## 誤解と曲解の真実 ##
「あ・・・・?」
その瞬間、視線が絡み合い、3人の中ですべての時間が止まったようだった。
「・・・・こぉのぉ・・・・離れろ、変態マユゲぇぇ!!!」
ドゴォンと派手な音を立ててキッチンの隅まで吹っ飛ばされ、サンジは特徴的な眉をヘニャリと下げてゴロリとそのまま床に転がった。
「誤解だあ・・・ナミさん。」
風呂に入りさっぱりとした面持ちでキッチンへと戻ってきたゾロを恨めしげに見て、サンジは目の前でこちらを見ているナミに笑顔を向けた。
「だから、誤解なんですって。な、クソ剣士。」
焦るような慌てたようなサンジに同意を求められ、タオルでガシガシと短い髪を拭いていたゾロが手を休めかすかに笑う。
「ああ、まあ、そいつの言うとおりだ、ナミ。」
「・・・・本当に?」
「クソコックが説明したんだろ?」
ゾロの言葉に疑わしとばかりにナミの問い掛けが帰ってくる。
それにニッと口の端をあげて笑うとゾロは風呂上りの一杯とばかりに酒を取りにと棚に向かう。
「あ、それはダメだ。その横の赤いラベルにしろ。・・・ん、そう、それだ。」
棚から適当に酒瓶を抜き出しかけたゾロにサンジの声が掛かる。
それに素直に従って言われた瓶を取り出したゾロがグラスを手に戻ってくるのをナミは釈然としない思いで眺めていた。
ゾロの手にしたグラスがサンジに差し出され、無言でその中味を注がれるのを見てナミはかすかに溜息をつく。
「ね、サンジくん。」
「んナミさ〜ん、何?」
パッと喜色満面の笑みを向けてきたサンジにナミはニッコリと可愛らしく笑いかけた。
「アタシも喉渇いちゃった。」
「あ・・じゃあ、紅茶でも・・。」
「ううん。アタシもお酒がいい。」
グラスを慌ててテーブルに置き食器棚に向かったサンジの背にナミは声を掛ける。
そしてチラリとゾロの様子を窺いつつ、ナミは口を開いた。
「アタシのお酒持ってきて。」
「え・・・?」
振り返ったサンジに有無を言わさぬ口調で笑みを向ける。
「まだ、ロビンは起きてるわ。彼女に聞いて貰ってきて頂戴、お願いね。」
「あ・・・・はい。」
ナミの言葉に一瞬躊躇い、それでもサンジは笑顔で頷くとキッチンを出て行く。
その姿を笑みと苦笑でそれぞれ見送って、残された二人の間には妙な沈黙が訪れた。
キシリと小さな軋みを立ててナミの斜め前の壁に寄りかかったゾロがゆっくりと酒瓶を煽る。
「それで、本当のところはどうなのよ。」
いつもより少しだけ夜更かしして、なんとなく月に誘われて甲板に上がってきてみればマストの上に居るはずの見張り番の姿がなかった。
一瞬、眠ってしまっているのかとナミは思ったのだが、今夜の不寝番はゾロ。
それはありえないと即座に自分の考えを否定する。
ルフィならまだしもゾロが自分の役割の中で本当に眠ってしまうことなどありえない。
そして明々と灯っているキッチンの小窓を眺めて、もしかしたらそっちに居るのかも知れないと思いながら足を向けたのだ。
別にゾロに用があったわけでも、サンジに用があったわけでもない。
なんとなく、そう、なんとなく、もし居たら3人で一緒にお茶でも飲みたいと思っただけだったのだ。
「クソコックが説明したんだろうが。」
唇の端をあげて悪戯っぽく笑うゾロを悔しいけれど格好いいと思ってしまいナミは眉を顰めた。
「納得いかないから聞いてんでしょうが。」
ちょっと子供っぽい口調で不貞腐れたような声になったナミにゾロは楽しげに笑う。
「見たまんまだな・・・そうとしか答えられねえ。」
「見たまま・・・・。」
ナミがキッチンに近付いた時、扉の中から諍いのようなかすかな声が聞こえた。
また懲りずに喧嘩をしているのかと呆れる思いでナミはノックもせずに扉を開いたのだ。
そして予想もしていなかった光景にナミは固まり、見られた2人も動きを止めて固まった。
どう見てもサンジがゾロを床に押し倒していた。
しかもゾロの両手は頭上でサンジの左手で拘束されて、残りの右手はゾロのシャツを脱がそうとしているようにしか見えなかった。
吐き出される2人の息は荒く、脱がされかかっていたゾロのシャツから覗く素肌と、圧し掛かるサンジのあきらかに乱れた息遣いにナミは無意識にその拳を振り上げていたのだ。
「つまり、サンジくんがアンタに襲いかかったってこと?」
「あー、まあ、結果的にはそうなるんじゃねえか?」
襲われかかった被害者にしてはのほほんと答えるゾロにナミは首を傾げる。
「結果的にはってどういうこと?」
「さあ?我慢できなかったんじゃねえ?」
クククとやはり楽しそうなゾロの様子にナミは一つの結論に行き着いてグッタリと肩を落とした。
まさかと思うが、ゾロ自身がサンジを煽ったということなのだろうか。
「いつから好きなのよ。」
「かなり前だな・・・詳しくは覚えてねえ。」
まさかと思った言葉もあっさりと肯定されてナミは深い溜息を漏らした。
そんなナミにチラリと視線を寄越して酒を煽る姿はなんだか妙に艶っぽい。
もともとゾロは色気のある男なのだ。
そのゾロが意識して煽ったとなると本当の意味の被害者はサンジのほうかもしれない。
「アイツもかなり葛藤してるみたいだぜ、今夜は、まあ・・・・ちょっと我慢が出来なかったみたいだけどな。」
今夜だけではないのだろう、ゾロとサンジがこうして2人きりの時間を共有しているのは。
クスクスと笑うその顔に加害者なのに被害者のサンジの心情を思ってナミは深々と溜息をついた。
そんなナミにゾロが楽しそうに笑いながら釘を差してくる。
「あれは俺が貰う。邪魔すんなよナミ。」
一瞬、翡翠の瞳をよぎった冷たい光にナミはゾクリと背を震わせた。
邪魔なんてしないわよと声に出して反論しかけたところで、階段を登る気配に口を閉ざす。
規則正しい靴音がして二人の見つめる前で扉がゆっくりと音を立てて開いた。
「な・・?何?」
扉を開けるなり2人の注目を浴びて驚いたように目を丸くしたサンジが佇む。
そしてゾロとナミの顔を見比べると困ったような笑みを浮かべたまま手にしていた瓶をナミに向かって差し出してみせた。
「ナミさん、これであってる?」
サンジが差し出した瓶は確かに最近ナミが好んで口にしているワイン。
カタンと小さな音を立ててナミはサンジの元へと向かいそれを受け取ってニッコリと笑いかける。
「ごめんサンジくん、せっかく持ってきてくれたんだけどこれじゃないの。」
「・・・・え?」
分かりやすい場所にあるこのワインを受け取って帰ってくるには時間がかかりすぎている。
ロビンが気を利かせて時間を稼いでくれたのか、逆にサンジがほとぼりを冷ます為に時間を空けて戻ってきたのかは分からないがこれ以上この場に居ても仕方ないだろうとナミは思う。
「有難う、サンジくん。部屋に帰るわね。」
笑顔で礼を言いつつサンジと入れ替わるようにして扉を押し開ける。
そのナミを不思議そうに見ているサンジと不敵な笑みで見送るゾロ。
対照的な様子にナミは心の中でサンジに少しだけ同情する。
「誤解して、殴ってごめんね、サンジくん。」
誤解ではないと分かってはいるが、誤解だと納得したと教えてあげなければなんだかサンジがかわいそうな気がしてナミは謝罪の言葉を口にする。
「いえ、そんな、分かってもらえたら。」
「本当にごめんね、サンジくん。・・で、頑張って。」
ナミの最後の言葉に今度こそサンジの目がキョトンと見開かれる。
「は?頑張って・・って何??」
案外、計算高いゾロにサンジは翻弄されているのだろうとナミはサンジに心の中でエールを送る。
「おやすみなさい、ゾロ、サンジくん。」
「え?、ちょっと、ナミさん?」
「おう、おやすみ。」
ニッコリと笑顔で消えたナミに背後から追うように2人の声が掛かってくる。
後ろ手に扉を閉め、静かな甲板をしばらく見つめてナミはゆっくりと階段を下っていったのだった。
ナミが笑顔で消え、困惑の表情で固まったサンジを眺めてゾロは小さく背を伸ばした。
ナミに見られたショックから抜け出せないでいるサンジに肩を竦め、このまま此処にいても仕方ないだろうと、手にした酒瓶に酒が残っているのを確認し、その酒瓶を持ってゾロは扉に向かって歩き出した。
「見張りに戻る。」
目の前を横切る形になったゾロはそう告げてそのまま前を通り過ぎようとする。
チラリと寄越してきたゾロの視線にサンジがハッとしたようにしてその腕を掴んだ。
「ちょっと、待てクソ剣士。」
ゾロの歩みを止めるのには成功したがそれ以上言葉が続かず、サンジは懐から取り出した煙草をゆっくりと口に咥える。
「テメェ・・・ナミさんに何か余計なこと。」
「余計ねえ・・・、俺は何も言ってねぇぞ。」
咥えるだけで火を灯されない煙草がサンジの心情を表しているのか上下に忙しなく動く。
そんな落ち着きのない仕草にゾロは苦笑を浮かべた。
「どうでもいいが、俺は怒ってもいいんじゃねえのか。」
「なにを?」
「・・・・テメェに襲われそうになったこと。」
あきらかにからかっていると分かる口調のゾロにサンジはぐったりと肩を落として、ゾロを引き止めていた腕を離す。
怒ってもいいだろうと聞いてくるわりには怒っている様子のないゾロにサンジは溜息を零した。
「怒ってねぇじゃねえか。」
「クク・・・まあな。」
面白そうにこちらを見ている翡翠の輝きにサンジは眉を寄せる。
「なら、ゾロ・・・。」
「嫌だ。」
そんな様子に諍いの原因となった言葉をサンジが繰り返しかけて、間髪入れずにゾロから拒絶の言葉が返ってくる。
「な、テメェ怒ってねえって言ったじゃねえか。」
一瞬の躊躇も無くキッパリとした拒絶の言葉にサンジがムッとしたように煙草を握り潰す。
そんなサンジを見つめてゾロは一歩距離をとってサンジと向き合った。
「怒ってはねぇが、だからと言ってそれは別もんだ。まさかテメェもこのまま有耶無耶にしちまえるとは思ってもねえだろう?」
「・・・・・・。」
「俺はテメェの女になる気はねぇと言ったはずだ。」
ゾロの言葉にサンジが押し黙る。
そんなサンジの様子に苦笑してゾロの手がその髪を優しく撫でた。
「俺はテメェを誰にやるつもりも、俺をテメェ以外にやるつもりもねえ。」
間近で翡翠と蒼い瞳が深く絡み合う。
「それだけじゃ、ダメなのか?」
ふわりと掠める吐息にサンジは目を閉じ触れて離れたゾロの唇を目で追う。
優しい仕草に時折混じる色香は壮絶で、なんて酷い男だと思いつつサンジは手を握りこむ。
なんど好きだと伝えればゾロが手に入るのか分からない。
ゾロも好きだと応えてくれたがそれがどれほど自分と同じなのかが分からない。
笑みを湛えた甘さの残る唇に、ドクドクとサンジの身体を流れる血流は早まるばかりで、今すぐにでもその唇を貪りたい欲求を強固な意志の力で強引に捩じ伏せる。
二度目はさすがにゾロも笑って許してはくれないだろうと意識の片隅で考える。
「・・・・分かった。」
静かなサンジの声にゾロが柔らかな笑みを向けてくる。
そんな笑みさえサンジの中の劣情を煽っているとはきっとゾロは気付いていないのだろうとサンジは思う。
「好きだ、ゾロ。」
「ああ・・。」
真剣なサンジの眼差しにゾロが楽しそうに答える。
その顔を見つめながらサンジは覚悟を決めてはっきりと口を開いた。
「クソ愛してる。だから俺に抱かれてくださいクソ剣士。」
欲しいから欲しいと我儘な子供のように主張したサンジの言葉にゾロの目が丸く見開かれた。
それに対するゾロの答えは?
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ええっと・・・微妙な終わり方ですみません(汗
なんとなく片想いっぽい感じの話を書こうかなーと思いながら書き始めたんですが、気が付いたらどうもギャグぽっくなってしまいました(笑
続きは?って言われそうな感じですね(^^;
(2006/02/19)