☆☆いつも迷惑な貴方☆☆







俺の名はサンジ。
薄い茶色の体毛に、晴れたお空みたいに蒼い目。
くるりんと巻いた眉毛が特徴的な美猫だ。

「おい、チビナス。帰るぞ。」

のっしのっしと現れた、厳つい顔をした長い髭のデカイ男がジジイ。
俺の飼い主だ。

『うっせー、チビナスって呼ぶな!』

シャーと抗議したところで伸びてきた腕に首根っこを捕まえられて、だらんと身体が弛緩する。
チクショウ、卑怯だぞ、クソジジイ。

「おら、帰るぞ。」

そのままヒョイって形でその腕に抱きかかえられて、その温かさに思わずゴロゴロと喉を鳴らしてしまった。
人間なんて怖くて嫌な事ばっかりする奴等ばっかりで嫌いだったが、このクソジジイだけはそんなに怖くない。
うん、ジジイが作る飯は美味いしな。
いつも俺を連れてくるここはバラティエってレストランで、ジジイはそこの総料理長だって、いつだったかこっそりと飯を持って来てくれた変な顔したおっさんが教えてくれた。

「オーナー。」

歩き出そうとしたクソジジイが背後から掛かった声に足を止めた。
あの声は俺の大好きなロビンちゃんの声だ。
耳をピンとたてて行儀よく近付いてきたロビンちゃんに顔を向ける。
あれ?あれれ?

「オーナー。」

なんだろう、いつもロビンちゃんはイイ匂いなんだけど、なんだかいつもよりもっとイイ匂いがする。
お日様の中、原っぱを駆け回ったときみたいな、白いまあるい花からするみたいなイイ匂い。
ピクピクと鼻を動かしてその匂いの元を辿ればそれはロビンちゃんの腕の中からしているみたいだった。

「この子、怪我してるみたいで・・・さっき、そこで拾ったのだけど。」

どこか悲しげなロビンちゃんの声に、ジジイが眉を顰めたのがわかった。
俺はジジイがなんでそんな顔をしたのかわかって尻尾でパシパシとジジイの腕を叩く。
拾ったって、俺がジジイに拾われたみたいに?
ロビンちゃんの腕の中を覗き込んだ俺は、ドキドキと胸を高鳴らせて、はじめて見るその綺麗な緑色に見蕩れた。

『ガン・・・くれてんじゃねぇぞ。』
『なっ・・。』

ロビンちゃんの腕の中にいたのはものすごい美人さんだった。
なのに、ものすごい態度が悪い。
警戒されてんのかなーって思いながらジジイが近寄るから俺も必然的にその美人さんに近寄る事になる。

『やるのか?』

フーと威嚇されて俺はフルフルと首を横に振った。
別に喧嘩したいわけじゃねぇし、安心したらいいよって教えてあげたいだけなんだけど。

『別に何もしないよ、レディ。ロビンちゃんもクソジジイもイイ奴から安心していいよ。』

ニッコリととびっきりの笑顔でそう言った俺に緑の目がますます剣呑さを増していく。
あれ?どうかしたのかな?って思った俺に美人猫はフンっと小さく鼻を鳴らして笑った。

『俺の名はゾロだ。オスだよ、グル眉。』
『え!!オスぅ〜?』

びっくりした、びっくりした!
だって、俺が知ってる仲間でこんなに綺麗なヤツなんていなかったし、それにイイ匂いがするんだけど。
困惑してる俺の前でジジイの手がゾロの頭を撫でて、人間達の会話は終わったようだった。
クソジジイとロビンちゃんと二人並んで歩き出す。
確かに、俺は生後4ヶ月のひよっこだけど、なんで間違えちゃったんだろう?
やっぱりゾロからはドキドキするようなイイ匂いがする。

『チビ眉毛。』
『チビ眉毛じゃねぇ!俺の名はサンジだ!』

皮肉っぽい声に思わず訂正を入れて怒鳴った俺の目にぐったりとしているゾロが映る。
そっか、怪我してるんだった、ゾロ。

『そうか・・・それじゃ、サンジ。』

よくよく見れば真っ黒な身体を包んでるタオルがところどころ赤くなってて血がついているみたいだった。

『サンジ、俺は寝る。・・・だから・・・あとは頼むぞ?テメェの言葉信じたか・・・ら・・・な。』
『ゾロ!!』

くたりと完全にロビンちゃんの腕の中に沈んでしまった身体に向かって俺は慌てて声を掛ける。
何度もその名前を呼んでいる俺の頭にジジイの大きな手がふんわりと触れてくる。

「チビナス。コイツは大丈夫だ、心配ねぇ。」

そう言ってグリグリと乱暴なぐらい撫でられて、俺はほんの少しだけ安心して、ぐったりとしているゾロへと目を向けたのだった。






『よぉ・・・・。』
『ゲッ・・・・エロ眉。』

ゾロがロビンちゃんに拾われ、そのままロビンちゃんの家をねぐらにしてから、俺とゾロはバラティエで毎日顔を合わせることになった。
俺より先に生まれたゾロは、このあたりじゃ喧嘩の相手が居ないぐらい強い。
その鋭い爪から繰り出される攻撃に自分より身体が大きな奴でもあっさりと追い払ってしまう。

『エロって・・・ひどいなぁ。』

クククと笑って俺は優雅に日向で寝転ぶゾロへと近付いていく。
板張りの小さな植え込み近くの其処は俺もお気に入りの場所なのだ。

『来るな、エロコック。』

ジジイがコックだからゾロはそう俺の事を呼ぶ。
尻尾を揺らしながら顔を上げたゾロはきつい眼差しで威嚇してくるが、本気で攻撃されるわけでもないから俺の歩みが止まるはずは無い。

『・・・ゾロ。』

ニッコリと笑みを浮かべて寝そべる身体に寄り添って、ペロリと耳を舐め上げる。
ビクビクと身体を震わせたゾロに俺はうっとりとそのイイ匂いを嗅ぐ。

『なあ・・・していい?』

わざと低めた声で囁いた俺にパシンと尻尾が打ち付けられる。

『ふざけんな、バカ猫。俺はオスだって教えただろうが!』
『うん、そうだったねぇ・・・・、でも、ゾロがいい。』

困ったような怒ったようなゾロの声にクスクスと笑いながらペロペロと顔を舐める。
本当にゾロが嫌ならこうして触る事も許しちゃくれないって知ってる。
オスだって分かってても綺麗なゾロに懸想する男達が後を立たないのも知ってる。

『ね・・・・ゾロ、いい?』

大人になって低くなった声はレディ達が言うには腰に来るいい声なんだそうだ。
その声で囁いてお日様でポカポカになった身体に圧し掛かると、くたりと力を抜いたゾロが諦めたように目を閉じる。

『バカ猫、エロ猫・・・。』
『バカでもエロでもいいよ。俺はアンタが好きなんだから。』

笑いながら毛繕いのようにまずは優しく舌を這わせて、目を閉じた綺麗な綺麗なその顔にウットリとする。
スルリと尻尾を絡ませてペロリと口元を舐め上げた俺にゾロが仕方の無いやつだとばかりに苦笑を浮かべる。

『・・・・サンジ。』
『うん、一緒に気持ちよくなろう?ゾロ。』













「・・・・・・・・で?」
「あー、そんな夢を見ちまったんだな、これが。」

ゾロはどっしりと身体の上に座り込んでいる男に剣呑な眼差しをますます鋭く向けた。
鍛錬後のお昼寝と船尾で気持ちよく寝ていたのだ。
それがいきなり息苦しさと重さを感じて目を開けたところ、自分の身体の上に跨るように座ったサンジとバッチリ目が合った。
なんの嫌がらせだと怒鳴ったゾロに、サンジがしてみせたのは自分が夢で猫になっていたというその話。

「だからなんだって言うんだ?いい加減どけろ、重い!」

ゾロはイライラと一向に動かないサンジに苛立つ。
最後の方の夢のオチはちょっとどうかと思うのだが、多少の欲求不満は海上だし仕方ないだろうと思う。
別に自分をおかずにしてうんぬんといわれたわけではないのだから、ここは大目に見てやろうとゾロは自分の上に座る男へと目を向ける。

「なあ・・・ゾロ・・・。」

ジッと見下ろしてくる蒼い瞳になにか不審なものを感じてゾロの腕に鳥肌が浮かぶ。
チラリと瞳を過ったのは欲望というヤツではなかったのかと冷たい汗が背を流れていくのを感じる。

「やりてぇ・・・。」

ヒイィーとその顔と声にゾロは心の中で悲鳴を上げた。
このサンジは、普通のサンジじゃない。
テンションがいつも通りだったし(行動はあきらかに変だとは思っていた)、油断したとゾロは慌てて傍らに立てかけてあった刀へと手を伸ばす。

「・・・あ?」

何度動かしても手には何も触れず思わず、不審そうな声を漏らしたゾロにサンジがニッコリと笑顔を向けた。
この笑顔も要注意だと焦るゾロの手をサンジの手がギュッと握りしめて来る。

「刀ならあっち。」

ぐいっと顔を横に向けられてゾロはサァーと血の気を引かせた。
寝ながら移動した覚えがないということはサンジが移動させたのだろうか?
見事に手の届かない位置にある愛刀にゾロは心の中で涙を流す。
サンジから身を守る為に肌身離さず持ち歩いていた愛おしい刀達。

「それじゃ、俺達も気持ちよくなろうな、ゾロ。」

それじゃってなんだーと抗議する間もなく、ニッコリと鼻歌混じりにシャツの中にサンジの手が入ってくるのを感じる。
真昼間で、ここは船尾で、まさか本気なのかとサンジに目を向け、ゾロはガックリと肩を落とす。
サンジの目の色ははっきりくっきり変わっていて、しっかりと欲情・・いや、発情してしまっている。
クルー全員に二人の関係が知れ渡ったあの日から拒み続けて一週間。
短い命だったとゾロは遠慮なく肌を辿りはじめたその手に涙する。

「・・ぁ・・・・んっ。」

スルリと脇腹を撫で上げられて思わず声が零れ、ゾロはビクンと身体を震わせた。
途端にサンジがニッコリと嬉しそうに笑いゆっくりと顔を寄せてくる。
ペロリと唇を舐め上げたサンジが至近距離から視線を合わせてくるのに、ゾロはゾクゾクと背を駆け抜けた何かに身を竦めた。
その蒼はいつもより深く濃い色に変わっていた。

「ゾーロー、クソ焦らしてくれたぶんだけ、すっげぇ気持ちよくしてやるよ、覚悟しとけ。」

ニタリと視線を合わせて告げられた言葉にゾロはヒイィーと心の中で盛大な悲鳴を上げる。
逃げたいけれど、このサンジから逃げる手段は皆無だとすでに学習済みだ。
大声を上げてクルーに助けを求めることも現場を見られるという情けなさから出来ない。

「いや・・・・だ。・・・・ここじゃ。」

ポロリと零れた涙と蚊の鳴くような小さなゾロの声に優しいキスが降って来る。
甘やかなそれは気持ちのいいものなのだが、ゾロの目から零れた涙の本当の意味は、その相手には伝わっていないのだろうとゾロは心の中で涙する。
なにが悲しくて男に組み敷かれなきゃなんねぇんだと心で思っていても、こうなったサンジを止める術はない。

「いいよ。移動しような?」

しっとりと舌を絡ませた口付けをかわしたあと、優しく笑ったサンジがゾロを抱えて立ち上がる。
抵抗する事もなく諦めてその腕に身体を任せていたゾロは、その場に取り残されそうになっている愛おしい刀へと視線を落とした。

「後で、取りに来てやるよ。」

チュッと音をたてて唇を吸われてゾロはくたりと目を閉じる。

「ゾロ、可愛い。」

可愛いわけあるか!テメェの目がおかしいんだ!と怒鳴りたいのを我慢してゾロは大人しくその口付けを受ける。
そう、すっかり忘れていたのだ。
移動すれば他のクルーの目に今の自分達の姿が晒されてしまうという事を。
運ばれている間中、顔に降り注ぐキスにゾロは意識のないふりで大人しく目を閉じた。
あちらこちらから注がれる興味津々といった視線に心の中で泣きながら。






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久々の更新が続編って(汗
ええっと、本当は猫でパラレルを・・と思ったんですが、冒頭で飽きちゃ(削除
いえいえ、なんとなく夢落ちにしようかなーと途中で方向転換しました(笑
でもその段階では続編じゃなかったんですが、気付いたら迷惑なサンジくんが楽しげに笑っておりまして(汗
軽い感じで・・・ってことで迷惑な貴方の続編になりました(笑
あいかわらずノリだけのお話ですが、ゾロの不幸さが増してます(何
おかしいなあ?と思いつつ、まあ、これも愛ということで♪
少しでも楽しんで頂ければ幸いです(^^


(2006/05/21)