強欲な純情
凪に掴まったとナミは溜息混じりにそうクルーに告げた。
そよとも吹かない風に海流にそって船を動かす。
幸いにして冬島が近いのか、オールを漕いで暑さにへばることもなく、食料も補給したばかりと気持ちの上では切羽詰ったものはない。
「はい、どうぞナミさん。ロビンちゃんも・・・。」
コトリと音をたててナミの前に置かれたグラスから甘い果実の香りが広がる。
水滴のついたグラスに注がれた仄かに黄色味を帯びたグリーン。
「ありがとう、サンジくん。」
にっこりとナミは笑みを浮かべてサンジにお礼をいう。
トレーからグラスを直に受け取ったロビンもにっこりとサンジに笑みを向けた。
「ありがとうコックさん、いただくわ。」
「んー、美味しい。」
この海域に入ってからの二人は海図を見つつ航路の相談に余念がない。
ほんの少しの判断ミスがこれからの自分達の明暗を分けてしまうことを二人はよく知っているのだ。
「アイツ等にも休憩取るように言ってきてくれる?」
トレーに残りのグラスを乗せて出て行こうとしたサンジにナミが声をかける。
それに微かに笑みを見せて出て行った後ろ姿にナミとロビンは顔を見合わせてそっと溜息を零した。
凪に掴まり、一番参っているのはサンジだろうと二人は思っている。
他のクルーはナミを信じているのか、どこか緊迫感が欠ける節があり、それほど不安を感じてはいないようだった。
だが、海で暮らした日が長いサンジほど今の状態が決して楽観視ばかりしていられないことも知っている。
「かなり参ってるわよね。」
甘いけれどさっぱりとした口当たりのジュースを一口飲んでナミはチラリとロビンに目を向ける。
ナミの言葉にロビンも苦笑しつつ頷いた。
「ええ、本当に。」
凪に入って2日目。
たった2日だが終わりが分からない事にナミもロビンも表には出さないだけで多少は不安がある。
だが、それでもサンジほど深刻には捕らえてはいなかった。
この船の悪運はそう簡単に尽きたりはしない、そう信じているのだ。
「うーん、仕方ないわね。・・・・頼むか。」
「剣士さんね?」
ある意味、食を担当するサンジはウソップとは違うが船のムードメーカーなのだ。
暗い表情で食事を用意されては美味しいものもそのうち美味しく感じなくなってしまう。
「まあ、サンジくんを浮上させるのならゾロしかいないでしょ。」
クスクスとなにを思い出したのかナミは笑う。
当人は必死で隠しているつもりらしいが、サンジがゾロにメロメロなのは傍で見ていてモロ分かりなのだ。
一応の優先順位はナミやロビンの方が高いようだが、それとは別のところにゾロを置いている。
「剣士さん、嫌がらないかしら。」
面倒くさそうに眉を顰めるゾロの姿が安易に想像できてロビンもクスリと声を立てて笑う。
「ゾロ?そうねぇ、アイツ基本的に面倒なことって大っ嫌いだもんね。」
サンジの子供のようなラブアピールにキレて行動を起こしたのはゾロの方だとこれも周知の事実だ。
そんな関係改善のあった翌朝はさぞやバカップルだろうと思っていた二人の様子にナミは首を傾げた。
ぐったりと疲れきった顔をしたサンジと、いやにすっきりしたゾロの様子に予想が外れたのかと疑問に思いつつ訊ねた所、ゾロはあっさりとナミに『ああ、食った』と答えてきたのだ。
その直後、素晴らしいスピードでキッチンから飛び出してきたサンジとゾロとで口論、果ては殴り合いの喧嘩になり、ナミに拳で床に沈められるまで大騒ぎだったのだ。
「まあ、とりあえず話すだけならタダだもの。」
ジュースを飲み干すとにっこりと笑ったナミにロビンも楽しげに微笑を返したのだった。
ナミのはからいで早々にサンジと二人っきりにさせられて、ゾロはウンザリとした気分で離れた場所で煙草を咥えている男を見つめた。
隠しているようで実は感情の浮き沈みの激しい男なのだ。
このサンジという男は。
「いつまでそうしているつもりだ。」
ゾロが意図的にこの場に残っていることなどサンジにだって分かっているはずなのだ。
普段ならば夕食が終わった後のキッチンにゾロが残ることなどありえない。
ゾロをチラリと見ただけで近寄ろうとしないその様子にイライラと視線を向ける。
凪に掴まって沈んでいくサンジの様子はゾロも気付いていた。
ナミやロビンににこやかに接していたし、そのうち浮上するだろうと放置しておくつもりだったのだ。
サンジが沈み込んでいようとその料理の味が落ちるわけでもない。
そのあたりはコイツもプロだとゾロに無条件に認めさせている部分なのだ。
「クソコック。」
ソファーの背凭れに頬杖を付き、開いた片手でコイコイと手招く。
「行かねぇ・・。」
自分を慰める為にゾロがここに居るということを分かっているのかサンジは頑なに傍に近寄ることを拒む。
その姿にヤレヤレとゾロは苦笑した。
「・・・襲われてぇのか?サンジ。」
トントンと背凭れを指先で叩いてニヤリと口元を歪める。
ゾロの言葉にビクリと身体を震わせてサンジの蒼い目が向けられた。
「俺はいいんだぜ?無理矢理ヤっても。」
ニヤニヤと笑うゾロになにを感じたのかサンジが微かに後退する。
ゾロの事が気になって気になって、子供が好きな女の子に意地悪してしまうような稚拙なラブアピールを繰り返し、逆ギレしたゾロに押し倒されたのは記憶に新しい。
「ほら・・・、こっちに来い。」
差し出されたゾロの手とその顔と見比べてサンジは溜息をついた。
有言実行のゾロの事、あまりグズグズしていると本当に押し倒されかねない。
煙草を消し、それでも最後の抵抗とばかりに示されたソファーの端に腰を降ろす。
腰を降ろすと同時に伸びてきたゾロの腕に引き寄せられて一気に身体の距離が縮まった。
「ゾ・・。」
名前を呼びかけた唇をゾロに荒々しく塞がれる。
微かに開いた隙間から舌を差し込まれて戸惑う間もなく絡めとられ激しいキスになる。
ゾロの腰に腕を回し自らも距離を縮めながら官能的な口付けに酔う。
「はあぁ・・。」
甘く零れたゾロの吐息に目を細めて今度はサンジから深いキスを仕掛ける。
腹巻に隠れた意外に細い腰のラインを辿りシャツの隙間から手を滑り込ませた。
直に触れた肌は熱くなりかけていて、ゾロがそのつもりでサンジを誘ったことを物語る。
「やる気になったかよ、エロコック。」
それでも不敵に笑って口付けてくるゾロにサンジはかすかに眉を顰める。
情欲を宿して潤んだ瞳は色っぽくサンジを見つめているが、その過程が気に入らないといえば気に入らないのだ。
たとえ相手がレディではないゾロとはいえ、愛し合う以上はムードを大切にしたいサンジとしてはいかにもやりますといったこの空気にはやっぱり馴染めない。
「どうした?サンジ。」
おざなりなサンジの愛撫の手に怪訝な眼差しをみせてゾロがキスを仕掛けてくる。
稚拙ではない技巧を持ったゾロのキスをサンジは好きだし、サンジのキスに欲情していくゾロを見るのは堪らない。
しかし、やっぱりそんな気になれない日もあるのだ。
一応はゾロに応えながらもサンジはパタリと愛撫の手を止めた。
「やっぱり、やめる・・・そんな気になれねぇ。」
半分脱げかかったシャツと己を抱き寄せられたままの身体にゾロは呆れたように腕の持ち主を見遣る。
欲望に熱くなりかけた身体は自分のものだけとは思えない。
溜息を一つついてゾロはおもむろにサンジへと手を伸ばした。
「うわあ!!」
「・・・・勃ってるじゃねぇか。」
密着した身体は逃げ場もなくゾロの手に自身を掴まれてサンジは情けない声を上げる。
「うわ、よせってゾロ。」
ズボンの生地の上から微妙な力加減で刺激を与えられ、みるみる硬度と質量を増していくそれにゾロはクスリと笑った。
サンジは顔を赤くしたままゾロの悪戯な手を止めさせようと必死でその腕を掴んでいる。
「このまま押し倒されて乗っかられるのと、テメェも協力して気持ち良くなるのとどっちがいいか選ばせてやるよ。」
耳元で囁いて間近でゾロは笑ってみせる。
すり寄せられた身体に兆している欲望を感じ取ってサンジはますます顔を赤くする。
ラブコックといいながらも押し倒されて乗っかられてイかされたのだ・・・ゾロとの初体験は。
あまりに積極的なゾロの様子に男経験があるのかと後で詰め寄ったサンジに、ゾロはナイがあんなもんだろうとあっさりとのたまった。
しかも気持ち良かっただろう?と楽しげに笑われたのだ。
性に対してストイックどころか実は無頓着なんだと、サンジは己の中のゾロ像を訂正する羽目となった出来事だった。
「・・・・ゾロ。」
どちらとも決めかねている様子のサンジにゾロは苦笑する。
そしてそっとその頭を引き寄せて口付けた。
「本当にテメェは、可愛くて困る。」
愛おしげに間近で囁かれてサンジは苦笑する。
軽く触れて離れた唇を追いかけて塞ぐ前にサンジは小さく溜息を零す。
「アンタはエロくて艶っぽくって困るよ。」
サンジの呟きにゾロはちょっと目を瞠って笑うと、重なってきた唇にゆっくりとその目を閉じた。
ゾロの胸に抱き締められるように頭を乗せサンジは微かに溜息をつく。
一度火がついてしまえばサンジも男なのだ。
それこそゾロが過ぎる快感に泣いてしまうまで求めてしまう。
そして快感に喘いで涙を零す姿にまた感じてしまうのだから仕方ないといえば仕方ないのかもしれない。
髪を撫でていく優しい指の感触にサンジは深く息をつく。
ゾロの胸に頭を乗せ、その心音を聞くのは安心できるのだが、やはり何かが違うと思ってしまうのは仕方ない。
「クソコック、皆心配してんだからな。」
サラサラとしたサンジの髪の感触がお気に入りなのかゾロは情事後必ずこうやってサンジの髪を弄んでいる。
「分かってる・・・。」
早鐘のように打っていた互いの鼓動も今は規則正しく音を刻む。
本当はゾロをこの腕に抱き締めて眠りたいとサンジは思っているが、こうしてゾロに抱き締めてもらうことも嫌いじゃない。
「明日は浮上してろよ?」
ふわぁあと欠伸交じりの声がしてサンジを抱きこむ腕に力が入る。
サンジの上から毛布を引き寄せ、抱く角度を調整するとゾロはその額にキスを落とす。
「寝るぞ、おやすみ。」
「ああ、おやすみ。ゾロ・・。」
どうやら今夜はこのまま寝る羽目になるのかとサンジは苦笑して大人しく目を閉じる。
自分よりほんの少し高めの体温に抱き締められて、規則正しい鼓動を聞きながら眠ると不安も消えて落ち着くのは事実なのだ。
思い立ってその音の上に唇を落としきつく吸い上げ赤い痕をつける。
上半身裸で鍛錬を行うことが多いゾロに上半身には痕をつけないようにと言われているが。
「まあ、これぐらいは。」
目が覚めたら怒るかもしれないが、無理矢理その気にさせられた仕返しとしては可愛いものだろうとサンジは笑う。
とりあえず眠って目が覚めたら約束通りに浮上しておいてやろうと思いながらサンジはゆっくりと目を閉じた。
海図と本を照らし合わせながら相談しているナミとロビンの元へトレーを下げたサンジがやってくる。
「はい、ナミさん、ロビンちゃん。」
にこやかな顔でジュースの入ったグラスを差し出され、同じぐらいにこやかにナミとロビンもそれを受け取る。
昨日と同じようにトレーに男達へ出すグラスを乗せた後ろ姿にナミが声をかける。
「このままの速度で行ったら明日にはこの海域を抜けられそうよ。」
ナミの言葉に嬉しそうにサンジが笑う。
この海域を抜ければ風も捕まえやすくなる。
「分かりました、アイツ等にも教えてきます。」
軽やかに扉から出て行った姿にクスリとどちらからともなく笑みが漏れる。
そしてソファーに寝転んでいる剣士の方へと視線を向けた。
「さすがゾロね。サンジくん見事に復活してるじゃない。」
ナミの言葉に面倒くさそうな表情でチラリとだけ視線を寄越してくる。
「で、どんな魔法を使ったの?」
ナミの問い掛けに答えなど知っているだろうとばかりにゾロは面倒くさそうに口を開く。
「ああ、夕べいっぱ・・。」
「くぉあら!!クソ剣士!!」
バタンと激しい音がしてゾロの声をサンジの怒声が掻き消す。
ドカドカと足音荒く近寄ってきたサンジにうるさいとゾロは眉を顰める。
「テメェ、レディになに言ってんだ!」
「何って、本当のことだろうが。」
いきり立つサンジに呆れたようにゾロが答える。
「レディに向かって一発とか言うんじゃねぇって言ってんだ!!」
ガアーと怒鳴ってサンジはハッと口を手で塞ぐ。
ナミとロビンが楽しそうにこちらを見ていることに気付いたのだ。
そんなサンジをジッと見つめてゾロは小さく欠伸する。
そして、ゴソゴソと寝やすいようにソファーを移動しながら思い出したように口を開いた。
「ああ、違ったな。・・・3発だったか・・・。」
フワフワと欠伸をして一つ背伸びをするとゾロはそのまま眠ってしまう。
「あらあら・・、コックさん、顔真っ赤よ。」
「大丈夫よ、サンジくん。アタシ達、慣れたから。」
クスクス、ウフフと楽しげに笑われてサンジは真っ赤になって俯いてしまう。
ラブコックだ、エロコックだと言われながらも案外純情なコックさんにナミとロビンは顔を見合わせて楽しげに笑ったのだった。
END++
SStop
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積極的な受(ゾロ)と、消極的な攻(サンジ)を書いてみようとして、乙女なコックさんが出来上がってしまいました(汗
愛し合うにもムードから入らないと気がすまない乙女なサンジと、その気になったときがヤリ時とばかりに押し倒すゾロ。
今回は珍しくゾロがサンジに甘いですよね?・・・たぶん(^^;
こういうカップル設定好きです(笑
しかしこのお話、設定も内容も見事にないですね(汗
書きやすかったけど(笑
(2005/09/18)