* プロローグ *
ザザザアアっと派手な音を立てて船に打ち寄せる波の音を聞きながらサンジは手を庇にして陽光に輝く海に目を細めた。
「まぶしいねぇ、こいつは。」
真っ青な海と表現するに相応しい明るい色の海に子供のような声を出したサンジの横で同じように目を細めたゾロが相槌を打つ。
「ああ、本当に明るいな。」
目を細め柔らかな表情で笑ったゾロにサンジは嬉しそうに口に咥えていた煙草を上下に揺らした。
『そろそろラッキーラック号は港へと入ります。危険ですので甲板においでのお客様は至急船内へとお戻りください。』
「だってさ。」
「・・ああ・・。」
スピーカーから響いてきた声に笑って二人連れなって船内へと向かう。荒れ狂う海を幾度となく甲板で迎えてきたのだ。揺れといっても波が船体を叩くぐらい二人にはどうということもない。それでも大人しく船内に用意されている席へと腰を下ろし、港へと船が入っていくのを静かに待つ。
「次の島の名前はセイレーンって言ってたよな?」
船の中に用意されている観光パンフを捲りながらサンジは細長い布袋を引き寄せたゾロへと話しかける。それにかすかに頷いてゾロはゆったりと背凭れへと体重を乗せた。
「ああ、確かそう電々虫でロビンが言ってた島だな。そいつにもそう書いてあるんだろう?」
ちらりとサンジの繰るパンフレットへと目を向けたゾロにサンジはああと小さく言葉を返して頷く。
「とりあえず、そのロビンちゃんからの荷物ってやつを受け取る為に宿屋に行くからよ。ぜってぇ、はぐれんなよ?」
カサリと音をたててパンフレットを閉じたサンジにゾロか軽く肩を竦めた。
「・・・努力はしてみるがな。」
「ああ、是非そうしてくれ。」
ニヤリと片頬を上げて笑ったゾロにサンジは苦笑を浮かべる。
次に向かう島がどんな島かも分からないが、サンジはともかく名実共に世界一といっても言い男の名前が届いていないなどありえない。有名税と言ってしまえばそれまでだが、それが原因で招かれざるトラブルに巻き込まれる事も一度や二度ではない。もっともそのトラブルのすべての原因がゾロであったかと問われればゾロ自身も首を傾げるぐらい、サンジが原因で巻き込まれたトラブルというものも多いのだ。
「まあ、人のことより。テメェは女に気をつけるんだな。」
クククと楽しげにゾロに笑われてサンジはクルリと巻いた眉を顰めた。そして小さな窓から溢れる青い海に目を向ける。
ゾロが招くトラブルがその得た称号と剣ならば、サンジが招くトラブルの原因はほとんどの発端は行く先々での女性絡みから起こることが多い。それはサンジを絡めての女性問題でないことだけが唯一の救いだろうと言えた。
「あー、まあ、そこそこにな。」
ナンパは生涯の趣味と言い切ってしまってもいいサンジにとって行く先々での女性との触れあいは必要不可欠なものだ。サンジの答えにゾロは軽く笑って布に包まれている三本の刀を腕に抱く。そして、徐々に近付いてくる島の影に静かにその目を細めたのだった。
先の島を出る前日。
二人で泊まっていたホテルへ海の上の仲間から連絡が入ったのはひどく唐突な事だった。
『久しぶりね、サンジにゾロ。』
「ロビンちゃん・・。」
宿に備え付けの電伝虫から流れてきた黒髪の考古学者の声にゾロは寝そべっていたベッドから身体を起こした。そんなゾロを軽く手で制して、シャワーを浴びて濡れた髪をタオルで擦りながらサンジが口を開く。
「久しぶりだね。ロビンちゃんも元気だった?」
『ええ。元気よ。もちろん皆も。』
クスリと思わせぶりに笑うその表情を思い浮かべてサンジは苦笑を浮かべる。
サンジが再びゾロと共に麦わらの旗の下を離れてからまだ半年程だが懐かしいと感じさせるほどには彼らとの距離は開いているとそれぞれの姿を脳裏に思い描く。
「・・・何の用だ・・。」
思わず感慨に浸りかけたサンジの横にいつの間に移動してきたのかゾロが渋面でロビンに問いかける。そんなゾロの態度に文句を言いたそうな蒼い瞳を軽く受け流す。そんなやり取りが見えているはずもないのに電話向こうのロビンが小さく笑い声を漏らした。
『ふふっ、相変わらず仲がいいのね。』
楽しげなロビンの声にサンジは髪を拭く手を止めて慌てたように電伝虫に話しかける。
「や・・あ、あの。ロビンちゃん、部屋を一緒に取ってるのは仲がいいとか、あの、そういうんじゃなくて、経費削減っていうか、こいつ、経済観念がなくって・・。」
あわあわと焦った表情で言葉を並べるサンジにゾロがハアッと大きな溜め息を漏らしてその手の中から受話器を奪い取る。
「用がないなら切るぞ。」
『フフ・・ごめんなさい。用ならあるのよ。だから切らないで頂戴、剣士さん。』
サンジを追って麦わらの船を降り、そして再度サンジの夢を共に追い求める為に船を降りたゾロはその事に関して何の負い目も照れも持ってはいない。自らが望んでサンジと共に麦わらの船を降りたのだ。もちろんそのことは船長であるルフィも知っているし、もちろん仲間たちも知っている。
「早く話せ、ロビン。」
『ふふ、そうね。』
そうしてロビンの口から語られた願いを果たす為へと、サンジとゾロは次の島へと向かう為に船着場へと向かう。
「セイレーン・・か。どんなところなんだろうな?」
ワクワクと期待に輝くそんな蒼い瞳に目を細めながらゾロも同じように小窓の外で輝く青い海へと思いを馳せる。
ロビンが二人に持ってきた願いは難しいものではない。
逆に言えば二人でなくても問題がないだろうと思われる類のものだった。
「美味い飯に、美味い酒。それだけあれば十分だ。」
チラリと楽しげなサンジにそう告げてやれば、その唇が呆れたような笑みを浮かべ、口に咥えたままの煙草を上下に揺らす。
「そんなのいつものことじゃねえか、クソ剣豪。」
クククと楽しげに笑うサンジにゾロもニヤリと笑みを返してゾロは鮮やかな海の色に目を細めた。
船は静かにゆっくりと減速しながら港へと入っていく。
夢の海を目指す海の一流コックと、世界の剣士の頂点に立つ大剣豪を乗せたまま。
そしてその船は静かに運命のその島へと船体を寄せたのだった。
火と神の島『セイレーン』。
そう、神と炎に愛されるその島へと。
2008/06/29 発行『神様の手〜前編〜』よりプロローグのみ掲載