Wonderful Life 2





あの日、俺は東の海で、無くしたと思っていた大切な者と再び出会った。




その日から、急ぐでもなく、ずっと穏やかな航海が続いていた。
このイーストブルーの海で凪に捕まることもなく、海賊に襲われることもなく。
穏やかで平穏な日常は続いていく。
2隻の併走するガレオン船には掲げる旗はなく、特徴の無い船はそれでも他者の侵害を受けることもなく航海を続ける。








俺は新しい自分の城となったキッチンで本日の昼食の用意を始めた。

まずはキッチンに併設してある冷蔵室へと昼食に必要な材料を取りに向かう。
この巨大な冷蔵室(冷蔵庫ではない)には寄航する度に新鮮な野菜や果物が買い足される。
その品揃えたるやまるでバラティエの貯蔵庫のようだ。
もう一つの船にはないこの巨大冷蔵室は、ミホークに頼まれてウソップが手掛けたオリジナル品らしい。
常時5度以下に保たれ、細かなミストにより痛みやすい葉物も長期間の保存が可能な優れものだ。
ゾロに初めてこの冷蔵室に案内され、中を見せてもらいながら説明を受けたときに眩暈を感じた俺を誰が責めようか。
レストラン以上の設備を備えたキッチンと冷蔵・貯蔵庫に俺はただ呆然とするしかなかった。
しかもそれがゾロの希望によるものではなくミホークの希望によるものだと知ったときはますます開いた口が塞がらない状態だった。
まあ、その必要性も航海を始めてすぐに理解することになったのだが。
俺は冷蔵室からサラダとデザートに必要なものを取り出し、キッチンへと足を向ける。



酒の肴用には、昼前に釣り上げられた魚を使ってマリネを作る。
それを冷蔵庫にいれるついでに取り出してきた肉には、塩コショウと特性ブレンドの香草を丁寧にすり込んでいく。
しばらく味を馴染ませた後、オーブンでじっくりと焼き上げ、荒熱を取ると冷蔵庫へ、そして食べる時には赤ワインベースのソースを添えて皿にのせるのだ。
サラダは温野菜をたっぷりと。
そして暖かなコンソメスープ。
焼きたてのバケットにはトロトロのチーズを添えて。
デザートは焼きたてのチョコレートスフレとバニラアイス。
それが本日の昼食メニューだ。



ゾロは相変わらず用意されたものは綺麗に平らげるし、食べ物に好き嫌いもない。
離れていて変わったと思ったのは、昔はほとんど口にしなかったデザート類も好んで食べるようになったことぐらいだ。
てっきり甘いものは苦手なのだと思っていたが、特にそういうこともなくどんなデザートも美味しそうに食べている。
ゾロは、ゼリーよりババロアやムースの方が好きで、パイよりタルトのほうが好きで、シフォンケーキよりリキュールを入れた生クリームをたっぷり使ったイチゴのケーキが好きだ。
チョコレートも好きらしく、夜、酒のつまみにして食べてることもある。
どうやらこれはミホークの影響らしく、ミホークはゾロ以上に甘いものを好んで食べるのだ。
乗船すぐは、麦わら海賊団のように、アフタヌーンティーに合わせてだけデザートを用意していたのだが、昼食にもデザートをつけて欲しいとゾロ経由で依頼された。

『ミホーク、甘党なんだ。』

にっこりと笑って告げられた事実に思わず嘘だろう?と、問いただしてしまったほど意外で俺は自分が思った以上に衝撃を受けたことに苦笑するしかなかった。
どうやらゾロと二人でバラティエで俺を待ってる間、バラティエのパティシエに乗船しないかと何度もミホークは勧誘していたらしい。
もちろんそれは断固としてジジイが断ったみたいだったが。


そして、この巨大冷蔵室は、実はミホークが満足するだけのデザートを作らせるために用意させたものだったのだ。


確かに、生の果物はデザートにしろ、調理にしろ、寄航したときぐらいしか普通は使用しない。
例外はリンゴやオレンジといった日持ちのするものだが、やはりこれもデザートにするときには火を通してフレッシュのまま使うことなどほとんど無い。
通常は、ドライか漬け込んだものかジャム、これを使用してつくるデザートがメインだろう。
生クリームも寄航したときか、その必要な時以外は使ってケーキを焼くこともない。
せいぜいドライフルーツを刻んで入れたパウンドケーキ、シフォン、パイ、日常的に用意するならクッキーこれぐらいが限界だろう。

それがミホークには常々不満だったらしいと、ゾロは言っていた。
そこにゾロの結婚相手(嫁)が、バラティエ副料理長(今もこの肩書きが生きてるのかは知らない)だと知って、俄然ミホークは張り切った。
実際金に糸目はつけないでたっぷりの資金と謝礼でウソップを完成までこの船に招いてこれを作らせ、ゾロ以上に楽しみにして俺の帰りをバラティエで待っていたらしい。
そう聞いて、あの時の『合格だ』の意味が始めて理解できた。
あの時、ミホークとゾロが食べた料理はデザートに至るまですべて俺が用意したものだったからだ。

『コックのデザートを口にしたときのミホークの顔をみせてやりたかった』

と、ゾロは楽しそうに笑っていた。
その顔は直ぐに見る事となったのだが・・・。




ミホークのバニラアイスに添える洋梨のコンポートを作りながら溜息をつく。
アフタヌーンティーには、このコンポートを使ったタルトとフレッシュなままの洋梨を使ったタルトが並ぶことになる。
その二つのタルトのうちゾロが口にするのは一つだけ。
どちらを食べるか選んで、食べない方をミホークの皿に移すのだ。
ならば初めからミホークの皿のデザートを3つにして、ゾロも2つ食べればいいじゃないかと言った俺にゾロは困ったように笑った。
ゾロは一つデザートがあれば満足するのだが、ミホークは一つだと不満らしい。
そのミホークの欲求にあわせるとどうしても2種類のデザートを俺は作るようになってしまうし、ゾロは一度に2個は食べられないという。

『それに、コックの作ったデザートは見てるだけで幸せな気分になるんだ。』

そう言ってゾロは照れたように嬉しそうに笑った。
その顔の可愛らしさに俺はそのままゾロを美味しくいただいたのだが、まあ、それは別の話だ。
どうやらミホークに気を使っているわけでもなくゾロが一つで満足というのは本当らしい。
そして、二つのデザートを前にどちらを食べようかと見比べて悩んでいる時間をゾロは素直に楽しんでいる。
心のゆとりというか、その優しい時間は見ている俺も幸せな気持ちにしてくれた。
まあ、ゾロが望んでいるのでなければ、俺がミホークの為だけにデザートを2種類作るはずはない。
その辺を実はちゃっかりゾロは知っていて俺に強請ってくるわけだ。
ちらりと時間を確認し、そろそろ食べ頃になっている料理たちに笑みを浮かべる。
今日の昼食もパーフェクトな仕上がりだ。
俺は時計を胸ポケットにしまうとキッチンの扉を開いた。
この料理たちを味わってもらう大剣豪達を呼ばなければいけないのだ。

「・・・・・・。」

一歩踏み出し、俺は甲板をみつめてガックリと肩を落とした。
いったい何処から持ってきたのか甲板にでーんとパラソルが2本立っている。
白地にピンクの水玉の入った物と、同じく赤いハートの飛んでいるパラソル。
その二つで日陰を作って左右から船員に大きな団扇で風を起こさせている大剣豪。
その名はジュラキュール・ミホーク。

「・・・何やってんだ・・。」

さすがに特徴のあるあの帽子とマントはしていないが、相変わらず派手なラテン系の服装のまま甲板に座り、パラソルの下で涼をとっている姿はものすごい違和感だ。
カツンと靴音を響かせて歩み寄ると一瞬だけ鋭い視線が向けられる。
そして俺の姿を認識したのかほんの微かその視線が柔らいだ。

「ミホーク、昼飯だ。」

煙草を咥えながら告げるとそうかと言って顔を俺から影になって見えなかったほうに向ける。

「ロロノア・・。」

静かなミホークの声に、そんな所に居たのかと俺はグルリとパラソルを回る。
相変わらず暇な時は甲板の何処でもゴロゴロ寝てしまうゾロを飯時に俺は昔のように探して回る。
今回はパラソルの日陰で眠っていたのかと苦笑しながら足を進めて、そして目を丸くして立ち止まる。

「・・・んっ・・。」
「ロロノア、昼の用意が出来たそうだぞ?」

確かにゾロはパラソルの日陰で大人しく眠っていたようだった。
さわりとミホークが優しくゾロの髪を梳く。
昔より少し長めのふわふわとした手触りの髪を優しく撫でて覚醒を促すミホークに、ゾロはその膝に頭を預けたまま甘えたように擦り寄る。

「んっー、やだ、コックが来るまで寝てるー。」

なおもミホークに擦り寄って、眉を寄せると腕に抱えた刀を抱き直してクウクウとゾロは寝息を立て始めてしまう。
そんなゾロを見つめるミホークの目が優しく微笑んだ。
その親密な甘い空気にかける声も無く俺は立ち尽くす。
周囲で風を起こしている船員達の俺を見る目に哀れみが浮かんでいるのは気のせいではないような気がする。

「ロロノア、嫁が迎えに来てるのだぞ?」

ほんの微か笑みを含んだミホークの声に、むずがりながらゆるゆるとゾロが目を開けようとする。

「ゾロ・・・。」

俺の声に、ゾロはコシコシと目を擦り、その手をミホークに掴まれる。

「ロロノア、擦っては駄目だ、目を傷めてしまう。」

柔らかな声に大人しく目を閉じたゾロの目元にその無骨な大きな手が優しく触れる。

「ほら、いいぞ、ロロノア。」

ミホークの声に、瞬きを数回繰り返したゾロの視線が、呆然と二人のやり取りを見ていた俺を見つけて嬉しそうに微笑んだ。
ゾロが起き上がるのに手を貸しながら、ミホークもゆっくりとその場に立ち上がる。

「コック・・。」

ふわんと笑みを浮かべて抱きついてきたゾロを受け止めると、ミホークはゆっくりとした動作でキッチンの方へと向かっている。
再会してからのゾロは甘えたがりで、昔の一匹狼のような空気が払拭されていたのだが、その甘えたがりの一因はあきらかにミホークだろうなと思って俺はそっと溜息をついた。
ゾロがくっついていくのか、ミホークが寄ってくるのか定かではないが、俺がゾロの傍にいないときは必ずと言っていいほど二人一緒にいるのだ。
しかも、べったりとくっついて。
俺の立場は?と思わず聞いてしまいたくなるほどこの二人、仲が良い。

「コック・・・いい匂いがする。」

クンと鼻を鳴らしたゾロの鼻先に軽くキスして、溜息をつくとそのまま腰を抱くようにしてキッチンへと歩き始める。
とりあえず食べ頃になった料理達を食べてもらわなければ話しもままならない。
俺はゾロを抱き寄せたままキッチンの扉を開きその中へと足を進めたのだった。





カチャン・・・と音をたててマナーも悪く皿の上に落ちたナイフを見てミホークは眉を寄せたようだった。
だか、その威圧感のある表情より俺にとっては今告げられた言葉の方が衝撃的だ。

「・・・今、なんと・・。」
「聞いてなかったのか。」

いや、しっかりと聞いたんですが、頭が理解しようとしなかったんですと心の中で呟いて俺は目の前のミホークへと意識を向ける。
ふうっと息をついて仕方ないといった風にミホークが口を開く。

「グランドラインに入る前に披露宴を行う、と、言ったんだが。」
「・・・誰の?」
「ロロノアと嫁に決まっておろうが。」

茫然自失。
相変わらず俺の立場はゾロの嫁で、二人の一般常識のズレを訂正できず、最近、もうどうでもいいかもなーと半ば諦めかけていたのだが、それとこれとは別の話だ。

「あ、じゃあ、オーナーと会えるんだ。」

弾んだ声でパンに齧り付いたゾロにミホークはやんわりとした笑みを向けた。
そしてゾロの口の横についているパン屑を手を伸ばして払っている。
ゾロはお礼を言う代わりにニッコリと笑った。

「料理はバラティエに任せてある。嫁に料理させるわけにはいかぬしな。」
「うん、それがいいな。オーナーのご飯美味しいし。」

ニコニコニコ、笑顔の会話に俺はなんとコメントしていいのか分からない。
誰かこの二人に一般常識を教え込んでくれと神に祈っても罰は当たらないはずだ。

「当日の招待客だが、麦わらの航海士に主だった者達を招待するようにすでに頼んであるが、他に呼びたい者はおらぬか?」
「うーん・・・ビビとかはナミが連絡してそうだし・・・・どうしようか?コック。」

会話をしながらもスムーズに空いていく皿を無意識に提げ、空いたグラスにワインを注いでいた俺にゾロが問いかけてくる。
一応俺の交友関係にも招待状を出さないといけないのかと一瞬考えて慌てて首を横に振る。

「待て、ちょっと待て。」

ゴホンと一つ咳払いをして俺は今まで何度として繰り返したきた言葉を口にする。

「男同士は結婚できないんだ。だから結婚式も、披露宴も、ついでに孫も諦めてくれ!」

俺の言葉にゾロはちょっとムッとしたような表情を浮かべ、ミホークはヤレヤレといった呆れたような顔になる。
その顔も見慣れたものだ。

「入籍だけで済ませたいという嫁の気持ちは分かっておる。だが、可愛いロロノアの一生に一度の大切な日なのだ。息子の晴れ姿を見たいという父の気持ちを汲んではくれぬか?」
「・・・ミホーク・・。」

目の前で見つめ合う二人にガックリと肩を落とす。

「それに、ゼフも嫁の晴れ姿をみたいと望んでいるのではないのか?」

ミホークの言葉に頭の中でジジイの苦虫を噛み潰したような嫌そうな顔が浮かんだ。
自信を持ってジジイは俺の嫁としての晴れ姿など望んでいないと言い切れる。
まあ、ミホークとの付き合いも長いようだし、料理をバラティエで用意するという話はすでに決まっているのだろうから、ジジイもこの話は知っているのだろう。
ジジイ・・・なんでミホークの常識違いをその時に訂正してくれなかったんだと俺は深く溜息をついた。

「いや・・・ジジイは喜ばないと思うぜ。」

疲れたような俺の声に食事が終わったゾロが困惑したように笑う。

「俺との事、やっぱりオーナー許してくれないのかな?」

少し寂しげなゾロに違うと咄嗟に答えかけて、それを肯定することはイコールで結婚式で披露宴だと思い留まる。

「ロロノア、ゼフはおぬしのことをたいそう気に入っておったぞ?気にすることはない。嫁は照れておるだけだろう。」

黙々と食事を片付けて、そういってゾロに笑いかけたミホークに俺はもう溜息も出ない。
どこまで我が道の大剣豪なんだと思ってみても、その我が道を進むスピードが早すぎて障害物をおくことも出来なければその後を追ってもいけない。

「嫁に招待したい者がいないのであれば、こちらですべて手配しておこう。ロロノアは誰かおるのか?」
「あ・・・先生?」
「ああ、ロロノアの剣の師匠だったな。わかった、こちらで手配しておこう。」

コクンと首を縦に振ったゾロにミホークが目を細める。
そして俺の方へと静かにその顔を向けた。

「嫁、デザートを頼む。」









散々喘がせ、泣かせたゾロはぐったりとベットに沈んで荒い息をついている。
今夜は、日も高いうちからゾロをベットに引き摺り込み、セーブすることもなく苛立ちのままにその肢体を味わったのだ。
うつ伏せのその背に飽きもせず唇を這わせながら、俺はゆるゆるとその身体のラインを手のひらで辿った。

「っん、・・・・。」

小さな声を上げてきゅっと閉じられていた目が開いて、濡れた翡翠の光が俺を映す。

「・・コック・・・何か怒って?・・ぁ。」

先程まで俺を受け入れていた体内へと指を侵入させ蠢かすと背を跳ねさせて甘く声を上げる。
投げ出されていた手がシーツの上を泳いで、掴もうとしては俺の与える愛撫に解けてその指を伸ばす。
緩く開閉される手の上に同じように手を重ねて指を絡めてきつく握りこんだ。
そして覆いかぶさるようにしてうすく水の膜を張っている翡翠の瞳を覗き込み、俺はそっとその唇を奪う。
淫らな音を立てながら舌を絡ませ激しく貪れば、慣れないキスに必死で応えようとしてくれるゾロが堪らなく可愛い。

「・・・はぁ・・んぅ・・。」

ふるふると睫が震えてゾロがキス一つだけでも俺を感じていることを教えてくれる。

「なあ、ゾロ・・。」

ゾロの媚態にその熱い身体へ誘われながらも俺はいったん手を止めその名を呼んだ。
官能を掘り起こしていた手を止め、緩やかな労わるような愛撫に変えてやるとホッとしように息を吐いたゾロの目蓋がゆっくりと開く。
身体の向きを変えようと身じろいだゾロを手伝って横抱きに胸に抱き込むと、ふわりとゾロが嬉しそうに笑った。
しっかりと繋がれたままの手に唇を当てて俺はもう一度ゾロの名を口にする。

「・・・ゾロ。」
「・・・なに?」

俺の問い掛けに甘く微笑まれる。
歳を経て、艶を増したその整った顔を見つめて、俺は決心したように静かに口を開いた。

「昼にしていた・・・披露宴のことなんだが・・・。」

披露宴と口に出した段階でゾロの顔が悲しそうに歪む。
あの後、ミホークと打ち合わせらしきことをしていたが、一応は俺が嫌がっているということはゾロには理解できていたらしいと、可哀想だと思う反面ホッとする。
もしかしたらゾロのほうからこの披露宴の話を止めてもらえるかもしれないからだ。

「コックは・・・・やっぱり俺との結婚は嫌なのか?」

先程とは違い、別の意味で潤み始めた翡翠に内心焦りながら慌ててゾロを抱き締める。
泣かせたいわけじゃないんだ、ただ、一般常識というものから外れているということを理解してくれれば。
小さく鼻を鳴らしたゾロが身体を摺り寄せてくる。

「やっぱり・・・コックは女の方がいいよな?俺はこんなだし・・。」

小さな声に、ほんの少しゾロの本音が混ざっていて、そんなことを言わせてしまったことにズキリと胸が痛んだ。
腕の中からほんの少し顔を上げ、ゾロがかすかな笑みを浮かべる。

「いいぜ、捨ててくれて。」

優しい翡翠の瞳に俺は言葉もなくその身体をきつく抱き締めていた。

「馬鹿なこと言うな、俺がどれだけテメェの事を好きだったのか知らなかったくせに!」

優しい、すこし淋しげなゾロの表情に、一度としてて口にした事のないその感情が思わず口をついて零れ落ちる。
ゾロが消えてしまう前の、コイツからの告白がどれほど俺を幸せにしてくれたのか。

「あの時、きっとテメェは帰ってくると信じて・・・。帰ってこないと分かった時に俺がどんな気持ちだったか・・・・。テメェにはわかってねえ!!」

たった一度のコイツの温もりを無くしたと、もう二度と手にすることが出来ないと分かった俺の絶望と、行かせてしまった後悔をコイツはわかっていない。
ナミさんのようにコイツの足取りを追うことも、チョッパーやウソップのように帰って来ない事実を認めて泣くことも俺は出来なかった。

「・・・サンジ。」
「バラティエで、再会したときの俺の気持ちが・・・・ゾロ、テメェには分かってねえ・・。」

あの時、壁に立てかけてあった白い刀を見た時に感じた怒りと絶望。
そして、もう一度出会えたあの歓喜を。

「ごめん・・サンジ。」

ゾロの唇が泣きそうに歪んだ俺の唇を柔らかく塞ぐ。
ゆっくりと離れていくその唇を追って軽く合わせる。

「クソ愛してんだよ、ゾロ。簡単に捨ててくれとか言わないでくれ。」
「うん、ごめん、サンジ。」

優しく触れるだけの口付けを何度も交わす。

「・・サンジ・・・なあ・・。」

甘いゾロの声と伸びてきた腕に身体を引き寄せられて、熱を持ったままだった証を擦り付けられる。
欲望を宿した翡翠に誘われるままに俺は唇を重ねた。
吐息を絡ませながら至近距離で見つめ合う。

「・・・して?」

俺は強請られるままにゾロの肢体を組み敷いた。
熱い体内へ甘い声ととも迎えられながら貪るように抱きあう。
激しく熱を分け合い、迸った劣情に二人息を荒くして絡み合う。

「良かった、コックが俺の事を好きでいてくれて。」

腕に抱きこんだゾロが幸せそうに笑う。

「披露宴、盛大にやろうな?」
「・・・・あ・・。」

抱き合い、眠りに落ちるその時に、うっとりと呟かれたゾロの言葉に、俺はいつの間にか論点が磨り返られていた事に気付き呆然としたのだった。











披露宴は盛大だった。

それはいろんな意味で・・・。

さすがに鷹の目という名前に恥じないだけの豪勢で盛大でちょっと妙な披露宴だった。
なにせ、列席した人々が海賊、海軍入り混じっての凄まじい面々だったのだ。

「ざーんねん。ゾロちゃん、お嫁に欲しかったのになあ。」

そう赤髪のシャンクスが呟けば、ギラリと何処からともなく黒刀がその喉元に突きつけられる。

「うーん、サンちゃんでも良かったのになあ。」

その呟きには和道一文字の白刃がシャンクスの喉元に突きつけられていた。
アルコールの入った陽気な男はゲラゲラと笑いながら、その後ルフィと共に大騒ぎしていた。
入れ代わり立ち変わる、人の中で俺が一番緊張したのはやはりゾロの剣の師匠との対面だったのだが、軽く挨拶を交わしただけで、何故かミホークとその師匠との間に満ちた凄まじい緊迫感にろくに言葉を交わすことはできなかった。

「チビナス・・。」

ぐったりと隅の椅子で煙草を吹かしていると、カツンと音がして懐かしいジジイの声がする。
チビナスという呼びかけも訂正させる気力は無い。

「ジジイ・・。」
「すまなかったな。」

静かなその声に弾かれたように顔を向けると苦虫を噛み潰したような顔でジジイが立っていた。

「なにが?」

俺の問い掛けに、一瞬眉を寄せてジジイが一つ咳払いする。

「鷹の目の事だ。」
「鷹の目の事・・って、ゾロと俺の結婚の事か?!」
「ああ、昔からあやつは人の話を聞かぬ男でな。」

ジジイの言葉に俺はガックリと肩を落とした。
昔からあの調子だったのなら今更俺がなにを言おうとその常識のズレは訂正できるはずも無い。

「バラティエを始めた時に、店に来るたびに嫁に来いとしつこくてな。」
「・・・は??」
「ゾロとチビナスがそういう関係だと鷹の目から聞かされた時に、これであやつの嫁に来いというウルサイ言葉も聞かなくて済むと思うとろくな反対も出来なくてな。」
「・・・・・。」
「まあ、あれだけ女の尻を追いかけていたテメェが、ゾロに手ぇ出したのは本気で覚悟の上だろうと思ったしな。」
「ちょっと、待ってくれクソジジイ。」
「なんだ、チビナス。」
「鷹の目が誰に嫁に来いと言っていたって?」

俺の問い掛けにジジイの眉間にくっきりと深い皺が刻まれた。

「あやつの嫁基準は美味い飯を作れることだ。」

思い出したくないのか嫌そうな表情を隠そうともしないでジジイは続ける。

「男も女も美醜も関係はない。」
「・・・・やっぱ、ジジイを嫁に・・?。」

思わず呟いた俺にジジイは殊更嫌そうな表情を浮かべる。
いや、聞かされた俺のほうも嫌な気分なんだが。

「まあ・・、サンジ、ゾロと幸せにな。」
「ちょ・・。」

一応は俺に悪いと思って教えてくれたんだろうが、最後まで責任を持って何とかしていってくれと言葉にする間もなく、クルリと背を向けたジジイが足早に去っていく。
何事かと呆然としていると背後に見知った気配が現れた。

「・・・・嫁、ロロノアが探しておったぞ。」

俺はミホークのほうへと顔を向け、三度ガックリと肩を落とす。
その手の皿には、所狭しとケーキやアイスが乗せられていて、もう片方の手にはどうやらチョコレートパフェらしきものも見える。
おやつにパフェを作らされるのも近い将来だなと俺は深く息をついた。
ゾロが探していたというのならこちらから出向かないとほとんど会えない。
なにせこの会場は広くて、混雑も半端じゃない。
ゆっくりと煙草の火を消し椅子から立ち上がる。

「サンジ。」

始めて名で呼ばれたことに驚いてミホークへと目を向けた。

「ロロノアは素直な良い子だ。おぬしの事も一途に本気で好いておる。」
「・・・・・。」
「ロロノアは何も言わぬだろうが・・・・。」
「・・・・・・・・・。」
「おぬしがロロノアを泣かせるようなことがあれば、おぬしもその原因となった者もその命で償ってもらうぞ、よいな?」

ミホークの言葉にサーッと血の気が引いていく。
つまり、これはゾロに変わってミホークが俺の浮気に関して釘を差しに来たということなんだろう。

「言っておくがな、嫁。」
「なんだよ。」
「ロロノアを手に入れたことでぬしは相当恨みを買っておるからな。くれぐれも甘言には注意することだ。」

フッと笑って告げられた言葉に一応は俺の事も心配はしてくれるわけなんだと苦笑する。

「浮気なんかするかよ。ゾロは俺が幸せにしてやるさ。」

はっきりと口に出してやるとミホークの目がかすかに和らぐ。
ただ、その手には大量のデザートとパフェがあって会話内容とはまるっきりあってはいない。

「・・・・だ、そうだ、ロロノア。」

ミホークの言葉に柱の影からひょっこりと特徴のある緑の頭が覗く。
苦笑しつつ手招いてその腰に腕を回し抱き締めると嬉しそうに抱き返してくる。

「ふむ、仲良きことは良いことだ。その調子であとは早く孫の顔を見せてくれ。」

甘いゾロの唇を味わっているとそう言ってミホークがスタスタと混雑の中に去っていく。

「頑張ろうな、コック。」

にっこりとゾロの笑いかけられて、俺は引き攣った笑みを浮かべるしかない。
ジジイ、こいつらの非常識を何とかしてくれ、そう俺は心の中で叫んでガックリと頭を垂れたのだった。




END++

SStop
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お待たせしました・・・かな?(汗
副題『お父さんといっしょ 甘い生活編』、Wonderful Life 2をお届けします(笑
今回はその後の新婚生活(?)と披露宴のお話w
ゾロとサンジのラブラブというよりは、ミホパパの親バカ&甘やかしぶりが前面にどーんと(ばく
相変わらずの大剣豪たちに振り回されているサンジくんのお話ですかね(笑
彼の苦労は尽きません(^^;


(2005/10/23)