「あ?なにを?」
はああーっとこれ見よがしに溜息をついたサンジが苦笑混じりに差し出されたゾロの猪口に酒を注ぎたしていく。
「この島に寄航したのだって、元々、ロビンちゃんがこの島では年越しから年明け3日までいろんな催し物があるんだって説明したせいじゃねえか。」
「あ!!」
サンジの言葉にゾロは小さく声を上げて記憶を辿る。
「思い出したかよ、クソ剣士。」
そんなゾロの様子に目を細めてサンジが笑う。
「ああ、思い出した。確か・・・初日の出と共に海中から現れる神殿があるとか、滅多に見られない寺院の奥が開放されるとかって聞いてナミがお宝って目を輝かして・・。」
「ルフィが冒険だーって。思い出したか?」
呆れたように猪口を煽るサンジにゾロは頷く。
宝が目当てなのか、その神殿に興味を惹かれたのか、それぞれ動機は様々な感じだったが、島に着くのを皆が楽しみにしていたのは覚えている。
確か、サンジもその海中から現れるという神殿に行きたいと言っていたような気がしてゾロは目の前で酒を煽る姿に首を傾げた。
「ああ、思い出した・・が、なんでテメェ残ってんだ?」
そう、船番は有無を言わさずにゾロに決定して、残り全員が上陸するという話だったような気がする。
とりあえず寝正月だな・・と思ったのだ。
ゾロの言葉にサンジの目が丸くなる。
「お・れ・は!お前が残るって言ったから・・・。ルフィの我儘に肉詰めた海賊弁当を作って、レディ達へはスペシャルなおせちを用意して、テメェがのんきに寝てる間に一人で送りだしたんだよ。」
ヒクリと頬を引き攣らせたサンジの早口の抗議めいた口調にゾロは眉を寄せる。
別に居ろって頼んだわけじゃねえし、ルフィの我儘なんて今に始まったことじゃねえだろうと、いろいろと言いたいことは浮かんだが咄嗟に言葉になったのはたった一言だった。
「のんきになんて・・・・寝てねえ。」
ポツリと漏らしたゾロの言葉にサンジの眉が不審げに寄る。
「はあ?それじゃ、俺が呼びに行くまであそこで何してたんだよ。」
サンジの問い掛けにゾロはかすかに血の気が上ってきたような気がして困ったように視線を逸らす。
「・・・・・った。」
「は?・・・聞こえねえってゾロ。」
小さな呟き過ぎて聞き取れなかったサンジがイライラとしたように猪口を煽る。
その酒に濡れた唇を見つめてゾロは真っ赤になりながらもう一度反論の言葉を口にする。
「立てなかった・・って、言ったんだ。」
「・・・・・?」
「・・・テメェが、・・・テメェがあんなキスするから・・・。」
語尾が小さくなったゾロにサンジの目が軽く見開かれる。
恋人として接したゾロの不器用さというか初心さをサンジも分かっていたつもりだろうが、まさかそこまで初心だとは思わなかったのだろう。
ゾロは自分の経験のなさを呪いながら赤くなった顔を誤魔化すかのように手酌で酒を煽る。
「あんなって・・・。ちょっとだけだろ?」
どうコメントしていいのかサンジも困ったのか、そういいながらゾロの猪口に酒を注ぎ足してくれる。
それを煽ってゾロは少し朱に染まった顔をサンジへと向けた。
「悪かったな。経験少なくて。」
恥ずかしさから睨む眼光も威力はなく、そんなゾロの様子にサンジがますます困ったように笑う。
「いや、悪くはないけど・・・俺的には大歓迎?」
クスクスと笑いながら徳利を差し出してくるサンジに酌をさせながら、ゾロは照れ隠しにおせちを口に運ぶ。
そんなゾロにサンジがどう思ったのか優しい笑みを浮かべて口を開く。
「どっちにしろ、二人で過ごしたくて俺はここに残ったわけだしさ。・・・・ま、当分二人だけだし、のんびりしようなゾロ。」
ニッコリと笑顔を向けられて、なんだか誤魔化されたような気がするとゾロは眉を寄せて美味いおせちに手を伸ばす。
「お、次の持ってきてやるよ。」
上機嫌で立ち上がったサンジが空になった徳利を持って楽しげに歩いていくのを眺めながらゾロはパクリと伊達巻を一つ頬張ったのだった。
美味いおせちに舌鼓を打って、美味い酒を飲んで、他愛ない話をつらつらと交わし、気付いた時、ゾロとサンジの距離はなかった。
「年も明けたし、そろそろ俺らも進展しない?」
楽しげに、間近で視線を合わせて囁かれたその言葉にゾロはゆっくりと首を縦に振っていた。
そのままラウンジにあるソファーに押し倒され、格納庫で受けたような濃厚なキスを受けてゾロは小さく喘いだ。
顔は真っ赤で恥ずかしさからきつく目を閉じてしまう。
「あ・・・っ。」
サンジの唇が首筋に離れた瞬間に小さく声を上げてしまいクスリと笑う気配がする。
「・・・アンタってさ、本当に可愛い。」
間近で吐息混じりに囁かれ、ゾロは閉じていた目をゆっくりと開いた。
優しい蒼い瞳に映りこむ自分の姿にドクリと鼓動を高めてサンジを見つめ返す。
サラリと額に触れた金の髪にゾロは導かれるように目蓋を降ろした。
「んっ・・・・。」
無意識に鼻から漏れた声にサンジの口付けが緩やかなものから激しいものへと変化する。
その口付けは格納庫で受けたものとも、先ほどまでのものとも違って、灼熱のような激しさでゾロを翻弄する。
感じたことのない快感と恐怖を混ぜたような浮遊感にゾロの身体が強張り始める。
無意識に震える指先で縋るようにしてサンジに抱きついたゾロに気付いたのかサンジが優しく抱き締めてくる。
「サンジ・・・。」
途切れたキスの合間、掠れた声で名前を呼んだゾロに合わせるかのようにサンジの口付けが優しく変わっていく。
その口付けにホッとしたように身体の力を抜いてゾロはゆっくりとその背に腕を回した。
ドクドクと激しい鼓動に顔を赤くしたままもう一度小さくサンジの名を呟く。
「ん、分かってる、ゾロ。」
優しい声で名前を呼ばれ、ゾロはサンジの優しい腕に身体を預けたのだった。
緩やかに穏やかに身体を重ねて、心地よい疲労にゾロの目蓋が下がってくる。
「こら、まだ寝るなって。」
二人でバスを使いほこほことした身体はゾロに眠気を運んでくる。
クスリと笑ったサンジに抱き起こされて羽織っていたバスタオルを取り上げられ服を着せられる。
サラリとしたその自分のものとはちがう肌触りにうっそりと目を開いてゾロはサンジを見つめた。
「これ・・・。」
それはサンジがたまに身に着けている真っ白なシャツ。
仄かに石鹸の香りと日向の香りに混じって煙草の香りがする。
「ゾロの着替え、持ってきても良かったんだけどさ。なんとなく、こっちかな・・って。」
笑いながら手を伸ばしてシャツのボタンを嵌められる。
全部を止めるでもなくいくつかのボタンを外したままで満足したようにゾロの髪を撫で頬にキスしてくるサンジをくすぐったく感じながら肩を竦める。
「どう?」
「んっ、悪くねえ。」
「そう、良かった。」
シャツの袖口を手で触っているゾロを見てサンジが笑う。
そして腕を差し伸べてゾロを軽々と抱き上げ、今は簡易ベットとなったソファーの上に運んでいく。
動けないほど疲労はしていないが、甘やかしてくるサンジの腕を気恥ずかしくも嬉しく思いながらゾロは見下ろしてくる蒼い瞳に笑みを向けた。
「なに?」
「・・・・ん?別に。」
軽く額にキスした後、灯りを落として戻ってきたサンジに腕を伸ばして抱きつくようにしてその身体を引き寄せる。
ソファーの上でピッタリと重ねあった身体から規則正しい鼓動が聞こえる。
身体を重ねたからか、どこか今までと違う甘い空気にゾロは遠慮なくサンジに抱きつく。
「俺は合格?」
笑いながら尋ねられた言葉の意味を図りかねてゾロはその胸の上で首を傾げた。
「俺はアンタの恋人として合格?」
クスリと笑って言い直したサンジにゾロは無言で頷き、片手をついて身体を起こした。
そして笑みを刻む唇にそっと自分から唇を寄せて軽くついばむ。
想像以上に負担が少なかったのはサンジが優しくゾロを抱いてくれたおかげだろうと思う。
多少痛い思いはしたが、二度と体をあわせたくないと思うほど酷い苦痛を感じなかったのだ。
「サンジ、好き・・・・。」
視線を合わせてそう囁くと嬉しそうにゾロをその蒼い瞳に映し出す。
「俺も好き。」
クスリと笑った唇が優しく重なってきてゾロは大人しく目を閉じてそれに酔う。
昼間ちょっとした出来心で悪戯を仕掛けて、奪われた唇はかなり前から奪われることを待っていたのかもしれないと、どこまでも甘やかすその唇を味わいながらゾロはうっとりと微笑んだのだった。
END++
SStop
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お正月SSです(^^
甘く可愛いゾロ、これを目標にしてみました(何
結果、乙女ゾロと甘い甘い話が・・・・・(汗
いいんだーお正月だしーと開き直って・・・・うう・・・甘いよう(ばく
ほのぼの、しあわせって感じが出てればいいなあと思いつつ、今年もよろしくお願いしますw
(2006/01/15)