キッチンの扉を開くなり、ナミは輝かんばかりの笑顔でゾロにこう告げた。
「捨ててきなさい。」
そしてパタンと扉が閉まる。
「ちょっと、待て、ナミ!」
「ガウゥウ!!」
ゾロの声と奇妙な唸り声が抗議するように扉に跳ね返る。
2秒ほどの間隔を開け、再度扉が開かれた。
「ゾロ、うちはもうペットは飼えないのよ。チョッパーがいるでしょう?」
ゾロとその足元に座っている大型の猫のような動物に視線を向けてナミは優しく微笑んだ。
チョッパーが聞いていたら泣きそうな台詞だなとゾロはおもわずしんみりとした気分を味わう。
その足をパタンと尻尾の先で叩いた獣が恨めしげな目を向けてくる。
それに深く溜息をついてゾロは仕方ないかとばかりにナミに向き直った。
「あー・・と、ナミ。すでにコイツはお前らのペットって言うか、下僕っていうか・・。」
「ガウウウゥ・・。」
ゾロの声に低く唸り声を上げたそれにヤレヤレと肩を竦める。
そして説明もすべてすっ飛ばしてゾロは結論だけを口にした。
「コレ、クソコックなんだ。」
コレ呼ばわりされたのがムカついたのか、尻尾の先でパシパシ足を叩きながら獣がナミに向かって甘えたような声で鳴く。
ナミは獣とゾロの顔を見比べてはあぁ〜と深く息を吐きだした。
「あんたがサンジくんのこと嫌いなのは知ってるけどね。サンジくんの代わりにソレを飼うことは出来ないわよ。」
ナミの言葉にゾロはやっぱりコックもペット扱いされてたんだなと妙なことに感心した。
しかし、このままでは本当に出航の時にコックを島において行きかねない。
いや、出航時間までに戻らないコックを探してこの無人島を大捜索しなければいけないだろう。
本人はココにいるので絶対に見つからないのだが・・・。
「いや、本当にコレ、コックなんだ。」
伸ばした手でグリグリと頭を撫でて、ホラとばかりにナミにその顔を向ける。
迷惑そうな顔の中、綺麗な青い瞳が猫科独特の動きをみせる。
よく見ればふわふわとした柔らかそうな体毛は黄色ではなくて金色に輝いている。
「あら・・・綺麗な子ね。」
ナミの目がキラリと物騒な輝きを放つ、それに身の危険を感じた獣は素早い動作でゾロの後ろに隠れた。
「ゾロ、特別に飼ってもいいわよ。次の港までならね。」
目がベリーになっているナミにゾロはまさかと思いながら背後に隠れた獣に目をやる。
「きっと高く売れるわよ。毛皮だけでもいくらになるかしら。」
うふふ・・と楽しそうなナミと、完全に脅えてしまったその様子にゾロは深く息を吐き出した。
このままでは本当に次の港でナミにペットとして売り払われてしまうか、毛皮を剥がれてしまうかされかねない。
いっそ無人島でもこのまま置いていった方がコックの為だよなとゾロは溜息をつく。
本人の意志を無視して置き去りにしようとそう決心したゾロだったが、チョッパーとロビンが仲良く帰って来たところでそれは無駄な配慮に終わった。
珍しい植物を見つけたとご機嫌なチョッパーは、その胡桃のような実をナミに見せ、そして隅に不貞腐れ蹲っていた獣にあっさりとサンジと呼びかけた。
「あー、やっぱりサンジ食べちゃったか。」
「あら、コックさん。食べちゃったのね。」
その言葉にゾロは小さく頷いた。
「ああ、なんか木の実みたいなの食ったらコイツこうなっちまったんだけど。」
「ふーん、猫みたいだね・・・大きいけど。」
チョッパーの言葉に顔を上げパタリパタリと長い尻尾が床を叩く。
その態度はやっと分かってもらえたかといわんばかりだ。
「なんだ、本当にサンジくんだったんだ、残念。」
がっかりとしたナミの様子にやっぱり冗談ではなかったのだとサンジは脅えた。
耳を寝かせ、警戒にピンと立ったその尻尾に苦笑してゾロの手が宥めるようにその体を撫でる。
その手の気持ちよさに無意識に喉を鳴らしてサンジはゾロに体をすり寄せた。
「チョッパー、コックを元に戻せるか?」
目を細めゴロゴロと喉を鳴らす様は本当に猫のようでゾロは請われるままに優しく撫でてやる。
「変化の実って言って効き目はそんなに強くないんだ。人間が食べたらどれぐらい変化してるかは、はっきりは分からないけど動物なら一時間ぐらいで元に戻るんだ。」
「一時間か、もうとっくに過ぎてるな。」
サンジと森に入り、しばらくいった場所で木になっているこの実を見つけた。
見た目が胡桃によく似ていたこともあって食べようと手を伸ばしたところをコックに遮られたのだ。
食えるかどうか自分が食べてからじゃないと食うなと言って。
そして、実を口にしたコックは今に至る。
「うーん、やっぱり動物と人間じゃ何か違うのかな?」
チョッパーはジッとサンジを見つめて首を傾げた。
「時間はかかるかもしれないけど、元に戻るから安心していいよ。」
チョッパーの言葉にとりあえずは安心とホッと息が漏れる。
「いいや、よくねぇ。」
いままで傍観していたルフィがサンジに近寄ってくる。
そして堂々と言い放った。
「このままじゃ飯が作れねぇ。サンジィー、腹減った、めしー。」
「ウガアア!!」
「いってぇーー。」
その頭にガブリと齧り付いたサンジと、懲りた様子もない船長にクスリとロビンが声を立てて笑う。
「今日は、私と航海士さんで用意するわ。いいかしら、コックさん?」
「本当かー、ナミ、ロビン。」
目をキラキラさせたルフィとは対照的に、ちょっと耳を伏せたサンジからは申し訳なさげな視線が送られる。
「いいわよ。」
ナミは脅かしたお詫びと言ってクスリと笑うと、ロビンと共にシンクに向かった。
夕食を食べ終え、量が、味がと、ひと悶着あったのだが、片付けの邪魔だとそうそうにキッチンから放り出されたサンジはゆっくりと甲板へと足を運んだ。
視線が低いと世界が違うのか、同じメリー号の中なのにまるで知らない船のように感じる。
風に乗ってきた匂いに船尾にゾロが居ることに気付くとそちらに向かって歩き出す。
珍しさから触ってきたがるルフィやウソップには会いたくなかった。
「よお、クソコック。」
気配を消して現れたサンジにゾロはあっさりと顔を向けて自らの傍に手招く。
両足を行儀も悪く投げ出し座り込んでいる傍に寄るとゆっくりとゾロの腕が伸びてきた。
「やっぱり、お前・・気持ちいい・・。」
さわさわと首元から背中を撫でられても、屈託無く笑うゾロにサンジも満更悪い気はしない。
普段、寄ると触ると喧嘩ばかりの関係だがこういうのもなんだか悪くないとサンジは思った。
コックと呼びかけるわりには認識はしていないのかゾロはまったくの自然体だ。
毛を撫でる手は優しく気持ちいい。
ゴロゴロと無意識に鳴った音に、片手だったゾロの腕が両手になり引き寄せられるままに抱き込まれた。
スリっと鼻先を首筋に擦り付ければ冷たいと声を上げてゾロは笑う。
「なあ・・・このままだといいなって言ったら怒るか?」
ペタリと腹を床につけて寝そべったサンジに伸し掛かるようにしてゾロが呟く。
先程サンジがしたように首筋に顔を埋めて、はむはむとフワフワの毛を噛んでいる。
サンジが尻尾を動かしてその背を叩けばゴロリと並んでゾロが寝転んだ。
ふっと翡翠の瞳が優しく微笑んでサンジを見つめてくる。
「そうだよな、元に戻りたいよな、やっぱり。」
サンジのその動きを抗議の声と取ったのかゾロはそういって納得したように呟いた。
そしてゆっくりと伸び上がってサンジの首筋にキスをする。
ふわふわの毛で唇の感触は分からなかったが、近付いてきた思いがけず綺麗な顔にサンジはドキリと胸が音を立てたのをどこか他人事のように聞いていた。
柔らかな毛触りが気持ちいいのかスリスリと頬を摺り寄せてくるゾロに押されるままに体を倒す。
急所である腹を晒すのは抵抗があったが、楽しそうなゾロを止めるのも躊躇われてそのままにする。
やがて一通り触って満足したのか腹の辺りの毛に顔を埋めるようにしてゾロが目を閉じた。
尻尾を動かして、スルリとその腕に絡めるとゾロが小さく声をだして笑う。
「くすぐってぇよ。」
ゆっくりと開いた翡翠の眼差しにサンジの胸はドキドキと高鳴った。
この姿になってからというもの、サンジが今まで見たことのない顔ばかり見せるゾロになす術もなく翻弄される。
獣の視線だからか、くつろいだ様子をみせるゾロが愛おしい。
眠りそうなゾロの顔を伸ばした尻尾の先でぱたぱた叩けばあどけない顔で笑う。
甘えるような仕草で擦り寄ってくる身体にサンジはかすかに喉を鳴らした。
「眠い・・・。」
もぞもぞとしばらく身体を動かしていたが、寝やすい位置を見つけたのか完全に睡眠モードに入ってしまったゾロの様子にサンジは苦笑する。
やはりゾロの中で普段のサンジと、この姿のサンジは別物として認識されているのだろうと安心しきった表情に目を細める。
無理に起こすのもかわいそうな気がして溜息をつくと悪戯していた尻尾をそっと引き戻そうと動かす。
その時、尻尾の先が耳元を掠め、ゾロの口から吐息と共に甘い声が小さく零れ落ちた。
ドキリと大きく波打った鼓動と、無意識に動かした尻尾に続けてゾロから甘い声が上がる。
「んっ・・・止せ。エロコック。」
キュっと尻尾の先を握られて目を向けると目元をほんのりと赤くしたゾロと視線があう。
眠りかけた眼差しは潤んで薄く幕を張りいつもの鋭さはない。
その眼差しに一気に身体を駆け上がった体温と、暴走しかけた熱にサンジは呆然とする。
「も、・・・寝ろ。」
スルっと指から尻尾が抜け落ち、腹にゾロの頭の重みがかかってくる。
どうやら完全に眠ってしまったようだとサンジはほっと安堵の息を漏らした。
そして熱くなった身体に困惑しつつも、獣だからと言い聞かせ、暖かなゾロの寝息を意識しないようにサンジは固く目を閉じたのだった。
身体を包む中途半端な暖かさにサンジが目を覚ますと、そこは昨夜のまま船尾のようだった。
結局、そのまま眠ってしまったらしく固い床の上で身体の節々が軋みを上げている。
視線を暖かさの元に向ければスーツの胸元に顔を寄せた格好でゾロが眠っていた。
サンジの両腕はゾロの身体を抱き寄せ、ぴったりとくっついたゾロの片足が器用にサンジの片足を絡め捕っている。
ぽっかりと開いた眼差しで薄暗い空を見上げながらサンジは深く息を吐き出した。
安心しきった表情で眠るゾロに、眠る前と同じ愛おしさを感じてしまう。
その感情を意識してしまうと、余計に胸元を掠める熱い息だとか、絡められた足の感覚だとか、腕の中の重みだとかをリアルに感じてしまう。
そして、記憶を辿り、昨夜聞いたゾロの甘い声だとか、熱に潤んだ瞳だとか思い出し下半身が熱を持ちかけてサンジは慌てた。
あれは気のせいだと、その記憶を振り払おうと身動ぎし、腕の中のゾロの目がパッチリと開いていることに気付いた。
「・・・ゾ、ゾロ?。」
焦ったようなサンジの呼びかけにゾロは昨夜見せたようなあどけない笑みを向けて来た。
「おはよう、サンジ。」
その可愛らしい笑顔に混乱しているサンジを置き去りに、ゾロはサンジの腕の中で動くと、胸元に頬をすり寄せ安心したように寝息を立て始める。
サンジはそんなゾロの動作に内心はパニック状態になりながらも、そっと起こさないように身体を剥し、キッチンから毛布を取ってきて掛けてやり、そして風呂場へと駆け込んだ。
「どーすんだよ・・コレ。」
一瞬にして駆け上がった体温に泣き笑いで下半身を見下ろし、サンジは乾いた笑いを浮かべ深く溜息をついた。
その出来事は、ほんの少しの変化をサンジにもたらしたが、それ以外は至って平穏な日々が続く。
獣の姿でなくなったサンジにゾロが寄ってくることもなく、あの時見たゾロの顔も幻だったのではと思えるほどにサンジに対するゾロの態度はそっけない。
相変わらず気に食わないヤツだと腹立たしい反面、あの時感じたゾロを愛おしいと思う心がサンジの中に残ったままで困惑する。
キッチンの椅子に座って芋の皮を剥きながら深く溜息をついたサンジにチョッパーが心配そうな声を掛けてくる。
それに曖昧に笑ってサンジは小さく呟いた。
「アレって・・残ってねぇよな?」
「あれって、変化の実?」
「あ・・・ああ。」
チョッパーはサンジの言葉に首を傾げて原因に思い当たったように口を開いた。
「ああ、ゾロだろ?サンジ?」
「な・・・。」
あの時の姿になればもう一度ゾロの傍に行けると考えたのがばれたのかとサンジは焦った。
サッと頬に朱を散らしたサンジを不思議そうに見つめてチョッパーは続ける。
「サンジ、ゾロならまだ発情したままだよ?」
「は?・・・発情?」
「うん。だって、サンジ誘われてるじゃない。」
きっぱりと言い切ったチョッパーの言葉にサンジが首を傾げる。
チョッパーの言っている意味が良くわからず、固まったサンジの真似をして首を傾げるとチョッパーは続けた。
「サンジがあの姿になった夜に、ゾロ発情してたじゃないか。まさか、サンジ、あれだけ誘われてて分かんなかったのか?」
「誘われてって・・。」
呆然としたサンジの様子にチョッパーは言い方が悪かったかと記憶を辿る。
「ええっと、人間だったら発情って言わないんだっけ?うーんっと、あ、そうだ。『えっちしよー』だっけ?」
「・・・チョッパー・・。」
その表現にがっくりと肩を落としたサンジを無視してチョッパーは続ける。
「見た目変わってない様に見えるけど、あれからゾロ発情したままだからサンジもつられて発情してんだよ。」
「・・・・。」
「ゾロの匂いがしょっちゅう『えっちしよー』ってサンジに言ってるし。」
「・・・・。」
「人間なら別にそのままでも出来るから変化しなくてもいいでしょ?」
「・・・・出来るって・・・何が?」
こわごわとしたサンジの言葉にきょとんとした目が向けられる。
「何って・・・セックス。」
うわあぁと奇声を上げてキッチンから逃げだしたサンジに首を傾げてチョッパーは手元の本に目を戻した。
「でも、ゾロって面白いよね。あの姿のサンジに発情しちゃうんだもの。」
チョッパーは誰もいなくなったキッチンでエエエ・・と楽しげに笑ったのだった。
END++
SStopへ
***************************************************************************************
ブラックチョッパー・・・(汗
書いてる途中で危ない方向へ何度も進んで慌てて修正しました(笑
このあと『えっちしよー』ゾロに、サンジがどう対応したかは皆さんのご想像にお任せします(笑
獣の恋歌