◆ first love ◆








「でよ・・・だからさ、・・・・な?。」

クククと顔を突き合わせるようにして低い声で笑いあう。

「おう、そうだよな・・・。」
「サンジ、すっげぇ。」
「ふっ・・当たり前だっての。」

狭い男部屋の隅でサンジ、ルフィ、ウソップの三人が顔を見合わせニヤリと笑う。
彼らが話しているのは俗に言う猥談。
どこからそういう会話になったのか覚えていないがワザとらしく声を顰められて続けられる会話にゾロは眉を顰めて溜息をついた。

「なーに、一人だけ関係ありませんって顔してんだよ、クソ剣士。」

ニヤニヤといつも以上にだらしなく崩れた顔にゾロは眉を顰める。
煙草に火をつけるでもなく咥えて話すサンジは年少組み2人の視線を集めてご満悦だ。
この場にチョッパーが居なくて良かったとゾロはしみじみ思う。

「なあなあ、ゾロはもちろん経験済みだよなあ。」

キラキラと好奇心に満ちた眼差しにゾロはチラリと視線を上げるだけで答える。
そんなゾロの様子にサンジが唇を歪める。

「当たり前だよなあ、もう19なんだぜ?ありえねえって。」

クククっと笑って同意を求めてきたサンジにゾロは軽く肩を竦める。
どうやら話題は初体験らしく同意を求められても困るとゾロはあくまで傍観を貫く。

「ルフィだってこの前済ませたんだし、次は長っ鼻か?」

ニヤニヤと笑っているサンジにウソップが顔を赤くする。

「ルフィは済ませたって・・・。」

流して聞いていたからその内容まで把握していなかったゾロは首を傾げた。

「ああ、この前の島でちょっとな。」
「おお、サンジに連れてってもらったぞ。」

あっけらかんとまるで食事にでも行ったというような手軽さでルフィが答えてくる。
そんな2人をどこか羨ましそうに見てウソップが小さく溜息をついた。

「上手くできるかどうか自信ねえ・・。」

確かにその心配はどうしても付き纏うだろうとゾロは元気をなくしたウソップに同情の目を向ける。
そんなウソップの肩を叩いてルフィがにこやかに笑う。

「大丈夫だって、サンジに教えて貰って俺だって出来たぞ。」
「・・・そうかな?」
「ああ、任せとけって。テメェの面倒もきっちり見てやるからよ。」

頼りがいのある笑みを向けたサンジにウソップの緊張が解けていったのがわかった。

「それでも心配ならゾロにも聞いておけよ。あっちも一応人生の先輩だ。」
「・・そうだな。」

チラリとこちらを見たサンジとウソップの期待に満ちた眼差しにゾロは軽く溜息を漏らす。

「そういうことならコックに聞け。」

疲れたような呆れたようなゾロの声にウソップの視線が不安げに揺れる。
それにガシガシと頭を掻いてゾロは続けた。

「コックの方が経験豊富だろうからな。俺は役にたたねえ。」
「あー、そりゃあ、ラブコックには勝てねえって。」

ニヤリと笑ったサンジにゾロは肩を竦めてみせてゆっくりと立ち上がる。
そろそろチョッパーとの交替の時間だ。

「見張り替わってくる。が、あんまりチョッパーには聞かせんなよ?」

帯刀し苦笑混じりに言ってゾロは3人に背を向ける。

「お、そんじゃ、これでお開きだな。」
「おお、サンジ、また聞かせてくれよな。」
「ああ、またな。」

ルフィの声にサンジの声が陽気に答えている。
それを聞きながらゾロは見張り台でまっているチョッパーの元へと足を向けたのだった。














チョッパーと交替し、のんびりと星を見上げる。
穏やかな波と静かな夜。
ここが海賊船だということを忘れそうなぐらい平穏な空気が漂う。

「よう、起きてっか?クソ剣士。」
「・・・・起きてる。」

声に続いて見張り台の縁から金色の頭とバスケットを持った手が現れる。

「ほら、夜食。」

受け取れとばかりに差し出されたそれを無言で受け取ってゾロは先ほどと同じ位置に腰を降ろす。

「・・・よっと。」

いつもならそのまま姿を消すはずのサンジが小さな掛け声と共にヒラリと縁を飛び越えてくる。
軽い靴音を立てて見張り台の中に入ってきたサンジにチラリと視線を向けてゾロはバスケットの中から酒瓶とホットサンドを取り出した。
煙草を咥えたままこちらを眺めているサンジを無視してガブリと一口それに齧りつく。
熱々のフィッシュフライとトロリと溶けたチーズの旨みに思わず顔が綻ぶ。
そんなゾロの様子にサンジの口元が笑みを刻んだ。

「なあ・・・テメェの初体験はどうだった?」

どうでもいいような素振りで問い掛けられた言葉にゾロはやはりと溜息をつく。
先ほどの会話に距離を置いて加わらなかったのがサンジには気に入らなかったのだろうと分かってはいたのだ。
ゾロは無言でまた一つパンに齧り付くと酒で喉を潤した。
サンジはそれ以上問い掛けることもせずに火を灯した煙草を咥えて縁から海を眺めている。
時折吹く突風のような風に旗が翻る音が2人の間を満たす沈黙を遮っていくだけだった。

「美味かった。ご馳走さま。」
「・・んっ。」

バスケットをサンジのほうに押しやってゾロは酒瓶に蓋をし、そのままフウッと息を吐き出した。

「俺の初体験に興味があるのか?」

ゾロの問い掛けにサンジが苦笑を浮かべた。

「あー、まあな。興味がないってのは、嘘だな。」

煙草の煙を星に向かって吐き出した横顔にゾロはもう一度溜息を吐き出した。

「未経験だ。」

静かな、けれどキッパリと告げられた言葉にサンジの顔がゆっくりとゾロへと向けられる。
驚いたように見開かれた蒼い瞳にゾロはかすかに笑みを向けると繰り返す。

「男も女も知らねえよ。」
「・・・・・・マジ・・・?」

ゴクリと喉を鳴らしてマジマジと見つめてくるサンジにゾロは肩を竦めた。
古いといわれようとも結婚するまでは同衾しないという風習のある村で育ったゾロにとってはこれが当たり前の事なのだ。
もちろん外に出て、性に関して様々な考え方や貞操観念があることも理解した。
だからサンジのように一時の関係を女性と築くのを悪いとも思わない。
ただ、自分には真似のできない事ではあるが。

「・・って・・・テメェ、男もって、普通それは知らねえのが当たり前だ。」
「そうなのか?」
「ああ、そうだ。・・・はあ・・・。」

困ったようにぐったりと頭を垂れたサンジにゾロは苦笑する。

「だったら、言えよな。」

サンジとでは貞操観念が違いすぎるのだ、ゾロは未経験であることを恥ずかしいとは思わないが吹聴して回ることもないだろうと思って黙っていたのだ。

「別に言ってまわるもんじゃねぇだろうが。」
「ああ、そりゃそうなんだが。」

短くなった煙草を消して新しい煙草に火をつけているサンジをぼんやりと眺める。
月光を反射して輝く金の髪、晴れた海を思わせる蒼い瞳。
優しくて強い男だ、恋の相手もきっと苦労することなく見つけてきたのだろうとその顔を見つめて思う。

「なあ・・・・一つ聞いていいか?」

去る気配もなく重ねて問い掛けてくるサンジにゾロはかすかに眉を上げることで答える。

「機会がなかったのか、それとも別に理由があったからなのか。」

不可解な問い掛けに首を傾げながらゾロはそれでも素直に口を開いた。

「機会はあったが、断った。別の理由ってのは?」
「ああ・・・誰かに操立てしてる・・とか?」

言いにくそうに聞いてくるサンジにゾロは呆れたように笑った。
事実操立てなどという言葉がサンジの口から出てくるとは思わなかったのだ。

「俺の育った村では結婚するまで女は生娘、男も童貞が当たり前なんだ。」

やはりというか驚いて目を丸くしたサンジに笑ってゾロは続ける。

「その代わりと言っちゃあなんだが、結婚するのも早えェんだ。男なら15、女なら17になったら結婚できる。」
「・・・なんで、レディは17歳までダメなんだ?」
「女は子を産むだろう?あんまり幼いと身体が出来てないからな。」

ゾロの説明にサンジの眉が寄る。
女性の年齢制限が子供を産むための道具のように聞こえたのだろうとゾロは心の中で苦笑する。
だが、事実結婚して夜の営みを持ってしまった男女に子が出来るのは自然の摂理だ。
ならば母子共に健康であることを前提に制限してしまった方がいいと考えるのはゾロがそういう村でそれを当たり前として育ってきたからだ。

「誤解されやすいが、結婚するのは当人の意思次第だ。結婚したくなったらその歳を越えてれば結婚できるってだけだ。」
「そうか、それならいいな。」

ゾロの言葉にホッとしたように笑ったサンジにやはり誤解していたかと笑う。

「まあ、それを守ってる奴ばっかりじゃねえけどな。」
「・・まあ・・それはなぁ。」

15の男ならまだしも19の男ならそれなりに性欲も盛んだ。
村から出て行くこともなんら問題もない。
村の外で何をしていようが誰にもばれないし、事実そういった場所に出入りしている大人達をゾロも見たことがある。

「ただ、俺の場合はそんな余裕がなかったからな。」

刀を手に旅立ってからは生きるか死ぬかでそんな余裕はなかった。

「誘われたとしても、経験のない俺にとってそれは危険と隣りあわせの行為でしかないからな。」

普通に眠るのでさえ、安全かどうかの見極めが難しかったのだ。
それを裸で抱き合って知らない他人と眠るなど恐怖にも等しい。

「それで童貞のままなのか・・。」
「まあ、それもある。」

馬鹿にするかと思ったがゾロの説明に素直に納得した様子にクスリと一つ笑う。

「コイツにだったら殺されてもいいって思えるような出会いはなかったからな。」

殺されるぐらいなら殺してやるとは思っても・・とゾロは心の中で付け加えた。

「はあっ、なんか壮絶だな。」

フウッと煙を吐き出して溜息混じりにサンジが笑う。
そして煙草の火を消すと何を思ったのかゾロの正面にストンと腰を降ろした。
狭い見張り代の中で互いの足を交差させるように向かい合って座る。

「なあ、今も・・か?」

端的なサンジの問い掛けにゾロは眉を寄せ首を傾げた。

「なにがだ?」
「・・・だから・・・。」

ジッとゾロの顔を見つめてサンジは口を開く。

「だから・・・、今でもその出会いはないのかって聞いてんだよ。」

サンジの言葉にゾロはゆっくりと首を傾げた。
何度か瞬きを繰り返して首を縦に振る。

「・・・ルフィもか?」
「はあ?・・・なんでルフィだ?」
「ルフィにだったら殺されてもいいって思わねえのか?」

真面目なサンジの顔にゾロは呆れたように笑った。

「悪りぃが俺はアイツにだって殺されてやるつもりはねえよ。」

クククと笑ってゾロは蒼い瞳に視線を合わせた。

「もちろん、テメェにだって殺されてやるつもりはねえ。」

目の前でゾロを見つめている男にニヤリと唇を上げて笑ってみせる。

「俺は生きて大剣豪になるからな。」

きっぱりと言い切って、サンジから天空にかかる月へと視線を向けて穏やかに笑う。
息を詰めてゾロの言葉を聞いていたサンジがはあぁーっと大きく息を吐き出した。

「あー、参った。」

クククっと肩を震わせて同じように空へと視線を向けたサンジの口元が綻ぶ。

「これ以上俺をアンタに惚れさせてどうすんだよ。」

静かな声は違和感なくゾロの元へ届いてその心に沁みこんだ。

「それは初耳だな。」
「そりゃそうだろうな。今初めて言ったからな。」

どこか楽しげなサンジの声が夜の外気を震わせる。

「俺がこの船に乗ったのはアンタが居たからだぜ?海賊狩りのゾロ。」
「・・・・・・・。」

柔らかなサンジの声がゾロの名を呼ぶ。

「もちろんオールブルーは俺の夢だ。だけどさ、俺は望んじまったんだ。」

サンジの視線は月にあり、その視線を追ったゾロの目にも闇の中、光を放つ月にある。

「アンタのそばでアンタの生き様を見届けることを。」
「・・・・光栄だな。」

フッと笑う気配がして、サンジの視線が自分に注がれたのをゾロは気付いた。

「憧れ・・だったんだろうな、・・・始めは。」

溜息のような独白が静かな夜の中続いていく。

「そのうち、一緒に居るうちに、それがドンドン変化しちまった。信じられるか?かわいい女の子が大好きな俺が本気でテメェに参っちまったんだぜ?」

クククっとやはり楽しげに笑ったサンジにゾロはゆっくりと顔を向けた。

「本気でロロノア・ゾロ、アンタに惚れた。」

静かな声と澄んだ蒼い瞳。
その澄んだ瞳に写る己の姿にゾロは何度か瞬きを繰り返す。

「・・・・何とか言えよ。」

何も言わないゾロに焦れたのか、ふっと視線が緩んでその眉が寄せられる。

「ああ、それじゃ、ありがとう。」
「なんだよ、張り合いのない奴だな。」

なんと答えても変な気がしてお礼を言ったゾロに、クククと楽しげにサンジが声を立てて笑った。

「なあ、ゾロ。」

ひとしきり楽しげに笑っていたサンジが声のトーンを落としてゾロの名を口にした。

「俺がテメェを抱くのはアリか?」

真剣な蒼い眼差しにゾロは言葉もなくその瞳を見返す。

「・・・・・。」
「テメェの初めての男になりてぇって言ったらどうする?」

サンジの問い掛けにゾロは目を丸くしてその顔を見つめる。

「・・笑えない冗談だな。」
「はは・・・そうだな。」

ゾロの答えに乾いた笑みを漏らしたサンジがまた視線を月へと戻す。
その静かな横顔を見つめてゾロは口を開いた。

「・・・本気か?・・・。」

ゾロの問い掛けに目の前の男の身体が強張るのを感じる。

「ああ・・・本気でテメェを抱きたい。」

しばらくして捻りだす様に口にされた言葉はどこか苦しげにゾロの耳に届いた。

「考えたこともなかったって面だなそりゃあ。」

掠れた苦しげな声に困惑しているゾロに微かに笑みを浮かべたサンジがゆっくりと顔を向ける。

「俺がテメェに惚れてるってのは嫌じゃねえんだろ?」

どこか確信を持って問い掛けられた言葉にゾロは困惑したままに答えを返せない。

「ゾロ、テメェを抱きてぇ・・。」
「・・・サンジ。」

真剣な、そして隠すことなく愛おしいとその眼差しがゾロを映して揺れる。
そのひたむきな様子にゾロははあっと溜息をついて苦笑を浮かべた。

「サンジ、俺はテメェが思うほどの男じゃねえぞ?」
「・・・・。」
「それに、テメェに殺されてやるつもりもねぇ。」
「俺がテメェを殺すわけねえ。」
「ああ、分かってる。」

ゾロの言葉にサンジがフワリと笑った。

「ゾロ・・。」

そうして口にされた己の名の響きにゾロは困ったようにその顔を見つめ返す。

「テメェを感じてえだけだ。」
「・・・・・。」
「無茶を言う気はねえよ。・・ただ、俺はそういった意味でアンタに惚れてるって知っておいて欲しいってだけだ。」

大切で愛おしいだけでなく、心の底から欲しいとゾロに訴えるその姿にゾロは小さくその名を口にする。

「サンジ・・・。」

フッと自嘲気味に笑ってゾロはサンジから視線を逸らして天へとその視線を向けた。

「サンジ、俺は怖いんだ。」
「・・・・・。」
「人と触れ合うことで、俺の中の何かが変わっていくんじゃねえかと。」

淡々と辺りに流れた、今まで誰にも言った事のない不安がゾロの中から零れ落ちる。

「そんなこと・・。」
「ああ、ただの取り越し苦労だろうって分かってる。たかが身体を合わせるだけだって事もな。」

月を見上げ、そう告白したゾロにサンジの気配が揺らぐ。
そしてきつくなった煙草の香りに顔を向ける間もなくその腕に抱き締められる。

「なら・・。それならゾロ。尚更、俺に任せてくれねえか?」

一瞬強張ったゾロの身体を解きほぐすようにその声は優しく、腕は温かさを伝えてくる。

「経験のないことが恐怖を生むというなら、俺が安全な中でアンタに快楽を教えてやるよ。」

ゆっくりと、だが、離さないとばかりに腕の力が強まったのを感じ、ゾロは唇を歪めた。

「・・フッ・・・諦めの悪いヤツだな、クソコック。」

笑いを含んだゾロの声にサンジの腕の力がますます強くなる。

「諦めが悪くて結構。それでテメェに触れる事が出来るならしつこいぐらい言ってやるよ。」

喉の奥で笑ったサンジに釣られるようにゾロも小さく声を立てて笑う。
やがてその腕の温かさにゾロはゆっくりと目を閉じて身体の力を抜いた。

「分かった。テメェに任せる。クソコック。」

溜息のような小さな言葉に身体を取り巻く腕が外されていく。
自分より体温の低いサンジの手のひらが愛おしげに頬を包んだのをゾロは感じていた。

「了解。ゾロ・・・。」

緊張感のある、けれど優しい声がして、フワリと温かなものが唇に触れる。
一瞬で離れていったそれに誘われるように目を開けると、蒼い瞳がゾロを映して微笑む。

「好きだ・・・・ゾロ。」

ふわりと笑った顔に笑い返せばゆっくりとその顔が近付いてくる。
先程とは違いしっとりと重ね合わさった唇にどこか楽しいと感じながらゾロは目の前の身体に己の腕をそっと回したのだった。






END++

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初めて物語です。
サンジの告白物語?(違
ゾロは返事を返してませんけど、そのことにサンジが気付くのはかなり後の事でしょうねぇ〜(笑
少しだけしっとりとした大人のお話です(たぶん



(2006/06/10)