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自分と同じ黒い身体を持つ、ロビンの仲間だというその男の事をゾロは前から気に食わなかった。
初めてここを訪れた時、ロビンとこの男の縄張りの間ということもあってサンジと一緒に挨拶させられた。
それからたまにロビンや、サンジの友人とやらと来ては他愛もない話をしていくのだが、いつからか自分を獲物を狙うような、品定めされているような陰湿な目で見られていることに気付いた。
もしかしたらその視線にロビンは気付いていたのかもしれないが、サンジはそれに気付いていないようだった。

「サンジは留守だ。」

低く唸って威嚇気味に声を出せばそいつはニヤリと嫌な笑い方をした。
やっぱり気に食わない奴だとゾロは不快に思う。
サンジに止められていなければこんな奴を巣に招くようなことはしたくない。

「ああ、知ってる。」

男の言葉にゾロは視線を鋭くする。
主が不在であることを知って尚、部屋に勝手に上がりこんでくるずうずうしい無神経さがゾロには理解できない。
男はゾロが歓迎していない事に気付いているはずなのだ。

「おいおい、睨むなよ。俺はサンジに頼まれてここに来たんだからな。」

ニヤニヤと笑みを貼り付けたまま、頭のてっぺんから爪先まで男に舐めるように見られて気持ち悪さに鳥肌が立つ。
ゾロのそんな様子に気付いていないはずはないだろうに男は平然と続けた。

「お前、発情期なんだろ?」
「・・・・発情期?」

聞いた事のない言葉にゾロの意識が反れた一瞬をつかれて利き腕を男に押さえられた。

「放せ!!」

ギリギリと骨のきしむ音が聞こえそうなほど力を入れられて苦痛に顔が歪む。
悔しいが縄張り争いをしたことのないゾロは、戦いというものの経験値が低すぎて本気を出した大人の力には敵わない。
せめてと視線を鋭くして射殺さんばかりに睨み付ければそいつは楽しそうに笑った。

「だから、発情期、来てんだろうが?我慢すんなって。」
「・・・なんのことだ。」
「へえ・・・・分かってないのか。」

ゾロの嫌いなあの獲物を物色するような、値踏みするような視線で男は笑った。

「こことか・・ゾクゾクするだろう?」

動きの取れない状態で遠慮なく急所の一つである喉を舐められて身体が強張る。

「やめ・・・。」

そのまま首の後ろに牙を立てられ力の抜けた身体を床に這わされる。
圧し掛かってきた男の体と、絡められた尻尾に男が自分に何をしようとしているのかやっと理解した。

「やめろ、俺は男だぞ!。」

少しでも抵抗すれば噛み切るとばかりに喉元に立てられた男の牙に身体が竦む。

「知ってるさ。」

間近で男が笑う気配がして外された牙の代わりに長く伸びた爪がゾロの喉に食い込んだ。
皮膚に突き立てないような微妙な力加減でゾロを引き倒し、完全に自分の支配下においた体に男はニヤリと頬を歪める。

「野郎同志でもやろうと思えば出来るんだよ。」

ペタリと伏せてしまった耳を男に甘噛みされて嫌悪のあまりゾロの毛が逆立つ。
男はそんなゾロの様子を気にしたふうも無くペロリとその耳を舐めた。

「本当にいい匂いだな、アンタ。サンジが言っていたとおりだ。」

男の下から逃げ出そうと必死でもがいていたゾロがサンジの名前に反応する。

「サンジ?」
「だから、言っただろう?」

ペロリとゾロの口元を長い舌で舐め上げて男は楽しそうに続けた。

「サンジに頼まれたって。」
「・・・サンジが何を?」
「アンタが発情期だから俺が抱きに来たんだろう?」

翡翠の瞳を覗き込んで告げた言葉に一瞬ゾロの目が瞠られる。
再度繰り返された言葉に、刺し違えてでも男を殺そうとしていたゾロの身体から力が抜け落ちた。
急にパタリと抵抗をやめたゾロに男は笑う。

「こればっかりはさすがにアイツでもアンタにどうしてやることも出来ないからな。まあ、種族が違っても俺ぐらい近ければ問題はないけどな。」

組み敷いた綺麗な獣に男はゾクゾクと背を駆け上る快感に目を細める。

「サンジが・・・。アイツがそう言ったのか?」

激昂するでもなく静かに問いかけてくるゾロに男は頷いた。
サンジが育てた、ある意味純粋培養のこの獣には、育ての親の名前を出すことが効果的であろうとは予想していたが、まさかこれほどとは思わなかったとほくそ笑む。

「ああ・・。」

ゾロを抱くことに興奮していた男は、自分が出したその答えに浮かべられた、泣き出しそうな一瞬の絶望にも似た暗いゾロの眼差しに気付くことはなかった。

「アンタも楽しもうぜ?」

そう言って自分に圧し掛かってきた身体に、ゾロは嫌悪以外の何の感慨も浮かばなかった。
サンジが自分の事を考えてしてくれたのなら従わなければいけないと泣きそうな気持ちで目を閉じる。
心は嫌だと悲鳴を上げても助けて欲しい人はいないのだ。
獣の本能で熱くなっていく身体と氷のように冷えていく心。
ゆっくりと頬を伝った絶望の涙は誰に見られることもなかった。
固く閉じられたゾロの瞳の中には、大好きだった鮮やかな金の翼も、優しい澄んだ蒼い瞳も・・・・もう・・・なにも浮かんではこなかった。














サンジはいそいそと自宅への道を足早に翼をはためかせた。
ちょっと出掛けるだけのつもりが途中で手長猿のルフィに掴まって、思った以上に時間を食ってしまったのだ。

「ゾロ・・・お腹空かせてるよな。」

遠出するつもりもこんなに時間がかかるとも思っていなかったから食事の用意をして来ていない。
あいかわらずゾロはサンジが作るご飯が好きで、用意された食事以外を取ろうとはしない。
くすぐったいような思いを感じながらサンジは翼をはためかせた。
ルフィからせしめた木の実の入った袋をしっかりと落とさないように掴んで、帰宅したらこれでゾロの好きなケーキを焼いてやろうとサンジは笑みを浮かべる。
そして、その時にでもあのことを教えてやらなければいけないと思う。
種族が違っても分かってしまう程のあのゾロの匂い。
甘く蠱惑的な香り。
たぶん、ゾロに発情期が来たんだろうとサンジは思った。
それの相談に乗ってもらうために灰色狼のスモーカーと豹のロビンの元を訪れていたのだ。
医者という意味ならチョッパーも考えなくはなかったのだが、その説明が適切かどうかはまた別物だ。
サンジも初めての繁殖期は戸惑ったのを覚えている。
育ててくれた梟のジジイは高齢だったから知識としてしかサンジに教えてはくれなかったし、どれほど綺麗なサンジでも、同種族の男と比べると女性側からは見劣りするらしい。
振られ続けるのにさすがにウンザリして、女性を口説くのを止めようと思っても、やはり羽根を広げて求愛してしまう。
恋の季節とはよく言ったものでそれは熱病のように来て去っていく。
ましてやゾロと自分ではまったくと言っていいほどそのシステムは違うはずだ。
一応は二人から話を聞き、知識として仕入れてきたがゾロに上手く説明できるかどうかの自信はない。
いっそ、違う種族とはいえ相手の決まっていないロビンあたりに頼んで番ってもらうか、それとも、親しいスモーカーあたりに頼んでやんわりとゾロにその説明をしてもらうかした方がいいのかもしれない。
そこまで考えてサンジは苦笑交じりにそれを打ち消した。
説明はともかくロビンと番うことは嫌だと何処かで思う自分がいる。
出来ることなら誰にも、誰ともゾロを番わせたくはないのだ。




キレイな綺麗なサンジだけの獣。




棲み家近くの大きめの湖が目前に迫ってくる。
あれを一息に飛び越えればゾロの待つ我が家までは直ぐだ。
危険を避け木立を抜けるか、それとも一息に飛んでしまうか考えながら湖面に視線をやりそこに映る影に気付いた。
サンジは記憶を辿り眉を顰める。

「おい、こんなところで何してやがる。」

正面から小道を悠々と歩いてくる男に声をかける。
ロビンとこの男の中間に位置するこの場に住居を構えたときに挨拶して以降、たまにだがロビンや新たに親交を持った友人達と一緒にこの男が訪ねてくるようになった。
ゾロはどうやらこの男の事が相当嫌いらしく、この男が来ていると分かれば姿を消してしまうこともよくあるのだ。
ただ何度かサンジの元を訪れたことのある男だが一人でここに来たことはない。
何故だか取り返しのつかないような嫌な予感がした。

「テメェ・・・・ゾロに何をした・・・。」

風向きがかわりサンジの元へ最近嗅ぎ慣れた甘い匂いが漂ってくる。
冷たくなっていくサンジの指先にじっとりと嫌な汗が流れる。
さっきロビンから教わってきたのだ。
翼のある種族と違って弱肉強食の獣の世界では種の保存以外での交わりも可能だと。
男はサンジの姿をみつめてニヤリと笑った。

「ああ、なかなか美味かったぜ。」

男の言葉にサンジは一気に空へと飛び上がった。
湖を一気に飛び越え忙しなく翼をはためかせ家路を急ぐ。
バラバラと落ちていく木の実が湖に沈んでいったがそんなことはどうでもよかった。
サンジは目の前が真っ赤になるほどの怒りと、ゾロの傍を離れたことを後悔した。

「ちくしょう!!!」

あいつ等の持つ、牙が、鋭い爪がうらやましいとこれほど思ったことはなかった。
もしこの手にあったならば今すぐにでもあの男を引き裂いてやれたのに。
悲しいかな猛禽類といわれようとも翼持つ種族の自分が彼らには敵わないことは良く知っている。
せめてロビンほどゾロと近しければ苦しいほどの焦燥も感じることはなかっただろうとサンジは己の持つ翼を恨めしく思った。

「ゾロ!!」

バタンと派手な音をたてた扉を無視して部屋に飛び込んだ。
きっと無理やり行為を強いられたのだろうとサンジは悲痛な思いでゾロの名を呼ぶ。

「ゾロ!!」

抵抗に砕け散った椅子の破片や、荒らされた室内を想像していただけに、多少の乱れはあるもののいつもと変わらぬ部屋の様子にサンジは首を傾げた。
もしかしたら男が慌てたサンジをからかってそう口にしただけかもしれない。
ほんの微かな希望に縋ってサンジは自らに言い聞かせる。
幼いとは言え、ゾロは強い獣だったから。

「ゾ・・・・・。」

奥の部屋の扉を開け、名前を呼ぼうとしたサンジの声が途切れた。
ひゅううと空気の漏れる不恰好な音がしたと思った瞬間には壁にサンジの翼は縫いつけられていたのだ。



その鋭い爪で・・・。



間近で燐光を放つ瞳に名を呼びかけようとして声が出ないことに気付いた。
ひゅうひゅうと空気の漏れる音はサンジの喉から出て、そこからは暖かな液体が止まることなく流れ落ちていく。
サンジは唯一自由の聞くその瞳で間近に立つゾロをみつめた。
目の前の綺麗な獣は裸で、その優美な姿を隠そうともしていない。
甘く薫るゾロの匂いは朝より濃厚で、別のオスの匂いをその身体に纏っている。
サンジが感じている以上に艶を増した肢体がすぐ傍に佇む。
壁と翼を繋ぎとめる長い爪が、ギリギリと音をたててサンジの肌を抉っても傷みを感じない己が不思議だった。

「なんで・・・・。」

翡翠の瞳が間近から燃えるような眼差しでサンジを見つめてくる。
泣きそうな暗い瞳にサンジの胸は締め付けられるようだった。

「なんで、俺を拾った?」

ゾロの声は何かに耐えているように苦しそうだった。
熱い吐息にサンジは始めて触れてみたいと思った。

「なんで・・俺を拾ったんだサンジ。」

ピクリとも動かない右の翼にゾロの爪が食い込んでくる。
怒りと絶望を宿した瞳にサンジは違うと言ってやりたかった。

「いらないなら捨てればいい!なのに、何で、あんな!!」

翡翠の瞳から耐え切れなかったように一筋の涙が零れる。

「サンジ、サンジ・・・好き・・好きなのになんで・・。」

止まることなく流れる涙を拭ってやりたくて、必死に伸ばした左手がそっとゾロの頬に触れた。
視界の中で微かに震える力ない自分の翼。
ごめんな、ゾロ。
気付かなくてごめんな。
1人にさせてごめん・・・嫌な思いをさせてごめんな。

「サンジ・・?」

あんな奴、引き裂いてやりたいと思ったのは本当なんだ。
いまだってゾロを泣かしている自分を消してしまいたいぐらいに大切なんだ。

「サンジ、なんで笑ってるんだ?」

血に塗れ声さえ出ないサンジにはゾロに想いを伝えるすべはない。
徐々に冷たくなっていく己の手足に逆らえず、サンジは微笑を浮かべたままゆっくりと目を閉じる。

「サンジ?」

パサリと乾いた音をたて、ゾロに触れていた金の翼が落ちていく。
口元には優しい微笑みを湛えたままで。

「・・・・サンジ?」

愛してるよ・・・・ゾロ。

「ああぁあああぁぁぁ・・・!!」

ゾロの腕の中、血塗れの金の鳥は幸せそうに微笑んでいた。












・・・・・・・・そして、また旅は始まる。



To be continued.






第二章 『捕食するものされる者』  END





SStop
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時逆シリーズ第二章になります。
『え?続いてないよ?』・・・そう思われた方もいらっしゃると思いますがこれで内容はあってるんです(笑
単体としてももちろん読めます・・と、いうかそういう風に書いてます(^^;
完結後、全編通して読んでもらうとまた感じが違うと思います。
その時は迷惑な長さのお話でしょうけど(遠い目
では、また来月の第三章にて♪

(2005/09/11)